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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2654/3865

2654話

「あはははははは。セト、セト、こっちこっち!」

「グルルルルゥ」


 レイが庭に出ると、子供達がセトと共に遊んでいる光景が目に入る。

 この街は、言ってみれば田舎の街だ。

 それだけに、ギルムのように住む場所に困るといったようなことはない。

 ……もっとも、今のギルムは増築工事で仕事を求めて多くの者がやって来ているので、それが原因で住む場所がなくて困っている者も多いのだが。

 この街は田舎だけに一軒ずつの土地もそれなりに広い。

 ましてや、この孤児院は特に庭が広い作りとなっていた。

 端の方には、少しでも食料となるようにだろう。畑の類もそれなりの大きさで存在しているが。


「あ、兄ちゃん!」


 レイが庭を眺めていると、カミラがレイの存在に気が付く。

 とはいえ、最初にレイの存在に気が付いたのは当然だがセトだ。

 それでも今は子供たちと遊んでいるので、そちらに集中していたから、反応しなかっただけだ。


「他の連中もセトには慣れたみたいだな」

「うん。セトは見た目と違って優しいからね」

「……見た目も可愛いと思うけどな」


 レイの目から見て、セトは愛らしい外見をしているように思える。

 ギルムでも、多くの者がセトを愛らしいとして可愛がっているのだ。

 その経験から考えると、やはりセトは外見も可愛いとレイには思えた。


「グルルルゥ」


 話しているレイとカミラに、背中に子供を乗せたセトが近付いてきて喉を鳴らす。

 もう行くの? と、そう尋ねるセトに対し、レイは首を横に振る。


「いや、アンヌに手紙を書いて貰っている。それを受け取ったらエグジニスに向かうぞ」

「え? もう行っちゃうの!?」


 カミラの口から驚きの声が漏れる。

 カミラも先程まで話していたアンヌ同様、レイはこのまま暫くここにいると思っていたのだろう。

 少なくても、今日は泊まるだろうと。


「ああ。俺達の目的地はエグジニスだからな。セトに乗って移動すれば、かなりの速度を出せるし」

「でも、モンスターとかに遭遇するよ?」

「俺はギルムの、それもランクA冒険者だぞ? この辺りに出て来るモンスターは、楽に倒せるよ。実際、モンスターじゃないけどお前達を襲った狼も俺があっさりと倒しただろ?」

「それは……」


 実際にレイが素早く狼を倒す光景を見ているだけに、カミラは反論出来ない。

 いや、実際にはレイが狼を倒したというのは理解しているのだが、どのように動いて倒したのかというのは当然見ることが出来なかったのだが。


「まぁ、そんな訳だ。悪いな。もっとセトと一緒に遊びたかっただろうけど、諦めてくれ。その代わりと言っては何だが、お前達が戦った狼の肉と毛皮はアンヌ達に渡しておいたから、今日は腹一杯食えると思うぞ」


 わぁ、と。

 レイの言葉を聞いていた子供達は、皆が嬉しそうに声を上げる。

 腹一杯食べられるというのは、孤児院の子供達にしてみればそれだけ嬉しいことなのだろう。

 実際、こうしてレイが見る限りでは子供達の多くは痩せ細るといった程ではないにしろ、痩せている者が多い。

 それでも危険な状態……それこそセトと一緒に遊ぶだけの元気や体力があるのは、アンヌを始めとした孤児院の職員達が自分の食べる分を少なくして、その分を子供達に与えていたからというのが大きい。

 子供と大人では、当然だが食べる量が違う。

 アンヌ達にしてみれば一人前であっても、子供なら二人前……あるいは一人前半くらいの量になる。

 また、大人と違って子供はまだ身体が出来ておらず、しっかりと食べる必要がある。

 勿論、食事の全てを子供達に与えれば、アンヌ達も飢えてしまう。

 だからこそ、最低限の食事はしている筈だった。


「取りあえず、これでも食うか?」


 何となく腹を減らしている子供達を見ていられず、レイはミスティリングの中からサンドイッチを取り出す。

 レイが美味いと判断したサンドイッチなので、味に関しては間違いない。

 子供達は、レイが何もない場所からいきなりサンドイッチを取り出したことに驚いていたが、それよりもやはりサンドイッチの方に目が向けられる。


「ほら、食っていいぞ」


 レイが言うと、多くの子供達が一斉にサンドイッチに手を伸ばす。

 それを見ながら、もしかして手を洗わせてからの方がよかったか? と今更ながらに思うレイだったが、この世界では食事の前に手を洗うといったことは、そこまで一般的ではない。

 そういう意味では、身体に多少の雑菌が入っても、それで具合を悪くするといったようなことはない。


(そう言えば、日本でも最近になって除菌とかそういうのを徹底するようになった結果として、ばい菌とかに対する抵抗力が全体的に落ちているって話を何かで見たな。そういう意味だと、これはこれでいいのか?)


 それが本当に正しいことなのかどうかは、レイにも分からない。

 ただ、もしレイの見た内容が事実であれば、これからも孤児院で暮らしていく以上、少しでも身体が丈夫な方がいいのは間違いないと判断し、取りあえず決定的に手で泥で汚れているといったよう者達もいなかったので、何も言わないことにする。


「美味しいいいいいいいいいっ!」


 子供達の口から、そんな絶叫が放たれる。

 色々な料理を食べてきて、舌が肥えているレイも美味いと感じるサンドイッチだ。

 当然ながら、普段レイ程にいいものを食べていない子供達にしてみれば、初めて食べるくらいに美味いと感じてもおかしくはなかった。


「ほら、落ち着け。慌てて食って喉に詰まらせるなよ」


 そう言いつつ、果実水を出して子供達に配っていく。

 それもまた、子供達には喜ばれる。

 子供達にしてみれば、果実水そのものはたまに飲めるし、あるいは何らかの理由で果実を貰った場合は、皆でそれを楽しむ為に果実水にして全員で飲むといったことも珍しくはない。

 だが、レイが子供達に渡した果実水は、そのどれもが冷たいのだ。

 マジックアイテムを使って冷えた果実水を売っている屋台で買い占め、ミスティリングに収納していたものだから当然だろう。

 温い果実水と冷たい果実水。

 そんな温度の違いではあるが、それは果実水として味に違いをもたらす。

 それ以外にも、果実水は一つの果実ではなく複数の果実を使って果実水を作るといったような真似をしている。

 果実水を売ることで生計を立てているのだから、ブレンドされた果実水というのは普通の果実水とは大きく違う。


「うん、美味い」


 レイもまた、果実水を飲んで満足そうに呟く。

 サンドイッチと果実水によるおやつの時間は、子供達にとっても幸せな時間だった。

 だが、当然ながらサンドイッチも果実水も無限にある訳ではない。

 食べたり飲んだりすれば、それは消える。

 そして、ちょうどタイミングを見計らっていたかのように、アンヌが庭に姿を現す。


「レイさん、これ手紙です。これを渡せばレイさんに協力してくれると思いますので」

「そうか、分かった。……それで、その冒険者ってのは何て名前なんだ?」


 さすがにこの孤児院出身の冒険者というだけでは、その人物を特定するような真似は出来ない。

 アンヌもすぐにそのことに気が付いたのか、言い忘れていたことを恥じるように口を開く。


「エグジニスにこの孤児院を出た子達がそれなりに冒険者としてやっているので……そうですね。リーダー格だったゴライアスを捜して貰えば、問題ないかと。身長はレイさんよりも少し高くて、緑の髪をしています」

「分かった、ゴライアスだな。外見の特徴も、それだけ分かれば見つけることも難しくないと思う。……これは、紹介して貰った謝礼だ」

「え? きゃあっ!」


 手紙を受け取ったレイはそれをミスティリングに収納すると、ファングボアの死体を取り出す。

 レイの胸くらいまでの大きさを持つファングボアだけに、その重量はかなりのものだろう。

 それはつまり、食べる場所もあるということだ。

 ……その代わり、死体そのままである以上は自分達で解体をしなければならないが。


「一応、解体の仕方はカミラ達に教えてあるから、そっちから話を聞いてくれ」

「……はっ! い、いけません。もうレイさんからは色々と貰っています! なのに、またこんな……」

「ファングボアの肉は美味いが、これよりも美味い肉は幾らでもあるからな。それに、エグジニスでの協力者を得られたと思えば、この程度の出費は問題ない。とはいえ、この季節だ。肉は早く食べないと悪くなるから、干し肉にするとか、あるいは売ってもいいかもしれないな」


 この世界の一般的は干し肉というのは、それこそ塩を使ったものだ。

 レイが日本にいた時に父親が食べていたような、様々な香辛料を使った干し肉ではない。

 そういう意味では、生で食べるよりは随分と味は落ちるのだが……それでも、食料として考えれば問題なく食べられる。


「本当に、いいのですか? こんなに立派で大きいのを私達の為に……」

「問題ない。それに何度も言うようだが、初めて行く場所で信頼出来る人物が色々と教えてくれるんだ。そういう意味では、安い買い物と言ってもいい」


 ファングボアを渡すのを、安い買い物というのはレイがそれだけの実力を持っている為なのだが、アンヌはその辺について分からない。

 それでも折角貰った以上、少しであろうとも無駄にしないようにしなければと、そう思ってはいたが。


「カミラ、レイさんが貴方なら解体出来るって言ってたけど、本当?」

「え? あ、えっと……」




 突然姿を現したファングボアを見ていたカミラは、アンヌのその言葉に戸惑った様子を見せ、レイに視線を向ける。


「一応、簡単にではあるけど、俺が教えたのは間違いない。後は、お前が解体しようと思うかどうかだな。まぁ、解体ってのは数をこなせば慣れていくし」


 レイの言葉には、強い実感が籠もっている。

 実際、レイも最初は解体の技量はからきしだった。

 それこそ、日本にいる時に父親が飼っている闘鶏用の鶏を絞めて解体したといったような経験しかなかったのだ。

 鶏とモンスターは当然のように違うので、最初はかなり苦戦したのだが、それでも今はそれなりに解体出来るようになっている。

 そんな訳で、解体は習うより慣れろというのが一番なのは間違いない。

 ……レイは解体の上手い相手に指導を受けたりもしたのだが。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるアンヌ。

 このファングボアがあれば、現在の状況を乗り越えられる。

 勿論、今この状況で何とか乗り越えても、その後はどうするかはまた別の話なのだが。

 それでもある程度の余裕が出来たのは間違いないのだ。

 であれば、アンヌにしてみればレイに向かって感謝の気持ちを抱くしかない。


「気にするな。子供が飢えているというのは、俺にとっても後味が悪いし。……セト、行くぞ」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らして近付いて来る。

 今は子供達もファングボアに気を取られている為か、こうしてレイとセトが孤児院から出ようとしても、特に注目する様子はない。

 ……ある意味、レイがここでファングボアを出したのは、これが狙いだったのかもしれないと、そうアンヌは思ってしまう。

 子供達の全てがそんなレイやセトに気が付いていない訳ではないが、それでもここでレイやセトを止めても意味はないと判断してるのか、残念そうな様子を見せつつも口を開くことはない。


「じゃあな。また機会があったらここに寄るよ」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトも同意するように喉を鳴らし、そしてレイとセトは孤児院から出る。

 そんなレイ達の背後では、未だにアンヌが頭を下げていた。


「さて、情報も貰ったし、街を出るか。この街だとセトも怖がられるようだし」

「グルルルゥ……」


 レイの言葉に、残念そうな表情を浮かべるセト。

 人懐っこいセトにしてみれば、敵対している相手や嫌っている相手はともかく、友好的に接したい相手に怖がられるというのは、色々と思うところがあるのだろう。


(見た目も可愛いと思うんだけどな)


 レイにしてみれば、セトは身体の大きさはともあれ、外見は愛らしいと思う。

 戦いの時の勇猛さから考えれば、それこそ信じられないくらいに。

 だが、それは最初からセトと一緒にいるレイだからの話であって、他の者にしてみればグリフォンというのはどうしても怖い相手と思ってしまうのだろう。

 それでも孤児院での出来事を見れば分かるように、外見だけで怖がるのではなく、歩み寄ってくれればセトもそれに反応して一緒に遊んだりする。

 今ではギルムでマスコットキャラ的な存在となっているセトだったが、レイがギルムに来た当初はグリフォンだからということで、怖がっていた者も多いのだ。

 それが今のような状況になっているのだから、セトの大人しさを示している。

 ……敵対するような相手であれば、話は別だったが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 此処を出る時に、寄付金の話をつけてやれば良かったかなと 思いました。 毎日楽しみに読ませてもらっています。
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