2605話
アーラからの事情を聞いて、つまりマリーナの家にいた者達はランクA冒険者になったレイとお近づきになる為にやって来たのだろうと判断すると、面倒はごめんだということで、レイはテーブルの上にあった料理を全て片付けると、セトと共に街に出た。
「グルルルゥ」
オークの蒸し焼きに甘辛いソースを掛けてパンに挟んだ、一種の照り焼きサンドに近い料理を食べて、幸せそうに喉を鳴らすセト。
レイもまた、そんなセトの様子を見ながら照り焼きサンドを口に運ぶ。
……マリーナの家を出る前に食事をしたのだが、それでもこうしてすぐに照り焼きサンドを食べられる程度には余裕があるらしい。
レイが戻ってきて一晩経ったおかげか、レイは昨日程に視線を集めてはいない。もっとも……
「おい、聞いたか? 祭りをやるんだってよ」
「そうらしいな。けど、一体何の祭りだ?」
「さぁ? それは分からないけど、祭りってことになると俺達にも酒や食い物が貰えるだろ」
「お前……結局それが目当てか?」
「そうそう、酒と食い物ばかりじゃないだろ。祭りになれば、当然女も開放的な気分になる。そうなればどうなる? いい女を口説き放題だぞ」
「やーねー、男って」
「そういいながら、あんたも狙ってた人に言い寄るんでしょ?」
「当然よ。せっかくの祭りなんだから、その機会を逃すなんて馬鹿な真似はしないわ!」
そんなやり取りが道を歩くレイの耳に聞こえてくる。
そう、今朝ダスカーが祭りについての発表を行い、それによってギルムの人々は驚きつつも喜ばしくそれを受け入れたのだ。
まだ夏真っ盛りといった気温の毎日だけに、それを吹き飛ばす意味でも祭りは楽しみだったのだろう。
あるいは、先程レイの耳に聞こえてきたようにこの夏こそ恋人を! と燃えている者もいれば、単純に一夏のアバンチュールを楽しみたいと思う者もいる。
(こういうのってあれだっけ? 祭りとか修学旅行とかクリスマスとかが近くなると、カップルが多く成立するけど、そのイベントが終わるとあっさりと破局するとか)
それはレイの実体験といった訳ではなく、あくまでもアニメや漫画、ゲームといったもので得た知識だったが。
多少は同級生達の話も混ざっていたが。
「まぁ、こうして注目されないのなら、俺にとっては悪い話じゃないよな」
「グルルルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
セトにしてみれば、他人から注目されるのは慣れていたのだが、そんなセトにとっても昨日の一件は色々と思うところがあったのだろう。
そうしてレイは祭りの知らせに賑わっている街中を進み、ギルドに到着する。
「じゃあ、セト。俺はちょっと行ってくるから、お前はここで待っててくれよ」
「グルゥ」
分かったと喉を鳴らすセトをギルドの前に残し、レイはギルド……ではなく、ギルドの倉庫に向かう。
ギルドの倉庫は、別にギルドの中に入らなければ行けない訳ではない。
当然だろう。もしギルドの中を通らないと行けない場合、荷車で運んできたモンスターの死体はどうするのかということになる。
レイならミスティリングがあるのでその辺の心配はいらないのだが、普通の冒険者ではそのようなことは簡単に出来ない。
だからこそ、倉庫には普通に外からも移動出来るようになっていた。
……とはいえ、今のギルドは増築工事の件で忙しく、基本的に解体は受け付けていない。
その例外が、ランクAモンスターやランクSモンスターの死体を持ってきたレイなのだが。
そのような状況である為、倉庫の付近は静かなものだ。
「もし防音とかそういうのがないと、うるさいのかもしれないけど」
レイが最初に解体を頼んだ、闇の世界樹。
ランクAモンスターにして、未知のモンスターだけに、解体を任されているギルド職員達も、必死になって解体していた筈だった。
ただし、闇の世界樹は殆どが木の状態で、レイの魔法によって炭や灰になっているところもある。
それを思えば、解体の作業は大変かもしれないが、素材としての見極めはそう難しくないだろうというのが、レイの予想だった。
(問題なのは、素材をどのくらい売るかだよな。木だけに、色々と使い勝手はよさそうだし)
枝の部分を使えば杖になるだろうし、それ以外にも矢や棍棒といった武器にも応用は可能だろう。
それ以外にも、薬系の素材やマジックアイテムの素材としても使えそうではある。
闇の世界樹について考えながらレイは進み、やがて目的地の倉庫に到着する。
倉庫の前には、何人かの冒険者が護衛に立っていた。
中で解体しているモンスターのことを思えば、このような護衛が必要となるのも当然だろう。
かなり腕利きの……恐らくランクB冒険者と思しき者達は、近付いてきたレイに最初は鋭い視線を向けたものの、その相手がレイであると知ると視線の険しさが抜ける。
現在倉庫の中で誰が倒したモンスターの解体がされているのか、聞かされているのだろう。
レイが倒したモンスターの死体の素材や魔石が誰かに盗まれないようにする為の、護衛の冒険者達。
当然ながら、そのような依頼をギルドに任されているということは、この冒険者達はギルドからの信頼が厚い存在なのは間違いない。
レイもそんなギルドの行動を信用していたので、その件については特に不満はない。
「解体の様子はどうなってる?」
「静かなもんだな」
「……静か?」
冒険者の言葉は、レイに疑問を抱かせるには十分だった。
てっきり、ランクAモンスターの解体ということで、ギルド職員達が騒いでいるのではないかと、そのように思っていた為だ。
「ああ。……で、どうする? 中に入るのか? お前なら中に入れてもいいって言われてるから、問題ないぞ」
「そりゃそうだろ」
現在倉庫にあるのは、闇の世界樹だけだ。
それ以外のランクAモンスターやクリスタルドラゴンは、全てがレイのミスティリングに収納されている。
そうである以上、もし今の状況で解体をしようにも出来ないのだから。
「じゃあ、見張り頑張ってくれ」
そう言い、レイは倉庫の中に入る。
「おお」
倉庫の中を一目見て、驚きの声を上げる。
そこには、闇の世界樹が素材となって置かれていた為だ。
燃え残って炭になっている場所は炭として一纏めにされており、枝は全て切ってこちらもまた一纏めにされている。
木の本体とも呼ぶべき場所は、特に切断されたりといったようなことはないまま、倉庫に横たわっている。
その辺の状況を考えると、解体は簡単だったのだろうと思い……同時に、表で護衛をしていた冒険者達の言葉に納得する。
勿論、闇の世界樹はかなりの大きさである以上、それを解体するにはそれなりに時間が掛かっただろう。
しかし、それでも触手……いや、蔦の部分は全て燃えており、木の部分しか残っていない。
そのようなモンスターを解体するとなれば、そこまで手間は掛からない。
(なるほど。解体そのものは終わって、モンスターの解析とかをしていて騒がしかったのか。で、それが一段落したのか、もしくは眠くなったのか分からないけど、取りあえずそれで静かになっていたと)
納得し、改めて倉庫の中を見回したレイは、倉庫の隅で毛布を被って雑魚寝をしているギルド職員達の姿に気が付く。
遠くからでも、満足しきって寝ているように見えるということを考えると、議論は一通りしたのは間違いない。
そうなると、今こうして眠っているギルド職員達を起こしてもいいものかどうか、迷う。
とはいえ、ここまで来たのに闇の世界樹の次に解体する女王蜂の死体を置いていかない……といったようなことになった場合、それこそギルド職員達が起きたら怒るだろう。
「そうだな。やっぱりここで起こす必要があるか」
そう判断すると、レイは雑魚寝をしているギルド職員達の方に向かう。
親方と呼ばれていた五十代の男も、他の者達と一緒に床で雑魚寝をしている。
そんな状況を見て、大丈夫なのか? と疑問を抱く。
見るからに頑強な体格をしているとはいえ、親方はもう五十代だ。
人間、年齢には勝てない。
そんな親方が床で直接雑魚寝をするというのは、それこそ健康に関わってくるのではないか。
そうレイが思ってもおかしくはない。
体調が悪くなれば、モンスターの解体にも影響が出て来る。
ヴァンパイアは解体の必要がなく、闇の世界樹の解体も終わった。
だが、まだ女王蜂、キメラ、巨狼……そして解体は祭りの後になるが、クリスタルドラゴンも残っている。
解体を行う親方達には、それこそしっかりと仕事をして貰う必要があった。
その為、レイは眠っているところを起こすのは申し訳ないと思いながらも、意図的に足音を発しながら眠っている親方達に近付いていく。
親方はそんなレイの足音を聞いたのだろう。
すぐに反応し、上半身を起こす。
その行動は、ギルド職員というよりは冒険者……それも高ランク冒険者と呼ぶのに相応しいものだ。
(やっぱりな)
元冒険者……それもただの冒険者ではなく、高ランク冒険者であるという予想が正しかったことを確信しつつも、特に驚く様子はない。
元々、ギルド職員には大別して三つの就職の仕方がある。
まず一つ目は、普通に試験を受けて合格するというもの。
レノラやケニーといった面々がこのタイプだ。
そしてもう一つが、優秀な人材であるという推薦状を持って現れてギルド職員として採用されるというもの。
このタイプは更に本当に優秀な人物である場合と、貴族や大商人の息子が人脈を使ったものとに別れる。
そして最後が、冒険者として活動していたのが、年齢的に無理が出来なくなったといった理由や、怪我やそれ以外にも様々な事情で冒険者として活動出来なくなったものの、ギルドから優秀な人材だと判断されてギルド職員になるというもの。
元冒険者だけあって現場のことを知っており、何か問題が起きた時も出番はある。
また、冒険者側にとっても、冒険者という仕事はそう長い間続けられる訳でもなく、そういう時にギルド職員として雇って貰えるのなら非常に安心だ。
……勿論、誰でもという訳ではなく、相応の実力があって人格的にも信頼出来る相手でなければ、ギルド側でも声を掛けないだろうが。
そして、親方と呼ばれている人物は間違いなく冒険者からギルド職員にというパターンの人物だった。
「おう、レイか。……随分と遅かったな」
「ちょっと寝坊してな」
魔の森から帰ってきたばかりで、夜遅くまでエレーナ達に魔の森についての説明をしていたのだ。
それからぐっすりと眠ったのだから、昼近くまで眠っていたのは仕方がないというのが、レイの言い分だった。
親方も、そんなレイの様子から何となく事情を察したのだろう。
それ以上は特に責めるような真似はしない。
そもそもの話、自分達も少し前までは起きて闇の世界樹について色々と検証していたのだ。
もしその時にレイが来ても、恐らくそちらに熱中してしまっていて、相手を出来なかっただろう。
そういう意味では、ちょうどいい時間にやって来たと言ってもいい。
「そうか。まぁ、それはそれでいい。解体の最中にやって来られるよりはな。それで……一応説明するが、あそこに並んでいるのが闇の世界樹の素材だ」
「ああ、確認した。……魔石は?」
「うん? 魔石はギルドの方で俺達とはまた違った専門家が解析してるぞ。というか、ギルドマスターとそういう話になっていたんだろう?」
「そうだったか? クリスタルドラゴンの魔石は約束して覚えてるけど……いや、そう言えばクリスタルドラゴンの魔石を取り出した後でそう言っていたな」
レイとしては、闇の世界樹の魔石を受け取ったらすぐにでも魔石を使ってスキルを習得するつもりだった。
ワーカーとの約束をすっかりと忘れていたのは、やはり何だかんだかと昨日は疲れていたということなのだろう。
「だろう? で、あの素材はどうするんだ? 全部持っていくのか?」
「いや、半分だけでいい。ギルドの方でも色々と物入りだろ?」
「だろうな。とはいえ、この素材を捌くとなれば、それはそれで大変だろうが」
何しろ、闇の世界樹も新種だ。
……レイにしてみれば、ヴァンパイアが実験として育てていたモンスターなので、養殖されたモンスターといった印象があったのだが。
ともあれ、今までになかったモンスターだけに、どの素材がどのようなことに使えるかといった情報もなく、まずはその辺りの分析から行わなければならず……そういう意味では、売れば高額になるのは間違いないが、その準備をするのに非常に手間が掛かる。
それこそ、今のギルドでそんな余裕があるかと言われれば、難しいところだった。