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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2630/3865

2630話

「その学者……ちょっと心当たりがあるわね」


 夕食の時間、いつものようにマリーナの家の中庭で食事をしつつ、レイは今日あった出来事……特に湖で戦ったザリガニの一件について話すと、マリーナが微かに眉を顰めながらそう言う。

 なお、その前にトレントの森の地下に顔を出した件もレイは口にしたのだが、そこでは特に何も騒動らしい騒動はなかったので、軽く受け流された。

 グリムも実験で忙しいのか、レイが呼び掛けても反応することはなかった。


「知ってるのか? かなり俺を恨んでいたみたいだったけど、どういう行動に出ると思う?」


 レイが話題にして、マリーナが知っているかもしれないと口にした学者は、ザリガニの素材でレイと交渉をした相手……ではなく、ザリガニを生け捕りにしろ、殺すな、傷付けずに捕らえろといったような、無茶を口にしてきた相手だ。

 レイにしてみれば、とてもではないが好印象を抱けという方が無理な相手。


「ダスカー様に報告すると言ってたけど、本当にすると思うか?」

「するでしょうね。けど、ダスカーがそれを相手にするかどうかは、また別の話よ」


 マリーナのその言葉に、レイは安堵する。

 ダスカーの性格を考えれば、あのような学者を相手にすることはないだろうと思いつつも、それでも若干の不安はあったのだ。

 だが、ダスカーを小さい時から知っているマリーナがそう言うのであれば、レイとしても安心出来る。


「けど……」


 と、そんな風にレイが安心しているのを見て、若干申し訳なさそうにしながらも、マリーナは言葉を続ける。


「ダスカーは相手にしないと思うけど、その学者……ソルテーという名前なんだけど、国王派の貴族と繋がりがあった筈よ。そっちで面倒なことにならないといいんだけどね」


 そんなマリーナの言葉に、エレーナ……ではなく、アーラが納得したような表情を浮かべる。


「ソルテーですか。私も聞いたことがあります。何でも強い名誉欲を持っているとか。何でも、国王派の中でも有力人物の下で援助を貰いながら色々な研究をしているとか。ただ、仕えている貴族の情報を敵対している貴族に流しているといったようなことを聞きますね。学問の自由を盾にしているとか」

「それは、また……典型的な寄生虫だな」


 アーラの言葉に、レイは素直にそう思う。

 マリーナは貴族と国王派の貴族と繋がっているといったようなことを言っていたが、レイにしてみれば獅子身中の虫に寄生されているようにしか思えない。

 寧ろ、その貴族の方が哀れな存在に思えてしまう。


「そうね。でも、そういう寄生虫だからこそ、利益を得ている相手が多いから、利益を求めて手助けをする者も多いわ。……多分、今回の件も色々と問題にして騒ぎ立てるでしょうね」


 面倒な。

 それが、マリーナやアーラから話を聞いたレイの率直な感想だった。

 寄生されている貴族も、それならその学者を切り捨てればいいものを。

 そんな風に思うのだが、そうなっていないということは、そのように出来ない理由があるのだろう。

 実際、アーラの知っているような情報であれば、ダスカーが知っていてもおかしくはない。

 だというのに、ダスカーはソルテーという学者を湖の調査に参加させているのだ。

 それは何か相応の理由があってのことだと思うのは、当然だろう。


「まぁ、明日の祭りが終われば、俺はエグジニスに行くから問題はないだろうけど」

「レイ、問題の種だけを撒いて刈り取らないのはどうかと思うぞ?」


 エレーナの口からそんな呆れの言葉が放たれる。

 だが、レイとしては今日の湖の一件において、自分の行動は何も問題がないと思っている。

 ……これで、レイがそこまで腕の立つ冒険者でなければ、ソルテーの後ろにいる貴族やその権威に退かざるを得なかったのかもしれないが、レイはそのようなことを全く考えない。

 それこそ、もしソルテーが自分に対して明確に敵対をするのなら、レイは容赦なく攻撃するだろう。

 貴族が相手でも、レイはあっさりと手を出す。

 それが、例え権威のある学者であっても――アーラやマリーナから聞いた話からすると、権威だけしかない学者だと思えたが――容赦なくデスサイズを振るうだろう。

 それこそ、死神の振るう大鎌の如く。

 自分が安全な場所にいるからこそ、そのような者達は攻撃的になるのだ。

 自分が危険だと判断すれば、あっさりと白旗を上げるというのが、今までその手の相手と接してきたレイの考えだった。


「向こうが何かをしてきたら、こっちもそれなりの対応をするつもりだが……結局ソルテーってのは国王派の学者なんだろ? なら、ギルムで出来ることは限られてるだろ」


 ここが国王派の所属する街や都市であれば、ソルテーもレイにちょっかいを掛けてきた可能性はある。

 だが、ここは中立派を率いるダスカーの治めるギルムだ。

 そのような場所でレイに手を出そうものなら、それこそあっさりと逆襲されてしまうだろう。

 そして国王派の治める街ではない以上、ソルテーを庇う者はいない。

 いや、貴族街にいる貴族はソルテーを庇おうとするかもしれないが、ソルテーが幾ら学問の自由の為にそのような真似をしたと主張しても、ダスカーがそれを聞く筈もなかった。

 それこそ、私利私欲からの行動であると考えれば、当然ながら相応の罰が下されるだろう。

 ましてや、レイはダスカーにとって奥の手だ。

 実際にレイにはそのつもりはないのだが、ダスカーはレイを自分の懐刀であるといったように他の者達に誤解をさせている。

 そうである以上、明らかにレイが悪いのならともかく、レイが何も悪くなく、ソルテーの方から仕掛けてきたといったことなら、ダスカーがレイの味方をするのは当然だろう。


「とにかく、まずは明日の祭りだ。……クリスタルドラゴンの件で、またそのソルテーってのが騒がないといいけどな」

「クリスタルドラゴン……魔の森に棲息するランクSモンスターの新種のドラゴンでしょ? ソルテーじゃなくても、自分の物にしようと思う者は大勢いると思うわよ?」


 マリーナの言葉に、レイはエッグの部下達に知らせた一件を思い出す。

 一見すると、どこにでもいるような屋台の店主。

 だが、その目だけは違った。

 獲物を見つけるかのような、そんな視線を周囲に向けていたのだ。

 エッグの部下達も、その店主についての情報は持っていなかった。

 レイからの情報ですぐに屋台のあった場所に向かったものの、既にそこに屋台の姿はない。

 レイの様子から自分が疑われているというのを知った男は、レイがいなくなった後ですぐにその場から逃げたのだろう。

 そう考えれば、高い危機察知能力を持っていると言えた。

 そのような男を含め、増築工事の仕事の関係で現在多数の人員がギルムにはいる。

 そんな中から怪しい相手を全て警戒しろというのが、そもそも難しい話なのだろう。


「クリスタルドラゴンの素材を奪おうとする相手もいるかもしれぬな。……私としては、貴族派にそのような者がいないと信じたいものだが」


 エレーナにしてみれば、自分が貴族派の象徴としてきている以上、貴族派の中からレイの所有するクリスタルドラゴンの死体から素材を盗もうと考える者がいないようにと願っている。

 だが、幾らエレーナが貴族派を代表しているからといって、貴族派の全ての行動を完全に把握するといった真似は不可能だ。

 ましてや、貴族派の中には未だに貴族としての特権的な地位を当然と思っている者も多く、中立派のように貴族の特権的な地位を最優先にしないような相手を面白くないと思っている者も多い。

 実際、エレーナがギルムにいるのも、貴族派と中立派が協力関係にあるというのに、中立派を率いるダスカーの所有するギルムが増築工事をして街から都市になるというのが面白くないと思った者がそれを妨害したのが理由だ。

 それだけに、もしこの状況で貴族派の貴族がクリスタルドラゴンの素材を盗み出そうとした場合、エレーナの面目は丸潰れとなってしまう。

 そのようなことになれば、当然だがエレーナもそのような真似をした貴族を許すといったような事は出来ず、貴族派を率いているケレベル公爵家の名前の下に処罰する必要があるだろう。

 エレーナとしては、出来るだけそのようなことにはなって欲しくないので、貴族派の貴族にはしっかりと言い聞かせていた。

 幸いにも、レイと接触をしたい貴族達がここ数日、多数この家にやって来ている。

 それを思えば、レイに妙なちょっかいを出さないように忠告するのは難しい話ではない。

 だが、中にはエレーナに忠告されても実家から命令されたり、もしくは自分が行動するのなら見つからないといったように無意味な自信を持っているような者もいる。

 そのような者達は、エレーナが何を言っても無意味だろう。

 また、そのように動くのは貴族派の貴族だけではなく、国王派や……場合によっては中立派の貴族がいる可能性もある。

 それどころか、国外の者が手を出してくるといった可能性もあった。


「エッグ、暫くは本当に忙しそうだな」

「そうね。けど、それはダスカーも知ってるから、人員を補充しているらしいわよ?」

「知ってる。俺が今日エッグ達の拠点に行った時、見たことのない顔がいたし」


 そう言うレイだったが、別にレイもエッグの部下全員の顔を知っている訳ではない。

 それこそ、そのようになった場合、エッグとしてもレイに対して何らかの対処をする必要があるだろう。……それが出来るかどうかは、また別の話だが。


「あら、見たの? とにかく、そういう訳でエッグの方にも人材が集まっている筈よ。不思議なのは、どうやってそういう人材を集めているのかだけど」


 確かに。

 マリーナの言葉に、レイはそう思う。

 裏の仕事だけに、当然ながら表沙汰に出来ないようなことも多数ある。

 中途半端な人材を選んで引き込んでも、足手纏いになるだけだ。

 時間や人手に余裕があるのなら、ある程度訓練をしてからといったような真似をしても構わないとは思うが、現在の状況ではそんな余裕はない。

 つまり、必要なのは即戦力なのだ。

 そうである以上、やはり即戦力で使える者をどうやって集めたのかは、疑問だ。


「考えられるとすれば……ギルムにある裏の組織を潰して、そこの人員を捕らえないという条件で引き抜いたとか?」


 ミレアーナ王国に唯一存在する辺境のギルムだけに、ここには莫大な富が集まる。

 それだけに、その富を目当てにして多くの裏の組織も存在していた。

 今まで幾つかの組織がレイにちょっかいを出しては壊滅したり、そこまでいかなくても大きな被害を受けてきたので、今となってはレイと敵対しないことが暗黙の了解となっていた。

 しかし、それはあくまでもレイに対してだけだ。

 ましてや、今のギルムは増築工事で多くの者が仕事を求めてやって来ているだけに、裏の組織にしてみればカモとなるべき存在が多い。

 そのカモを巡って本来なら越えてはならない一線を越えると……出て来るのが、エッグ達。

 越えてはならない一線を守っているのなら、エッグ達も手出しはしない。

 裏の組織は確かに非合法の組織で多くの犯罪に関わっているものの、それによって裏の世界で一定の秩序が保たれているのは事実だ。

 ダスカーとしても、ギルムのような場所の領主をするとなると、清濁併せ呑む必要があった。

 そういう意味で、一定のラインが存在しているのだが……そのラインを越えた存在は、処理すべき相手として認識され、潰されることになる。

 そうして潰された組織の中で、能力的に問題なく性格もある程度まともな相手であれば、エッグが引き抜くといったような行動に出る。

 そうして人員を補充しているのだが、レイは……いや、それ以外の誰もその辺りについては知らなかった。

 レイも自分が何となく口にした言葉が当たっているとは、思わない。


「ともあれ、明日の祭りをどうにかすれば、あとはギルドの倉庫で解体が始まるし、ギルドの方でも腕利きの冒険者を護衛として雇う筈だ。俺も……まぁ、時々は帰ってくる必要があるけど、変装なりなんなりして解体した素材を受け取ればいいしな」


 クリスタルドラゴンの素材の剥ぎ取りを考えると、どうしてもそのような感じになってしまう。

 時間が経てば、当然ながら素材の鮮度は悪くなる以上、出来ればレイとしては暫くギルムにいるのが最善なのだが……そうなると、まず間違いなく大勢がレイに会いに来る。

 その辺りの事情を考えると、やはり騒動が落ち着くまでレイは予定通りギルムから出て、エグジニスに行った方がいい。

 間違いなく忙しい日々を送ることになると、そう思いながらレイは夕食を楽しむのだった。

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― 新着の感想 ―
問題の種を撒いて〜って言うけど、レイ自身が問題の種撒いたことなんか無いんだよエレーナさんや。 他人が撒いた種に特大の肥料ぶちかまして急成長させた上で焼畑農業してるだけで、常に問題の根源は他人なんや……
[気になる点] 今回は何人の貴族の手足が無くなる事だろうか
[一言] 成る程。 あの厄介で鬱陶しい学者、なんで出てきたと思えばクリスタルドラゴンの素材か~ そりゃあ、狙われるよな。Sランク。しかも新種のドラゴンの素材なんて。 まあ、手を出したらレイの報復が待っ…
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