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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2633/3865

2633話

「うわぁ……」


 イーガルの口から出たのは、そんな驚きの声。

 気弱な性格をしているイーガルだけに、目の前に姿を現したクリスタルドラゴンの死体を見ても、絶叫といった叫びを上げたりはしない。

 この辺りは、前もってクリスタルドラゴンの死体を出すというのを聞いていたのが大きいだろう。

 もっとも、それでも何も知らない者であれば絶叫してもおかしくはないのだが。


(そう考えると、もしかしたらイーガルって外見は気弱そうに見えるし、実際に性格も気弱そうには見えるけど、芯の部分はしっかりとしてるのかもしれないな。……ダスカー様が信頼出来る人物として選んだんだから、考えてみれば当然のことか)


 今回の祭りは緊急の祭りではあるが、ダスカーはかなり力を入れている。

 当然だろう。レイという存在を自分の懐刀としたと大々的に知らしめることが出来るし、同時にそのレイが倒したクリスタルドラゴンという、魔の森に棲息していたランクSモンスターの新種のドラゴンの死体を公開することが出来るのだから。

 そんな重大な件の下準備を任せるのだから、当然信用出来る相手を派遣するだろう。

 だとすれば、イーガルはダスカーにとって重要な駒であるのは間違いない筈だった。


「さて、まずは……このクリスタルドラゴンの死体を、どういう風に展示するかだな。イーガル、どういう風に展示すればいいと思う?」

「え? 僕に聞くんですか!?」


 まさか、自分にそのようなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 イーガルは驚きの表情を浮かべてレイを見る。


「それはそうだろ。今ここにいるのは、俺とイーガルだけだ。だとすれば、どういう風にすればいいのか、意見を聞くべきなのはイーガルだけだろ? ……誰か、そういう専門の人を用意して貰えばよかったな。こういう場合、誰を連れてくればいいのかは分からないけど」


 こういう仕事をするのがどういう人なのかは分からなかったが、レイとイーガルだけではどういう風に飾れば見栄えがいいのか、もしくは迫力がありすぎるのではなく、適度な迫力になるのか。

 その辺に関しては、クリスタルドラゴンを公開する時に専門の業者にやって貰うとして、取りあえずレイは舞台の上に置いたクリスタルドラゴンがかなり余裕があるのを確認してから、頷く。


「取りあえずクリスタルドラゴンの死体があっても舞台の上には結構な余裕があるし、後は専門家に任せればいい……と思うけど、どうだ?」

「え? あ、そうですね。僕もそれでいいと思います」


 二十代の男の一人称が僕というのはどうかと思わないでもなかったが、それでも不思議なことにイーガルのような気の弱そうな男が僕と口にすると、似合っているように思える。

 そのように思うのはレイだけなのかもしれないが。


「分かった。じゃあ、舞台の広さはこれでいいな」


 そう告げ、レイはクリスタルドラゴンの死体に触れ、ミスティリングに収納する。

 イーガルは目の前にあった巨体が一瞬にして消えたのに驚く。

 だが、ダスカーの部下として、当然のようにレイがアイテムボックスを持っているのは知っていたので、驚きはするがそこまで大きな驚きではない。

 少なくても、クリスタルドラゴンの死体を見た時に比べれば、その驚きはかなり小さかった。


「じゃあ、土の壁を……いや、この状況で土の壁を破壊したら、俺達が目立つか」


 当然の話だが、ギルドの前にあった舞台が突然土の壁で覆われたのだ。

 通行人にしてみれば、それが一体何なのか気になって当然だろう。

 幸いなことに、今はまだ誰も土壁を壊したりする様子はない。

 これがギルドの前にあったことから、祭りにおけるギルドの出し物に関係していると考えているのだろう。

 あるいは、クリスタルドラゴンの死体を公開するというのを知っている者であれば、現在その準備をしていると、そう考える可能性はあったが。

 ともあれ、そのような状況で土の壁を解除し、なくなった時に、舞台の上にレイとイーガルがいれば当然のように目立つ。

 もう数時間もすればクリスタルドラゴンの死体の公開やレイのランクA冒険者への昇格でもっと目立つことになるのだから、正直なところここで目立ってしまってもいいのでは? という思いがない訳でもない。

 それでも今はまだ目立たない方がいいだろうと考え、レイは通路に面している方ではなく、ギルドに面している方の土壁をイーガルの手で解除して貰い、周囲にいる者達に見つからないようにして、ギルドの中に避難する。


「レイさん、もう解除しても構いませんか?」

「ああ、頼む」


 レイの言葉にイーガルは杖を地面につけて短く呪文を唱え……すると、舞台を覆っていた土壁は沈むようにして地面に戻っていく。


(こういうのを見れば、イーガルが俺を土魔法の使い手だと認識してもおかしくはないんだよな)


 レイの持つスキル――正確にはレイではなくデスサイズだが――の地形操作は、イーガルが現在使った土魔法と同じような効果を持つ。

 とはいえ、地形操作は半径一kmの範囲を五m程上げたり下げたり出来るといったような効果を持ち、イーガルがやったように十m近い高さまで土壁を上げるといったような真似は出来ないのだが。

 ただ、それはデスサイズのスキルが劣っている訳ではない。

 地形操作はまだレベル五で、成長の余地を残している。

 また、魔法であれば結構な魔力を使うのだろうが、スキルの場合は消費する魔力は驚く程に少ない。

 いや、もし多くの魔力を使うとしても、レイの場合は元々莫大な魔力を持っているので、その辺は気にする必要もないのだが。

 魔獣術の件はともかく、レイが莫大な魔力を持っているというのはそれなりに知られている話だ。

 何しろ、レイは魔力を隠蔽する新月の指輪を入手するまでは、魔力を隠すといったような真似は出来なかったのだから。

 何らかの手段で魔力を感じる能力を持つ者は、かなり希少だがいない訳でもない。

 ギルムにもその手の能力を持つ者はそれなりに多く、そこからレイの魔力の大きさというのは知られていった。


「助かった。後はまた本番の時に仕事があると思うけど、頼むな」

「はい、ダスカー様に言われてますから、仕事はしっかりとさせて貰いますよ」


 そう言い、レイはギルドから離れていく。

 ギルドの中に入れば、また色々と騒動が起きるだろうと、そう判断してのことだ。

 また、少しではあっても祭りを楽しみたいという思いも強かった。


「グルルルゥ」


 近づいてきたレイを見て、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 少し離れた場所にいきなり土壁が出来て、その土壁が消えた為だろう。

 そちらに気を取られた者が多かった為か、珍しくセトの周囲には数人の姿しかない。

 ……いや、寧ろそのようなことがあったのに、それでもまた数人がセトの側にいることに驚くべきか。


「あ……」


 そんな中でもセトを愛でていた女が、残念そうな呟きを漏らす。

 それでもセトの邪魔をするといったような真似は出来ないと考えているのか、大人しくセトから離れる。

 そんな相手に悪いなと軽く声を掛けると、レイはセトと共に領主の館に向かう。

 既に祭りは本格的に始まっており、いつもより多くの通行人が街中に溢れていた。

 普段であれば増築工事の仕事をしている者達も、今日はこうして祭りを楽しむ為に街中に出ているのだから、混雑になるのは当然の話だった。


「セト、どうする? どこかの屋台に寄っていくか?」

「グルルゥ……」


 レイの言葉に、セトは悩んだ様子を見せる。

 屋台に興味がないといえば嘘になるが、それでもこれだけ人がいる状況では体長三mを超えるセトが屋台に並ぶと、間違いなく邪魔になってしまうだろう。

 勿論、ギルムの住人であれば、そんなことを気にするような者は少ない。

 しかし、今はギルムに増築工事の仕事を求め、多くの者が集まっている状態だった。

 そんな中には、当然ながらセトを初めて見る者も多い。

 そのような者が急にセトを見れば、どうなるか。

 セトにしてみれば、それを考えてのところだろう。

 レイはそんなセトを撫でて慰めつつ、領主の館に向かう。


(随分と見られているな。まぁ、今日の祭りの件を考えれば当然かもしれないけど)


 街中を歩くレイとセトは、当然だが多くの者達から注目を集める。

 今回の祭りが何故起こっているのかというのを考えれば、多くの者が自分達を見てくるのはおかしなことではない。

 それでもレイに声を掛けてくる者がいないのは、多くの者が半ば牽制しあっている状況なのだろう。

 そうして、結局レイは特に誰に話し掛けられることもなく、領主の館に到着する。

 当然の話だが、レイとセトが戻ってくるのは領主の館の門番も聞いていたので、特に待たせるような事はなく、領主の館の中に入った。

 とはいえ、いつものように執務室に通されるのではなく、客室の方に通されたのだが。

 あるいは、舞台の件で問題があれば執務室に入ってダスカーを打ち合わせをする必要もあったのだが、その辺は特に問題がなかった以上、ダスカーの書類仕事の邪魔をしないようにとの考えからだろう。

 ただでさえ、ダスカーは今日祭りに参加するのだから。

 それまでに可能な限り書類仕事を片付けておく必要があるのは間違いなかった。


「とはいえ……暇だな」


 客室に案内されたレイだったが、部屋の中にいるのはレイだけで、他に誰もいない。

 当然だろう。領主の館で働いている者達は、毎日忙しいのだ。

 掃除や客人の案内、それ以外にも様々な仕事があり、休憩時間ならともかく、仕事をしている最中にレイの相手をしている暇はない。

 いや、レイが話し相手になって欲しいと言えば、その通りにしてくれるかもしれないが……さすがに仕事の邪魔をするような真似は、レイも避けたい。

 暇潰しにモンスター辞典でも読もうかと考えていると、不意に扉がノックされる。

 誰だ? と一瞬疑問に思ったが、恐らくメイドか執事が紅茶や軽く食べられる料理でも持ってきたのだろうと判断して、レイは返事をして中に入るように促し……


「あら、随分と暇そうね」


 部屋の中に入ってきてそう言ったのは、派手なパーティドレスを着ている、ダークエルフの女。


「マリーナ? 何をしにここに? というか、診療所の方はいいのか?」

「今日は増築工事が行われていないし、何も問題ないわよ」

「いや、祭りだからこそ、診療所が忙しくなるような気がするんだけど」


 祭りともなれば、当然だがテンションが高くなる者が多い。

 もしくは、いつもよりも酒を飲む量が多くなって酔っ払う者も。

 そういう者達は、当然ながらいつもより気が大きくなっているので喧嘩騒ぎを起こす可能性が高い。

 元々が増築工事で仕事を求めて来た力自慢だったり、商隊の護衛としてギルムにやって来た冒険者といったような者達なのだから、気の荒い連中が揃っているというのもある。

 結果として、そのような騒動があるのだから診療所も忙しくなるのではないかと、そう思っていたのだが……マリーナは呆れの視線を向けてくる。


「増築工事の仕事中に怪我をしたのならともかく、祭りの雰囲気に酔って喧嘩をしたような人達の治療を、何で私がやる必要があるの?」

「……まぁ、それは……」


 改めてマリーナにそう言われれば、レイもその言葉に対して反論することは出来ない。

 マリーナが言ったように、これが仕事中の怪我であればマリーナも躊躇することなく精霊魔法を使って治療するだろう。

 だが、祭りでテンションが高くなったり、酔っ払った結果喧嘩をして怪我をしたから治療をして欲しいと言われれば……その怪我が命に関わるような重傷であれば治療をするかもしれないが、骨折程度なら自業自得と思っても仕方がない。


「でしょう? なら、私がここにいても問題はないのよ」

「そうだな。……って、それとこれとは話が違うだろ」


 もしここが街中にある食堂の類であれば、レイも素直にマリーナの説明に納得しただろう。

 だが、ここは領主の館だ。

 そのような場所にマリーナが現れるのは……マリーナとダスカーの関係を考えればおかしくはないのかもしれないが、それでも疑問を抱くのは当然だった。


「そう? まぁ、私もちょっとダスカーに用事があったのよ」

「あまりからかいすぎるなよ」


 ダスカーにとって、マリーナは自分の黒歴史とも呼ぶべき過去を知っている存在だ。

 それだけに、マリーナはよくダスカーをからかっている。

 それを知っているが故に、レイはマリーナにそう言ったのだが……マリーナは、心外といった表情を浮かべる。


「別にそんなつもりで来た訳じゃないわ。私が用事と言えば、ダスカーをからかうことになるのかしら?」

「違うのか?」


 そう告げるレイに、マリーナは意味深な笑みを浮かべるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、違わないね(笑)わ [一言] ハッピーハロウィンです〜更新お疲れ様です!
[一言] 違わないな(笑)
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