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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゴーレムの街エグジニス
2652/3865

2652話

「この子達を助けてもらい、ありがとうございます。私はこの孤児院で働いている、アンヌといいます」


 そう言い、女……アンヌはレイに向かって深々と頭を下げる。

 現在、部屋の中にいるのはレイとアンヌ、それと他にも何人かの職員達だ。

 子供達は、現在庭でセトと一緒に遊んでいる。

 勿論、セトとの間に何かあってはいけないので、職員が数人そちらにもついているが。


「気にしないでくれ。俺とセトが食事をしているところで子供が殺されたりしたら、後味が悪かったし。それに……俺が助けてなくても、きっとセトは助けたと思う」


 それは、レイにとって確信出来ることだ。

 セトは敵対した相手やレイが嫌っている相手に対しては容赦しないが、それ以外では基本的に人懐っこい。

 そして、ギルムでもそうだったが、子供に対しては一緒に遊ぶ相手と認識している。

 それだけに、子供が殺されそうになっているのを見れば、まず間違いなく助ける筈だ。


「それでも、レイさんが助けてくれたのは間違いありませんから。まさか……あの子達が街を抜け出すなんて真似をするなんて……」

「あまりカミラを怒らないでやってくれ。小さい子供達に腹一杯食べさせてやりたいと思ってのことだったんだ。……まぁ、やったことは無謀でしかなかったけどな」


 そんなレイの言葉に、アンヌは悲しそうな表情を浮かべる。

 アンヌにしてみれば、自分達が不甲斐ないせいで子供達が空腹を我慢していると、そう思っているのだろう。


「やっぱりこのネックレスを売れば……」

「駄目よ。それは、貴方の両親が遺してくれた、唯一の物でしょう?」


 首に掛かっているネックレスに手をやって呟くアンヌに、他の職員達がそう告げる。

 両親の遺品と思しきネックレス。

 だが、そのネックレスはその手の知識のないレイの目から見ても、決して高級品のようには思えない。

 それこそ、この孤児院に何人くらいの孤児がいるのかは分からないが、現在庭でセトと遊んでいる孤児達だけで十人以上いる。

 人の命の価値が日本とは比べものにならないくらいに低いこのエルジィンにおいては、孤児というのはどうしても出てしまうのだ。

 恐らくこの孤児院にも、セトと遊んでいる者達以外にまだそれなりの数の孤児がいるのは確実だった。

 見るからに安物のネックレスだけに、アンヌにとっては大事な物でも、売っても二束三文にしかならないだろう。

 それこそ全員の一食分になるかどうかも怪しい。

 本当に生きるか死ぬかといったような状況になれば話は別だが、今の状況では他の者達もそれを売るというアンヌの言葉には否定的だった。


「まぁ、そのネックレスのことはともかく……狼の肉がそれなりの数がある。全員が腹一杯になるかどうかは微妙だけど」

「え? その……いいんですか?」


 アンヌ達にしてみれば、何故レイがそのようなことをしてくれるのか、疑問なのだろう。

 レイにしてみれば、狼の肉はモンスターの肉に比べるとどうしても味が落ちるので、このまま見捨てるのも後味が悪いといったこともあり、全て渡すのに問題はないのだが。


「ああ。それにこの狼は、カミラ達が襲われた狼だ。つまり、カミラ達の手柄と言ってもいい」


 一瞬、自分でもそれは無理があるのでは? と思わないでもなかったが、実際にもしカミラ達が狼の群れに襲われてレイ達のいる場所までやって来なければ、狼は倒されることがなかったのは間違いない。

 そういう意味では、多少大袈裟ではあるが決して間違ったことを言っている訳ではない。

 アンヌも、カミラ達から狼に襲われたといった話は聞いていたので、レイの言葉に納得する。

 実際には、色々と思うところがあったのは間違いないのだが。


「子供達も腹が減ってるんだろ? 食わせてやってくれ」


 そう言い、解体された狼の肉を取り出す。

 突然何もない場所からいきなり狼の肉が取り出され、それがテーブルの上に置かれるとアンヌ達は驚きの表情を浮かべる。

 これがギルムであれば、レイがミスティリングを持っているというのは多くの者が知っているし、レイがミスティリングを使っているのを自分の目で見たことがある者も多い。

 あるいは冒険者なら、アイテムボックスについて知っていてもおかしくはない。

 だが、この街はそれなりに大きな街ではあるが、どちらかといえば田舎の街といった場所だ。

 ましてやここはギルドでも何でもなく、孤児院に一室で、部屋の中にいるのは冒険者でも何でもない孤児院の職員だ。

 そうである以上、アイテムボックスという存在そのものを知らない者が多くてもおかしくはなかった。


「ほら、ミスティリングについては、今はどうでもいいだろ。それよりも肉だ。あくまでも狼の解体をしたのは俺だから、店で売ってるように上手い解体じゃないけど、別に売り物にするんじゃなくてこの孤児院で消費するだけだから、別にいいよな?」


 以前に比べると解体の技量が上がったレイだったが、それでも肉屋に置かれている肉のように、しっかりと見た目も考えた上で解体するといったような真似は、まだ出来ない。

 どうしても肉屋で売られている肉と比べると雑になってしまうのだ。

 この辺は、やはり素人と本職の違いといったところか。


「これを、全部……私達が貰ってもいいのですか?」


 アンヌが、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。

 アンヌ達にしてみれば、これだけの狼の肉があれば助かるのは間違いない。

 それこそ、子供達にも満腹になるだけの食事を用意することが出来るだろう。


「ああ。この狼の肉は俺はあまり好まないしな。それと……これも必要だろ」


 次にレイがテーブル……ではなく、床の上にミスティリングから取り出したのは、狼の毛皮だ。

 レイの技量で解体されたので、ところどころに肉や脂が付着したままだったりしているものの、幸いなことに……本当に幸いなことに、毛皮が破れるといったような損傷はない。

 その辺り、レイもしっかりと考えて解体をしたのだろう。


「この毛皮は、見ての通り狼のものだ。なめして自分達で使うなり、どこかに売って金に換えるなりすればいい」


 そう言うレイだったが、多分売るといったような真似はしないんだろうなと、そう思っていた。

 今はまだ晩夏だが、これから秋になり、冬になる。

 この孤児院はそこまで古い建物ではないが、それでも暖を取る為には薪の類が必要になる。

 だが、薪を買うにも当然ながら金が必要になるし、あるいはカミラ達と遭遇した林で薪となる木を拾ってくるといった必要もある。

 だが、カミラ達が狼に襲われたように、林も安全な場所ではない。

 そうである以上、孤児院としては薪を使うのは出来るだけ避けたい。

 狼の毛皮をなめして服にすれば、温かい服になるのは間違いなかった。

 そうである以上、孤児院としての選択肢は、やはり売らずに服として使うというものになるだろう。


「いいんですか?」

「ああ、肉と同じく俺には使い道がないからな。……そうだな、ちょっと聞きたいことがあるんだが、それを教えてくれたら情報料として別のモンスターの肉を支払ってもいい。どうする?」

「え? それは、その……レイさんの欲しがっている情報を、私達が持ってるとは限りませんけど」

「エグジニスについてだ。多分、ここからそう離れてない場所と思うんだけど」


 まさか、ここでエグジニスの名前が出て来るとは思わなかったのか、アンヌは驚く。

 実際、この街からエグジニスまでの距離はそう遠くない筈だった。

 ……もっとも、そう遠くないというのはあくまでもセトが空を飛んだ時の話であって、この街から馬車を使って移動するとなると相応に時間が掛かるのだが。

 それでも、この街がエグジニスから近い場所にある街の一つであるという事実は変わらない。


「そうですね。エグジニスに向かう馬車は定期的に出てますが、利用者は少ないです。どちらかというと、食料を始めとした各種生活物資を買いに来る商人の人とかが多いですね」


 アンヌの説明で、恐らくこの辺りはエグジニスから移動する者達にしてみれば、裏通り的な感じで、主要街道と呼ぶような場所は他にあるのだろうと予想出来る。

 レイの場合は街道をある程度無視出来るセトがいたので、そのようなことは関係なかったが。


(え? あれ? ちょっと待った。でも、街道沿いに進んできたのは間違いないよな? なら、俺も本来ならそっちの主要街道を移動している筈じゃ?)


 そんな疑問を抱くレイ。

 恐らくは街道の分岐点で本来とは行く方向が間違ったのだろうというのは、予想出来た。

 予想出来たのだが、取りあえずこうしてエグジニスの近くにまでやってきたということは、途中で道を間違えてしまったのは事実だろうが、それでも道を間違えたのは少し前だった可能性が高い。

 でなければ、それこそエグジニスとは全く関係のない方向に進んでいても、おかしくはないのだから。


(セーフ、ギリギリセーフ。誰が何と言おうと、セーフ)


 取りあえずエグジニスの近くまでは無事に到着していたのだから、道に迷った訳ではない。

 決して自分やセトは方向音痴ではないと、そう思い込む。


「どうしました?」


 不意にレイが深刻そうな顔をしたかと思えば、何故か安堵した様子を見せたことで疑問に思ったアンヌが尋ねる。

 そんなアンヌに、レイは何でもないと首を横に振ってから、改めて口を開く。


「エグジニスについて聞いたから分かってると思うけど、俺はエグジニスに向かう途中だったんだよ。で、ここからだと林の向こう側にある花畑が綺麗だったから、そこで食事をしてたところでカミラ達に会ったんだ」

「そうですか。エグジニスに」


 レイがエグジニスに向かっているということは、特にアンヌを驚かせたりといったようなことはない。

 エグジニスが半ば都市と呼ぶに相応しい大きさを持つ街であることは、アンヌも当然のように知っているし、何度かは足を運んだこともある。

 正確には、この街から一番近い場所にある他の街がエグジニスである以上、他の街となるとそれはエグジニスのことを意味するのだが。

 あるいはエグジニスを通過して他の街に行くといったようなことになった場合もあるかもしれないが。


「ああ、ゴーレムの開発とかが盛んだって話を聞いてな」

「それは事実ですけど、その……高性能なゴーレムになると、当然ですけど高いですよ?」

「だろうな。それくらいは予想している」


 高性能な物は高価。

 それはレイにとって、当然の事だった。

 マジックアイテムも、高価な物は高い。

 勿論、それが全てではない。

 中には安価であっても高性能なマジックアイテムといった物もある。

 例えば、錬金術師になったばかりの者が作ったけど、偶然上手い具合に高性能なマジックアイテムになったり、地位のある人物に毛嫌いされているが、実は腕のある錬金術師が作ったり……あるいは高性能ではあるが何らかの欠点があるような品だったり。

 それ以外にも様々な理由があり、高性能でも安価なマジックアイテムというのはある。

 だが、一般的に考えた場合、やはり高性能なマジックアイテムは高価なのだ。

 ……中には、詐欺的な意味で高価なマジックアイテムもあったりするが。


「さっき街に入る時のやりとりで分かると思うけど、俺はランクA冒険者だ。こう見えて異名もある。ゴーレムを買うくらいのことは出来るよ」

「そう、ですか……」


 レイの言葉に、アンヌが一瞬だけ複雑な表情を浮かべる。

 アンヌにしてみれば、この孤児院を運営するのもやっとの現状で、金はあるというレイの言葉に思うところがあったのだろう。

 とはいえ、すぐにその複雑な表情を消すが。

 レイが持っている金は、レイが危険な依頼をこなして稼いだ金だと納得したのだろう。

 それは大筋では間違っていないが、中には盗賊狩りをして得た金もある。


(あ、そう言えば……)


 盗賊狩りと考えたところで、レイはここに来る途中に行った盗賊狩りのアジトで得た物を思い出す。

 その大半はお宝の類や、あるいは使われていない武器だったりしたのだが、それ以外にも小麦の入った袋があったのだ。

 恐らくは盗賊達がパンを作る時に使っていたのだろうが、決して新しい訳ではなく古い小麦粉だ。

 レイにしてみれば、ミスティリングの中には大量のパン……それも美味いという店の焼きたてのパンが入っているし、それ以外の小麦を使う料理でも新しい小麦がそれなりにある。

 そうである以上、古い小麦を持っていても……それこそ何かあった時に粉塵爆発くらいでしか使い道が思いつかない。

 小麦というのは生もので、密封している小麦粉であっても一年程度が賞味期限だ。

 しかし、このエルジィンにおいては賞味期限などという概念は殆どない。

 その為、古い小麦であっても使い切るまで使い続けるのが普通だった。


「取りあえず、話は逸れるけどこれもやるよ」


 そう言い、レイは盗賊達が使っていた古い小麦をミスティリングから取り出すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 盗賊には気軽に高級宝石、孤児院には毛皮と肉と古い小麦粉・・・うーん・・・。
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