2649話
エグジニスを……正確にはその周辺を拠点にしていた盗賊達が、次々と消えていった。
そう告げる盗賊だったが、レイにしてみれば特に驚くようなことではない。
自分のように趣味と実益を兼ねて盗賊狩りをしている者がいてもおかしくはないし、そうでなくても……
「エグジニスが雇った冒険者が、盗賊達を各個撃破する形で処理していったんじゃないか?」
エグジニスにしてみれば、自分達の周辺に棲息している盗賊というのは百害あって一利なしだ。
本来ならエグジニスに金を落としてくれる客が襲撃され、その金を奪われる。
また、盗賊が多いという噂は当然のように広まり、エグジニスに行こうという者も二の足を踏むだろう。
だからこそ、エグジニスにいる者達にしてみれば、出来る限り盗賊を駆除したいと思うのは当然だった。
「そうですね。実際、可能性としてはそれが一番高いと思います。それに、中にはゴーレムの性能を確認する為に攻撃を仕掛けてくる……なんてとんでもない奴もいましたし」
「それはまた……」
ゴーレムが当初の予定通りの性能を持っているのかどうかというのは、確認してみるまでは分からない。
あるいは決められた試験ではその性能を発揮しても、実戦においても予定通りの性能が発揮するかどうかは分からない。
そういう意味では、盗賊というのは殺しても文句を言われないどころか、寧ろ感謝される。……それどころか、冒険者としてギルドに登録していれば、報酬すら貰えるのだ。
そういう意味では、ゴーレムの戦闘試験の相手として盗賊は悪い相手ではないのだろう。
もっとも、当然ながら盗賊と戦うのだから危険もある。
盗賊がゴーレムに勝つ可能性もあるし、ゴーレムを無視して人間の方を狙うかもしれない。
護衛の冒険者を雇っていれば、そのような時にも対処出来るかもしれないが、そうなれば当然ながら護衛の冒険者達にゴーレムの性能を見せることになる。
「ただ、おかしいんです。冒険者にしろ、ゴーレムにしろ、狙われた盗賊団が壊滅するといったことはあっても、それでも一人や二人は逃げ出してもおかしくはないですし、そこから情報が広がってもおかしくありません。ですけど、逃げ延びた者は誰もいませんでした」
「それは、単純に逃げることすらも出来ないままに蹂躙されただけじゃないか?」
実際、レイも盗賊狩りをやる時は盗賊を逃がさず捕らえる。
それに……と、レイはセトの方を見る。
セトがいるおかげで、盗賊が逃げるのはかなり難しい。
それこそ、不可能とは言わないが、それに近い難易度なのは間違いない。
「そうですね。実際、最初は皆がそのように思ってました。ですが……さすがに潰される盗賊が五つを超えると、おかしいです。それだけの盗賊が襲撃されたのなら、絶対に一人や二人は逃げ延びた者が出て来る筈ですから」
盗賊達の実力を知った上での言葉である以上、レイもその言葉を否定は出来ない。
とはいえ、レイのように個として突出している実力の持ち主が盗賊達を襲っているのなら、文字通りの意味で全滅しているといった可能性はあるが。
ゴーレムの開発が盛んな自治都市――正確には街だが――である以上、当然のようにエグジニスにも相応の戦力がいるだろう、
ましてや、多くの金持ちがやって来ては、ゴーレムを購入して金を落としていく。
その金を使って、腕利きの冒険者を集めていてもレイとしては別に驚かない。
それこそ異名持ちの冒険者がいても、おかしくはないとすら思っている。
「まぁ、逃げてきた理由は分かった。お前達がエグジニスの周辺でどのくらいの腕利きだったのかは分からないが、逃げてきてよかったと思うぞ。……その結果俺と遭遇したんだから、実際には運が悪いのかもしれないけど」
レイが戦った感想としては、弱くはないが強くもない、いたって普通の盗賊といった強さでしかなかった。
それこそギルムの冒険者……増築工事で増えた者達ではなく、以前からの冒険者だが、そのような者達なら倒すのは難しくはない強さ。
その程度の強さしかないのだから、もしエグジニスに留まっていれば間違いなく全滅していただろう。
それを思えば、三人ではあっても生き残ることが出来たのは間違いなく幸運だった筈だ。
(それに……)
レイは、視線の先にいる盗賊を見る。
当初は奴隷商がいる街か都市に連れていき、警備兵に突き出すつもりだった。
もし近くにそのような場所がなければ、離れた場所に連れていくのも面倒だと判断して、殺していた可能性もある。
だが、これからエグジニスに向かう際に重要と思われる情報を聞いたのだから、殺すのは止めておいた方がいいかも? と、そんな風に思う。
普通に考えれば、盗賊を生かしたまま逃がすというのは決して褒められることではない。
しかし、レイが見る限りでは、この盗賊はもう二度と盗みをしたりといったような真似が出来るとは思えない。
それだけ、レイとセトによって恐怖を心に刻み込まれているのだから。
もっとも、この世界は基本的に弱肉強食だ。
弱ければ食われ、強ければ食う。
そういう意味では、レイを案内してきた盗賊がまた盗賊に戻ったとしても、レイは特に何も感じないだろう。
次に盗賊として遭遇した時は、容赦なく殺すだろうが。
(そうだな、おかしなことをしないで俺をアジトに送っていったら、逃がしてやるとするか。奴隷商人のいる場所まで連れていくのは、木に縛ってきた二人がいるし)
レイとセトをここまで案内してきた盗賊にとっては運のいいことに、こうして生き延びる未来を手に入れたのだった。
「へぇ……これは、なかなか」
盗賊が案内したアジトを見て、レイは感心したように呟く。
この辺りに来たばかりだという話だったので、あまりいいお宝はないのかと思ったのだが、予想外に結構なお宝があったのだ。
レイにしてみれば、嬉しい誤算と言ってもいいだろう。
金目の物を厳選して持ってきたという話だったので、それを思えば不思議ではないのかもしれないが。
「どうです? お気に召しましたか?」
「ああ。エグジニスについての話も聞かせて貰ったし……ほら、これを持っていけ」
そう言い、レイは近くにあったお宝の中から宝石を数個取り出し、盗賊に渡す。
「……いいんで?」
信じられないといった様子で宝石を受け取る盗賊。
盗賊にしてみれば、自分がレイをここに案内した時点で用済みと判断され、殺されてもおかしくはないと思っていたのだ。
自分も盗賊としてやってきた以上、出来るなら死にたくはなかったが、そうなっても仕方がないという思いがあった。
それだけに、レイの行動は完全に予想外だった。
「さっきも言ったが、エグジニスについての情報は今の俺にとってはありがたかったからな。ただ……次にお前を見つけた時、また盗賊をやってるようなら……」
それ以上は何も言わないレイだったが、その何も言わないということが全てを物語っていた。
盗賊喰いのレイとして有名なだけに、次に盗賊として遭遇してしまえば間違いなく死ぬと、いやでもそう理解させられてしまう。
「わ、分かりました! その、冒険者にでもなって頑張ります!」
何で冒険者? と若干疑問を抱いたレイだったが、盗賊をやっていた以上は何らかの技能の類もないだろう。
農家出身といったようなことでもあれば、あるいは農家としてもやっていけるかもしれないが、農家をやるにしても土地が必要となる。
そういう意味では、武器や防具があれば仕事が出来る冒険者というのは、決して悪い話ではない。
もっとも、普通はその武器や防具も相応に高価なのだが。
ただ、盗賊の場合は現在使っている武器や防具があるので、その辺の心配はいらない。
また、レイの渡した宝石もそれなりに高級品である以上、宝石を売って新たな武器や防具を買うといった真似も出来るだろう。
土地を買うといったことも、出来ない訳ではないのだが。
ともあれ、万が一にでもレイの気分が変わって殺されないとも限らない以上、盗賊は素早くこの場を立ち去る。
それを見送ったレイは、アジトの中にあったお宝を全てミスティリングに収納する。
「さて、待たせたなセト」
「グルゥ」
待ってないよ、大丈夫といった様子を見せるセト。
そんなセトと共に、今回の盗賊狩りの収穫はなかなかだったと、縛っていた盗賊達のいる方に向かったのだが……
「グルゥ? グルルルゥ」
と、山を下りている最中、不意にセトが鳴き声を上げる。
警戒といった程に切羽詰まっている訳でないが、それでもこの先に何かがあるといったような鳴き声。
そんな鳴き声が気になったレイだったが、更に山を下りていくとその理由を理解した。
先程レイが盗賊を縛り付けている木の周辺に、何人もの人影があるのだ。
最初は盗賊の仲間かと思ったのだが、よく見てみれば少し離れた場所には馬車が何台も停まっている。
そして馬車の中の一台に、レイは見覚えがあった。
それが、レイ達がここに来た時に盗賊から襲われていた馬車だ。
馬車というのは、高価な物でもなければ大抵が似たような作りになっている。
それでもレイが先程の馬車だと判断したのは、馬車の背後に矢傷や斬り傷、斧で破壊されたような場所といったように、多くの傷があったからに他ならない。
(多分、ここから逃げた馬車が近くの村や街、都市……はないか。ともあれ、そこに逃げ込んで、冒険者を雇って引き返してきたといったところか)
先程の盗賊からレイが聞いた話によれば、ここにアジトを構えたのはつい最近とのことだ。
つまり、ここ最近で急に盗賊の襲撃が増えたということになり、この近くで住んでいる者にしてみれば、出来るだけ早く盗賊達を倒しておきたかったのだろう。
それに盗賊を倒せば、そのお宝は自分達の物になるというのも大きい。
もっとも、盗賊のお宝についてはレイが既に入手してしまっていたが。
(とはいえ、この状況でどうするかだな。……このままあの連中の前に出ないようにして立ち去るか? それが一番楽だけど……それはそれで問題もあるんだよな)
レイはセトを見る。
グリフォンのセトを従えているような者は、それこそ冒険者の中でもレイくらいしかいないだろう。
あるいは、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、世の中にはレイ以外にもグリフォンを従魔としている冒険者がいる可能性は否定出来ない。
それでもグリフォンを従魔としているという意味では、異名つきということもあって、レイが一番有名なのは間違いないだろう。
そして盗賊達と戦った時、レイはセトと共に戦った。
そうである以上、当然だが盗賊達はセトの姿を見ているだろうし、そうである以上、尋問されれば自分達がどんな相手にやられたのかという話で、グリフォンを従魔にしいる冒険者にやられたと言ってもおかしくはない。
また、レイはセトのことだけを気にしていて全く自覚がなかったが、デスサイズのような大鎌を片手で使いこなし、左手には黄昏の槍を持って戦うという二槍流の使い手ともなれば、その時点で誰なのかというのはすぐに分かってしまうだろう。
(さて、どうするか)
別にこの盗賊達を襲撃したのがレイの仕業だと判断されても、それで何か不都合があるかと言われれば、実は特にない。
盗賊達は殆ど死んでいて、先程逃がした一人を除けば生きているのが二人だけ。
その二人に関しても、特に何か重要な情報を持っているようには思えない。
(あれ? もしかしてこのまま立ち去った方がいいんじゃないか?)
ここで姿を現すことのメリットとしては、あの二人を警備兵に突き出して犯罪奴隷として奴隷商人に売るといったようなものだが、その金額はたかがしれている。
少なくても、盗賊のアジトで手に入れたお宝の方が価値は圧倒的に上だ。
木に縛られた盗賊達の前にいる冒険者達の狙いがアジトにあったお宝だった場合、間違いなく面倒なことになる。
であれば、端金――あくまでもレイにとってであって、普通なら相応の金額――に関しては諦め、ここから立ち去った方がいいと判断した。
「よし、セト。このまま向こうに顔を出したりはせず、とっととこの場を離れるぞ。あそこに顔を出せば、面倒なことになる可能性が高い」
木に縛った盗賊の所有権を主張する程度なら、レイも譲ってもいい。
だが、アジトにあったお宝の分け前を要求されるようなことになれば、面倒なのは間違いないだろう。
あるいはそのようなことにならなくても、事情を聞かれたりといったように時間が掛かる可能性がある。
そのようなことにならないうちに、レイはさっさとこの場から離れるのだった。