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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2634/3865

2634話

 マリーナが何故ダスカーの屋敷に来たのかは、レイにも分からなかった。

 分からなかったが、別に何かを企んでのことでないというのは、理解出来る。

 いや、正確には何かを企んでいるかもしれないが、それはいわゆる悪事といったようなものでないのは明らかだったと言うべきか。

 そう思うくらいには、レイもマリーナのことを信頼している。

 また、この客室で一人何をするでもなくただ待っているよりは、マリーナと話をしていた方が暇潰しになるという意味で楽しいのは事実だった。


「それにしても、今日の服はいつも以上に派手だな」

「そう?」


 レイの向かいに座ったマリーナは、その言葉に笑みを浮かべてそう返す。

 実際、マリーナが着ているパーティドレスは、普段着ているものと比べても明らかに派手だ。

 黒をベースにしており、それでいて下品にならない程度に赤い宝石が幾つか縫い付けられ、絹と思われる素材を使って飾りとして縫い付けられている。

 褐色の肌をしているマリーナと、漆黒と表現すべき黒いパーティドレス。そして真っ赤な宝石やシルクの飾りが縫い付けられているそのドレスの相性は素晴らしく、総合的に見てそのドレスは芸術品としても通用するだろう代物に思える。

 また、マリーナが好んで着るように、胸元と背中は大きく開いており、柔らかそうな双丘の上の部分を見ることが出来る。

 明らかに、マリーナが普段着としているパーティドレスとは格が違う。


(祭りだから、特別なドレスを用意したのか? それは……まぁ、納得出来るけど)


 祭りになればお洒落をする。

 そのくらいのことはレイにも理解出来たが、だからといってマリーナが着ているパーティドレスは、度がすぎるように思える。


「ああ、少し派手すぎないか?」

「ふふっ、今日はこういうのが必要なのよ。……それで、ギルドの前の舞台を見てきたんでしょ? どうだったの?」


 あからさまに話を逸らされたような気がしたレイだったが、ドレスの件でそこまで強く聞く必要もないだろうと、マリーナの話題に乗る。


「問題なかったな。クリスタルドラゴンの死体を置いても、ある程度余裕があると思う。……ただ、問題なのはどうやってクリスタルドラゴンの死体を飾るかだろうな。俺だと芸術的というか、一目見ただけで周囲を驚かせるように配置するのはちょっと難しい」

「その辺はダスカーが何とかするんじゃない? 今日の祭りも、結局はレイの昇格とクリスタルドラゴンの死体を公開する為に行われてるんだし」

「だと、いいんだけどな。今朝会った時は、その辺について特に何も言われたりはしなかったし」


 もしダスカーがその辺について考えているのなら、それこそ今朝会った時にその件について話していてもおかしくはない。

 いや、それどころか舞台の様子を見に行った時に、レイと一緒に行って具体的にどうやってクリスタルドラゴンの死体を飾り付けるのかを考えてもおかしくはなかった。

 しかし、結局レイは一人で――セトも一緒なので、正確には一人と一匹だが――ギルドに行ったのだ。

 だとすれば、その辺はどうなっているのか……そうレイが思ってもおかしくはない。


「それならそれでいいでしょ。……私はまだ見てないけど、ランクSモンスターで新種のドラゴンなんでしょう? だとすれば、多少適当に置いたところで、その迫力に誰も文句は言えないわよ。勿論、出来るのならしっかりと飾った方がいいと思うけど」

「そうか? なら、それはそれでいいんだけどな。それより、マリーナは俺とこうして一緒にいてもいいのか?」

「あら、私と一緒にいるのは嫌なのかしら?」


 そう言い、マリーナは一際強い女の艶を発する。

 濡れた瞳で視線を向けられ、レイは言葉に詰まる。

 だが、何だかんだとレイもマリーナとの付き合いは長い。

 強烈なまでの女の艶を感じながらも、口を開く。


「そんな訳ないだろ。こうして暇をしている俺の相手をしてくれるのも嬉しいし。ただ、折角の祭りなんだから、マリーナも色々と楽しみたいんじゃないかと思って。診療所も休みだって話だし」


 レイ達一行の中で、増築工事に関わる仕事は既に大半が他の者……ギルムで働いている者達に任せている。

 しかし、そんな中で唯一代わりを用意出来ないのが、精霊魔法を使って回復魔法を使えるマリーナの存在だ。

 実際問題、増築工事においてマリーナの精霊魔法を使った治療は、非常に大きな戦力になっていた。

 それこそ、手間を考えなければレイの代わりに冒険者達がどうにか出来るのに比べて、マリーナの精霊魔法だけは代わりが見つからない。

 勿論、高価なポーションを大量に使えばどうにかなるかもしれないが、そうなると財政的な問題も出て来る。

 そういう訳で、レイ達の中で増築工事に関して一番忙しいのはマリーナで間違いなかった。

 貴族の相手をして貴族派を押さえているエレーナもまた、色々と忙しいのは間違いなかったが。


「いいのよ。私もこうして今日はレイと一緒にいるのが楽しいんだから。……駄目かしら?」

「いや、別に駄目とは言わないけど。マリーナがそれでいいのなら。けど、俺は祭りに興味があったのに、そっちに顔を出すような真似は出来なかったからな」

「レイの場合は祭りの主役なんだから、そうでしょ。それこそ、今のうちにレイと知り合いになっておきたいという人だっているでしょうし。……それを思えば、今のこの状況も煩わしくないという意味では、そんなに悪くないんじゃない?」


 悪くないどころか、マリーナと一緒にすごす時間なのだから、それを望む者はそれこそ無数にいるだろう。

 それはマリーナの美貌を目当てにした男だけではなく、マリーナに憧れている女も含めて。

 レイもそれが分かっているので、その件についてはそれ以上突っ込んだ話はしない。


「そう言えば、セトは中庭にいるんでしょ? どうしても暇なら、そっちに顔を出してもいいんじゃない?」

「うーん、そうだな」


 レイとしては、そうしてもいいとは思う。

 だが、自分をここまで案内したメイドの様子を見る限りでは、可能な限りここから出て欲しくはないと、そのように考えているように思えた。

 そうである以上、レイとしてはわざわざ騒動を起こすような真似をしなくてもいいのでは? という思いもある。

 だが同時に、暇なものは暇なのでセトと一緒に遊んで時間を潰してもいいのでは? という思いもあった。

 そうして少し考え……やがて、頷く。


「そうだな。どうせこのままだと特に何かやるようなこともないんだし、中庭でセトと一緒に遊んでいるか。もしかしたら、俺達も何か料理を貰えるかもしれないし」


 屋台の料理を食べることが出来ないのなら、領主の館の料理人から何か料理を食べさせて貰おう。

 そう思ったレイに、呆れの視線を向けるマリーナ。

 レイとマリーナはダスカーの客人として、この場にいるのだ。

 そうである以上、メイドに頼めばすぐにでも何かの料理を持ってきてくれるだろう。

 それこそ、セトに食べさせているような料理ではなく、しっかりと客人に出されるような料理を。

 にも関わらず、レイはセトと一緒に食べたいという理由で中庭に行くことを決めたのだ。

 ……それも、ある意味ではレイの為にこうして着飾った自分ではなくセトを選んだのだから、マリーナが呆れるのも当然だろう。

 とはいえ、レイにしてみれば別にマリーナとセトを天秤に掛けてセトを選んだようなつもりはない。


「ほら、行こうぜ。セトも多分、マリーナが来ているのを知れば驚くぞ」


 手を伸ばしつつ、そう告げるレイ。

 マリーナは数秒前に浮かべていた呆れを消し、笑みを浮かべてその手を取る。

 そのまま二人は部屋から出ようとし……


「うん?」

「あら」


 レイとマリーナの二人が揃って、そんな声を上げる。

 そして声を上げてから数秒もしないうちに、客室の扉がノックされた。

 マリーナは扉の向こう側にいるのが誰なのか、馴染みのある気配で察知し、レイに開けてもいい? と視線で尋ねる。

 レイも同様に馴染みのある気配を察し、マリーナの視線に頷く。

 少しだけ残念そうにしながら、レイと繋いでいた手を離してマリーナは扉を開ける。


「もう来てたのか」

「ええ。ちょっと暇だからレイと一緒に中庭に顔を出そうと思ったんだけどね。それで、ダスカーの方はもう書類仕事は終わったの?」


 そう尋ねるマリーナだったが、多少なりともその言葉や視線に棘があったのは、やはりレイと一緒の時間を邪魔されたからか。

 マリーナの様子から、もしかして何か失敗したのか? といった様子を見せたダスカーだったが、それでもまずはきちんと仕事を片付けた方がいいだろうと判断して頷く。


「ああ、こっちはもう終わった。それで、もう少ししたらギルドに向かうってのを言いに来たんだが、そっちの準備はどうだ?」

「私は特に何も問題ないわ。このままいつでも出発出来るわね。レイは?」

「……え?」


 今のやり取りを聞いて、レイはそんな声を漏らす。

 ダスカーが自分に準備が出来ているのかと聞いてきたのは、まだ納得出来る。

 だが、今のやり取りではマリーナもまた、ギルドに行くように思えたからだ。

 とはいえ、考えてみればそれは不思議なことではないのだろう。

 マリーナは元ギルドマスターなのだから、今回の一件でギルドの前でクリスタルドラゴンの死体を公開するにあたり、それを確認したいのだろうと。

 また、そういう理由であればいつもより派手なパーティドレスを着ているのにも納得は出来た。


「どうかした?」

「いや、何でもない。俺の方も問題はありませんよ。いつでも出発出来ます」


 前半はマリーナに、後半はダスカーにそれぞれ告げる。

 そんなレイの様子にダスカーは納得した様子を見せた。

 言葉通り、準備万端であるというのを理解した為だ。

 また、大勢の前に出るにも関わらず、全く緊張した様子がないのも、ダスカーを感心させた理由の一つだった。


「そうか。なら、こっちの準備が出来たら出発するから、そのつもりでいてくれ」

「あのねぇ、どうせなら準備を整えてから来なさいよね」


 ダスカーの言葉に、面白くなさそうな様子のマリーナ。

 マリーナにしてみれば、レイと一緒の時間を楽しもうと思っていたところでいきなりダスカーが邪魔をしてきたのだから、それを面白くないと思うのは当然だろう。

 ダスカーもそんなマリーナの様子から、何となく事情を察したのか、このままここにいると面倒なことになりそうだと判断して、すぐに部屋を出る。


「すぐに戻ってくるから、待っててくれよ!」


 そう告げ、逃げ出すダスカー。

 そんなダスカーに対し、何かを言おうとしていたマリーナは逃がしたことを非常に残念そうにしながらも、それ以上は何も言わずにレイに視線を向ける。


「待っていて欲しいそうよ。残念だけど、中庭に行くのはお預けね」

「そうだな。じゃあもう少し待つか」


 いつまで待たなければならないのかが分からないのならまだしも、ダスカーが準備を整えるまでとなれば、待つ時間は決まっている。

 そうである以上、レイとしては同じ待つという行動であっても先程よりはかなり気楽なのは間違いなかった。


「エグジニスの件だけど、クリスタルドラゴンの素材を確保出来たら、クリスタルゴーレムとかを作ってみてもいいんじゃない?」


 再びソファに座ると、マリーナがそんなことを言ってくる。

 いきなりの話題ではあったが、レイとしても納得出来るところではあった。

 折角ランクSモンスターのドラゴンの素材があるのだから、それを使ってゴーレムを作るというのは、悪くない話だ。

 とはいえ、それはあくまでもクリスタルドラゴンの解体が終わって……もしくはある程度進んで素材を剥ぎ取り出来たらの話だ。

 クリスタルドラゴンの解体は巨狼以上に特別な道具が必要になり、何より解体をするギルド職員達もそれだけの高ランクモンスターなので、慎重に解体を行う必要があった。

 そうなると、当然のように解体の速度は遅くなる。

 レイとしては、解体の速度が速くても粗雑に解体されるよりは、ゆっくりでも丁寧に解体して欲しかったが。


「そうだな。エグジニスから何度かギルムに戻ってくるだろうから、その時に解体が進んでいれば、そういう風にしてもいいのかも」


 エグジニスとギルムの距離は、それなりに遠い。

 少なくても、馬車で移動した場合は数ヶ月単位で時間が掛かるくらいは。

 だが、馬車で移動する時は街道に沿って移動する必要があり、その街道も山や川、森……それ以外にも様々な場所は避けるようにして作られていた。

 しかし、セトの場合は空を飛べるので、そのようなことは考える必要もなく……ただ、真っ直ぐに空を飛べるので移動時間は短くなる。

 そうして、レイとマリーナはダスカーが準備を終えるまで楽しく話をするのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] れ、レイさんさりげなく手を伸ばしたっ!? [一言] ダスカーもうちょい遅くても良かったのに…
[一言] レイはマリーナにクリスタルドラゴンの警備を頼んだ事を忘れている様子、マリーナに惚れられている事に無自覚な言動は天然なのか、気遣いの仕方がレイらしい。
[一言] クリスタルゴーレムを壁にして魔法ブッパとか凶悪ですね
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