2607話
倉庫から出たレイは、ギルドの前にいたセトと共にその場を離れる。
昨日程ではないが、結構な人数がセトに集まっていた。
それでもレイが近づけば、それを邪魔するような真似をしないのはレイにとっても助かる。
(ミレイヌがいなかったのは……疑問だな。いや、単純に現在はギルムにいないだけか? ヨハンナがギルムにいるのは昨日見たけど)
もしミレイヌがギルムにいれば、それこそこの状況でセトを愛でに来ないのはおかしい。
ともあれ、ミレイヌがいなかったのは事実である以上、それを若干物足りなく感じているレイだったが、今は気にしないことにする。
「さて、今日はこれからどうするべきだろうな?」
レイが昇格試験を受ける前に行っていた仕事は、その大半が既に他の冒険者によって行われている。
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトは周囲の屋台や食堂、パン屋といった場所に視線を向けていた。
そんなセトの様子を見れば、一体何を希望しているのかは考えるまでもなく明らかだ。
「さっきギルドの前で結構食べていたと思うけどな。……まぁ、いい。何軒かに寄って食べ物を色々と買っていくか」
ギルムの屋台は、多くが毎日のように違う店となる。
仕事として屋台を出している店は毎日同じ場所に屋台があるが、趣味でやっている屋台や、新しく屋台を仕事として来たものの、競争に勝てずに廃業する者。
様々な者達がいるのだが、そんな中でも趣味でやっている屋台というのは、当たり外れが大きいという意味で非常に面白い。
趣味でやっているだけに、自分の儲けを殆ど考えるようなことはせず、原価に近い値段で売っていたりするからだ。
勿論、趣味でやっているということは、中にはプロ顔負けの料理の技術を持っている者もいるが、下手の横好きといったような者もいる。
そういう意味では、ある意味ギャンブルに等しいのかもしれないが。
ともあれ、そのような屋台で当たりを選んだ時は、もの凄く得をしたような気分になる。
「グルルルゥ!」
と、道を歩いていたセトが、不意に一軒の屋台を見つけて喉を鳴らす。
その屋台が美味い料理を出していると、そう感じたのだろう。
レイもセトの感覚を疑うといったような真似はせず、素直にその屋台に向かう。
昼近くということもあり、それなりに並んでいる人数は多い。
それが、この屋台で売ってる料理の人気が高いということの証だろう。
レイとセトも、大人しく列の最後尾に並ぶ。
何人かは自分の場所を譲ろうとする者もいたのだが、この暑い中――レイはドラゴンローブのおかげで暑くもなんともないが――並んでいたのを、邪魔する訳にもいかない。
そんな訳で、レイはセトと共に大人しく待ち……やがて、列が進むと屋台から香ばしい匂いが漂ってくる。
そうして購入したのは……
「魚のサンドイッチか。珍しいな」
レイは魚のサンドイッチと言えばやはりツナサンドを思い出す。
だが、当然ながらツナサンドの類はない。
あるいは、白身魚のフライをサンドイッチにした、フィッシュバーガーならぬフィッシュサンドか。
しかし、揚げ物の類もない訳ではないのだが、その辺りの調理技術はあまり発展していない。
そもそも、ギルムは海に面した場所でもない以上、海の魚をそう簡単に手に入れることは出来ない。
干物の類であれば話は別だが。
そして……この屋台で売っているのは、その干物を焼いて解して骨を取り、ソースに和えてパンで挟んだサンドイッチだった。
(そう言えば、中東……いや、トルコだったか? サバサンドとかいうのがあるって料理漫画でやってたような覚えが……そう考えれば、一応パンと魚の干物ってのも、合わない訳ではないのか?)
そう思いながら、取りあえず十個程度購入しておく。
そうしてセトと一緒に食べると……
「これは……美味いな」
「グルゥ」
パンは焼いてあるのでサクリとした食感があり、中身はふんわりと柔らかい。
そしてパンの中身は、タマネギのような辛みのある野菜と酸味のあるトマトに似た野菜、そして解してソースで和えた干物。
具としては非常にシンプルなのだが、食材がそれぞれに美味い部分を引き出し、相乗効果によって一口食べたらまた一口、一口、一口……といったように、次々と口に運んでしまう。
そして気が付けば、レイの手の中にあったサンドイッチは消えていた。
「うん、改めて美味いな。一口目で強烈に美味い! ってくるような美味さじゃなくて、しみじみと感じる美味さだ」
レイが日本にいた時に見た料理漫画で、家庭料理と高級料理の違いは、同じ美味いであっても一口目で強烈な美味さを感じさせるのが高級料理で、毎日でも食べたくなるような味が家庭料理というのがあった。
正確には色々と違うのかもしれないが、少なくてもレイはそのように認識している。
「毎日食べたくなる料理だけど……」
「あはは、すいません。現在は色々な場所で店を出してるので。明日はどこに店を出すのかといったことは分からないですよ。ただ、また見掛けたら買って貰えると嬉しいです」
レイの言葉が聞こえたのか、屋台の店主はそんな風に言ってくる。
そんな店主の言葉を残念に思ったのは、レイだけではなく他の客達も同様だったのだろう。
レイと同じように屋台の近くで食べている客達が、残念そうな声を上げる。
(俺の場合はギルムの街中を色々と動き回るから、またこのサバサンド……いや、サバじゃなくて魚の干物サンド? を買う機会があるかもしれないな)
特定の仕事をしている者であれば、移動する場所というのは基本的に決まっている。
いつもと違う道を進むといったようなことはあるかもしれないが、それでもある程度決まった場所なのは間違いないだろう。
であれば、やはりこの屋台とまた遭遇するという可能性は……ないと言えないものの、それでもそこまで大きくはない。
(となると、もう少し買っておいた方がいいかもしれないな)
そうレイは判断し、再び行列に並んで……結構な量のサンドイッチを購入するのだった。
サンドイッチを購入した後、レイは街中を見て回る。
とはいえ、何の目的もなく歩いている訳ではなく、目的の場所はあった。
「えっと、マリーナから聞いた話によると、この辺りにあった筈だけど……」
「グルルゥ? グルゥ」
大通りから少し外れた場所を歩きながら、レイは周囲の様子を見ながら目的の場所を探す。
そんな中、不意にセトがレイのドラゴンローブをクチバシで引っ張り、少し離れた場所にある店を見た。
最初、またセトが何か料理でも食べたいのか? と思ったレイだったが、セトの見ている店は料理を売ってるようには見えない。
そして店の看板を見て、それがレイの探していた店だと気が付く。
その看板には『ローリー解体屋』と書かれていた。
そう、そこにあったのは、モンスターの解体を専門とする店の一つ。
何故マリーナがこの店のことを知っていたのかといえば、マリーナが元ギルドマスターだからという理由が大きいだろう。
ギルドマスターをやっていた時、当然ながらギルド以外の解体屋についてもマリーナは関わることがあった。
それこそ、今回とは理由が違うものの、ギルド職員で解体が間に合わない場合が。
例えば、ガメリオンが出没する季節などは、解体屋は忙しさに嬉しい悲鳴を上げることが多いと、昨日マリーナはレイに対して説明していた。
何故、レイがここに来たのか。
それは当然、解体屋に来たのだから解体をして貰う為だ。
ギルドは現在仕事で忙しく、ランクAモンスターやクリスタルドラゴンの死体はともかく、それ以外にレイが昇格試験において倒したモンスターの解体には手が回らない。
つまり、それ以外のモンスター……例えば、オークナーガを始めとした多数いたモンスターや、魔の森の外で倒した牛だったり、それ以外にも多数のモンスターの死体がレイのミスティリングに収納されている。
それだけに、ギルド以外でモンスターの解体をする必要があった。
そんな訳で、レイはどこかいい場所がないのかと、そうマリーナに尋ね……それで紹介されたのが、このローリー解体屋だった。
ギルムには多数の解体屋があるが、その中には素材を盗んだり、受け取った筈のモンスターの死体が、実は受け取られていないと言われたり、似たようなモンスターの下位種の素材を渡されたり……といったようなこともある。
しかし、当然の話だが解体屋の中には悪質な店ばかりではなく、優良店と呼ぶべき店もある。
そのような店は、当然ながら解体費用も他の店よりも高かったりするのだが、その分だけ仕事は確かだ。
そしてマリーナに紹介されたこのローリー解体屋もまた、値段は高いものの、その値段に見合った技量を持つ者が多いという店だった。
「……その割には、小さいな」
勿論、周囲にある建物と比べると、二倍くらいの広さを持つ店舗だ。
しかし、それはあくまでも普通の店と比べればの話であって、巨大な……それこそ、レイが倒した巨狼の類を運び込むといった真似は、非常に難しい場所なのは間違いない。
取りあえず中に入ればその辺は理解出来るか。
そう判断し、レイはいつものようにセトに近くで待ってるように言ってから、店の中に入っていく。
「いらっしゃい、冒険者かい? 今は忙しいから……って、レイ!?」
さすがに冒険者を相手にしているだけあってか、店員はレイの顔を知っていたらしい。
それでも、まさかレイがやって来るとは思わなかったのか、その表情には驚きの色がある。
「モンスターの解体を頼みたいんだが」
レイの顔を見て驚いていた店員だったが、その声で我に返ったのだろう。
レイの言葉に、迷った様子を見せ……やがて口を開く。
「ちょっ、ちょっと待っててくれ! すぐに戻る! すぐに戻るから、店の中でも見て、待っててくれ!」
そう言いながら、店員はレイを残して店の奥に向かう。
(随分と急いでいたな。というか、俺をここに残していくってのは正直どうなんだ?)
店の中には、恐らくは今までローリー解体屋で解体したのだろう、珍しいモンスターの素材と思しき物が置かれている。
店の実績を示す為にそのようにしているのだろうが、当然ながら実績とされるような素材である以上、それは高価であったり希少だったりするものになる。
そのような物が置かれている場所にレイだけを残して、店員の姿はないのだ。
もしレイが柄の悪い冒険者であれば、それこそ飾られている素材の一個や二個……いや、ミスティリングがある以上、それこそ全てを奪うことも可能だろう。
ミスティリングに収納さえしてしまえば、それをどうにか出来るのはレイだけだ。
それこそ店側で盗まれたと言っても、ミスティリングの中に入っているのを証明出来るのはレイだけだ。
その辺りの事情を考えれば、店員の行動は迂闊と言うしかない。
とはいえ、レイだから安心してそのような真似をしたという事なのかもしれないが。
そんな風に思いつつ、レイは壁に飾られている角……鹿の角に似てはいるが、それをもっと複雑にしたような、そんな角を眺める。
「無理に決まってるでしょう! こっちは一日中働いても、それでもまだ終わらないのよ!?」
と、レイの耳に店の奥で誰かが怒鳴っているらしい声が聞こえてくる。
「だって、来たのはあのレイだぞ!? 昇格試験に合格して、ランクA冒険者になったって噂の!」
そう言ってるのは、声と内容から先程の店員だろうとレイは予想する。
(昇格試験で合格したって噂は、もう広まってるのか。……いやまぁ、俺が怪我もなく魔の森から帰ってきたことを見ている者は大勢いるんだから、それは当然か? だとすれば、祭りを出来るだけ早くやるっていうのは英断だったかもしれないな)
聞こえてくる声にレイがそんなことを考えている間にも、店の奥では言い争い……いや、正確にはレイが店に入った時にいた店員が誰かを説得するような声は聞こえ続けていた。
「いいだろ? もしレイが昇格試験に合格したのなら、解体するのはランクAモンスターの可能性がある。いや、そこまでいかなくても、魔の森のモンスターってだけで店にとっては大きな利益になるんだ」
「でも、職人達もかなり疲れてるのよ? そんな中で魔の森のモンスターの解体なんて……それこそ、解体に失敗したら、ローリー解体屋の名前に傷がつくでしょ」
「うちの職人なら大丈夫だって。それにお前もいるんだ。それなら、何とでもなる。……だから、ほら、取りあえずローリーがレイに会ってから決めればいい。な?」
「……もう、分かったわよ。けど、解体するモンスターによっては断るからね?」
取りあえず、どうにかそのようにして話は纏まったらしい。