2612話
カレーうどんについてアドバイスを受けた屋台の店主は、まさかその手があったのかといった具合に驚いた様子を見せた。
レイにしてみれば、カレーうどんというのは既に知っている食べ物だったし、そもそもギルムで売られているうどんも色々なスープを使って売られているので、そこまで驚くようなことではないと思えたのだが。
ともあれ、屋台の店主にしてみればレイからのアドバイスはありがたかったし、レイもカレーうどん(仮)をいつか食べられるかもしれないと思い、そういう意味ではお互いに損のない取引だったと思う。
そうしてカレーに似たスープに満足しながら、レイはギルドに向かう。
「うわ……」
当然の話だが、夕方になれば仕事が終わった冒険者が集まり、ギルドは混む。
レイとセトは牛の魔石を使った後は一緒に遊び、夕方には少し早い時間にギルムに戻ってきた。
そのまま真っ直ぐギルドに向かっていれば、早めに仕事が終わった者達で多少は混んでいたのかもしれないが、それでもまだピーク前だったのは間違いないだろう。
しかしギルムに入ってからスパイスが複雑に絡み合ったカレーに近い匂いに引き寄せられ、そこで行列に並んでスープを飲み、再度行列に並んである程度纏め買いをしてから、カレーうどんについて話したりしていた。
そうした時間によって、夕方前から完全に夕方になってしまっていたのだ。
ギルドでは、中に入りきることも出来ず、外で待っている者も多い。
そんな者の中には、仕事が終わって酒場にでも繰り出したいのに、こうしてギルドの外で待っていなければならないということに苛立っている者もいれば、中には最初からギルドが混んでいると判断したのだろう。来る途中に酒を買ってきて、既に軽く飲み始めている者もいた。
(こういうのを見ると、やっぱり混んでる時にギルドには来たくないよな)
一応、これでもギルドは色々と工夫している。
例えば、増築工事の現場で働いている者には、現場を仕切っている者が報酬を支払うようになっていたりと。
そのようなことをやっているにも関わらず、これだけの人数がギルドには集まってくるのだ。
現在ギルムにどれだけの人が集まっているのかということの証明だろう。
レイとしては、いっそもっと広い場所に臨時の出張所を作ってそっちに人を回した方がいいのでは? と思わないでもなかったが、当然そのようなことは既にギルドの方で検討されており、資料やら施設やらといった諸々の問題の為に却下されていた。
そんな訳で、もう暫くはこのような状況が毎日のように続くのだろうと思いつつ、レイはセトをいつもの場所に残し、行列をスルーして倉庫に向かう。
倉庫に行くのにギルドの中を通らなくてもいいというのは、こういう時にしみじみと助かったと感じる。
そんな風に思いながら倉庫に向かうと、昼くらいに来た時とは別の冒険者達がそこでは護衛に立っていた。
レイを見て一瞬鋭い視線を向けるも、すぐに近付いてきた相手が誰なのかを理解し、視線を緩める。
日中の時もこんな感じだったなと思いつつも、レイとしては倉庫ではランクAモンスターの解体が行われている以上、これだけ厳重に警備をしてくれた方が安心出来るという思いがあった。
もっとも、こうも厳重に警備をしているとなると、当然だがそれを怪しみ、この倉庫で何をしているのかといったことを訝る者も出て来るだろうが。
「ご苦労さん」
感謝の意味を込めて、ミスティリングの中から取りだしたサンドイッチを冒険者達に渡す。
「腹が減ったらこれでも食べてくれ」
「お、悪いな。助かるよ」
冒険者の一人は早速そう言いながらサンドイッチを口に運ぶ。
中には、今は腹が減っていないのか、それとも単純に夜になったら食べようと思っているのか、受け取りはしたものの、すぐに食べない者もいる。
その辺りは人それぞれだろうと判断し、レイは倉庫の中に入る。
するとそこでは、日中に来た時と同じような光景が広がっていた。
親方を含め、ギルド職員達が倉庫の隅で眠っていたのだ。
唯一の違いは、人数が多少増えているといったところか。
(多分、人数が足りないから補充したんだろうな。……ギルドの方、忙しくなってなければいいんだけど)
最初にここにギルド職員を集めただけでも、間違いなくその分の労働力は減り、ギルドの方では忙しくなっていた筈だった
解体を仕事としているギルド職員だけに、仕事そのものは事務が本職の者達に比べれば少なかっただろう。
だが、それでも今のギルドにとっては重要な労働力の筈だった。
そんな中で、更にギルド職員の人数が削られたのだから、ギルドにしてみれば大きな損害だろう。
(いや、あるいは人手が足りなくて呼んだじゃなくて、親方達だけがランクAモンスターの解体をするのを羨ましく思って、それで来たのか?)
理由はともあれ、解体の技術を持っている者が増えるというのは、レイにとっても悪い話ではない。
女王蜂の解体が終わっても、まだ他にキメラと巨狼がいて……そして何より、クリスタルドラゴンが残っているのだから。
もっとも、クリスタルドラゴンに関しては、それこそギルドとしても解体に時間を掛ければ、それだけ妙なことを考える者達がやってきかねない。
いや、場合によっては護衛として雇っている冒険者ですら、妙な考えをしかねなかった。
ランクSモンスター……それも新種のドラゴンとなれば、どのような危険を覚悟の上でも、魔が差すといったことは普通に有り得るのだから。
「親方、起きてるか?」
「……おう」
レイの言葉が聞こえたのか、眠っているギルド職員達の方からそんな声が聞こえてきた。
そうして立ち上がると、レイの方に近付いてくる。
その途中で何人かの眠っている者達を軽く蹴って、起こしていく。
「昼寝……もう夕方だけど、そんな風に眠っていたってことは、女王蜂の解体は終わったんだよな?」
そう尋ねるレイだったが、女王蜂を出した時に蜂型のモンスターの解体はそれなりに慣れていると、そのように言われていたので、心配はしていなかった。
レイの言葉に、親方は当然だといった様子で頷く。
「素材の選別も終わらせて、もう何もやることがなくなったからな。次のモンスターの解体の為にこうして休んでいたんだ。……今は倉庫から出られないしな」
レイの言葉に当然だといった様子で頷く親方に、レイは感謝の言葉を口にする。
「そうか、色々と迷惑を掛けてしまっているみたいだな。悪かった」
「気にするな。それを承知の上で俺達はここで解体をしてるんだ。……ギルドで慣れない書類仕事をやるよりは、この倉庫でモンスターの解体をしていた方がいい」
そんな風に会話を交わしながらも、レイと親方は離れた場所に置かれている女王蜂の素材のある場所に向かう。
「この素材も半分はギルドでってことでいいんだよな?」
親方のその言葉に、レイは頷く。
女王蜂の場合は、肉がない。
いや、ない訳ではないが、それでも食べられる場所はそう多くはないし、レイとしてもあまり気が進まない。
日本でも地方によってはスズメバチやその幼虫を食べるといったようなことは聞くが、生憎とレイがいた周辺ではそのようなことはなかった。
勿論、レイが住んでいた全員の食生活を知っていた訳ではないので、中にはスズメバチやその幼虫を食べていた者もいたのかもしれないが。
(セトとかなら、この女王蜂を食ったりするのか?)
そんな風に思いながら、素材の分け方について決めていく。
女王蜂の素材の中で、もっとも貴重と思われるのが毒針だ。
他に羽根やクチバシ、内臓の一部……といったように貴重そうな素材はあるのだが、基本的に蜂系のモンスターで一番高価な素材となると、やはり毒針となる。
ましてや、この女王蜂はランクAモンスターで、新種のモンスターだ。
そうである以上、どの素材がどのようなことに使えるか分からない以上、レイとしては毒針以外にも多数の素材を入手しておきたいと、そう思うのは当然だった。
そんなやり取りを親方と行いつつ、結局レイの方が取り分は多くなるという形で取引は纏まる。
解体してくれたのは、親方を始めとするギルド職員達だが、そのモンスターを倒したのはレイで、当然ながら死体の所有権もレイにある。
立場としては、どうしてもレイの方が強くなるのだ。
……とはいえ、ギルドとしても未知のモンスターの情報だけに、出来るだけ多く欲しいというのもある。
レイもそれが分かっているので、ワーカーとの取引に乗って、魔石を一時的に預けるといったようなことにしたのだ。
「さて、女王蜂についてはこれで終わりか。……魔石がないのは残念だったが、それはしょうがない。……出来ればこのモンスターの魔石を持ってきて欲しかったんだがな」
「そう言っても、正直なところこの女王蜂はその強さから考えて、まさかランクAモンスターだとは思わなかったし。それに、素材はある程度そっちでも持っていったんだから、調べることは出来るだろ?」
「それはそうだが、モンスターの魔石というのは、多くの情報を秘めている。それこそ魔石だけしか調べられない情報の類もあるしな」
「なら、それこそギルドの方で魔の森に行って倒してくるとか。……無理か」
「当然だろう。そんな真似を出来るような余裕もないし、何より魔の森に近付く許可が下りる訳がない」
親方と会話を交わしながらも、レイは親方から預かり証を受け取り、女王蜂の素材をミスティリングに収納していく。
「いいなぁ……」
そう呟くギルド職員の一人。
昼くらいにここに来た時はいなかったので、レイが女王蜂を預けてから追加された人員なのだろう。
(気持ちは分かるけどな)
ミスティリングがあれば、解体に関してもかなり便利なのは間違いない。
収納しておけば、時間が経って腐るといったことはない。
また、素材にした後で置いておくにも当然のように場所を取る。
今はこの倉庫を使っているのがレイだけなので問題もないのだが、大量のモンスターが持ち込まれた場合、当然ながら素材を置く場所にも困ってしまう。
そういう時にミスティリングがあれば、解体して剥ぎ取った素材はミスティリングに収納しておけばいいのだから、非常に便利だろう。
また、解体したものの、素材ではなく、可食部位でもない廃棄するしかない部分。
何気にギルドとしてもそのような廃棄物の類が厄介なのだが、ミスティリングに収納しておけば問題はないし、収納されたままで気になるのなら、ミスティリングを持ってどこかに移動して、捨てるなり焼くなりすればいい。
そう考えれば、ギルド職員達にミスティリングの存在が羨ましがられるのはレイにも理解出来た。
それでもレイが嫌な表情を浮かべなかったのは、あくまでもミスティリングを欲しているのは解体を仕事としている者が、それをより効率的に出来ると、そう理解している為だろう。
これで売れば大金持ちになれるといったような、物欲に塗れた視線を向けられれば、レイも不愉快な思いを抱いたのだろうが。
(いや、自分が仕事に使うから欲しいと思うのも、物欲なのか? まぁ、それでも嫌らしい感じはしないから、俺としては構わないけど)
そんな風に思いつつ、レイは親方に視線を向ける。
「さて、それじゃあ女王蜂の素材はこれでいいとして……次は、キメラだな」
「ああ。結構な大きさだったし、時間も時間だ。最後の巨狼は明日持ってきてくれ。今日はキメラで最後だ」
「分かった。なら、残りは明日だな。……ともあれ、キメラを出すぞ」
そう言い、レイはギルド職員達から少し離れた場所に移動して、ミスティリングからキメラを取り出す。
『うおっ!』
ミスティリングから取り出されたキメラを見て、新しく追加されたギルド職員達は驚きの声を上げる。
最初からレイの倒したモンスターの解体に関わってきたギルド職員は、昨日一度見ているので、追加の人員程には驚いていない。
それでも、やはり二度目に見ても多少なりとも驚くのは事実だ。
「このモンスターは、解体するのに特殊な道具が必要だろうな。今日の最後にして貰った甲斐があった」
キメラを見て、しみじみと呟く親方。
実際、このキメラと戦う時はかなり苦労をしたのは事実だ。
それを思えば。今までのモンスターはある意味前座だったのかもしれないなと、そう考えてしまう。
「頑張ってくれ。……ああ、それとこれは腹が減ったら適当に食ってくれ」
そう言い、サンドイッチやチーズ、ハム、果実といったものをミスティリングから取り出し、そうしてレイは倉庫から出るのだった。




