2658話
昨日は予約投稿をミスって2話連続投稿してしまいました。
まだ2656話か2657話のどちらかを読んでない方はそちらもどうぞ。
「まずは、自己紹介が必要よね」
ギルドの酒場の中でも偶然空いていた席に座ると、女は店員に適当に料理を持ってくるように頼んでから、レイに向かってそう言ってくる。
周囲からは、既に仕事を終えた者達が酒盛りをしている声が聞こえていた。
仕事が終わった嬉しさや、依頼を失敗した悔しさから多くの者が騒いでいる。
そんな場所だけに、レイと女の会話は誰の耳にも届いていないだろう。
「私はリンディ。ランクD冒険者よ」
貴方は?
そう視線で促され、レイも口を開く。
「ランクA冒険者、レイだ。深紅の異名を持つと言えば、分かりやすいか?」
「……え?」
レイの言葉を聞いたリンディは、言葉に詰まる。
酒場で騒いでいる者達の声で何か聞き間違えたのではないかと、そうも思う。
だが、リンディの中では今のは聞き間違いでも何でもないというのは、理解出来てしまった。
それでも、出来れば聞き間違いであって欲しいという思いから、恐る恐るといった様子で口を開く。
「えっと、深紅のレイ? 私が聞いた話だと、ランクB冒険者だって話だったんだけど……」
「少し前までなら、それは間違いない。ただ、数日前にランクA冒険者になってな」
正確には、祭りをやる前に既に昇格試験は合格していたのだが、レイが公にランクA冒険者として発表されたのは、祭りの中でダスカーに示された時だ。
そういう意味では、やはりまだランクA冒険者になってからそんなに時間が経っていないのは間違いなかった。
ともあれ、それだけでは説得力がないと思ったのか、テーブルの上にミスティリングから取り出したギルドカードを置く。
それを見れば、ランクA冒険者といったことが表記されている。
……もっとも、それでも怪しむのであれば、ギルドカードが偽造ではないか、あるいは本物であっても持ち主から盗んできたのではないかと、そんな風に思う者がいるのかもしれない。
「これを見ても信じられないようなら、一度ギルドの外に出てみるか? 外にはセトが……俺の相棒がいるから、すぐにはっきりとするぞ。さっき、空を飛んできたって話をしただろ?」
深紅という異名を持つ自分がグリフォンのセトを従魔にしているというのは、広く知られていることだ。
だからこそ、セトの存在を見せれば自分がレイであるというのははっきりと分かる筈だった。
「いえ、いいわ。……いいです。貴方が深紅のレイさんであるというのは、十分に分かりましたから」
「ああ、別に口調は今まで通りでもいいぞ。堅苦しい口調は苦手だし」
「そう……ですか?」
本当にそれでいいのか? といった様子で、リンディはレイに視線を向ける。
レイとしては、特にその辺を気にしたりはしない。
そもそもの話、レイもまた冒険者であるという立場は変わらないのだから、レイの認識としては普通の口調でも構わない。
勿論、それはリンディが友好的な存在であるというのが前提の話だが。
もし最初から敵対的な相手であれば、レイの態度もまた違ってくるだろう。
「さて、口調の件はそれでいいとして、俺がエグジニスにやって来る前に孤児院に寄ってきたってのは納得して貰えたか?」
「ええ。その……それでアンヌさんからゴライアスさんに手紙を貰ってきたのね。……アンヌさんの性格を考えると、そう簡単にゴライアスさんを紹介したりとかはしないと思うんだけど」
「それだけ恩を感じたんだろうな」
「恩?」
恩という言葉に疑問を抱いた様子だったので、レイはカミラを助けたことや、狼の肉や毛皮、ファングボアを渡してきたことを説明する。
リンディは、そんなレイの説明を聞き……孤児院がそこまで苦しい状態だったのかと、驚く。
カミラの件について、レイに感謝をした上での話だが。
「でも……何で? 私がいた頃、孤児院は裕福って訳じゃなかったけど、食事に困るといったようなことはなかったわよ?」
「何でも聞いた話だと、孤児院の運用資金を出していた商会の会長が変わったとか何とかで、打ち切られたらしい」
「そんな……」
レイの言葉に驚くリンディ。
今は夏だから、まだ金が足りなくても何とかなる。
だが、今は夏とはいえ晩夏だ。
これから秋になり、その次は冬となる。
冬になれば、当然ながら暖を取る必要があるが、一冬を越すだけの薪ともなれば、相応の値段がする。
レイであればマジックアイテムを色々と持ってるので何とでも出来るし、あるいは林まで薪を取りに行くといった真似も出来るが、孤児院の面々には難しいだろう。
リンディもその辺を理解しているからこそ、驚きを受けているのだ。
「一応、ファングボアもあるから、食料という点で多少の余裕は出来たと思うけどな」
レイが置いてきたファングボアは、それなりに大きな個体だ。
それだけに解体をするのに一苦労だろうし、解体が上手くいかなければ可食部分も少なくなる。
もっとも、骨に肉が付いているといったようなことなら、その骨ごと料理をすれば普通に食べられるので、そこまで問題はないのだろうが。
「それでも……困ったわね。出来ればお金を渡したいところだけど、こっちにもそこまで余裕がある訳じゃないし。それに金額が少なければ、一日二日程度の食料にしかならないだろうし」
ランクD冒険者というのは、初心者を抜け出してベテランと呼ばれるランクだ。
ようやく資金的に余裕が出て来るのがこの頃からなのだが、それでも孤児院にいる数十人が冬を越せるだけの金額を稼げる訳ではない。
他にも孤児院出身の冒険者はそれなりにいるが、あくまでもそれなりでしかない。
エグジニスではなく、他の場所で活動するべく移動している者達も多いのだから。
また、冒険者になるとはいえ、そう簡単にベテランや一人前と呼ばれるランクD冒険者になれる訳ではない。
そして冒険者というのは、当然のように危険がつきものだ。
リンディと同じく孤児院出身の冒険者の中にも、何人も依頼の途中で死んでいる者がいる。
ましてや……
「ゴライアスさんがいれば、この一件はどうにかなったかもしれないんだけど……」
リンディのその呟きに、レイは疑問を抱く。
元々、レイはゴライアスに会う為に……そしてアンヌからの手紙を渡して色々と情報を得る為に、ギルドにやって来たのだ。
だが、今のリンディの言葉を聞く限りでは、ゴライアスは現在エグジニスにいないということになる。
そのことは、別におかしな話ではない。
それこそ何らかの依頼を受けて遠くにある場所にしか存在しない素材を手に入れる為にエグジニスを出ていたり、もしくは護衛の依頼を受けているといった可能性もあるのだから。
しかし、今のリンディの言葉の感じからすると、そういう訳ではないように思える。
「ゴライアスに何かあったのか?」
「そうね。……アンヌさんから手紙を預かってきたのなら、レイも他人事じゃないか」
いや、他人事だぞ。
そう言おうとしたレイだったが、そうした場合は情報を入手出来なくなると考え、リンディに話の先を促す。
「十日くらい前、ちょっと用事があるって話してたんだけど、その直後にいなくなったのよ。それから一切連絡がないわ。ゴライアスさんのパーティメンバーも色々と捜してるみたいだし、私のように孤児院出身の冒険者も捜してはいるんだけど……」
言葉を濁しているのを見れば、捜索活動が何の効果も発揮していないというのは明らかだった。
(ああ、だからゴライアスの名前を出した俺に過剰に反応したのか)
ギルドの中でゴライアスの名前を口にした自分に、食いつくといった表現が相応しい様子だったリンディの様子を思い出し、納得する。
「見つかっていない訳か」
「ええ」
「……ちなみに、最近エグジニスの中で他に行方不明になってる冒険者……いや、冒険者じゃなくてもいいけど、とにかくいなくなってるって奴はいるのか?」
「え? うーん、どうかしら。エグジニスの広さから考えれば、それこそ全てを把握するのは難しいわよ」
「なら、違法奴隷の商人を捕らえようとして捕まったとか?」
以前、ギルムでも人が多く集まっているということで他国から奴隷にしようとやってきた組織があった。
結果として、その組織はレイの活躍によって壊滅状態になったのだが、そこまで大規模ではなくても、このエグジニスで強引に奴隷を得ようとする者がいてもおかしくはない。
「奴隷? それなら、別にわざわざエグジニスに来なくても、それこそもっと人の少ない村とか、そういう場所の方が……」
そう言うリンディの言葉は、間違っていない。
間違っていないが、それは普通の場合の話だ。
「このエグジニスだけの特徴として、ゴーレム制作が得意な錬金術師が多数いると思うが?」
「……なるほど」
レイの言葉に、リンディはすぐ納得したように頷く。
ゴライアスの一件で混乱していたので深く考えるような真似は出来なかった。
だが、冷静になって考えてみれば、エグジニスで奴隷を手に入れるというのは、大きな意味を持つことに気が付く。
「とはいえ、これはあくまでも可能性の一つだけどな。もしかしたら、何か全く違う別の理由でいなくなってるだけかもしれないし」
もしかしたら違う理由かもしれないと言われ、恨めしそうな視線をレイに向けるリンディ。
リンディにしてみれば、ゴライアスを捜す手掛かりを見つけたと思っただけに、突然その梯子を外されるような真似をするのは困る。
「ゴライアスがいなくなったのは、正直なところ俺も困ったな。……情報に関しては……」
「私で分かることなら教えるけど、どうする?」
リンディのその言葉に、レイは少し考えてから頷き、手紙を取り出す。
「一応これを読んでくれ。本来ならゴライアスに対しての手紙だけど、そのゴライアスがいなくて、リンディが俺に色々と情報提供をしてくれるのなら、リンディが読んだ方がいいだろ」
「……そうね。分かったわ」
ゴライアスに渡される筈の手紙を、自分が読んでもいいのか。
そんな思いを抱いてはいるようだったが、それでもゴライアスがいないのならと、そう判断して手紙を開ける。
そこに書かれていた内容は、レイから聞いた話とそう違いはない。
そしてアンヌからは、レイには大変世話になったので、出来るだけレイに協力して欲しいと、そのように締められていた。
レイからの説明や、何よりもランクA冒険者のギルドカードを見てレイの話を信じてはいたが、それでもやはりこうしてアンヌからの手紙を見ればより安心出来る。
「手紙の内容については理解したわ。それで、情報を知りたいって話だったけど、どういう情報が欲しいの?」
「部外秘の情報を知りたいって訳じゃないから、安心しろ。後でギルドの外にいるセトを見て貰うが、そんなセトが使えるような厩舎がある宿とか、後はゴーレムを買おうと思ってるから評判がよかったり、技術力の高い店を教えて貰いたい。後は、料理の美味い店とかだな」
「……え? 本気?」
レイから色々な情報を聞きたいと言われていただけに、それこそ本来なら一般人が知らないような情報を教えて欲しいと言われるのかと思っていたリンディだったが、それだけにレイの口から出た聞きたい情報という言葉に驚く。
その中でも、唯一納得出来たのはゴーレムを売ってる店で評判のいい店や技術力の高い店というものだろう。
リンディもエグジニスで冒険者として活動している以上、当然だがその辺の情報は色々と入ってくる。
……中には、ライバル店を貶めようとするような噂もあったりするし、面白半分で流された噂の類もあったりするので、取捨選択が必要となるのだが。
「ゴーレムを売ってる店については、冒険者の間で流れている情報があるから、それを提供出来るわ。ただ、私が知ってるのはあくまでも噂でしかないから、実際にその店に行ってみれば噂と違っていたりするわよ?」
「それは承知の上だ」
今までは丁寧に仕事をしていたのに、急に多くの客が来るようになり、それによって天狗になって仕事が疎かになる……そのようなことは、日本だけではなくエルジィンであってもそう珍しくない出来事だ。
その辺を見極めるのも、実力――という表現が相応しいかどうかは疑問だが――なのだろう。
「そう。それと宿に関しては、それこそアンヌさんよりも多少詳しい程度の情報しかないわね。……そんな高級な宿に泊まれる訳もないし」
ランクD冒険者でしかないリンディが、貴族や大商人の泊まる宿に泊まれる筈もない。
護衛の仕事をすれば話は別かもしれないが、そのような場合はそれこそもっと高ランクで腕利きの冒険者を雇うだろう。
そんな風に考えながら、レイは軽い食事をしつつリンディから情報を聞くのだった。