2635話
「ほう……思っていたよりも皆が喜んでいるようで何よりだな」
ギルドに向かう途中、馬車の窓から見えた景色にダスカーは満足そうに呟く。
現在馬車に乗っているのは、レイ、マリーナ、ダスカーの三人だけだ。
外には護衛がそれなりにいるのだが、馬車の中にいるのはそれだけでしかない。
ダスカーの立場を考えれば、本来なら馬車の中にも護衛がいてもおかしくはないのだが、現在ダスカーと一緒にいるのは、レイとマリーナだ。
ましてや、馬車の外にはセトの姿もある。
この状況であれば、誰かがダスカーを狙ってきたとしても、容易に対処出来るだろう。
寧ろ、馬車の中に余計な護衛がいた場合、その護衛を守る為にレイとマリーナが余計に動かなければならないということで、ダスカーの安全に対してはマイナス要因となってもおかしくはない。
「祭りをやると決めてから今日まで、時間が少なかったものね。それでも皆が一生懸命準備をしたからこそよ。……ただ、その無理の影響が色々なところに出ているから、次からはその辺をしっかりと考えてやった方がいいわね」
「ぐ……しょうがねえだろ。今回の件は急だったんだから。これでもそれなりに時間を取ったつもりなんだぞ? 本当なら、レイが戻ってきた翌日には祭りをしたかったくらいだ」
だが、翌日ではどうしても祭りは出来ない。
クリスタルドラゴンの死体を公開するだけなら問題なく出来るのだが。
そんな中で祭りにしようとしたのは、やはりギルムにいる者達を楽しませたいという思いがあったからこそだろう。
増築工事もそうだが、まだ夏の暑さはかなりのものだ。
最近では晩夏になりつつあるので、朝や夜はそれなりに涼しくなっているのだが、日中は今までと変わらない。
それどころか、朝や夜が涼しい分、日中は余計に暑く感じてしまう。
そのような暑さで消耗している者や、苛立ちを覚えている者。
あるいは暑さとは関係なく仕事、仕事、仕事で忙しい者。
そのような者達のストレスを解消する為にと、ダスカーは祭りを考えたのだ。
……レイの一件を大々的に発表する為というのも、大きな理由だったが。
「その辺は分かってるんだけどね。……祭りに参加している人も喜んでいるようだから、これ以上はこの件については何も言わないけど」
ダスカーと同じく周囲の様子を見て、マリーナはそう告げる。
マリーナの目からみても、仕事を休みにして皆が祭りを楽しんでいるという光景は満足出来るものだったのだろう。
もっとも、そのような皆が祭りを楽しんでいるところを、レイ達が乗っている馬車が進むのだ。
人混みの中を進むので、当然だが馬車の速度は非常に遅い。
ダスカーにしてみれば、移動に時間が掛かればその分だけゆっくりと周囲の状況を見ることが出来る。
それは、ダスカーにとって十分に楽しい一時だった。
「ほう。こうして見ると、屋台の数が思っていたよりも多いな。この短時間でここまで屋台の数が揃うというのは、少し驚きだ」
「屋台は、普段から結構な人が出してますしね。屋台の売り上げで生活をしている人もいれば、冒険者が趣味とかでやっているような屋台もあります」
レイの説明に、ダスカーはだろうなと頷く。
ダスカーも、今は領主だが以前は王都で騎士をやっていた。
王都とギルムでは色々と違うところも多いのだが、それでも雰囲気的に似ているようなところは多い。
屋台の件もそんな感じで、ダスカーにしてみれば屋台がこうして並んでいる光景というのは、色々と思うところがあるのだろう。
「レイ、ギルムの屋台はどうだ?」
王都にいた時のことを思い出していたのか、不意にそんな風に尋ねてくるダスカー。
レイは何と答えるべきか迷い……やがて、思いついた内容を口にする。
「そうですね。辺境で高ランクのモンスターの肉を始めとした食材が集まりやすいからか、外れの屋台は多くないですね」
多くないだけであって、当然のように外れの屋台もあるのだが、幸い――と言ってもいいのかどうか微妙だが――にも、その手の店はすぐに他の屋台との競争で負けて潰れていく。
……中には下手の横好きでやっており、尚且つ趣味で屋台を出しているような者もおり、そのような場合は趣味だけに赤字になっても全く問題ないといったような屋台もあるのだが、そのような屋台は本当に少数だ。
「後は……ああ、そうそう。香辛料が色々と市場に流れるようになってきたので、それを使って料理を出している屋台とかもありますよ。ただ……香辛料の類は使い方が難しいので、苦戦している人も多いみたいですが」
初めて使うか、あるいは以前にちょっと聞いたことがある……といった程度の香辛料をつかうのだから、色々と研究が必要なのは間違いない。
下手に香辛料を使うと、過ぎたるは及ばざるがごとしといったように、とんでもない味になったりもする。
だからこそ、多くの者がどう香辛料を使うのかを独自に研究し……それに成功した者が、屋台では珍しい料理として、多くの者に売れていた。
物珍しさだけではなく、きちんと美味い料理でなければ、すぐに客は来なくなってしまうだろうが。
「ふむ、ならどうする? 香辛料の扱いが得意な料理人でもいればいいが……」
「あら、もしダスカーが希望する人材がいても、その場合はそれこそ自分の仕事の為にその腕を振るうんじゃない? 他の人が香辛料を使うのが下手なら、それだけ長い間自分が香辛料を使った料理を独占出来るんだもの」
マリーナのその言葉に、ダスカーも確かに……と、そう頷いてしまう。
食事というのは、誰もが絶対に必要なものである以上、どうしても必要なものとなる。
それだけに、自分だけ……あるいは作れるのが少数だけという料理は、この場で儲けるのにちょうどいい。
「けど、俺が食べた屋台では、香辛料を使っている料理を売っていたしな。そうである以上、多少時間は掛かるかもしれないけど、広がるのは間違いないと思うぞ」
「そうでしょうね。けど、それがいつになるのかが分からないのが残念なところかしら」
「最悪、俺が香辛料を使った料理の発達している地方に行って、連れてくるといった手段もあるけど……それはそれで難しいだろうな」
「そうね。レイとセトに好きに行動させたら、一体どうなるのかは分かったものじゃないわ。間違いなく問題を起こすでしょうね」
そう断言するマリーナは、絶対にレイが何か問題を起こすと確信を持っているようだった。
そんなマリーナに反論したくなるレイだったが、今のこの状況でそのような真似をしても、今まで自分が色々とやって来たことを考えると、反論したくても出来ない。
不承不承黙り込む。
実際、レイも自分が行動すればまた何かの騒動に巻き込まれるのではないかと、そのように思ってしまったからだ。
なお、その際に盗賊に襲われたり、盗賊を襲ったりといったことは騒動に入っていない。
盗賊狩りはレイにとっては実入りのいい趣味という認識だった。
その趣味によって周辺の治安が回復されるのだから、問題は何もないだろうと。
……実際には、そうやって倒されて誰もいなくなった縄張りに新しい盗賊がやって来るといったことも珍しくなく、その盗賊は以前いた盗賊よりも凶悪だという可能性だったり、盗賊狩りが行われた時は偶然出掛けていてその場におらず、アジトに戻ってきたら仲間達が全滅しており、その仇を取るべく派手に動き回る……といったような者もいるのだが。
「料理の問題はあるけど、本場から連れて来てもその料理が売れるかどうかというのは分からないか」
トラブルの件については触れないことにして、取りあえず話を逸らすレイ。
とはいえ、レイの口から出たものは決して間違いではない。
他の国……この場合はミレアーナ王国の国内なので、正確には微妙に違うのだが、ともあれ違う場所から持ち込まれた料理が必ずしも売れるとは限らない。
レイが以前いた日本でも、新しい外国の料理は日本人の口に合うように改良されるのが一般的だった。
……結果として、ラーメンやカレーのように、本場の食べ物とは微妙に違う食べ物になっていたりするのだが。
なお、日本では非常に一般的なソース焼きそばだが、中華料理においてはソース焼きそばというものは存在しない。
もっとも、焼きそばのルーツは中華料理の炒麺という料理で、この料理は日本だけではなくアジア中に広がっており、その地方で独自の進化を遂げているものも多い。
そういう意味では、ソース焼きそばもまた日本独自の進化なのだろうが。
ともあれ、本場の料理というのを喜んで食べる者も一定数いるのは間違いないが、中にはどうしても口に合わないという者も少なくなかった。
それでその料理を諦めるのではなく、日本人の口に合うようにする辺り、日本人は食に貪欲だと言われる由縁なのだろう。
「もし本職の料理人を連れて来ても、ギルムの住人の口に合うようにしなければならない訳か」
レイが分かりやすいように説明すると、ダスカーはそう呟く。
それでも、ギルムは辺境という場所の都合上、非常に多くの者が集まってくるので、料理の味に関しては色々な料理が受け入れられやすい。
「いっそ、料理人を集めて講義とかをしてみても面白いのかもしれませんね。もっとも、誰がその講義をやるのかといったような問題も出て来ますが」
結局のところ、レイが言うように講義をするにしても、誰が講師をやるのかといった問題がある。
ギルムで香辛料を上手く使っている者達にしてみれば、自分の研究成果を無料で他の者達に教えるということになるのだから、それを許容出来ない者も多いだろう。
「その辺は、後で色々と考えた方がいいな。……さて、屋台の件は取りあえず置いておくとするか」
ダスカーが話題を変えたのは、窓からギルドが見えてきたからだろう。
レイ達が色々と話している間も、馬車は人混みの中を進んでおり、ようやく目的のギルドが見えてきたのだ。
正確には、ギルドではなくギルドの前にある舞台が目的地なのだが。
「そう言えば、今更……本当に今更の話ですけど、クリスタルドラゴンの死体を公開する時って、どういう風に置けばいいのか、ダスカー様の方で考えてるんですか? 俺はそういうのが得意じゃないんですけど」
「その心配はいらない。マリーナがいるだろう?」
「……ああ、なるほど。それでマリーナが……」
正直なところ、レイには何故マリーナが領主の館に来たのかが分からなかった。
客室で暇を持て余していたので、レイとしてはマリーナが来てくれたのは歓迎だったのだが、それでも何故来たのか、というその理由は分からなかったのだ。
だが、ダスカーからの説明を聞き、納得する。
マリーナにそのような……言わば、芸術的なセンスがあるというのは、驚くと同時に納得出来ることでもある。
寧ろ、エレーナやヴィヘラといった面々にも同じようなセンスがあってもおかしくないように思えたが。
「ふふっ、そんな感じなのは間違いないわね」
レイが納得してる様子に、マリーナは少しだけ面白そうに笑みを浮かべながらそう言う。
そんなマリーナに多少の違和感はあったものの、そういう事であれば……と、取りあえずそれ以上は気にしない。
そのようにしている間も馬車は進み続け、やがてギルドの側までやってくるが……普段は馬車の類の駐車場になっている場所は、現在舞台によって塞がれている。
馬車はそんな舞台の脇を通ってギルドの中でも奥の方に向かう。
普段はギルドの馬車が停めてある場所に到着し、そこでようやく馬車は停まる。
当然だが、周囲に護衛をつけた馬車は非常に目立っていた。
護衛がいなくても、セトがいた時点で目立つなというのは無理だったのかもしれないが。
馬車が到着すると、そこにはワーカーの姿もあった。
ギルムの領主たるダスカーを出迎えるのだから、ギルドマスターのワーカーがやってくるのは当然なのだろう。
(祭りのおかげで書類仕事が一段落したってのも、あるんだろうな)
もっとも、それは書類の増える速度が一時的に遅くなった、もしくは止まったというだけで、今まで処理しきれなかった書類が消えた訳ではない。
そういう意味では、この祭りの間に少しでも多くの書類を片付けておきたいというのが、ギルド職員達の本音だろう。
ほぼ全てのギルド職員は、今日は祭りであるにも関わらず、その祭りに参加するようなこともせず、書類仕事に集中していた。
ギルド職員達にすれば、今日一日でどれだけの書類を片付けることが出来るのか……それは、明日以降の仕事の効率に直結するのだから、必死になるのは当然のことだった。




