2664話
「へぇ、ここが。……こうして見る限りだと、普通の店に見えるけどな」
「そりゃあそうさ。知る人ぞ知るってところだし」
「……もしかして、店に入るのに何らかの資格があるとか、そういうことはないよな?」
男の説明にレイが思ったのは、いわゆる会員制の店だ。
会員からの紹介であったり、あるいは店主からの勧誘がなければ入ることが出来ないような、そんな店。
中には会員制と言いつつも初めて来た人物でも入れるような、会員制の意味のない店もあるが、しっかりとした会員制も当然ある。
ここがそんな店なら、男からの紹介で入れるのか? と思ったのだが、幸いなことに店に入るのに特に会員証を出したりといったような真似は必要なかった。
(この店の説明からすると、会員制とかでもおかしくはなかったんだけどな。それに、ただでさえエグジニスには貴族や大商人達が集まるんだし)
レイの思い込みかもしれないが、貴族や大商人の多くは選ばれし者だけが貰える会員証といった物に弱い気がする。
「セトは……その、悪いけどどこかその辺にいて欲しい」
申し訳なさそうに言う男。
ここまでの移動で、取りあえずセトが特に理由もなく襲うといったようなことはしないと理解したのだろう。
レイにしてみればそれは当然のことだったが、セトを初めて見る者にしてみれば、その辺の認識は重要なものだった。
「セト、そんな訳でどこかに隠れててくれ。幸い、この周辺には隠れられるような場所は多いから、大丈夫だろ?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトは喉を鳴らすと、建物の隙間に向かう。
丁度いい具合に、セトが入れるような隙間が空いている場所に。
「さて、これで大丈夫だ。店の中に入るか」
「……今更聞くのもなんだけど、本当に大丈夫なんだよな?」
少しだけ心配そうな男。
男にしてみれば、自分が連れて来たレイの従魔が騒動を起こせば、面倒なことになると思ったのだろう。
そんな男の考えはレイにも分かったが、取りあえず心配はいらないといったように頷く。
「セトは賢いからな。その辺の加減は大丈夫だよ。それに……何かあっても、その時は俺が対処するから心配するな」
自信満々のレイの言葉に、男はようやく安心する。
男は当然ながら、レイが深紅と異名持ちの冒険者であるというのは知っている。
グリフォンを従魔にしているような存在は、そういないのだからレイの正体に気が付くのは当然の話だろう。
そうして安心した男は、レイを連れて店の中に入る。
「へぇ……これは、また……」
レイの口から驚きの色が混ざった声が漏れる。
店の中そのものは、いたって普通の酒場、あるいは食堂といった感じか。
少しだけ違うのは、本来ならこういう店では出来るだけ客を多く入れる為に、テーブルの隙間を狭くする――それでも普通に歩ける程度の隙間はあるが――のが普通だ。
だが、この店では普通よりも大きく隙間を取っている。
店に来る者が知る人ぞ知るといったような者達であるのと、そして……何より最大の理由としては、店の中で働いている者達の存在だろう。
「あれも、一応ゴーレムなのか? どちらかと言えば人形に思えるけど」
人形といった言葉で、レイの言葉に若干だが苦々しさが浮かぶ。
その理由が、以前行った……ヴィヘラやビューネと初めて会った迷宮都市で起きた一件に関係しているからだろう。
人形を操り、攻撃を仕掛けて来るといった相手。
ある意味、迷宮都市でレイが関わった事件の黒幕とも呼ぶべき存在。
ただ、その時に戦った人形は子供が遊ぶ時に使うような人形だったのに対し、酒場で動いているのは人間と近い感じの大きさの人形だ。
もっとも、人形はそれぞれで違いがあり、外見からして人間に似ているといった物もあれば、ゴーレムがそのまま縮んだような物もいる。
(つまり、ここはあれか。メイド喫茶ならぬ、ゴーレム喫茶。いや喫茶店じゃなくて食堂か酒場って感じだけど)
それで需要があるのか? とレイは疑問を抱くが、実際に客の数はそれなりにいる。
満員といった訳ではないが、七割から八割くらいのテーブルが埋まっていた。
男から物好きな者達が集まるといったようなことを聞かされていたので、それはつまりここにいる客達はそのような存在なのだろうと予想するのは難しくない。
「取りあえず、あそこに座ろうか」
男に促され、レイは空いているテーブルに向かう。
その間にも、男は他のテーブルの客の何人かから挨拶をされては一言二言言葉を返す。
「顔が広いんだな」
「顔が広いというか……さっきも言ったけど、この店は知る人ぞ知るといったような者達が来る場所だ。当然、その客層は狭いから、自然と顔見知りになるんだよ」
男の言葉に、そういうものかと納得しつつ、椅子に座る。
するとすぐにゴーレムがやって来る。
マネキン的な人形タイプではなく、普通のゴーレムを小型化したようなゴーレムだ。
そのゴーレムはレイ達のテーブルの側で待機する。
「何を頼む? とはいえ、この店は別に料理自慢って訳じゃないから、料理の味に期待されても困るけど」
「そうだな。なら、適当にお勧めを頼む。ああ、酒はいらない」
この店にやって来たのが初めてである以上、どのような料理が美味いのかは男に任せた方がいい。
そう判断したレイに、男は少しだけ驚いた様子を見せる。
「酒は本当にいいのか?」
ああ、そっちか。
そんな思いを懐きつつ、レイは頷く。
アルコールに極端に弱い訳ではない。
それこそ、一口飲んだだけで意識を失ったりといったようなことはないし、普通に飲もうと思えば飲めるのだが、最大の理由としては酒を飲んでも全く美味いと感じないことだ。
そうである以上、わざわざ美味くない飲み物を飲む必要はないというのが、レイの判断だった。
「分かった。けど、俺は飲むぞ?」
そう言い、注文する男。
レイはそれに頷く。
レイは酒を飲んでも美味いとは思わないが、だからといって他の者達が酒を飲むのを止めるような真似はしない。
そうして男が注文するのを見ると、レイは改めて酒場の中を見回す。
(メイド喫茶ならぬ、ゴーレム喫茶か。……まぁ、俺はメイド喫茶なんて行ったことがないけど)
東北の田舎で生まれ育ったレイにとって、メイド喫茶というのはあくまでもTVやアニメ、ゲーム、漫画といった諸々で出て来るような物だ。
それだけに、本当の意味でメイド喫茶を理解している訳ではないのだが……それでも、こうして見ている限りでは多分自分の感想は間違っていないのだろうと、そう考える。
「どうだ? どのゴーレムも凄いだろう? 普通のゴーレムじゃないから、売りに出されるようなことは……ない訳じゃないが、それでも基本的には錬金術師達が趣味で作ってる奴だ。それだけに、最新鋭の技術が大量に使われていたりする。ある意味、ゴーレム開発の最先端に近い」
「まぁ、趣味だしな」
趣味に没頭する者は、時には信じられないような能力を発揮することも珍しくはない。
それだけに、自分の持てる技術の全てを趣味に注ぎ込むといったようなこともある。
金儲けという意味では、技術の無駄遣いだろう。
しかし、趣味だからこそ自分の思うようにやってもいいのだと考える者は決して少なくない。
レイもそれを理解しているからこそ、男が口にした趣味という言葉で納得出来たのだ。
「分かるか。……実際、こういうゴーレムを買うとなると、普通のゴーレムを買うよりも高くつく筈だ。それをこうして見て楽しむことが出来る。これこそ、エグジニスらしいだろう?」
そう言えば、自分はエグジニスらしい名物を求めてこの男に連れて来られたんだったか。
そんな風に思いつつ、レイはゴーレムがテーブルの上に置いていった料理を口にする。
男が言うように、決して美味い料理という訳ではない。
勿論不味い訳でもないので、そういう意味では本当に普通の、平凡な料理だ。
そんな料理を食べつつ、レイは男の言葉に頷く。
「そうだな。出来れば名物料理とかそういうのを期待してたけど、こういう風にゴーレムを見ることが出来るのも、珍しい体験だ」
そう言いつつ、レイは少し離れた場所で狂喜乱舞といったように騒いでいる男達の方に視線を向ける。
「見ろよ、これ。この大きさでこの精密さ……一体、どうやればこんなゴーレムを作れるんだよ?!」
話している内容から、恐らく錬金術師なのだろうというのは予想出来た。
こうして自分よりも技術力の高い錬金術師が開発したゴーレムを見て、やる気を漲らせているのだろう。
改めてゴーレムではなく他のテーブルに視線を向けると、それなりに錬金術師の数は多い。
……中には自慢げにしているような者もおり、恐らくその錬金術師はここで動いているゴーレムを開発した者なのだろうというのは、容易に予想出来た。
「ちなみに、ここで働いているゴーレムを購入することは出来るのか?」
「ん? あー、基本的には無理だ。どうしても欲しいのなら、そのゴーレムを作った錬金術師と交渉して、それで新しく作って貰う必要があるな」
「ここで働いているゴーレムを直接購入することは出来ないのか。それは少し残念だな」
「仕方がないだろう。何度も言うようだが、ここで働いているゴーレムは基本的に錬金術師達が趣味で製造したものだ。……中には、新技術のお披露目という点もあるが」
男の言葉に、レイは残念そうにしながらも素直に頷く。
この酒場でのルールがそうであるのなら、レイもそれを破るといったような真似はしない。
今は、明日からのゴーレムやマジックアイテムの購入を考え、エグジニスにどのようなゴーレムが存在するのかをしっかり見ておく必要があった。
「そう言えば、この酒場には噂になっている高性能ゴーレムの工房で開発されたゴーレムはないのか?」
ピクリ、と。
レイの言葉を聞いた男は一瞬眉を動かす。
とはいえ、本人はそれを可能な限り表情に出さないようにしていたが。
ただし、当然ながらレイは男のそんな態度についてしっかりと見ていた。
それでも何も言わなかったのは、男にとってレイに痛い所を突かれたと思ったからか。
あるいはもっと別の理由があるのか。
その辺りはレイにとって分からない以上、男に突っ込むことはない。
「で、どうなんだ? その工房のゴーレムがあるのなら、出来ればそのゴーレムを見てみたいんだが」
「いや、ないな。あの工房のゴーレムは高性能だが量産には向いていない。それに、そこで働いている錬金術師達もこの酒場にゴーレムを派遣するような連中じゃない」
そう告げる男の言葉は、苛立ち、怒り、不満……そのような様々な感情が混ざっていた。
(この様子からすると、多分この男は高性能ゴーレムを作っている工房に何か思うところがあるんだろうな)
そんな風に思いつつ、改めてレイは高性能ゴーレムについて考え、そう言えば工房の名前をまだ知らなかったことに気が付く。
工房の名前を知らなくても、高性能ゴーレムと言えば誰もがすぐにどの工房のことか分かっていただけに、そのことを気にする必要はなかったのだ。
その工房に対して思うところのある男に聞くのは、どうかと思う。
ただし、工房の名前くらいは聞いておく必要があると判断して口を開く。
「そう言えば、俺はまだエグジニスに来たばかりだから分からないけど、その高性能ゴーレムを作っている工房って何て名前なんだ?」
「……ドーラン工房だ」
見るからに不承不承といった様子で、男は告げてくる。
レイとしては、ドーラン工房というのは高性能なゴーレムを……それこそ、他のゴーレムを圧倒する性能を持っているという点で、純粋に凄いと思う。
なのに、男はそんなにドーラン工房を嫌うのか、その理由が理解出来ない。
とはいえ、男の様子を見る限りではレイがその辺の事情を聞いても、とてもではないが話すとは思えない。
折角色々と詳しい情報を教えてくれるのだから、機嫌を損ねる必要はないだろうと判断する。
(日本でも、サッカー、野球、バスケ、バレー……それ以外とかでも、何となく無条件で気にくわないチームがあるといったような奴もいたしな)
ちなみにレイはスポーツといったものには特に興味はないので、無関心といったところだった。
精々が、野球によって見たいTV番組が潰れることが多かったので、プロ野球が嫌いといった程度だ。
「ああ、悪い。せっかくエグジニスについて楽しんで貰おうと思ったのに、空気を悪くしてしまったな。とにかく、今はこっちでゆっくりと楽しんでくれ」
そう言い、男は気を取り直すように笑みを浮かべるのだった。