2625話
「それで、そのエグジニスという街で作られているゴーレムは強いの?」
「……いや、それはどうなんだろうな。人間に近い動きをするって話だったし、強いか弱いかで考えれば、多分強いとは思うけど」
夜、マリーナの家の庭で行われていた夕食で、レイは食堂で聞いたゴーレムの話をする。
それを聞き、真っ先に強いのかどうか尋ねてきたのは、当然のようにヴィヘラだった。
「うーん、でも人間に近い滑らかな動きをするということは、外見も人間に近くなるんじゃない? だとすれば、ヴィヘラが期待出来るくらいの強さはないと思うわよ」
マリーナが少し早めの秋野菜のスープを味わいながら、そう告げる。
「そもそも、エグジニスって街について俺は知らなかったんだけど。ゴーレムについて盛んだっていうなら、もっと有名になってもいいんじゃないか?」
「有名ではあるな。だが、どちらかと言えば知る人ぞ知るといったところだが」
その口調から、エレーナもまたエグジニスについては知っていたのだろう。
……ケレベル公爵家の令嬢である以上、そのくらいは知っていてもおかしくはないが。
「ゴーレムが盛んなんだろう? なのに、知る人ぞ知るなのか?」
「そうだ。そもそも、ゴーレムというのは魔法使いや錬金術師達が作る代物だが、当然のように非常に高価だ。ある意味では全身がマジックアイテムのようなものなのだから、当然だが」
「いや、それは少し言いすぎじゃない? 身体とかは岩とかで作っていたりするから、エレーナが言うように身体全身がマジックアイテムというのは、ちょっと疑問ね」
ヴィヘラのその言葉に答えたのは、エレーナ……ではなく、マリーナ。
「普通に考えればそうでしょうけど、エグジニスで製造されるゴーレムは、全てとは言わないけど、その多くが表面を魔法金属でコーティングしているのよ。そのお陰で劣化も普通よりは少ないらしいわ」
「それは、また……だとすれば、高いんじゃない?」
「ええ。それがエグジニスがあまり知られていない理由の一つでしょうね」
魔法金属と言われれば、ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトといったものが非常に有名ではあったが、それ以外にも多数ある。
そのような魔法金属のどれを使っているのかは、レイにも分からない。
しかし、その言葉通りに魔法金属を使ってコーティングしてるとなると、非常に高価になるのも理解出来た。
「つまり、高額で普通は買えないからそこまで有名じゃないのか? ……けど、買える買えないに関わらず、ゴーレムが盛んなら有名になってもいいと思うけどな。というか、ミレアーナ王国にそういう技術があったのが驚きだよ」
「オゾスと技術提携を結んでいるらしいわね。有名じゃないのは、その辺にも理由があるみたい。もっとも、それはどちらかというと有名にしないようにしている……というのが正しいのかもしれないけど」
マリーナの言葉に、魔導都市オゾスが関わっているなら納得出来ると考えるレイ。
魔導都市という名前がつくだけあり、オゾスは錬金術も含めて魔法関係の技術が非常に高い。
……もっとも、錬金術に関してはベスティア帝国が近年急激にレベルが上がってきているので、オゾスの一強といった訳ではないのだが。
「知る人ぞ知るって割には、レイが食堂で聞いたように知ってる人はそれなりにいるのね」
疑問と共にヴィヘラが告げるものの、レイもそれは同様だった。
ただし、そういうものであると認識すれば、それでいいだろうと、すぐに考えを切り替えるが。
「祭りが終わったら、間違いなく俺は忙しくなる。それこそ、貴族や商人、それ以外も様々な者達が面会を求めて来るだろうな。だから、避難も兼ねてどこかに行こうと思ってたんだけど、そうなるとエグジニスはいいかもしれないな」
レイが、ただランクA冒険者になるだけなら、会いに来る者はいるだろうが、それでもそこまで大勢が来るといったことはないだろう。
だが、祭りではレイの昇格と同時に、クリスタルドラゴンの公開も行われる。
そしてクリスタルドラゴンの所有権がレイにあると知られれば、当然の話だが多くの者がそれを売って欲しいと交渉にくるだろう。
レイとしては、基本的にクリスタルドラゴンは身内だけで使うつもりで、余程のことがなければ他人に売るといったことは考えていない。
それだけに、全員の要望を断るのも面倒である以上、出来れば騒ぎが落ち着くまではギルムから離れてどこかに避難するつもりだった。
幸いなことに、増築工事の方はレイ達がいなくても、ある程度は問題がないようになっている。
トレントの森の地下にあるウィスプや、湖、リザードマンといったように、色々と問題があることはあるのだが。
それでも、面倒から逃れたいと思うのは当然だろう。
「ゴーレム、ね。……少し興味あるのは間違いないわ。ただ、私が行くのは少し難しいかしら」
残念そうに言うマリーナ。
現在行われている増築工事において、マリーナの精霊魔法は怪我人の治療に大いに役立っている。
そんな、治療の中心人物とも言うべきマリーナがいなくなった場合、怪我人の現場復帰は遅れるし、それどころか場合によっては重傷の怪我人が出た場合、治療が間に合わず死んでしまう可能性もある。
レイ達が関わっていた増築工事は、その殆ど全てが冒険者達で代わりが出来るようになった。
しかし、そんな中でも未だにマリーナが診療所で働いているのは、マリーナ程に強力な回復魔法を使える者がいない為だ。
マリーナ以外にも、回復魔法を使える者はいる。
しかし、そのような相手と比べてもマリーナの精霊魔法は回復速度が段違いで、魔力の消耗も少ない。
そして隔絶した精霊魔法の使い手であるマリーナは、それこそ多数の相手に対し、一度に回復魔法を使うといったような真似も出来る。
そういう意味で、マリーナが増築工事の現場からいなくなるというのは、ギルムにとって非常に大きな痛手だ。
また、マリーナもギルムには長年住んでいるだけに愛着があり、その増築工事で自分の精霊魔法が役に立つのなら、と思っているのも間違いない。
それだけに、マリーナとしては非常に残念だが……それでも、レイと一緒に旅に出るといった真似は出来なかった。
だが、それでもマリーナはそこまで不満そうな様子はない。
レイと一緒に旅行が出来ないのは残念だったが、それでもマリーナはレイとデートをする約束を取り付けている。
そういう意味では、マリーナは満足そうな様子ではあった。
「私も、貴族派の者としてここにいる以上、レイと一緒に行くことは出来ないだろうな。それに、レイと面会を求めて来る相手に対応する者も必要だろう?」
こちらはマリーナと同様にレイと一緒に行けないと言いつつも、その表情はマリーナと正反対に残念そうな様子を見せるエレーナ。
「私は……うーん、どうかしら。行こうと思えば行けると思うけど、ビューネだけを残すのは心配なのよね」
これが、以前のように警備兵の補助として街中の見回りをしているのであれば、ヴィヘラも問題なくレイと一緒に旅行に出かけられただろう。
それこそ、ヴィヘラがケンタウロス達のいる世界に行った時のように。
だが、現在ヴィヘラやビューネがやっている仕事は、トレントの森の地下空間にいるウィスプの様子を見たり、その研究をしている者達の世話をしたり、生誕の塔や湖の様子を見たり……といったようなものだ。
街中の見回りなら、他人と接するのが苦手なビューネであっても、他の者が代弁してくれたりする。
しかし、トレントの森での仕事となると、そうもいかない。
ましてや、現在のトレントの森は、様々なモンスターがやって来ては姿を消してといったようなことになっている。
何とか自分の生存領域を得たいものの、それを後から来たモンスターが奪おうとしているのかのような……そんな戦い。
そんな中にビューネが巻き込まれたらどうなるか。
ビューネも、ヴィヘラを含めた多くの者に戦闘訓練をして貰ってはいる。
同年代の中では、盗賊であってもビューネより強い者はそう多くはないないだろう。
だが、それでもモンスターが相手となると、一体どのような種類のモンスターがいるのか分からない。
場合によっては、それこそ高ランクモンスターが姿を現すといった可能性も、否定は出来ないのだ。
その辺の事情を考えると、ヴィヘラがビューネを置いていけないといった様子を見せるのは、他の皆にも理解出来た。
「ん」
ヴィヘラの様子に、ビューネはいつものように一言だけ呟く。
ビューネにしてみれば、自分の実力不足からヴィヘラを縛ってしまうのが悔しいという思いもあるのだろう。
だからこそ、ヴィヘラに対して短く謝罪の言葉を口にしたのだ。
ヴィヘラ以外の者達も、何だかんだとビューネとの付き合いは長いので、ビューネの口から出たのが謝罪の言葉だったというのはすぐに理解出来た。
ヴィヘラはそんなビューネの頭を撫でながら、レイに向かって口を開く。
「そんな訳で、私も今回は一緒に行けないわね。……残念だけど」
「そうなると、結局俺だけか。……アーラは……」
唯一、この中で自分がどうするのかを決めていなかったアーラだったが、レイはそんなアーラに声を掛けた時点でどう答えるのかを理解していた。
「私はエレーナ様の補佐がありますので」
「だよな」
アーラの口から出たその言葉は、レイに取っても予想通りである以上、レイに特に不満はない。
元々アーラはエレーナ第一主義といった人物である以上、エレーナが行かないのにアーラがレイと旅行に行くといった真似は、絶対にしないだろうとレイも予想出来たからだ。
「じゃあ、俺とセトだけだな」
「グルゥ?」
料理を食べていたセトは、自分の名前が呼ばれたことで顔を上げ、どうしたの? と首を傾げる。
そんなセトの様子に、レイは笑みを浮かべながら口を開く。
「明後日の祭りが終わったら、俺とセトだけでエグジニスという街に暫く行こうかと思ってな。嫌か?」
「グルゥ? グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトは首を横に振り、嬉しそうに喉を鳴らす。
イエロや他の者達と一緒にこうしているのも楽しいのだが、セトにしてみればやはりレイと一緒にどこかに出掛けるというのは嬉しいことだった。
数日前までは、レイと一緒に魔の森に行っていたのを考えると、戻ってきてすぐに? と思ってもおかしくはないのだが。
それでも、やはりセトはレイと一緒にどこかに出掛けるのは、かなり楽しみにしていた。
「セトに喜んで貰えて何よりだよ」
レイの言葉に、再度セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
「それにしても、折角エグジニスに行くのなら、出来れば噂のゴーレムを買ってきたいよな。どういうのに役立つのかは分からないけど」
先程話題に出ていたように、エグジニスで売られているゴーレムは高価で、そう簡単に購入出来るものではない。
しかし、それはあくまでも普通の者であればの話だ。
レイの場合は、ミスティリングに大量の金が入っているし、何ならそれこそ魔の森のモンスターの素材で支払ってもいい。
ゴーレムの開発が盛んだということは、当然だがモンスターの素材を必要としてもおかしくはない。
あるいはゴーレム以外にもマジックアイテムを作っている場合、魔の森のモンスターの素材は錬金術師にとって、喉から手が出る程に欲しいだろう。
……もっとも、ウォーターベアのように素材の使い方がある程度判明しているモンスターならともかく、全く未知のモンスターの場合、それがどういう素材として使えるのかといったことから調べる必要があるのだが。
錬金術師達にしてみれば、非常に心躍ることでもあるが、同時に外れの素材の可能性もある。
その辺の事情を考えると、ある意味でギャンブルのようにも思えるのだが……レイとしては、多数ある素材であれば、少し多めに渡してもいいとすら思っていた。
何しろ、現在レイのミスティリングに入っている素材や……それどころか、解体前の死体はかなりの数になる。
ローリー解体屋にある程度頼んでいるとはいえ、ローリー解体屋もレイの仕事だけを受けてはいられない。
ただでさえ現在はギルドで解体を請け負っていない以上、ローリー解体屋は普段よりも多くの客が来ているのだから。
(それに……魔導都市オゾスと協力してるって話なら、間違いなくゴーレム以外にもマジックアイテムは多数ある筈だ。それを買えるというだけでも、俺としてはエグジニスに行く価値はあるな)
オゾスについて忘れていたのを全く思い出すこともなく、レイはそう考えるのだった。