2601話
「えっと、本当にいいんですか? こう言ってはなんですけど、祭り云々ってのは思いつきですよ?」
一応念の為といった様子でレイが尋ねる。
レイにしてみれば、まさか本当に祭りを行うとダスカーが判断するとは、思っていなかったのだ。
とはいえ、それは決して悪い話でもないので、尋ねるレイの口調はそこまで強くなかった。
「うむ、問題ない。いつも仕事をしているのだから、一日くらい休んでも増築工事にあまり影響はないだろう。それに、この祭りで仕事仲間と一緒に行動することで連携が深まり、増築工事の方も以前よりも進捗が増す可能性がある」
それは逆に言えば、一緒に祭りを回ったことで関係が悪化して、仕事に悪影響を与えるかもしれないということを意味しているのだが、ダスカーはその辺は気にしないらしい。
「それ以外にも、夏の暑さを吹き飛ばすという意味もあるな。……どうだ、レイは反対か?」
こうして改めてレイに尋ねるのは、この祭りはクリスタルドラゴンという、ランクSモンスターの中でも新種のドラゴンという非常に希少な……それこそ、ランクA冒険者であっても一生に一度遭遇するかどうかといったようなモンスターのお披露目を兼ねているからだ。
それはつまり、レイがランクA冒険者になったことを祝う為の祭り……という風に認識されてもおかしくはない。
勿論、実際にはそれはあくまでも名目での話だ。
何しろ、このギルムには多数のランクA冒険者が存在している。
そのような者達がランクAに昇格した時に、わざわざ祭りを開くなどといったようなことはしなかったのだから。
……これが、ランクAではなくランクS冒険者ということであれば、また話は違ったかもしれないが。
それでも名目上であろうと、ダスカーがレイを贔屓しているといったように見られるのは間違いない。
贔屓しているのは事実だし、それはレイが実力があるからこそのことなので、問題はないのだが。
それでもレイに嫉妬するような者は間違いなく出て来る。
そういう意味で、ダスカーはレイに向かって大丈夫なのか? と尋ねたのだろう。
レイはその件について少し考え……そもそも、自分が嫉妬されるのはいつものことだろうと、あっさりと頷く。
何しろ、ランクAモンスターにして、希少種ということでランクS相当のセトを従魔とし、マリーナ、ヴィヘラといった絶世のという言葉が頭に付くレベルの美女二人とパーティを組み、現在拠点にしているマリーナの家では、姫将軍の異名を持つエレーナが待っている。
その上で、世界に数個しか現存していないというアイテムボックスのミスティリングを持っており、それ以外にもデスサイズを始めとして強力なマジックアイテムを複数持っている。
そんな状況である以上、今更他人から嫉妬される要因が一つや二つ増えたところで、問題はないと判断したのだ。
「分かりました。じゃあ、それでお願いします」
そんなレイの言葉に、何故か尋ねたダスカーの方が驚く。
レイに聞いたのはダスカーだったが、まさかそんなに簡単にレイが頷くとは思っていなかったからだ。
それでもレイが頷いた以上、ここで改めて尋ね返すといったような真似はしない。
レイが頷いたのだから、全てを承知の上で頷いたのだろうと、そう判断したのだ。
「なら、出来るだけ早いうちにやろう。幸い……という言い方はどうかと思うが、祭りをするにしても、そこまで大々的にやる必要はないからな。準備そのものは数日で何とかする」
何とかなるではなく、何とかする。
それの言葉が、ダスカーの祭りに対する意気込みを表していた。
レイはそんなダスカーの数日という言葉に、ふとワーカーとの会話を思い出す。
「そう言えば、ワーカーからランクA冒険者用のギルドカードを用意するのに数日は掛かると言われましたね。どうせなら、それも祭りの行事の一環にしてしまえばいいのでは?」
「……いいのか?」
そこまですれば、余計にレイが嫉妬されることになる。
そういう意味でダスカーは尋ね、レイもそれを承知の上で頷く。
「はい。今回の祭りの理由を考えれば、どのみち目立ちます。ならいっそのこと思い切り目立ってしまった方がいいでしょう」
「ふむ。……分かった。では、頼む」
ダスカーが即座に決めたのは、それがギルムにとって利益になると判断したからだろう。
レイがギルムを拠点としているのは、既に広く知られている事実だ。
また、ダスカーの懐刀と言われてもいる。
そんな中でこうしてギルムでレイがランクA冒険者になったことを祝うような祭りをしたらどうなるか。
レイとダスカーの……そしてギルムの間にある強い絆を周囲に見せつけることが出来るだろう。
幸いにと言うべきか、ギルムにはダスカー率いる中立派は勿論、国王派、貴族派といった派閥の貴族達も情報収集の為に人を派遣しており、そのような者達が貴族街にいる。
そのような者達はいつでも情報を得ようとしている。
そうである以上、レイについての情報は重要項目に含まれているだろう。
レイはギルムにとって非常に大きな意味を持つ人材だ。
それだけに、今回の一件でレイの昇格を大々的に公表するというのは、大きな意味を持つ。
レイも当然そんなダスカーの思惑は理解していたが、それでも今の状況を思えばその行動が自分にとっても悪いものではないと理解していた。
あるいは、レイが中立派以外に所属するのであれば、ダスカーの懐刀という形で紹介されるのは面白くないことだろう。
しかし、レイの場合はギルム以外の場所に拠点を移すつもりはない。
そういう意味では、ダスカーの懐刀という形で紹介されるのは決して悪い話ではなかった。
もっとも、実際に懐刀として働くかと言われれば、微妙なところだが。
「いっそ、ランクAモンスターの死体を見せたりしたら面白いかもしれませんね。……あ、でもランクAモンスターの解体は今はもう始めてしまってるんですよね」
なんなら、今からギルドの行って一旦解体を止めさせますか?
そう言うレイの言葉に、ダスカーは少し考えてから首を横に振る。
「いや、ランクAモンスターは、それなりに珍しいものの、ギルドに持ち込まれない訳ではない。ギルムの住人も、見たことがあるという者はそれなりにいる筈だ」
レイの場合はミスティリングがあるので、モンスターの死体を持ち運ぶのは難しくはない。
しかし、レイ以外の冒険者の場合は、持っていても簡易版のアイテムボックスだ。
収納出来る量は限られているので、大きな身体を持つモンスターであれば、死体を持ち運ぶことは出来ない。
ましてやランクAモンスターともなれば、その素材は非常に高価だ。
本職の職人に解体して貰った方が高くなる。
そうである以上、自分達が解体するといったことはせず、死体をそのまま運んでくるといったような真似をする者は珍しくない。
そしてランクAモンスターを荷車で運んでいれば、当然ながらギルムの住人はそれを眺めることになる。
そういう意味で、ギルムの住人はそれなりにランクAモンスターを見た経験のある者は多い。
折角クリスタルドラゴンというランクSモンスターを公開するのだから、その時近くにランクAモンスターがいれば、その衝撃が薄れてしまうの間違いなかった。
「そうですか。まぁ、クリスタルドラゴンは、見た目の印象が強いですしね。それを思えば、ランクAモンスターを公開するのは止めた方がいいかもしれませんね」
「すまんな」
「いえ、別にそれで謝られるようなことはないです。何となく言ってみた感じなので」
祭りをやるというのも、レイが何気なく言った言葉で決まった内容だった。
その件もあって、ランクAモンスターの件も何となく言ってみただけだったので、それで無理だと言われても特に不満はない。
「祭りとなると、やっぱり目玉は必要ですよね。それがクリスタルドラゴンということになるんでしょうけど」
「うむ。そのようなことになるだろうな。勿論、それ以外に何か目玉があれば、それはそれでいいだろうが。ただし、その場合は先程レイが言っていたようなランクAモンスターではなく、もっと別の……モンスターとは違う何かにして欲しいところだが」
何かないか? と言われるレイだったが、少し考えたレイが思いつくのは、山車を皆で運ぶといったものだった。
あるいは、竿灯祭りで使われているように巨大な竿灯を用意するといったようなことくらいだろう。
だが、竿灯については、具体的にどのように作るのかといったようなことはレイは知らない。
それに祭りをやるのは数日後だ。
そんな短時間で出来るかと言われれば、微妙なところだろう。
「うーん、すぐに思いつくようなことはないですね。ああ、でもどうせならギルムの特徴を活かした催し物とかどうです?」
「ギルムの特徴? どんなのだ?」
ダスカーにしてみれば、ギルムにはこれでもかと言わんばかりに大量の特徴がある。
ミレアーナ王国唯一の辺境にあるということや、それに伴って他の場所では遭遇出来ないモンスターや、辺境にしか生えていない各種植物、もしくは多数の冒険者が集まっているというのも、この場合は大きいだろう。
特徴らしい特徴がなく、村おこしや街おこしといったことに困っている者達にしてみれば、何て贅沢な! と憤りを露わにしてもおかしくはない。
「冒険者です。今、ギルムには大勢が仕事を求めてやってきていますが、その中には腕自慢の者も多いです。折角なので、冒険者も含めてそのような者達で闘技大会でもやってみては? と思ったんですけど」
「闘技大会……ベスティア帝国でやってるような奴か?」
そう言うダスカーの口調に苦い色が混ざったのは、当然のことだろう。
ダスカーにしてみれば、以前ベスティア帝国で行われた闘技大会に参加したことによって、酷い目に遭ったのだから。
結果として、現在のベスティア帝国はミレーアナ王国に友好的な存在となってはいるのだが、その際に起きた諸々の出来事は、ダスカーにとっても一生に一度で十分と思えるようなものだった。 レイも自分が経験した内乱の件で若干思うところはあった。
いや、寧ろレイはダスカーよりも積極的にあの戦いに参加したので、そういう意味ではダスカーよりも思うところがあるのは事実だ。
「そうですね。さすがにあそこまで派手には出来ないですから、小規模なものになるでしょうし、怪我をしても大丈夫というマジックアイテムもないので、安全性を重視する必要があるでしょうが」
「……却下だ」
三十秒程考えた後で、ダスカーはそう告げる。
「個人的には面白いと思うが、冒険者達が怪我をする可能性が高いとなると、祭り以降の仕事の件を考えると、とても許可は出来ん。マリーナのように回復魔法を使える腕利きも何人かいるが、そのような者でも即死となってしまえば意味がないだろう?」
「そうですね」
レイはダスカーの言葉に素直に頷く。
実際、マリーナの精霊魔法は腕の一本や二本が切断されても、すぐであればそれを繋げるような真似は出来るだろう。
だが、首が切断されてしまった場合は、直後であってもそれを繋げるといったような真似は出来ない。
幾らマリーナが腕利きの精霊魔法使いであっても、出来ることと出来ないことがあるのだ。
また、ギルムには下手に腕利きの冒険者が多いというのも、また問題だろう。
高ランク冒険者同士の戦いとなれば、それこそ模擬戦用に刃を潰した武器を使っていても容易に人を殺すことが出来るし、高ランク冒険者同士なだけに技量が拮抗しており、お互い戦いに熱中しすぎて手加減を忘れるといった可能性もある。
その辺の事情を考えると、闘技大会を行った場合は間違いなく怪我人が量産されるだろうし、死人が出ることも避けられないだろう。
それは、ギルムにとって大きなマイナスとなる。
「もしやるとすれば、ベスティア帝国の闘技大会で使っていたような、マジックアイテムを入手してからだろうな」
「店で購入することは出来ませんし……ダンジョンとかで見つけられればいいんですけどね」
「もしくは、魔導都市オゾスに打診してみるか。もっとも、作れるかどうかは分からないし、作るにしてもとんでもない金額を要求されるだろうが」
魔導都市オゾス。
その名を聞いて、レイはそう言えば……と思い出す。
以前にも何度も聞いた名前ではあったが、それでも何故かすぐに忘れてしまうのだ。
理由は分からないが、マジックアイテムを欲しているレイとしては、いつか行ってみたいと思っている場所ではある。
その後も、レイはダスカーと会話をし、祭りについて話し合い……その中で、再び魔導都市オゾスについて不自然なくらい、すぐに記憶から消えるのだった。