2614話
受取証を確認した後で男はすぐに解体した素材や肉を持ってくる。
解体が本職というだけあって、レイが解体するよりも明らかに技量が上だった。
それこそ、現在ギルドの倉庫でキメラを解体しているだろうギルド職員達に決して負けてはいない。
この辺は、民間の中でもトップクラスの技量を持つ解体屋というのは決して大袈裟ではなかった。
「これはまた……マリーナが勧めるだけのことはあるな」
思わずといった様子で出たレイの言葉に、話を聞いていた職人達は得意げな表情を浮かべる。
そんな職人達の様子に気が付くも、レイはそれを気にせずに素材……ではなく、素材を乗せている存在に視線を向けた。
それは、言ってみれば板だ。
ただし、木で出来た板ではなく、金属を延ばして出来た板。
そんな金属板の下の部分には幾つかの足が生えており、その足を使って金属板は牛とオークナーガの素材を自分で持ってきたのだ。
(これ、一応ゴーレムになる……のか? ゴーレムというよりは、もうちょっとこう……うん)
レイが知っているゴーレムというのは、基本的に人型のゴーレムが多い。
勿論それはモンスターとしてのゴーレムだし、人型ではあってもレイよりも圧倒的に大きく、より正確には巨人型とでも表現した方が正しいだろう。
そんなゴーレムと比べると、現在レイの目の前にあるゴーレムはテーブル形とでも呼ぶべき存在だ。
「なぁ、これってゴーレムなのか? 随分と変わった形をしてるけど」
「ん? ああ。そうだ。ローリーさんが馴染みの錬金術師に頼んで作って貰ったんだよ。このゴーレムがいるから、作業とかもかなり楽になったし」
「だろうな」
レイもその言葉には納得出来る。
解体を頼まれるモンスターというのは、基本的に大きなモンスターが多い。
ローリー解体屋はギルムでもトップクラスの解体技術を持っている職人達がおり、そのような職人達に頼むのだから、当然だがその料金も他の店よりは高額となる。
レイも、受取証を受け取った時に、その金額を支払っているので、何となく理解は出来た。
それだけに、小さい……自分達で解体出来るようなモンスターであれば、わざわざローリー解体屋に任せるようなことはなく、自分達で解体するだろう。
勿論、小さくても非常に希少価値の高いモンスターとかであれば、話は違ってくるが。
それだけに、料金の件も考えると大抵はそれなりの大きさを持つモンスターを倒せる冒険者達が頼むということになり、そのようなモンスターの解体をするとなると、当然だが素材や肉、魔石といったものを丁重に扱う必要がある。
また、素材として使えず捨てるしかない部位に関しても、当然だがそのままにしておく訳にもいかないので、どこかに集める必要があった。
そのような時に役立ってくれるのが、このゴーレムだ。
そう説明されたレイは、なるほどと頷く。
(荷運び用のゴーレムか。結構需要はありそうだけど……ただ、ゴーレムを作るとなると、それなりに値段は掛かるだろうな。運用コストとしても、魔石とかを使う必要も出て来るだろうし)
魔法使いであれば、魔力を直接補充することも出来る。
火起こしに使っているような簡単なマジックアイテムなら、一般人でも特に問題なく使用出来るのだろうが、それがゴーレムとなると、当然ながら相応の魔力が必要となる。
「便利そうだけど、普通の店で使うってのはちょっと難しそうだな」
「そうですね。僕が思いついたゴーレムなので、出来れば広まって欲しいですけど」
レイにそう返してきたのは、先程までレイと話していたのとは別の人物だ。
「それはしょうがないだろ。もう少し安く作れるようになれば、それなりに使えるかもしれないけど。……あとは冒険者とか、ポーター代わりに使えるんじゃないか?」
「無理です。何度か試して貰ったんですが、ゴーレムとはいえそこまで高性能ではないので、単純な命令くらいしか実行出来ないんですよ。無理に難しい命令を出すと、動かなくなりますし。ポーター代わりに使うとなると、もっと高性能な魔石や素材が必要となり……とてもではないですが、普段使いは出来ません」
「なら、そういう高価なゴーレムを使っても問題ないような、高ランク冒険者に任せるとか?」
例えば、レイ達のパーティも、腕利きの冒険者が揃っていて、金に困ってはいない。
……もっとも、レイ達の場合はレイのミスティリングがあるので、荷運び用のゴーレムの類はいても意味はない。
「あるいは、増築工事でなら使えるんじゃないか? 幾ら人手がいても足りないんだし、このゴーレムなら……」
「どうでしょうね。ちょっと難しいかと。さっきも言ったように単純な命令しか受け付けないですし、何より盗まれる可能性を考えると……」
そう簡単に表には出せない。
そう男は続ける。
非常に高価なゴーレムである以上、当然だが売る場所に売れば相応の金額となる。
現在ギルムには多数の人員が集まっており、その中にはそんなゴーレムを盗むといったことを考えても、おかしくはなかった。
「防犯装置をつけてみるとかは、どうなんだ?」
「その防犯装置が反応するかどうかを決めるのも難しいですしね。特に街中で使うとなると、この地下倉庫で使っているのとは違って予想も出来ないような状況になったりしてもおかしくはないですし」
「下手をすると、増築工事をしている時に防犯装置が発動したりする訳か。……厄介だな」
「そうですね。だから、妙な混乱を起こさない為にも、やっぱりこの地下倉庫で使った方がいいと思いますよ」
その言葉に頷き、レイはゴーレムの上に乗っている素材や肉に改めて視線を向ける。
レイが最初に遭遇した牛は、ある程度食べているので解体はしにくかった筈だ。……また、二匹目の牛に関しても、セトの攻撃で殺されてしまった以上、当然だが死体は雑な状態になっていた。
それでも、ローリー解体屋の職人達はオークナーガと共にしっかりと解体してくれたのだ。
素材として使えるかどうか分からない内臓の類も、しっかりと容器に入れて分けられている。
このようにしっかりと解体をして、そして素材の入っている容器のことも考えると、レイとしては高額だと言われているローリー解体屋の解体費用も決して高すぎる訳ではないと思う。
そのことに満足しながら、レイは肉を……いや、それ以外の素材も合わせてミスティリングに収納していく。
そして最後に一kg程の牛のブロック肉を、職人達に渡す。
「これはこの死体をここまで綺麗に解体して貰った感謝の印だ。皆で分けて食ってくれ。オークの肉よりも数段美味いぞ」
レイの口から出たオークよりも美味い肉という言葉に、職人達がざわめく。
モンスターの解体を仕事としているのだから、オークの肉が美味いというのは当然のように知っている。
いや、それこそギルムではオークの肉はそれなりに高額だが、かなりメジャーな食材でもある。
レイの……いや、正確には日本で暮らしていた時のレイの感覚からすると、ブランド牛の類ではないものの、和牛の肉といったくらいのランクか。
そういう意味で、オーク肉は美味いというのはギルムの住人なら当然のように知っている。
……正直なところ、レイとしてはオーク肉の味を考えるとA5級のブランド牛と同じような扱いでもいいと思うのだが、何しろオークは非常に繁殖力が高い。
それこそ、自分以外の種族であっても大抵の種族との間に子供を作ることが出来る。
そして好んでそのような行為をする為に、ゴブリンには及ばないまでも、その数はそれなりに多かった。
そういう訳で、オーク肉は何だかんだと結構な頻度で入手は可能となる。
そんな美味いオーク肉と比べても、更に美味いとレイが言う肉。
未知のモンスターの肉を食べてもいいのか? といった思いがない訳ではなかったが、それでもレイが差し出した牛肉に興味を持つなという方が無理だった。
「くれるのなら貰うが……本当にいいのか?」
「ああ、それで構わない。この肉を食べて俺が持ち込んだモンスターの死体を解体するのに集中してくれればな」
そんなレイの言葉に、話を聞いていた者達は当然だと頷く。
レイの言葉は理解出来るが、職人達も自分の技量には自信を持っている。
そうである以上、肉を差し入れされたからといって、それで解体する時に特に力を入れるといった真似はしない。
そもそも、どのようなモンスターの死体であっても、職人達は真面目に解体をしているのだから。
「肉の有無は関係なく、しっかりと解体はするよ」
そう言って、職人はレイに自信に満ちた視線を向ける。
自分のやるべき仕事は、貰った肉の有無でどうにかなる訳ではない。
そのように示す男に、レイは頼りになるなと頷く。
「分かってる。そっちの件についてはそこまで気にしてない。……そうだな、言い方が悪かった。俺のやった肉を食べて頑張って仕事をしてくれ。この素材の状況を見れば、お前達の腕に疑問は全く持たないしな」
レイが言い直した事に、職人達は満足した様子を見せる。
そうしてレイは職人達に感謝の言葉を口にしてから、地下倉庫から出て、向かうのは街中……ではなく、再度ローリー解体屋の店だった。
解体を申し込むには、当然店舗の方で受付をする必要があるのだから当然だろう。
途中でセトから残念そうな視線を向けられたものの、レイにしてみればミスティリングに大量に存在している魔の森のモンスターは、出来るだけ早く解体しておきたい。
実際には、今回魔の森で倒したモンスター以外にも、数年前に倒した新鮮なモンスターの死体が相応にミスティリングに収納されているのだが。
(数年前に倒した新鮮な死体……考えてみれば、これって矛盾だよな)
そんな風に思いつつ、レイは再びローリー解体屋の店の中に入る。
「いらっしゃい。……レイ? どうしたんだ? もう素材は受け取ったんだろう?」
店員の男は、店の中に入ってきたのがレイだと知って驚きの声を発する。
一瞬、もしかして受取証を間違ったか? と思うも、すぐにそれはないと確認した。
それだけ自分の仕事については自信を持っていたし、それと同時にしっかりと渡す前に確認をしており、現在残っている受取証の中にレイの物はなかったというのも大きい。
だからこそ、何をしにレイが来たのか、分からなかったのだ。
「ああ、素材は受け取った。十分満足出来る状態だった。それで満足したから、取り合えずもう少し解体を頼もうかと思ってな」
「毎度」
レイの言葉に、ここが商売のチャンスだと判断したのだろう。
店員は、目を輝かせながら笑みを浮かべてそう言ってくる。
レイは魔の森で戦い、多くのモンスターを倒してきたのだ。
その辺の確認はしていないが、レイやセトという存在を知っていれば、そのように思うのは当然の話だった。
そんなレイが、改めてローリー解体屋に仕事を頼むと言ってきたのだから、商売熱心な男が喜ばない筈がない。
「それで、具体的にはどのくらいのモンスターを解体出来る?」
どのくらい。
その言葉で、レイのミスティリングには本当に大量のモンスターが収納されているのだと、男は確信出来た。
できたのだが……問題なのは、やはりどのくらいの量のモンスターを解体出来るかといったことだろう。
「すいませんね、大雑把にならこっちも把握してるんですが、正確なところはローリーに話を聞かないと」
「なら、そのローリーは?」
「少し用事で出てまして」
「そうか。なら、また今度……」
「いえいえいえいえいえいえ。すぐに戻ってくるって話でしたから、少し待って貰えば帰ってきますよ。その、お茶でもどうです?」
店員の態度が、明らかにレイに対して下手に出ている。
商売のことを考えれば、それは当然のことなのかもしれないが。
ともあれ、レイは店員からお茶や焼き菓子、それ以外にも軽い食べ物を貰って、時間を潰す。
解体屋としては最高峰の店だからか、当然ながら有名な冒険者が利用することも珍しくなく、そのような人物に出す為のお茶やお茶菓子といったものも常備されている。
また、店員もそのような人物の接待に慣れているらしく、今まで経験してきたモンスターの解体についての面白い話をして、レイを飽きさせることはない。
今まで何度も語ってきた為だろう。男の話す内容は滑らかで分かりやすく、レイは気が付けばその話に夢中になっており……
「ただいま。……レイ? どうしたのさ? もう素材は受け取ったって聞いたよ?」
店の中に入ってきたローリーは、レイがゆっくりとしている状況を見て不思議そうに尋ねるのだった。