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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2603/3865

2603話

 戻ってきた。

 マリーナの家を見ると、ギルムに戻ってきた時に感じたのと同じようなことが……いや、それ以上の郷愁とでも呼ぶべきものがレイの中にある。

 実際には、レイがマリーナの家で寝泊まりするようになってから、そんなに時間は経っていない。

 より多くすごしてきたのは、ギルムの中でも高級宿として知られている、夕暮れの小麦亭だろう。

 今でも、一応何かあった時の為にレイは夕暮れの小麦亭に部屋を借り続けてはいる。

 だが、それでもレイが寝起きをしているのはマリーナの家なのだから、そういう意味では金を無駄にしていると言ってもいい。

 ただし、レイは人生を数回生まれ変わっても遊んで暮らせるだけの金額を持っている。

 そんなレイにしてみれば、高級宿であっても夕暮れの小麦亭の部屋を借り続けるのはそんなに難しい話ではない。


「グルルルゥ」


 マリーナの家を見て、郷愁に浸っていたレイは、セトの声で我に返って家の敷地内に入る。

 もしこれで敷地内に入ったのがレイではなく、マリーナを含めて家にいる者に害意を持った者の場合、マリーナの精霊がその相手を攻撃したり、そもそも中に入れなくなったりしてもおかしくはない。

 この家は、冬は暖かく夏は涼しい。

 それでいて掃除の類も精霊がやっており、家の防犯までも精霊がやってくれるという、色々な意味で凄い家だった。

 そんな家の敷地内に入り、建物……ではなく、中庭に向かう。

 中庭から漂ってくる食欲を刺激する香りから、現在そこで夕食を食べているのだと、そう判断した為だ。

 夕食にはまだ少し早いような気がしたレイだったが、それでも特筆しておかしいという訳ではない。

 そうしてレイはヴィヘラとセトと共に中庭に向かい……


「お帰りなさい、レイ」


 中庭に入ったと思った瞬間、まるでレイが敷地内に入ってきたのを知っていたかのように、声を掛けられる。

 いや、実際にその声の持ち主はレイが敷地内に入ったというのを知っていたのだろう。

 自分の精霊がこの屋敷の管理をしているのだから、そのくらい察するのは難しい話ではない。

 そう、レイに声を掛けてきたのは、この家の家主でもあり、元ギルドマスターであり、現在はレイとパーティを組んでいるマリーナだった。


「ああ、ただいま。……心配を掛けたみたいで悪いな」

「レイのことだから、心配はいらないと思っていたけどね。……それより、ほら。エレーナも驚いているみたいだから、声を掛けてあげたら?」


 そんなマリーナの言葉に、レイはエレーナの方に視線を向ける。

 するとそこには、マリーナの悪戯心が発揮されたのか、レイが帰ってきたということを全く知らなかったらしく、驚きに目を見開いているエレーナの姿がある。

 そのような状況であっても、エレーナの美しさは変わらない。

 ヴィヘラやマリーナと、若干方向性は違うが絶世の美女と呼ぶに相応しい美貌を驚きに固め……やがて、その固まりは決壊する。


「レイ!?」


 診療所で働いているマリーナや、ギルムの外や街中を動き回るヴィヘラやビューネと違い、エレーナの仕事は基本的に貴族派から派遣された人物としてマリーナの家の中で訪ねてきた者達と面会をするくらいだ。

 その面会も、今日はそう数は多くなかった。

 レイがギルムに戻って来る前に面会は終わっていたので、レイの件については何も知らなかったのだ。

 エレーナのお付きのアーラも、お付きだからこそエレーナの側からは離れず、街中で情報を集めるといったようなことはしていない。

 あるいは、マリーナならエレーナに教えるようなことも出来たのだろうが、マリーナはエレーナにちょっとしたサプライズでも仕掛けるつもりだったのか、教えはしなかったらしい。


「……レイ」


 一度レイの名前を呼んだ後で、再度レイの名前を呼ぶエレーナ。

 エレーナの側ではアーラもまた驚いた表情を浮かべていたが、同じテーブルで食事をしていたビューネは、レイの存在を見てもいつものように小さく『ん』と一言だけ口にし、再び料理を食べる。

 そんな三人の様子に、再度レイは郷愁を感じつつ、口を開く。


「ああ。ただいま。昇格試験も無事に終わったので帰ってきた」

「無事で何より。……レイ、話を聞かせて貰える?」


 エレーナに促されたレイは、その言葉に素直に頷いてから自分の席に座ろうとして……少しだけ、マリーナに注意するような視線を向ける。

 そんなレイの様子に、マリーナは少しだけ笑みを浮かべる。

 全く堪えた様子がないマリーナに、レイは呆れたように溜息を吐く。

 なお、視界の隅では、セトが久しぶりに会うイエロと早速中庭を走り回って遊んでいた。


「それで、レイ。昇格試験はどうだったの?」


 最初にレイにそう尋ねたのは、ヴィヘラ。

 レイと一緒にここまでやって来たのだから、大体の予想は出来ていたのだろうが、それでも気になってはいたのだろう。


「合格した」


 街中では、昇格試験を合格したのかどうかといったことは口にしなかったレイだったが、ここでなら話しても問題はないだろうと判断し、そう告げる。

 見知らぬ他人には、自分の合否を話すつもりはない。

 だが、ここにいるのはレイにとっても親しい相手だけだ。

 そうである以上、ここで自分の合格を話しても問題はないだろうと判断する。


「そう、やっぱりね。おめでとう」


 ヴィヘラは、あっさりとそう言ってくる。

 ランクA冒険者という、非常に限られた存在になった以上、本来ならもっと大々的に喜んでもよさそうなものなのだが、レイの実力を考えれば当然と、そう思っていたのだろう。

 そもそも、レイの実力で今までランクB冒険者だったというのが、ランク詐欺と呼ばれてもおかしくはなかった。

 そう思っていたのは他の面々も同様で、それぞれおめでとうといった言葉を口にはするものの、歓喜といった様子ではない。

 寧ろ、そうなって当然といった様子ですらあった。


「でも、レイが今日帰ってくると知っていれば、合格祝いにもっと豪華な食事にしたのだがな」

「あら……エレーナ。それは私の作る料理だと物足りないとでも言いたいのかしら?」


 満面の笑みを浮かべ……それでいて、目は笑っていない状態のマリーナがエレーナに向かってそう言う。

 この中で、本格的に料理が出来るのはマリーナだけだ。

 いや、勿論他の面々もある程度は料理が出来るのだが、それでも料理の腕で一番上なのがマリーナなのは変わらない。

 また、マリーナの場合は料理を作る時に精霊魔法を使っているということもあり、普通に料理をするよりもかなり手際がいい。

 そんな訳で、この家において料理を担当するのはマリーナだった。

 とはいえ、マリーナは診療所でも働いている。

 その為、今日のように少し早めに終わった時はともかく、いつもであれば料理を買ってくるといったことも珍しくはなかったのだが。

 そんな生活の中で料理を作ったのに、エレーナからこのようなことを言われるというのは、マリーナにとっても決して面白いことではない。


「い……いや、違う。何もマリーナの料理を不味いなどとは言っていない。マリーナの作る料理は、どれも美味いぞ。うん」


 マリーナの様子を見て、危険だと判断したのだろう。

 エレーナは誤魔化すようにそう言い、テーブルの上に用意されたスープを口に運ぶ。

 実際、その料理は決して不味い訳ではなく……それどころか、何も知らない者が食べても、間違いなく美味いと絶賛するだろう。

 それはエレーナの顔が表していた。

 マリーナはそんなエレーナの様子を見て、これ以上は何も言わないでおく。


「それで、どんなモンスターを倒したの?」

「そうだな。これはまだ広めないで欲しいんだが……ランクSモンスターのドラゴンを倒した。それも新種だな。少なくてもギルドでも見たことがないという話だったし」

「……羨ましい……」


 さすがにレイがランクSモンスターを倒したというのは、予想外だったのだろう。

 レイの強さを十分に理解しているエレーナ達であっても、その言葉には驚く。

 そんな中で、皆の沈黙を破るように最初に羨ましいという感想を口にしたのは、当然ながらヴィヘラだった。

 もっとも、それも当然だろう。

 戦闘を……それも、強者との戦闘を好むヴィヘラにしてみれば、ランクSモンスターというのは、是非とも戦ってみたい相手だ。

 今まで多数のモンスターと戦ってきたレイだったが、そんなレイであってもランクSモンスターと戦ったのは一度しかない。

 しかし、ヴィヘラはアンブリスの件でその時は意識を失っており、ヴィヘラ以外の面々で銀獅子と戦ったのだ。

 ……つまり、一番強者との戦いを希望するヴィヘラが、そのランクSモンスターの銀獅子とは戦えていない。

 これは、ヴィヘラにしてみれば銀獅子と戦ったレイ達が非常に羨ましいということを意味していた。

 レイ達が銀獅子と戦ったのは、それこそアンブリスの件で意識不明になっていたヴィヘラを助ける為だったのだが。

 勿論、ヴィヘラもその件には感謝している。

 そのおかげで、自分を喰らおうとしていたアンブリスを逆に吸収して、人間以上の存在になって寿命が延び、普通の人間よりも長い間レイと一緒にいられるようになったのだから。

 だが、それはそれ。

 やはり強者との戦いを好むヴィヘラとしては、ランクSモンスターと戦ってみたいという思いはどうしてもある。

 心の底から羨ましいといった視線を向けてくるヴィヘラに、レイは何と言うべきか迷う。


(というか、クリスタルドラゴンともう一度戦えと言われても……いやまぁ、素材的には絶対に美味しいし、魔石も出来ればもう一つ欲しいとは思うけど)


 レイが倒したクリスタルドラゴンは、一匹だけだ。

 それでもレイは結構な怪我をしている。

 もしクリスタルドラゴンが二匹出て来ていれば、恐らく勝つことは不可能だっただろう。

 空を飛べるセトがいるので、死ぬことはなかっただろうが。


(いや、クリスタルドラゴンも翼があるんだし、飛べる筈だ。その飛ぶ速度によっては、逃げるなんて真似は無理だったか?)


 そんな風に思うも、今はもう終わったことだ。

 レイにしてみれば、クリスタルドラゴンとの戦いは苦い経験の方が強い。

 ……それでも、ヴィヘラにしてみれば是非とも戦いたいと、そんな風に思うのだろうが。

 取りあえず、ヴィヘラの視線から感じる物理的な圧力を少しでも弱める為、レイは口を開く。


「セトが魔の森がどこにあるのかというのは、覚えている。今の騒動が一段落したら、皆で魔の森に行ってみるのもいいかもしれないな」


 そう告げるレイの言葉に、ヴィヘラの表情は満面の笑みへと変わる。

 普通、魔の森に行くと言われてここまで喜ぶような者は多くない。

 場合によっては、自分を殺すつもりかといったように騒ぐ者すら出て来るだろう。

 魔の森というのは、それ程恐れられている場所なのだ。

 レイもまた、自分で実際に魔の森を探索してみて、その思いには素直に納得出来る。

 未知のモンスターが多く、高ランクモンスターも多数棲息しているのが、魔の森だ。

 金を稼ぐという意味では、ある意味で楽な場所だろう。

 そのような場所だけに、腕の立つ者であれば稼げるのは間違いない。

 魔の森のモンスターは好戦的なので、基本的に一度遭遇すれば逃げるといったことは出来ないだろうが。

 金を稼ぐ為でもなく、純粋に強者と戦いたいから魔の森に行きたいと思うのは、それこそヴィヘラのような変わり者だけだろう。

 ……未知のモンスターの魔石を手に入れるという意味では、レイもまた変わり者なのかもしれないが。


「本当ね?」

「ああ。とはいえ、ダスカー様はどうせならということで、この件は祭りとして大々的にクリスタルドラゴンの死体のお披露目をするらしい。それが終わって、一段落したあととなれば……それなりに時間が掛かりそうだけどな」


 幸いなのは、増築工事は他の者に任せられるようになっていることか。

 それでも何かあった時であれば、レイ達もすぐに手伝いに駆り出されるだろうが。


「祭り? ……また、随分とダスカーも思い切ったものね」


 レイの言葉を聞き、それだけでダスカーの狙いを察したのだろう。

 マリーナは若干の驚きと共にそう告げる。

 同時に、少しだけ心配そうにレイを見る。


「レイはそれでいいの?」

「ああ。どのみち、俺の居場所はギルムだしな。なら、その辺は問題ない。……それに、ダスカー様なら、無茶な命令を出したりといったようなことはしないだろうし」


 ダスカーは、レイとの付き合い方を理解している。

 普通の貴族のように、上から命令するだけといったようなことは、まずやらない。

 だからこそ、レイもまたそんなダスカーを信頼するのだ。

 そんな風に思いながら、レイは魔の森についての話をするのだった。

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