2640話
「レイ君、レイ君、レイ君、レイ君!」
「レイさん、レイさん、レイさん、レイさん!」
ギルドの中に入ったレイは、即座にケニーとレノラの二人に詰め寄られることになった。
何故そのようなことになっているのかというのは、考えるまでもなくクリスタルドラゴンの死体の一件だろう。
……クリスタルドラゴンの死体というのが、どれだけの大きな衝撃を周囲に与えたのかは、普段は冷静なレノラまでもが、ケニーと同じように興奮してレイに声を掛けているのを見れば明らかだった。
レイ本人はそこまで自覚していなかった……いや、自分でもそれなりに凄いとは思いつつ、それでもケニーはともかく、レノラがここまで興奮するとは思っていなかっただけに、少し気圧されながらも口を開く。
「お、落ち着け。取りあえず落ち着け」
とはいえ、レイがそんな風に言っても興奮している二人は落ち着く様子はない。
それどころか、レイの側には領主のダスカーやギルドマスターのワーカー、前ギルドマスターのマリーナまでもがいるというのに、それに気が付いた様子すらないまま、レイに詰め寄っていた。
「邪魔しちゃ悪いし、私達は先に上に行きましょう。……色々と話しておく必要もあるでしょうし」
「え? おい、いいのか、マリーナ。この状況でレイを置いていっても……」
「あら、じゃあダスカーがあの二人を止める? それならそれでもいいけど」
「今は忙しくて、マリーナが言うように色々と話しておくこともあるな」
マリーナの言葉に、レイをあっさりを見捨てる判断をしてカウンターの向こう側に向かうダスカー。
そんなダスカーの後ろを、ワーカーは何も言わずに追う。
おい! と、レイはそんなワーカーに対して、レノラとケニーはギルドの受付嬢なんだから、お前が何とかしろといった視線を向けるのだが、ワーカーは必死にその視線には気が付かない振りをして、視線を逸らすだけだ。
ワーカーも、今の興奮した状態のレノラやケニーを止めるといったような真似はしたくないと判断したのだろう。
何しろ、レイから事情を聞きたいと思っているのは、レノラとケニーの二人だけではない。
この二人がレイと親しいので、レイに話を聞く役を任せてはいるが、ギルド職員の多くがレイから話を聞きたいと思っていた。
幸いだったのは、ギルドにいた冒険者達や、酒場にいた冒険者達もギルドの外で行われた式典を見に行っていたので、現在ギルドに残っている冒険者は……それこそ、酒場で酔い潰れているような者だけで、そのような者達は当然のようにちょっとやそっとのことでは起きない。
そういう意味では、レイから色々と事情を聞きたいと思ったのはギルド職員だけであり、ある意味で幸運だったのだろう。
それが、どちらにとって幸運だったのかというのは、また別の話だったが。
「あー……ほら、落ち着け。別に俺は逃げたりしないから。な?」
自分は逃げないが、自分を人身御供として差し出し、自分達はさっさと二階に向かったマリーナ達を恨めしく思いながら、そう告げる。
それでもレイのその言葉でそれなりにレノラとケニーの勢いが収まったのを見て、レイは少しだけ安堵する。
とはいえ、あくまでも勢いが収まったのは少しだけの話であって、レノラ達にしてみれば少しでも早くレイから色々と聞きたかったのだが。
あるいは、ここにいるのがギルド職員でも何でもない一般人であれば、興奮はしてもここまで必死になるようなことはなかったかもしれない。
だが、ここはギルドだ。
それこそ、多くの冒険者が集まり、モンスターの素材や魔石が冒険者によって持ち込まれ、辺境であるが故に多くのモンスターの情報が集まる場所。
だからこそ、ランクSモンスター……それも新種のドラゴンの情報ともなれば、ギルド職員として少しでも知っておきたいと思うのは当然だった。
「魔の森でランクAモンスターを倒したというのは聞いていましたし、何よりギルド職員の中から解体技術を持つ中でも腕の立つ人達が連れていかれたのは知っていました。ですが……まさか、ランクSモンスター、それも新種のドラゴンを倒すとは……」
レノラは驚きと呆れの表情を同時に浮かべるという器用な真似をしながらも、そう言ってくる。
レノラにとって、レイは自分が担当する冒険者だ。
それだけに、まさかレイがランクSモンスターと戦い……それも、セトがいるとはいえソロで倒すというのは、驚くと同時に心配をするのは当然だった。
また、異例の早さでランクBまで昇格し、深紅の異名を持つようになったということを考えれば、それも当然かとも思ってしまう。
「言っておくけど、別に俺が狙ってクリスタルドラゴンと戦った訳じゃないぞ? 魔の森で活動している時に、偶然遭遇して、その結果として戦いになったんだから」
実際には、レイやセトが倒したモンスターの臭いに惹かれてクリスタルドラゴンが姿を現し、レイやセトと戦うことになったのだが……詳しい事情は言わない方がいいだろうと判断し、黙っておく。
「その辺を歩いていて、偶然ドラゴンと遭遇するの……?」
ケニーはレイの言葉に、そう呟く。
完全にレイの言葉を信じた訳ではないが、魔の森であればもしかしてという思いもあるのだろう。
「ああ、それは間違いない。他にも色々なモンスターと遭遇したが、それはもうギルドで解体して貰ったしな」
その件については、レノラもケニーも納得した様子を見せる。
解体が得意なギルド職員が、纏めていなくなっていたのだ。
それによって自分達の仕事が増えた以上、いなくなった者達にも何らかの仕事が回されていたのは間違いない。
もっとも、親方達が解体をしたのはあくまでもレイが倒したモンスターの中でも、ランクAモンスターだけで、それ以外のモンスターはローリー解体屋に任せたり、もしくはまだミスティリングに収納されているのだが。
そういう意味では、魔の森のモンスターを見せることが出来ない訳ではない。
「それで……レイ君は無事だったのよね?」
「ああ、こうして無事にケニーの前にいるだろ? それが全てだよ」
実際にはダメージを受けたし、怪我もした。そんな中でも一番大きかったのは、やはり精神的な疲労か。
ランクSモンスターのドラゴンと遭遇し、それをセトと共に倒したのだ。
それで精神的に疲労するなという方が無理だった。
それらについては、今は取りあえず黙っておく。
それを言えば、ケニーやレノラ達を心配させるだけだと、そう理解した為だ。
「……そう、ですね。こうして見る限りでは、どこにも怪我をしているようには思えませんし」
「ちょっと、レノラ!? レイ君のことだから、きっとまた隠していたりするかもしれないわよ!?」
きっと、また、と。
レイにとっては微妙に聞き捨てならない言葉がケニーの口から出る。
とはいえ、それを追及すると自分にとっても面白くなさそうなことになりそうだったので、聞き流したが。
「クリスタルドラゴンだったわよね。やっぱり強かった?」
「ああ。ランクSモンスターだというのを除いても、強かったな」
ドラゴンというのは、この世界においても最強種の一つに数えられる。
そんなドラゴンと戦ったのだから、それを考えればレイの感想は軽いとしか言えない。
とはいえ、それがレイだというのもレノラやケニーは十分に理解している。
レイが無事だったことを、せめて喜ぶべきだろうと考え、話を続ける。
「これでレイ君もドラゴンスレイヤーね。……異名持ちでドラゴンスレイヤー……か」
ケニーがしみじみと呟く。
ただ、異名持ちでドラゴンスレイヤーというのは、実はそんなに珍しい話ではない。
いや、冒険者全体で見れば圧倒的に少数なのは間違いないが。
そもそもの話、異名持ちというのは何らかの偉業を成し遂げた者に与えられるものだ。
例えば、レイの深紅という異名は、ベスティア帝国との戦争において、一人でベスティア帝国軍に大きな被害を与えたことからきている。
つまり、殆どの異名持ちは基本的に強大な戦闘能力を持っているのだ。
だからこそ、ソロでドラゴンと戦っても勝つことは難しくない……訳ではないが、不可能ではなく、結果として異名持ちがドラゴンスレイヤーになるのは、それなりにある。
とはいえ、ドラゴンはそもそもそう簡単に見つかる存在ではないのも事実だが。
そのまま十分程、クリスタルドラゴンや魔の森についての話をしていたものの、いつまでもここで話をしている訳にもいかない。
「悪いけど、ワーカー達と色々と話をする必要があるんだ。そんな訳で、そろそろ二階に行かせてくれ」
「えー……」
レイの言葉に不満そうな様子を見せるケニーだったが、レノラは頷く。
「そうですね。二階では恐らく待っているでしょうし。いつまでもここでレイさんから話を聞いている訳にもいかないでしょうし」
「悪いな」
レノラにしてみれば、出来ればもっとレイから話を聞きたいと思ってはいるのだろう。
だが、レイの立場を考えれば、このままここで拘束する訳にはいかないと、そう判断したのだ。
そんなレノラの気持ちを分かっているからこそ、レイはレノラに感謝の言葉を口にした。
……そんなレノラに、ケニーは羨ましそうな様子を見せる。
とはいえ、ケニーは不満を口にしたりはしない。
ギルドにいた他のギルド職員達も、ある程度レイから話を聞いて満足したのか、レイを引き留めるような真似はせずに見送った。
もっとも、中にはもっと話を聞きたいと思っているギルド職員も当然のようにおり、レイに期待の視線を向けたりしていたが。
もう少し時間があれば、レイもそれなりに話をしたりしてもよかったのだが、生憎と今の状況を考えるとそんな悠長にしてもいられない。
レイはそのまま視線をスルーし、カウンターの奥にある階段に向かうのだった。
レイがギルドの中にいる頃、ギルドの表にある舞台ではまだ多くの者がクリスタルドラゴンの死体を見ていた。
「あの商人も怪しいな。少し注意しておけ」
エッグの部下が、商人……正確には商人に扮装しているだろう相手を見て、そう告げる。
指示された部下は、一体その商人のどこが怪しいのか分からない。
だが、上司の言葉に何の意味もなく逆らう訳にはいかず、その商人に向かう。
「大分数が減ってきたけど、それでもやっぱりまだ結構多いな。……本当に面倒な話だが」
部下ではなく同僚に対し、そう言う男。
実際、ダスカーが式典をしていた時に比べれば、かなり人数は減っている。
しかし、それでも式典に参加していた者達から話を聞いた者達が、ランクSモンスター……それも新種のドラゴンの死体を見るチャンスを逃すものかと、集まってきていた。
そんな者の中には、当然ながら怪しい者も多い。
とはいえ、当然だが最初からここにいた者に比べれば劣る者達だが。
何しろ、今になってこの場所に来るということはクリスタルドラゴンの死体を公開するという情報を入手出来なかった者達なのだから。
表の世界においても情報というのは重要だが、それは裏の世界においても同様だ。
そうした情報を入手出来なかったというのは、どうしても最初にここにいた者達と比べると一枚も二枚も劣る者達となる。
もっとも、中には情報収集は自分を派遣した組織なり相棒なりに任せておき、実力行使の時だけ動くといったような者もいるので、そういう意味では絶対に安全といった訳でもないのだが。
「まぁ、ここまで忙しいのは今日一日だけだろ。明日からはまた日常に戻るんだ。お前はそこでゆっくりと休めばいいだろ?」
そう言われ、目を酷使していた男はその目を揉みほぐしながら、そうだなと言葉を返す。
強烈な日差しが降り注ぐ中、男はそれにうんざりとしなが、再び人混みに視線を向ける。
その際にクリスタルドラゴンの死体に視線が向けられそうになるも、男は意図的にそこから視線を逸らす。
男にしてみれば、クリスタルドラゴンの死体というのは目を奪われるという意味では怪しい相手を見つける邪魔になる。
それだけ、圧倒的な迫力をクリスタルドラゴンの死体は持っていた。
(死体ですらあんな様子なんだ。あれが生きていたら……一体、どうなっていたんだろうな)
死体がここまで活き活きとした、それこそ今にでも動きそうに見えるのは、マリーナの精霊魔法が使われている為だ。
しかし、そのようなことを知らない者達にしてみれば、クリスタルドラゴンの死体に圧倒され、大きく口を開けて圧倒されている者がいても、おかしくはない。
時折、引き寄せられるように舞台に近付いていく者もいたが、そのような者達は舞台の前で護衛している冒険者や騎士達に止められている。
(後、もう少し……か。このまま何もなく終わってくれればいいんだけどな)
そんな風に思いつつ、男は怪しい相手がいないか集中するのだった。




