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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2616/3865

2616話

「す、すいませんでしたぁっ!」


 レイに向かって深く頭を下げる男。

 その顔には、既に酔いの高揚も戦いによる高揚も、自分に喧嘩を売ってきた相手に対する苛立ちの類もなく、ただ青い。

 それこそ何も知らない者が見れば、もしかしたら病気か何かではないかと、そのように思ってしまうくらいには青白くなっていた。

 当然だろう。

 ランクC冒険者として、自分の実力にはそれなりに自信があったものの、相手はランクB冒険者……いや、噂が事実であれば、ランクAの昇格試験に合格したレイだ。

 ましてや、異名持ちの相手ともなれば……とてもではないが、自分では勝ち目がない。

 そんな思いで一瞬だけレイから視線を逸らし、つい先程まで自分と喧嘩をしていた男の方を見れば、そこではセトの前足の一撃によって地面に叩き付けられ、押さえつけられて身動きが出来なくなっている。

 レイからの要望通り、地面に押さえてはいるがそこまで力を込めてはおらず、あくまでも男が動けなくなるくらいの力でだ。

 ……寧ろ、男は地面に押さえつけられている痛みよりも、地面に撒き散らかされたスープや惣菜の類の上に押さえつけられているのが、不快な気分になってしまう理由だろう。

 レイにしてみれば、そのくらいは自業自得だろうと、そのように思えるのだが。


「さて、それでお前達がこんな場所で喧嘩していた理由については……まぁ、聞いていた話から大体分かる」


 それこそ、ぶつかったぶつかっていないといったしょうもない理由が原因なのだろうというのは、既に分かっている。

 レイの言葉に、頭を下げていた男と……それ以外にも、喧嘩をしていた二人の仲間らしい者達の表情が絶望に歪む。

 そんな相手を見やり、レイは口を開く。


「別に、お前達が喧嘩をするくらいなら、俺もどうこうするつもりはない。元々、冒険者というのは血の気の多い奴がいるしな」


 お前が言うな。

 ふと、レイは誰かにそんなことを言われたように思ったが、取りあえずその辺についてはスルーしておく。

 客観的に見た場合、レイもまた血の気の多い人物だということは、多くの者が知っていることだからだ。

 ただし、男達とレイとでは違うところがある。


「だから、喧嘩をするくらいなら文句を言うつもりはないが、関係ない相手を巻き込んで……ましてや屋台を壊し、売っていたスープとかを駄目にするってのは、どうなんだ?」


 それこそが、レイと男達との間で大きく違う部分だった。

 レイのその言葉に、喧嘩をしていた男達やその仲間達は意表を突かれた表情を浮かべる。

 自分達が責められるというのは分かっていたが、そのような理由から責められるというのは予想外だったのだろう。


「ともあれ、壊したり駄目にした以上は弁償をする必要がある。……そうだよな?」


 レイに念を押すようにそう言われれば、本心はどう思っていても、それを否定するような真似は出来ない。

 ましてや、今はこうして自分達が鎮圧されている状態なのだから。


「はい。そう思います」

「そうか。なら……そういうことらしいぞ」


 そんなレイの言葉に、人混みの中から数人の警備兵が姿を現す。

 その表情が申し訳ないような、それでいて悔しそうな……そんな微妙な感じなのは、自分達が来るよりも前にレイが騒動を解決してくれたのは嬉しいが、それでも警備兵として出遅れたことに思うところがあるのだろう。


「そうか。騒ぎを解決してくれたのは嬉しいけど、出来ればもう少し大人しく鎮圧して欲しかったな」

「なら、もう少し早く来ればよかったのに。喧嘩が起きてから俺が介入するまで、結構な時間があったぞ?」

「……そうだな。俺も出来るならそうしたいよ」


 疲れてる、といった様子で言ってくる警備兵。

 実際、今夜はいつもより起きている騒動の数も多く、多数の警備兵が街中を走り回っている。

 その理由としては、やはり急に発表された祭りに関してだろう。

 いきなりの祭りに多くの者が興奮し、それによって騒動も多数起こっているのだ。

 ある意味、レイが現在の状況を作り出した張本人と言っても、間違いではないのかもしれない。

 とはいえ、レイはそんな理由で忙しくなっているというのは分からないし、警備兵もわざわざそのようなことをレイに話さない方がいいと判断する。


「ともあれ、後はこちらで引き受ける。レイも、早く帰りたいんだろ?」

「そうか? 悪いな、なら、そうさせて貰うよ。……セト」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは男を押さえていた足を退かせる。

 そうして、ようやく起き上がることが出来るようになった男だったが、その身体には地面に撒き散らかされたスープや惣菜の類がべっとりと付着していた。

 うわぁ……と、そんな男の様子を見た周囲の者達の何人かが、声を漏らす。

 男の方も、自分がそんな状況にあるというのに気が付き、情けない表情を浮かべる。

 レイはセトと共に、そんな相手の様子を無視してその場から立ち去った。

 喧嘩騒動を起こした者達は、破壊した屋台や地面に撒き散らかしたスープ、惣菜……といったものについて、弁償することになるだろう。

 レイの言葉で本人達もそうすると認めており、警備兵もそんなやり取りを見ていたのだから、逃げようがない。

 ……ましてや、セトが関わっている以上、もしセトのいるところでした約束を破ろうものなら、ミレイヌやヨハンナを始めとしたセト愛好家の面々によって何をされるのか分かったものではない。

 そうである以上、約束を違えるといったような真似が出来る筈もない。


「さて、後はこれ以上面倒に巻き込まれないで、さっさとマリーナの家に戻れればいいんだけどな」

「グルルゥ」


 牛肉、牛肉と、レイの横ではセトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、早いところマリーナの家に帰って牛肉を食べたいのだろう。

 昇格試験の時に、レイの稚拙な調理技術で料理された料理ですら、美味かったのだ。

 そうである以上、料理の上手いマリーナが手を加えれば、余計に美味くなるのは間違いない。

 それについてはレイも同感だったが、同時に無理に手を加える必要もないのでは? という思いもあった。

 日本にいた時に料理漫画では、和牛のように上質の肉の場合は、下手に手を加えるよりも塩胡椒をしてステーキとして焼くのが一番いいと、そうあったからだ。

 レイとしては、日本にいるときにそのような最高級の牛肉というのは食べたことがないので、その時はそういうものかといったような印象しかなかったが、魔の森の近くで倒した牛の肉は、まさにそのような感じがしたと思える。

 ……実際には、レイが倒した牛の肉と日本の等級の高い肉というのは、似ているようで違ったりするのだが。

 具体的には、レイが倒した牛の肉はそこまで脂身は多くはない。

 それに比べると、レイが日本にいた時に見た等級の高い牛肉というのは、下手をすれば半分以上が脂身なのではないかと思えるような、そんな肉だ。

 実際には違うのかもしれないが、少なくてもレイが見た感じではそういう肉だった。

 そのような肉を腹一杯食べたりした場合、ほぼ間違いなく胃もたれをするだろうと思えるような。

 そのような肉に比べると、レイが倒した方の牛肉は脂身はそれなりにあるが、しっかりとした肉々しい感じの肉で、脂ののりは適度といったところだ。

 しかし、それでも魔力による影響なのか、その肉は非常に美味い。

 グー……と、肉について考えていたレイは、周囲から漂ってくる食欲を刺激する匂いの影響もあってか、不意に腹の虫が自己主張をする。

 何か食べさせろと、そう主張してくる腹の虫にレイは我慢しろと告げる。

 金に困っていない以上、それこそその辺の店で適当に何かを買って食べるといったような真似は、やろうと思えば普通に出来るだろう。

 だが、マリーナの料理が待っているのに、ここで何かを食べてもいいのか?

 そんな風にレイは思い……セトもまた、そんなレイの様子に何かを察したのか、早く行こうとドラゴンローブをクチバシで引っ張る。

 セトに引っ張られるように、刺激的な……麻婆豆腐の類のような辛みのある香りが漂っている場所を通りすぎ、道を進む。

 そうして貴族街が近くなれば、当然だが屋台の類も減ってくる。


(とはいえ、貴族街とかでも……いや、貴族街だからこそ、夜にも見回りをしている冒険者とかいるから、屋台とかがあれば喜ばれるんだろうけど)


 レイとしては、貴族街に屋台があれば、見回りをしている冒険者や、それ以外にも夕食後に小腹の空いたメイドや執事、下働きをしている者……場合によっては、貴族もそういう屋台を使って繁盛するのでは? と思わないでもいない。

 だが、同時に貴族街の中には自分が貴族という特権階級であるということに拘っている者もおり、そのような者達にしてみれば、自分達の生活の場に屋台などいう庶民が使うような店があるのは、我慢出来ないだろう。

 それでもギルムに派遣されてくる貴族である以上、貴族だからという理由で無条件に他人を見下すような者は……いない訳ではないが、それでもそこまで重度の者は決して多くはない。

 だからこそ、もし屋台があっても結局問題ないといったような感じで話は終わりそうな気がするレイだったが、それでも相手が貴族である以上、絶対に安心といったようなことはなかった。


(いっそ、貴族でも文句を言えない奴……俺が屋台を出してみるとか)


 ふとそんなことを思いつくレイだったが、すぐに却下する。

 アイディアとしてはそう悪い話ではないと思っているのだが、レイの料理の腕は決して高い訳ではない。

 屋台であろうとも、店として活動出来るだけの技量はないのだから。

 最悪、レイは店主で料理人は別の人物を雇うという方法も、ない訳ではなかったが。

 何よりも、レイはやるべき事が多すぎて屋台をやっているような余裕はない。

 それこそ、レイがやるべき仕事は多数ある。

 一応、増設工事に関してはレイがいなくても何とかなるようになったので、以前よりは忙しさは減っているのだが、それはあくまでも以前までと比べればの話だ。

 増設工事以外でも、レイがやるべきことというのは、当然ながら多数ある。

 例えば、トレントの森の隣に転移してきた湖の様子を見に行ったり。

 実際にはそれは他の者でも出来ることではあるのだが、湖の側で暮らしているリザードマン達……特にリーダー格であるガガやゾゾといったような者達は、レイを自分よりも格上の存在と認識している。

 ……実際には、ガガの場合は目上というか、自分の乗り越える壁といったような認識なのだが。

 そんな訳で、レイ以外の冒険者が行くのと、レイが行くのとでは色々と違う。

 レイ以外にも、ヴィヘラはガガのライバルと認められていたが。


「っと、見えてきたな」


 屋台についてや仕事について考えながら歩いていると、やがてマリーナの家が見えてくる。

 そうしていつものように敷地内に入ると、そのまま中庭に向かう。


「おかえり。少し遅かったわね。どうしたの?」

「ローリー解体屋で色々と交渉をしていたら時間が経過してな。それに、来る途中で喧嘩騒ぎがあって、それに関わってた」

「……珍しいわね」


 料理の準備をしていたマリーナが、喧嘩騒ぎに介入したというレイの言葉に驚く。

 喧嘩騒ぎは、血の気の多い冒険者が集まっているギルムでは珍しくもない。

 また、時間的に酔っ払いも街中に出て来る頃合いである以上、余計にそうだろう。

 それだけに、レイがそんな喧嘩に介入したというのはマリーナにとって驚きだったのだろう。


「レイのことだから、何か意味があって介入したのだろう?」


 こちらもまた食器の準備をしていたエレーナがそう告げる。

 実際その通りだったので、レイもその言葉には反論せず……


「それにしても、今頃夕食の準備をしてるのか? この時間に帰ってきた俺が言うことじゃないけど、随分と遅くないか?」


 そう、話を誤魔化す。

 とはいえ、話を誤魔化すといっただけではなく、純粋に疑問を感じてのことでもあった。

 既に時刻は午後七時……いや、八時になろうかという頃合いだ。

 いつもなら既に夕食を食べていてもおかしくはなく、場合によっては食べ終わっていてもおかしくはない。

 だというのに、今から食事をするといった様子を見せているエレーナ達に疑問を持つのは当然だろう。


「私が帰ってくるのが遅かったのがあるわね。……今日は血の気の多い人がたくさんいて、喧嘩騒ぎもそれだけ多かったのよ」


 そう告げるマリーナに、恐らくは祭りが原因だろうと判断し……レイはそっと視線を逸らすのだった。

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