2656話
最初は相手がどのような人物なのか分からなかったレイだったが、中立派の貴族と名乗ったところで、多少なりとも緊張は解けた。
レイにしてみれば、中立派ということはダスカーの部下。
つまり、レイにとっては仲間も同然だった為だ。
……とはいえ、相手が中立派だからということで完全に信じた訳でもない。
中立派を名乗っているだけという可能性もあるし、あるいは本当に中立派の貴族であっても、実際には国王派や貴族派と繋がっているといったことも有り得るのだから。
ただ、当然ながらそんな思いを表に出したりするような真似はしない。
ニーグルの方も、窓越しに嬉しそうにレイと話してはいるが、それでも完全にレイに心を許しているといった訳ではないだろう。
「それで、ニーグルは何をしにエグジニスに? やっぱりゴーレムを?」
レイがいつも通りの口調で話しているのは、ニーグルがそうした方が気楽だからと言ってきた為だ。
最初は、レイもダスカーの仲間ならと、多少は丁寧な言葉遣いをしていたのだが。
元々がニーグルは男爵で、爵位という点では一番下の爵位だ。
それだけに、ニーグルも貴族らしい性格ではなく領民とも気楽に触れあうような性格をしている。
そのような人物だからこそ、国王派や貴族派ではなく、ダスカーの率いる中立派に所属することになったのだろう。
とはいえ、それはそれで疑問がある。
エグジニスで購入出来るゴーレムは、基本的に非常に高価だ。
だというのに、何故それを男爵という爵位の低いニーグルが購入出来るのか、と。
話を聞いた限りでは、それこそニーグルも領民と共に働くことは珍しくないという様子だというのに。
「ああ。ゴーレムが高いってのは分かってるけど、安いゴーレムがあれば農作業とかで使えるんじゃないかと思って。機能を特化させて余分な装備を排除すれば、買えるような値段になるかもしれないし」
その言葉を聞いてレイが思い浮かべたのは、トラクターだ。
農業をする上で必須の機械は多種多様になるが、そんな機械の中でも特に使われることが多い機械となると、それはトラクターというのがレイの認識だった。
実際、レイが日本にいた頃に家は農家で、父親がトラクターを使っている光景は頻繁に見ている。
(けど、ゴーレムだしな。トラクターみたいにするってのは、難しくないか? 下半身を車型……いや、戦車的な存在にすれば、まだ何とかなるかもしれないけど。そうなれば農業に特化しているとはいえ、間違いなく高くなるだろうし)
余分な機能をなくして安くしようとしているのに、下半身を特注で車型にするというのは、寧ろ高額になるだろう。
もっとも、そのようになればかなり使い勝手はよくなるだろうが。
そのゴーレムがいるだけで、間違いなく農作業の効率は数倍……場合によっては数十倍になっても、おかしくはなかった。
「確かにゴーレムの能力を考えると、かなり農作業が便利になるのは間違いないとは思うけど、ゴーレムの値段によっては、元を取るのに一体どれだけ掛かるか分からないな」
これがレイなら、それこそ金が必要ならモンスターを倒すなり、盗賊狩りをするなりすればいい。
そうすれば、それこそかなりの金額を容易に入手出来るのだから。
しかし、それはあくまでもレイだからこそだ。
そのようなことが出来る者は、レイを含めてそう多くはない。
ましてや、ニーグルは貴族だ。
見た感じでは、それなりに身体を鍛えてはいるし、日頃から領民達と共に仕事をしているというだけあり、相応の身体をしているのは間違いない。
それでも高ランク冒険者のように多数の敵を一人で……あるいは少数で倒せるかと言われれば、レイは即座に首を横に振るだろう。
「そうだな。だが、元を取るのに長く掛かるかもしれないが、農作業用のゴーレムがあれば農地の開拓を進め、今よりも多くの作物を育てられる。そうして農作業を続ければ、最終的にはそこまで時間が掛からずにどうにかなるとは思っているよ」
ゴーレムも含めてマジックアイテムというのは、高価ではあるが代々その家に伝わるという物も多い。
そういう意味では、大事に使い続ければいずれそのゴーレムは大きな利益をもたらすのは間違いないだろう。
(とはいえ、普通のマジックアイテムならともかく、ゴーレムの類なら整備とかそういうのも必要になってくると思うんだが)
その辺をどう考えているのかと疑問に思い、素直に尋ねる。
「ゴーレムの場合、整備とかもする必要があると思うけど、その辺はどうするんだ?」
「ゴーレムの作りを簡単な物にして貰うってことは、整備の類も普通のゴーレムに比べると簡単になる筈だ。それでも一般人には難しいかもしれないが、エグジニスで移住してもいい者を探そうと思っている」
「それは……そういう者がいるといいけどな」
エグジニスは、ゴーレムを作る者達にとっては最先端の技術を得られる場所だ。
そのような場所にいる者達が、ニーグルの領地に行くとは到底思えなかった。
少し話を聞いた程度でも、間違いなく田舎と呼ぶに相応しい場所なのだ。
そうである以上、エグジニスからわざわざ田舎に引っ込む者がいるかとなると、難しいだろうとレイは思う。
「何、探せばいると思うぞ。別に現役で活躍しているような奴じゃなくても、ゴーレムの整備と……後は出来ればちょっとマジックアイテムとかを作ってくれればそれでいいんだ。引退したいと思っている奴なら、そう悪い話じゃないだろ」
その説明に、レイはなるほどと納得する。
レイがイメージしていたのは、それこそニーグルが口にしたように現役で今もゴーレムを作っているような者達だ。
それに対して、ニーグルが考えていたのは田舎で楽隠居をしようと思っているような者。
そのような者であれば、ニーグルの言うように引き抜くといった真似も十分に可能だろう。
そしてニーグルにしてみれば、そのような引退を希望する人物に何人か弟子を育てて貰い、あわよくばニーグルの領地でもゴーレム産業を興したいといったところか。
「上手くいけばいいけどな。……ただ、田舎だったらゴーレムを作る素材とかにも困りそうだけど」
ゴーレムを作るには、色々な素材が必要となる。
それこそ簡単なゴーレムであれば、土や木、石といった物でも可能だろうが……マジックアイテムとして、魔石が必要なのは間違いないし、それ以外に性能を求めるのなら特殊な素材が必要となる。
田舎にある素材でそのようなゴーレムを作るというのは、かなり難易度が高いだろうというのが、レイの予想だった。
とはいえ、レイもゴーレムについてそこまで詳しい訳ではない。
日本にいた時にゲームやアニメ、漫画といった諸々で得た知識であったり、あるいはエグジニスに行くということでマリーナから多少なりとも話を聞いたりといったようなことしかしていない。
「その辺は、おいおい考えるさ、まずはうちの領地に来ることを了承してくれる職人がいないと、どうにもならないし」
「頑張ってくれ。……ああ、そう言えば。最近エグジニスで他とは比べものにならない性能のゴーレムが作られてるって話を聞いたんだけど、知ってるか?」
それは、レイにとってエグジニスに来るという意味では、大きな理由の一つだった。
どうせゴーレムを買おうと思っているのだから、出来れば高性能なゴーレムを欲しいと、そう思うのは当然のことだろう。
そんなレイの質問に、ニーグルは頷く。
「ああ、聞いている。だが……数はかなり少ないし、値段的にもかなり高価だという話だぞ?」
「それは知っている。けど、資金的には余裕があるしな。それに……錬金術師達が欲しがる素材はかなり持ってるから、それを使ってどうにか出来るかもしれないし」
「冒険者ならではだな」
その言葉に、そうか? とレイは疑問を抱く。
モンスターの素材を集めるというだけであれば、それこそ貴族らしく購入すればいいのだから。
もっとも、モンスターの素材を購入する資金があるのなら、それこそゴーレムを購入する資金に回した方がいいのだろうが。
そうして話しているレイとニーグルだったが、その速度は街道移動するにもかなり遅い。
そんな一行を他の商人や貴族達が追い越していくのだが、そのような者達にしてもグリフォンに乗っているレイに意識が向けられていた。
とはいえ、レイにしてみればそんな注目はいつものことである以上、特にそんな相手に何かをするつもりもない。
このような場所に来る者達だけあって、多くの者はレイの存在を当然のように知っている。
だからこそ、レイを敵に回すと貴族であろうと大商人であろうと容赦なく攻撃されるというのは理解しており、レイに関わりたくないと思う者や、接触したいが今は不味いと判断する者達が多い。
そんな状況の中で、最も困ってるのはニーグルの護衛達だろう。
自分の乗っている馬が、セトに近付こうとしないのだ。
当然ながら、そうなればセトの側にあるニーグルの乗ってる馬車にも近づけない。
……とはいえ、護衛達もニーグルの身の安全については何も心配していなかった。
何しろ、異名持ちのレイが側にいるのだ。
それこそ突発的な盗賊やモンスターの襲撃があったとしても、レイがいればそんなのは何の問題にもならない。
ある意味、護衛の自分達の方が危ないのだろうと、そう思ってしまう。
「そう言えば、この馬車を牽いてる馬……かなり立派な馬だけど、高かったんじゃないか?」
「買えば高いだろうな」
ニーグルの言葉に、レイも何となく納得する。
恐らくは、手柄を挙げたか、もしくは自分で捕らえたかしたのだろうと。
「この馬を手に入れられたのは、レイのおかげでもあるんだよな」
「は……? 俺?」
まさか、ここで自分の名前が出て来るというのは、レイにとっても予想外だった。
だが、実際にこうしてレイに向かって言ってきている以上、冗談でも何でもなく本当にそのように思っているのは間違いないのだろう。
戸惑った様子を見せるレイに対し、ニーグルは笑みを浮かべて口を開く。
「ベスティア帝国との戦争だよ。あの時、レイが炎の竜巻で敵を壊乱状態にして、そこに中立派の貴族が突っ込んだことがあっただろう? あの時の一件で手柄を上げて、その報酬としてこの馬を貰ったんだ」
「それは、また……」
実は戦友だったのかと、レイは驚きの表情を浮かべる。
そして、戦友だということで、ニーグルに感じている好意は先程よりも高くなった。
「そして……っと、話はそろそろ終わりだな」
エグジニスの正門が近付いてきたのに気が付き、ニーグルが一旦話を打ち切る。
幸いにして、ギルムとは違って正門の前に並んでいる者の数は多くない。
エグジニスという街はギルムや迷宮都市とはまた違った意味で特殊な場所である以上、ここに来る者はそう多くはない。
レイ達の前に並んでいる者達も、ニーグルと同じく一つの集団としてそこにいる。
そうである以上、エグジニスの中に入る手続きも個別にやるよりはかなり短縮される。
実際レイがニーグルとゆっくりと話ながら移動をしていた時にそれなりに追い越していった者達はいたのだが、その多くは既に手続きを終えてエグジニスの中に入っていた。
そしてレイ達が正門の前に到着すると、すぐに警備兵がやってくる。
まだ前にいる者達は手続きをしている最中なのだが、少しでも待たせないようにと考えての行動だろう。
エグジニスに来るのは、貴族や大商人といった者達が多い。
特にこうしてある程度の規模でやってくる者達であれば、その可能性が高い。
そうである以上、警備兵としてもしっかりとそれを前提として行動する必要があった。
世の中には、遅いというだけで不機嫌になり、無茶を言う……といった者もいる。
いや、いるといった規模ではなく、レイが嫌っている類の貴族や傲慢な大商人ともなれば、そのような者はかなりの数に及ぶだろう。
また、エグジニスはゴーレム産業が盛んな街ではあるが、結局はそのゴーレムを買ってくれる人がいて、初めて収入となるのだ。
そのような相手に配慮するのは当然だった。
とはいえ……
「深紅……ランクA!?」
自分はニーグルと一緒にいたが、一緒の集団ではないということで、レイは別に手続きをする。
セトに乗っていた以上、当然のようにエグジニスの警備兵にもレイであるというのは分かっていたのだろうが、それでもランクA冒険者になっていたというのは、予想外だったのだろう。
驚きを露わにしながら、レイにギルドカードを確認する。
それでもセトがいるので、レイが偽物ではなく本物であるというのはしっかりと理解されており、特に怪しまれることはなく、手続きを終えるのだった。