2660話
レイと一緒に食堂に入った錬金術師……ロジャーは、唖然としていた。
その食堂は、夕方ということや、リンディが言っていたように料理が美味いということで有名だった為か、やはり既に多くの客がいた。
それでも幸い、空いている席はあったのでそこに座り、食堂の店員に外にいるセトにも料理を出してくれるかといったことを尋ねると、少し悩みながらもそれを受け入れた。
それは、グリフォンを従魔にしたレイという冒険者を知っていたからか、腕利きの錬金術師のロジャーがいたからか。
その辺はレイにも分からなかったが、しっかりと料金を貰えるのであればと、そう言って受け入れて貰ったので、早速レイは自分とセトの分も料理を注文し始める。
最初はロジャーも、料理の値段を見てこのくらいは奢っても問題ないと思っていたのだが……注文する端から、レイとセトは料理を食べていく。
セトはともかく、レイはその小さな身体のどこにそれだけの料理が入るのかと、ロジャーはただ唖然としてレイが料理を食べる光景を見ているしかなかった。
そうして十人分以上の料理を平らげたところで、レイはようやく食べるのを止める。
……同時に、周囲にいた他の客達もレイが食べるのを止めたのを見て、驚きや安堵といった色々な表情を浮かべた。
冒険者というのは、身体が資本だ。
また、依頼があれば食事も不規則になるし、場合によっては飲まず食わずとなることも珍しくはない。
その辺りも影響してか、冒険者の中には大食らいの者はそれなりに多い。
だが……それでも、レイの食事量は異常と言ってもいいだろう。
実際には、レイにしてみればまだ食べようと思えばもう少し食べられるのだが。
「さて、ロジャーだったな。取りあえずお前がセトにした件は、ここの食事代で勘弁してやる」
「……感謝する」
周囲の客達に負けない程に複雑な表情を浮かべつつも、ロジャーはそうレイに答える。
実際、レイやセトの食事量が予想外だったのは事実だが、それでもロジャーにとっては支払えない金額ではない。
二十代の錬金術師としては、エグジニスの中でもトップクラスに稼いでいる自負があったし、実際にそれは間違いではなかった。
だからこそ、ロジャーの勝手もある程度通っていたのだが。
そういう意味では、絡んだ相手が悪かったというしかない。
「それで、ちょっと聞きたいんだが。エグジニスで売られているゴーレムについてとか」
そう、これこそがレイがセトに危害を加えようとしたロジャーに食事だけで許してやるつもりになった最大の理由だった。
いつもであれば、セトに危害を加えようとした相手なら、骨の一本や二本折っていても……それでも相手が全く反省していない場合、腕や足を切断するといったことになってもおかしくはない。
だが、今回の場合はセトにとっても容易く倒せる相手だったというのもあるし、ロジャーはレイの実力を目の当たりにすると、自分ではどうにも出来ない相手だと認識した。
この辺りの理由により、セトにちょっかいを掛けてきた相手であっても、レイとしてはかなり軽い罰に留めたのだ。
「ゴーレム? 私のゴーレムを買いたいということか? 残念だが、現在作っているゴーレムは……」
「違う」
「ぐ……」
自分の技量に自信があるからこそ、自分のゴーレムを欲したのではないか。
そう思って自尊心を満足させていただけに、あっさりとレイが否定したことで、大きな衝撃を受ける。
「では、何だ? 何が聞きたい?」
「何でも、ここ最近エグジニスではこれまでの常識を覆すような高性能なゴーレムが売られていると聞いてな」
「っ!? ……お前もその件か」
レイの言葉を聞いて半ば反射的に何かを言おうとしたロジャーだったが、それを何とか我慢して、それだけを言う。
それも普通に話したといった訳ではなく、爆発しそうな自分の気持ちを無理矢理抑えつけて声を発したといった様子だ。
当然、レイもそんなロジャーの様子には気が付いたものの、今はロジャーの気持ちよりも自分が欲しい情報を得る方が先だと判断し、話の続きを促す。
「ああ。どうせゴーレムを買うのなら、高性能な方がいいだろ? 幸い、金には余裕があるしな」
「その辺の冒険者に買えるような値段ではないぞ?」
ロジャーのその言葉に、レイは自分の名前しか言ってなかったことを思い出す。
大抵の相手なら、レイの名前とセトの存在を見ればそれだけでその正体に思い当たるのだが……ロジャーは生憎と、レイの存在を知らなかったらしい。
「あのグリフォンを売れば、買えるかも……いや、何でもない」
ものを知らなくても、馬鹿ではないらしい。
話の途中でレイの視線が鋭くなったのに気が付き、途中で言葉を止める。
そんな様子に、レイは少し不機嫌そうになりつつも、自分のギルドカードをロジャーに見せる。
「これは……ランクA冒険者だと!?」
そんなロジャーの言葉に、食堂が一瞬にして静まる。
エグジニスも準都市と呼ぶべき規模であるし、自治都市といった扱いがされている場所でもあるので、それなりに冒険者は多い。
何よりも、エグジニスに来る者の多くは貴族や大商人なのだから、腕利きの高ランク冒険者を護衛として雇うことも珍しくはなかった。
だが、それでもランクA冒険者ともなれば、どうしてもその数は少ない。
いない訳ではないのだが。
それでもエグジニスにおいて、ランクA冒険者というのがギルムにいる冒険者よりも少ないのは間違いない。
ざわめく周囲の様子を無視し、レイはロジャーが持っているギルドカードを返して貰う。
「これで分かっただろ? 俺は問題なくゴーレムを購入出来るだけの金がある。それに、ゴーレムを作るのに使えるのかどうかは分からないが、辺境の魔の森にいるモンスターの素材とかもあるし」
「何っ!?」
レイの言葉を聞いたロジャーは、驚きつつもレイに向かって強烈な視線を向ける。
そんな様子に、レイは疑問を抱く。
セトとの一件を考えれば、ロジャーが何らかの素材を欲していたのは間違いない。
とはいえ、レイもロジャーに素材を渡すつもりは、現状のところない。
魔の森のモンスターの素材というのは、ギルムにおいても非常に希少な素材であるのは間違いないのだから。
別にここでロジャーに素材を渡さなくても、レイがゴーレムを購入しようと思った店に行って、そこで金が足りない……あるいはもっと高性能なゴーレムを作る場合に、素材を渡せばいいのだから。
(それに、俺が欲しいゴーレムはエグジニスでも最近出て来たっていう高性能なゴーレムだしな)
テーブルの上にまだ残っている料理を口に運びつつ、レイは考える。
そんなレイに対し、ロジャーは口を開く。
「頼む。その素材を私に譲ってくれないか?」
「却下だ」
予想通りの言葉に、レイは即座に言葉を返す。
「何故だ!」
ロジャーにしてみれば、まさか自分の提案が断られるとは思っていなかったのだろう。
何故そんな理不尽なことを、と。信じられないような視線をレイに向ける。
だが、そんな視線を向けられたレイは、串焼きの肉を食べてから呆れの視線を向けた。
「お前、何でこの食堂で俺やセトに奢っているのか、もう忘れたのか? お前は俺達に……というか、セトに危害を加えようとした。その一件に関しては、ここの奢りで手を打ったが、だからといって俺のお前に対する印象は悪いままだぞ? なのに、何でそんな状態で俺から素材を買えると思うんだ?」
レイにしてみれば、色々と有益な情報を引き出せる相手ということで、奢り程度で許してやろうと思っている。
それでも、決して友好的な相手と思っている訳でもない。
「ぐっ、そ、それは……だが、エグジニスで手に入る素材では、連中のゴーレムよりも高性能なゴーレムを作ることは出来ないのだ!」
その言葉と、リンディから聞いたロジャーが腕利きの錬金術師だという話から、何となく理解出来た。
(ロジャーが言ってる、連中のゴーレムってのは間違いなく俺が欲している、ここ最近になって急に出て来たってゴーレムだろ。で、ロジャーはそのゴーレムよりも高性能なゴーレムを作ろうとしていたけど、現在エグジニスにある素材でそれは無理、と)
エグジニスはゴーレムの製造という意味で成り立っているだけに、ゴーレムを作るのに必要な素材は、それこそ幾らでも集まってくるのだろう。
それでも、集まってくる素材の多くは、一般的なゴーレムを作るのに必要な素材であり、ロジャーが現在欲しがっているような希少な素材というのは、そう簡単に手に入らない。
ましてや、それが辺境の中でも普段は立ち入り禁止とされている魔の森のモンスターの素材……それもランクAモンスターの素材なのだから、ロジャーにしてみればそのような素材を欲しがるのは当然だろう。
レイもそれは分かっているが、だからといってロジャーの要望にレイが応える理由はない。
「今の言葉からすると、噂になっている高性能なゴーレムはお前にも作れないようだな」
「……当然だ。あれだけの高性能なゴーレム、一体どのようにして作るのか、想像も出来ん。今までエグジニスで開発されたゴーレムとは、全く違う技術が使われている筈だ」
自分の技術不足を素直に認めるロジャーに、レイは驚く。
今までのやり取りから考えて、自分の技術力不足を認めるとは思えなかったからだ。
少し……本当に少しだけだが、レイは自分の中でロジャーに対する評価を上げる。
とはいえ、それでもまだマイナスだったのがゼロにもなっていないのだが。
「それで、お前はその未知の技術に追いつく為に、希少な素材を必要とした訳か」
「そうだ。私は錬金術師として高い技術を持っているのは間違いない。だが、それでも連中のゴーレムの方が高い性能を持つということは、もっと他に何かある筈なのだ。その何かを私も手に入れる必要がある。勿論、その何かが同じ何かという訳ではなく、私独自のものである方がいいが」
この様子からすると、それなりにロジャーが暴走している理由は分かる。
とはいえ、だからといってロジャーがセトに危害を加えようとしたのが許容出来るかと言われれば、それは否なのだが。
「俺が聞いた話だと、お前は腕利きの錬金術師だし、かなり大きな店に所属しているんだろう? なら、その高性能なゴーレムを作ってる集団と何らかの取引をして、その技術を得るってのはどうなんだ?」
「無駄だ」
思いつきではあったが、十分に実現可能な内容を口にしたレイだったが、ロジャーはそんなレイの言葉にあっさりと首を横に振る。
「何でだ? ……もう試したのか?」
「そうだ。私の方から向こうに取引を持ち掛けたが、断られた」
それは、お前が前に出たからじゃないのか?
そう言おうとしたレイだったが、ロジャーの様子を見て取りあえず止めておく。
ロジャーの性格を考えれば、取引を持ち掛ける際にも確実に上から目線で言ったのだろうだというのは、容易に想像出来た為だ。
もしレイが高性能なゴーレムを作ることが出来たとしても、上から目線で言ってくるような相手と取引をしたいとは思わない。
あるいは、自分達の方が不利な状況なら、話は別だろうが。
現在の状況では、有利なのは圧倒的に高性能なゴーレムを作る技術を持っている者達だ。
「そうか。なら、自分だけの独自技術を作り出すなりなんなりして、頑張ってくれ。その高性能ゴーレムを開発した者達も、そうやって自分達独自の技術を開発して、そうしてロジャーのゴーレムよりも性能の高いゴーレムを作れるようになったんだろ?」
「ぐ……」
レイの言葉に、ロジャーは何も言えなくなる。
それが間違いのないことだからだろう。
つまり、このエグジニスでは、どのような存在であっても独自の技術を確立することが出来れば、成り上がることが可能なのだ。
そういう意味では、才能があれば貧乏人であっても出世出来るという点で平等だろう。
……もっとも、それでも最低限の技術を覚えているのが大前提の話である以上、その技術を習得するといったような金銭的な余裕は必要になるだろうが。
「だが……そう簡単に新たな技術を確立出来ようなら、こんなに悩んではいない」
「だろうな」
新しい技術というのは、そこに辿り着くまでが遠い。
世の中にはその道程を一気に飛ばしていくといった者もいるが、生憎とロジャーは優秀ではあっても天才ではないのだろう。
「それで、その辺りをどうにかしたくて珍しい素材を求めている訳か。……セトの素材は渡すつもりはないけどな」
あるいは、セトが寝ている場所なら、抜けた毛や羽があるのかもしれないが、セトに危害を加えようとしたことを思えば、レイはそれについて教えるつもりはなかった。