2648話
「えーっと……あれ? 何でこんなことになったんだろうな」
はぁ、と。
溜息を吐きながらも、レイはデスサイズを振るって襲ってきた盗賊の胴体を切断し、黄昏の槍を使って背後から弓で射られた矢を叩き落とす。
エグジニスに向かっている途中、盗賊と思しき者達に追われている馬車を発見した。
それを見た瞬間、レイはまたかといったように思いつつも、すぐセトに合図して地上に向かって降下していった。
既にギルムからは大きく離れており、この辺はレイも来たことがない場所だった。
だからこそ、ここに盗賊がいてもおかしくはない。
また、食うに困ったり、冒険者や傭兵崩れであったりする者達が盗賊になるというのは、そう珍しい話ではない。
中には、普段は傭兵や冒険者として活動しているものの、仕事がなくなれば盗賊として働く……といったような者達も存在する。
馬に乗って馬車を追っていたことから、レイはこの盗賊達がその手の……ある程度は戦いの技術を持った盗賊と判断し、馬車を追う盗賊を背後から奇襲したのだ。
本来なら、全力で走っている馬というのはそう簡単に追いつけるものではない。
だが、それがセトとなると話は別だ。
空を飛ぶ速度では当然のように馬を上回り、地上を走る速度であっても馬を上回る。
それだけに、盗賊に攻撃をするのはそう難しくはなく、相手に奇襲で大きなダメージを与えた後で、レイはこうして盗賊達との本格的な戦闘に入ったのだ。
とはいえ、相手がある程度の戦闘技術を持っているとはいえ、それはあくまでもある程度でしかない。
辺境のギルムから遠く離れた場所である以上、その強さも大したことはない。
結果として、盗賊達との戦いは蹂躙と呼ぶべきものになっていた。
盗賊達にとって不運だったのは、レイだけではなくセトもいたことだろう。
ランクA冒険者にしてドラゴンスレイヤー、盗賊喰いレイと、ランクS相当のモンスターであるセト。
そんな規格外の一人と一匹に襲われたのだから、盗賊達にしてみれば最悪の出来事だろう。
「畜生っ! 何なんだ、何なんだよお前ぇっ!」
あまりの理不尽さに、盗賊の一人がふざけるなといった様子でレイに向かって棍棒を大きく振るう。
だが、レイはそんな攻撃をデスサイズであっさりと振るって棍棒を半ば程で切断する。
「な……」
まさか、打撃力を高める為に先端が太くなっている棍棒が、そんな風に切断されるとは思ってもいなかったのだろう。
驚きの声を上げる盗賊だったが、レイを前にしてそれは致命的すぎた。
次の瞬間には、レイの振るった黄昏の槍が盗賊の頭部を叩く。
そう、斬るでも砕くでも抉るでもなく、叩くだ。
一歩踏み込み、黄昏の槍の穂先よりも下の柄の部分で頭部を叩いたのだ。
これは別に、レイが人を殺すのを怖がったからそのようにした訳ではない。
単純に、この盗賊達のアジトがどこにあるのかを聞き出さなければ、盗賊達が溜め込んだお宝を入手出来ないからこその行動。
それ以外にも、やはり殺してしまうよりは生け捕りにして奴隷として売った方が金になるからというのもある。
ただし、後者はあくまでもこの近くに街や都市があればの話だ。
村でもいいのだが、奴隷商人のいる村というのはそう多くはない。
もしそれが無理だった場合は、情報を聞き出した後に殺すことになる。
「さて、後は……いないか」
周囲を確認するが、既に盗賊の中で立っている者はいない。
弓で矢を射ってきた盗賊も、セトの一撃によって吹き飛ばされていた。
「セト、近くにまだ意識のある盗賊がいるかどうか分かるか?」
「グルゥ……グルルルルゥ」
レイに問いに、セトは問題ないよと、そう告げる。
そんなセトの様子に頷き、レイは馬車の逃げていった方に視線を向けた。
当然の話だが、盗賊達に襲われていた馬車は既にどこにもない。
全速力で逃げており、ましてやレイ達は盗賊達の後方から襲撃したということもあり、レイ達の存在に全く気が付いた様子もなく、盗賊達が自分達を狙うのを止めたと、そう思っているのだろう。
レイも、それに関しては別に気にしてはいない。
もし馬車に乗っていた者達がレイ達の存在に気が付けば、盗賊達から救って貰ったとして感謝される……のはいいが、何らかのお礼をする為に家に寄っていって欲しいといったような展開になりかねない。
エグジニスに向かっている最中である以上、この場で感謝の言葉を貰うのならともかく、時間が取られるようなことには、出来れば遠慮したかった。
「まぁ、奴隷商人に売るってのは……そうなると難しいけどな。ただ、生きてる連中も自分で全てを理解した上で盗賊をしてたんだろうし、死んでも構わないだろ」
呟きつつ、取りあえず死体を一ヶ所に纏め、魔法で燃やす。
使えそうな武器はミスティリングに収納しておき、改めてまだ生き残っている盗賊達を数える。
その数、合計三人。
セトが倒した盗賊達は、手加減が失敗したのか、それとも単純に当初の予想よりも脆すぎたのか、全員が死亡している。
「セトは、もう少し手加減の方法を覚える必要があるな」
「グルゥ……」
ごめんなさい、と鳴き声を上げるセト。
そんなセトを慰める意味で撫でるレイ。
そのようなやり取りをしていると、不意に気絶していた盗賊……先程の棍棒を持っていた盗賊の口から呻き声が上がる。
「う……ぐ……」
「起きたか。手加減したとはいえ、随分と早いな。目を覚ますには、もう少し時間がかかると思ったんだけど」
呻き声を上げている盗賊を見ながら呟くレイだったが、その言葉には特に何らかの感情はない。
自分の一撃を食らってすぐに目が覚めたということの驚きも、盗賊のアジトを聞き出してお宝を入手出来るという喜びも。
「俺は……一体……痛っ! ひぃっ!」
目覚めた男は、最初自分が何故このような場所で横になっているのか分からなかった様子だが、身体を動かすとレイに殴られた結果として激痛に悶える。
そして激痛によって自分が何故このような場所にいるのか……そして、どのような状況になっているのかを理解し、レイを見て悲鳴を上げた。
「さて、この状況で目覚めてくれたのなら、運がいい。お前達のアジトがどこにあるのか……教えて貰おうか」
「そ……それを言えば、助けてくれるのか?」
「そうだな、考えてやってもいい」
レイが約束をしたのは、あくまでも助けるかどうかを考えるだけで、助けるとは明言していない。
だが、それでも盗賊はそんなレイの言葉に縋るしかない。
もしここでアジトのある場所を言わなければ、それこそ自分は問答無用で殺されてしまうと、そう理解していた為だ。
「わ、分かった。アジトまで案内する。だから……その、助けてくれ」
「まずは案内しろ。話はそれからだ。……その前に、残りは縛って身動き出来なくしておいた方がいいな」
盗賊の中で生き残ったのは、レイの前で恐怖に震えている男を入れて三人。
アジトまで案内して貰うのは、当然だが一人いれば十分だ。
ましてや、他の二人はまだ気絶したままで、起きるのを待っているような暇もない。
とはいえ、気絶している二人をこのまま放っておいても逃げるだけだ。
そうである以上、ここで縛っていくのは当然のことだろう。
(縛って身動きが出来なくしておけば、逃げることは不可能だ。だが、そうなるとモンスターや野生動物、もしくは他の盗賊とかに襲撃される可能性もあるんだが……まぁ、その時はその時だろ)
盗賊でなければ、レイももっと対応を考慮しただろう。
だが、結局のところ盗賊なのだ。
死ぬなら死んだで構わないし、生きていれば近くの街か都市でもあれば、そこの警備兵に引き渡した奴隷商に売るといったような真似は出来るが、それも出来たらいいなといった程度でしかない。
怯えている盗賊をセトに見張らせ、レイは手早く二人の盗賊を近くの木に縛りつけていく。
レイとしては抜け出せないようにしっかりと縛ったつもりだったが、盗賊である以上、もしかしたら縄抜けといった真似が出来るかもしれない。
とはいえ、そうなったらそうなった時のことだと判断し、レイは怯えている盗賊に向かって口を開く。
「よし、アジトまで案内しろ。……いや、念の為に聞いておくが、お前達の盗賊団はここにいたので全員か?」
「あ、ああ。そうだ。この近くに来てからまだそんなに時間は経っていないから、今は少しでも金を稼いでおく必要があったんだよ」
うわぁ、と。
レイはその盗賊の言葉に嫌そうな表情を浮かべる。
ここに来たばかりとなると、アジトにあるお宝もそう期待出来ないだろうと判断した為だ。
勿論、別の場所にやってくる時に、前のアジトにあったお宝を持ってくるといったことは考えられる。
だが、それでも持ってくることが出来る荷物の量にはどうしても限りがあるのだ。
高価な宝石を始めとしたお宝の類は当然持っていくだろうが、価値があまりないと判断された物に関しては、そのまま前のアジトに残してくるといった可能性も十分にある。
また、盗賊達が使っている武器の類でも、あまり使われていないような武器は当然そのまま置いてくるだろう。
レイにしてみれば、そのような武器であっても槍であれば使い捨ての投擲用に、それ以外の武器であっても、火災旋風の時にその中に放り投げれば、火災旋風の凶悪な威力が一層増す。
普通に考えればゴミであるが、レイにとってはかなり使える使い捨ての武器となる。
「それで、何でこの辺に移ってきたんだ?」
それは、特に何か考えがあって聞いた内容ではない。
話して移動させた方が、盗賊も緊張が幾分か解けるだろう。そうすれば、アジトまで移動する時間が少しは短くなるという思いと、もしかしたら他の盗賊に対する情報も得られるのではないかと、そんな風に思っての質問。
「その、俺達が前にいた場所は結構実入りのいい場所だったんだけど、最近そのエグジニスの周辺にいた盗賊達がどんどんと減っていって、お頭が危険だってことで……」
「へぇ」
まさか、ここでエグジニスに名前を聞くとは思わなかったレイは、少しだけ盗賊に興味深そうな視線を向ける。
「ちょっと待て。その辺の話を詳しく教えろ」
「……え?」
盗賊としては、まさかレイが自分の言葉にこうも興味を持つとは思わなかったのだろう。
驚きの表情をレイに向ける。
もしかしたら、自分をからかうつもりでそんなことを言ってるのかもしれないと思ったが、レイが自分を見る目には真剣な色がある。
それを見る限り、本気でレイがエグジニスについて聞こうとしているのは明らかだった。
一体何故エグジニスのことを気にするのかは、盗賊にも分からない。
分からないが、それでも今の自分の状況でレイの機嫌を損なうような真似は決して出来ないし、これからの自分がどうなるのかはレイの気分次第という一面がある。
それを思えば、ここでエグジニスについての話をしないという選択肢はなかった。
「その、ですね。先程も言いましたが、俺達は元々エグジニスの周辺で盗賊をやってたんですよ」
レイの機嫌を取る為か、盗賊の口調が明確に変化する。
そんな小賢しさはあまり好みではないレイだったが、それで素直に情報を話すのなら、と。レイは何も言わずに視線だけで話の先を促す。
「知ってるようですから説明は簡単にしますけど、エグジニスというのは少し特殊な街で、その特殊さから迷宮都市と同じく自治都市という扱いになっています。正確には街ですが、規模的には都市に近いですね」
自治都市という話は、レイも初めて聞く。
とはいえ、これまで集めてきた情報を考えれば、エグジニスというのは盗賊が言う通り本当に特殊な街だ。
その特殊性を考えれば、ギルムのように街という区分にはなっていても、実質的に都市と変わらないといったようなことになっていてもおかしくはない。
そう納得するレイに、感触がいいと判断したのか盗賊は言葉を続ける。
「そういう場所で、しかも高価なゴーレムを売っている場所なので、当然ですがやってくる者は金持ちが多いんですよ」
「だろうな」
ゴーレムを買いに来るのだから、当然それだけの金を持って移動する必要がある。
盗賊達にしてみれば、これ以上ない獲物と言ってもいいだろう。
とはいえ、当然ながら金のある者は護衛を雇う。
その護衛を倒せるだけの実力があるか、犠牲を覚悟で数で押し通すかといった真似をする必要があるのだが。
「そんな風に盗賊をしていたんですが……ある時から、多くいた盗賊が次々に姿を消し始めたんです。うちのお頭は、危険だということでエグジニスから離れることを決め……少し前に、ここを拠点にして働き始めたんです」
そう、盗賊は告げるのだった。