2613話
昨日の更新にて、女王蜂の魔石を預けたという描写のところを修正しています。
魔石は魔の森ですでに使っていましたので。
大まかな流れは変わりませんが、気になる方は是非どうぞ。
ギルドでの用事をすませ、セトを迎えに行くと……
「ああ、うん。いずれこういうことになるんじゃないかと、思ってはいたんだけどな」
セトの前で、ミレイヌとヨハンナの二人が向き合っているのを見て、レイはそう呟く。
双方共に、セト愛好家という意味ではギルムでもトップクラスの存在だ。
それが関係しているのかどうかは不明だが、この二人の相性は悪い。
それこそ、顔を合わせればお互いに攻撃的な言葉を発して言い争いをするくらいには。
悪口だけで実際に攻撃をしたりといったようなことがないのは、そんな真似をすればセトを悲しませてしまうと、そう思っているからだろう。
「ふふふ。私の方が早くセトちゃんと再会出来たようですね」
「ぐ……仕事が長引いてなければ……」
ヨハンナの言葉に、悔しそうな様子を見せるミレイヌ。
ミレイヌは、腕利きの冒険者が揃うギルムにおいても若手の出世頭と言われている存在だった。
……もっとも、そんな出世頭の存在は、ミレイヌよりも遅く冒険者になったのに、数年であっという間にランクA冒険者――まだ合否は正式に発表されていないが――となったレイに抜かれてしまったのだが。
とはいえ、それはレイが色々な意味で規格外であっただけで、一般的に見た場合、やはり当然のようにミレイヌは若手の出世頭として扱われている。
ミレイヌも、もうそろそろ昇格してランクB冒険者になるかもしれないと、そのように噂をされているのだから。
また、ミレイヌは美人と呼ぶに十分な程に顔立ちが整っており、それでいて気さくな性格をしており、男女問わず人気が高い。
セトと遭遇したことでミレイヌのイメージが崩れたといった者もいただろうが、同時にセトを愛でている時のミレイヌはそれはそれで……という者もいる。
そんなミレイヌとヨハンナの言い争いは、ある意味平和的なギルムを象徴する出来事と言ってもいいのかもしれない。
相棒のセトを回収する為に、毎回その騒動に巻き込まれるレイとしては、洒落にならないが。
(まぁ、それでもギルドに入れないでいる連中が珍しそうに見ているのを考えると、この言い争いも無意味って訳じゃないのか?)
よく見てみれば、ミレイヌとヨハンナの言い争いを見て、どっちが勝つのか賭けをしている者もいる。
実力行使をするのならともかく、言い争いでどっちが勝つのかといったようなことは、そう簡単に判断出来ないとレイは思うのだが……それに関しては、本人同士で色々とやり取りをするのだろうから、取りあえず気にしないことにしておく。
「それで、いつまでそんな真似をしているつもりだ? セトも困ってるぞ」
この二人を止めるには、それこそセトの名前を出せばいい。
実際、こうして二人が言い争いをしているのを見たセトは、残念そうな様子を見せていたのだから。
「さて、喧嘩も収まったようだし、俺とセトはそろそろ行くぞ。セトと遊んでくれて助かったよ。セト」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは寝転がっていた状態から起き上がる。
そんなレイに、ミレイヌとヨハンナは揃って何かを言いたそうにしていたが、レイとしては他にもやるべきことがある以上、いつまでもギルドにいる訳にはいかない。
ミレイヌやヨハンナもそれが分かっている為か、レイを無理に呼び止めたりはしなかった。
……言い争いの決着がつかないまま終わったということで、残念そうにしていた者もいたのだが、それはレイの知ったことではない。
そうしてギルドから離れたレイとセトが次に向かったのは、ローリー解体屋だ。
二匹の牛と、オークナーガ一匹の解体を頼んできただけに、どうなっているのか非常に楽しみだった。
マリーナが推薦したのだから、腕が悪いということがないのは確定している。
そうなると、あの美味い牛肉を思う存分食べられるということで、レイとしては楽しげな気分になるのは当然だった。
そしてレイがそこまで楽しそうにしているとなると、当然だがセトもまたそんなレイの楽しげな気分が混ざったかのように思え、上機嫌で喉を鳴らす。
仕事帰りの者達の中には、そんなセトを見て笑みを浮かべる者も多い。
そうして進むと、やがて目的の場所に到着する。
「じゃあ、俺は地下に行くから、セトはここで待っていてくれ」
「グルゥ」
レイとしては、地下空間はかなりの広さがあったし、通路や門も十分にセトが通れるのは確実だっただけに、セトを連れていってもいいのでは? と思わないでもない。
だが、ローリーや他の職人達に断ってからならともかく、無断で連れていくのは色々と不味いと思い、セトを地上に残したのだ。
後でローリー達にその辺を聞いてみようと、そう思いながら地下に下りていき、門の前に到着する。
既に門をどうやって開けるのかは、ローリーを見て覚えていたので、特に迷うこともなく門を開けて中に入った。
そうして地下倉庫の中に入ったレイは、そこで働いている職人達を見る。
それぞれが自分の仕事をしており、地下倉庫の中に入ってきたレイの存在に気が付いた様子はない。
それだけ自分の仕事に集中しているということなのだろう。
(この辺、ギルドじゃなくて民間で仕事をしているというのもあるのかもしれないけど、真面目だよな)
勿論、ギルドの職人達が不真面目だと思っている訳ではない。
実際にレイが渡してきた女王蜂の死体の解体は見事と言う他はなかったのだから。
「おーい、ちょっといいか?」
そうレイが声を掛けると、少し離れた場所で鹿のようなモンスターの解体をしていた男の一人がレイの存在に気が付く。
「レイ……ああ、もうそんな時間か」
地下である以上、当然のように窓の類はない。
また時間を知らせる鐘の音も、地下にいるのでどうしてもそこまで大きくは聞こえず、解体に夢中になっている場合は完全に聞き流してしまう。
その為に、何かあったらすぐに上の店舗から連絡が出来るようなっているのだが。
「見たところ、皆がそれぞれ自分の仕事をしてるってことは、俺が頼んだモンスターの解体はもう終わったのか?」
「ああ。あの牛とオークナーガだったか? それはきちんと解体して置いてあるよ。それにしても、この仕事をしていれば未知のモンスターを見ることは珍しくないけど、それでもかなり珍しいモンスターだったな」
「そうか? ……まぁ、魔の森のモンスターだし、そんな風に思うのは当然かもしれないな。それで、素材は?」
「受取証をくれ」
「……何だ、それ?」
男の口から出た受取証という言葉に、レイは首を傾げる。
受取証という言葉の意味が分からない訳ではない。
実際にギルドでも親方から同じような物を貰っているのだから。
だが、ローリー解体屋においてそのような物は貰っていない。
その貰っていない物を寄越せと言われれば、レイとしても戸惑うのは当然のことだった。
しかし、そんな風に意味が分からないといった様子を見せるレイを見て、男の方も不思議そうな表情を浮かべる。
何故自分の言ってることが分からないのか? と。
そうして少し考え……やがて何か思いついたように口を開く。
「もしかして、地上の店にやって来ないで直接ここにやって来たのか?」
「ああ。……そう言うってことは、先に店に行く必要があったのか?」
「そうだよ。そもそも、ここは倉庫だぞ? 本来なら最初に店に行くのは当然だと思うんだが……いや、そう言えばレイはいつもはギルドで解体して貰っているか、もしくは自分で解体しているんだったよな。なら、戸惑ってもしょうがないか」
男が改めて説明したことによれば、ローリー解体屋のように民間でやっている場合、まずは店舗に顔を出す必要があるという話だった。
言われてみれば納得出来る話であり、レイもなるほどと頷く。
「なら、地上の店に行ってそれを貰ってくればいいのか?」
「そうしてくれ。こっちは解体した素材やら何やらの準備は出来てるから、受取証を持ってきてくれれば素材を引き渡せる。……ただ、未知のモンスターだけに、どれが素材として使えるのか分からないから、殆どそのままだけど」
「その辺に関しては、しょうがないだろ。俺も特に気にしてないよ」
実際、レイにしてみれば、牛やオークナーガはあくまでも自分達が食べるという意味で重要なモンスターだ。
素材もあればあったでいいが、それよりも重要なのはどれだけ多くの肉を確保出来たのかといったところだった。
(牛肉で一番高いのは……ヒレ肉だっけ? いや、何かでシャトーブリアンとか、そういうのを見たような記憶があったような、なかったような)
ヒレ肉であれば、ちょっとしたご馳走ということでステーキとして食べたことがある。
ただし、シャトーブリアンというのは食べたことがない。
あくまでも、料理漫画やTV番組で見た記憶があるだけだ。
……実際には、シャトーブリアンというのもヒレ肉の一種なのだが。
正確にはヒレ肉の固まりの中で最も肉の厚い部分のことを、シャトーブリアンと呼称するのが正しい。
ヒレ肉の中にも、その部位によって値段は違ってくる。
例えば、牛タン。
スーパーや肉屋によっては、切り分けた牛タンではなく牛タンをそのまま一本売ってる店もある。
そして牛タンの中で一番柔らかく、美味い部分が牛タンの根元たるタン元。
その次に牛タンの中心部分たる、タン中。
そして最後に牛タンの先端部分たる、タン先。
このタン先になると、かなり安くなる。
それこそ、五百gの冷凍で千円くらいといったことも珍しくないくらいに。
ともあれ、牛タンですら部位によってそこまで価値が違う以上、ヒレ肉もまた部位によって値段が変わってくるのは当然のことだった。
「じゃあ、取りあえず素材とかを引き渡して貰うには、店に行ってくればいいんだな? ちょっと待っててくれ」
「おう、こっちも仕事をしてるから、適当に行ってこい」
そんな声に送られながら、レイは地上に戻る。
「グルゥ」
地上に出て来たレイを見て、寝転がっていたセトは喉を鳴らす。
もう解体した素材や肉を収納してきたと思ったのだろう。
しかし、レイは近づいてきたセトの頭を撫でてから、申し訳なさそうに口を開く。
「悪いな、セト。ちょっと手続きを間違えていたみたいだ。まずは店にいって、受取証を貰ってこないと駄目だったらしい」
「グルルゥ……」
残念そうな様子を見せるセトをその場に残し、レイは店に向かう。
「いらっしゃい。……ああ、レイ。来たのか」
店員がレイを見て、そんな風に声を掛ける。
ローリーがいるのでは? と思ったが、店にいたのはレイが先程来た時にいたのと同じ人物だけだった。
「ああ、先に地下倉庫の方に行ってしまったけど、そうしたらこっちで受取証を貰えって言われてな」
「ローリーの奴、その辺をしっかりと説明しなかったのか?」
店員はそんな疑問を口にしつつ、カウンターの中にある棚から紙を一枚取り出し、確認するとレイに手渡す。
「ほら、これだ。悪いな、ローリーがしっかりと説明していれば、二度手間を取らせなくてすんだんだろうに」
店員にしてみれば、レイのような有名な冒険者が……それもミスティリングを持っているので、大量のモンスターの解体を依頼してくれる可能性のある上客は、絶対に自分の店で囲い込みたかった。
そう思ったからこそ、レイに向かって丁寧に、気を遣って接しているのだろう。
レイも向こうの考えくらいは何となく理解出来ていたが、それでもこうした扱いをされれば、悪い気分はしない。
「ああ、分かった。また何かあったらこの店を利用させて貰うよ」
レイのその言葉は、決してお世辞という訳ではない。
牛とオークナーガの解体を見て、それで満足出来る状態であれば、現在ミスティリングに入っている魔の森のモンスターの解体を任せようと、そう思っていた為だ。
とはいえ、ローリー解体屋は解体屋の中でも最高峰の店の一つと呼ばれている場所だ。
ましてや、マリーナが紹介してくれた店である以上、心配な要素は全くなかったが。
店を出ると、セトに軽く声を掛けてから再び地下倉庫に向かう。
今回はすぐにレイが戻ってくると分かっていたので、先程レイと話した人物はすぐレイの存在に気が付く。
それだけではなく、他の解体をしていた者達もレイの存在に気が付くと、若干急ぎ足で近付いてきた。
「受取証は?」
「ああ、これだ」
そう言い、レイは男に受取証を渡す。
すると男はその受取証に問題がないかを確認する。
ここで迂闊な真似をした場合、別の相手から預かったモンスターの素材を渡すといったようなことになる可能性もあるので、しっかりと確認する必要があった。
そして……やがて問題ないと判断したのか、男は頷くのだった。