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レジェンド  作者: 神無月 紅
ランクA昇格試験
2600/3865

2600話

 執務室の立派な……立派すぎて、それこそ今まで何度も見ているにも関わらず、未だに慣れない扉を開けて中に入ると、書類仕事をしていたダスカーが顔を上げ、レイの顔を確認して満面の笑みを浮かべる。


「おお、戻ってきたか。……紅茶と軽く何か摘まめるものを頼む」

「畏まりました」


 レイをここまで案内してきた執事が、ダスカーの言葉に一礼して執務室を出ていく。

 それを見送ると、ダスカーは椅子から立ち上がり、来客用のソファに向かう。


「レイもこっちに座れ。……で、昇格試験は合格だな?」


 単刀直入に聞いてくるダスカーに、レイは素直に頷く。

 他の者に対しては、昇格試験の合否については口にしなかったレイだったが、その相手がダスカーであるとなれば、話は違ってくる。

 ギルムの領主であり、今回レイが魔の森で昇格試験を受けるという普通なら考えられない行為に協力してくれた人物だ。

 また、レイがランクA冒険者となれば、ダスカーもまた色々と動く必要が出ている可能性がある以上、今のうちからしっかりと準備をして貰っておいた方がいいのは間違いない。


「それで、魔の森はどうだった?」


 昇格試験の合否と同様に……あるいはそれ以上に聞いておきたいのが、それだったのだろう。

 ダスカーとしては、自分の立場上どうしても魔の森に入るといったことは許可出来ない。

 今回のように、それこそ余程のことでもあれば話は別なのだが。

 そういう意味では、今回の一件は本当に例外だったと言ってもいい。


「そうですね。やっぱりモンスターは魔の森の外にいるのと比べても強いと思いました」


 そう言い、先程門番に対して話したのと同じ内容を――より詳細にだが――話していく。

 途中で執事とメイドが紅茶とサンドイッチを持ってきたので一度話を止めたが、執事とメイドが出ていくと、再び説明を始める。

 とはいえ、やはりこちらもゼパイル一門の隠れ家を始めとした件については、話すことはない。

 ダスカーになら話しても……と思わないでもないのだが。

 そうしてある程度の情報を話し終わると、大体一時間程が経過している。

 テーブルの上に置かれたサンドイッチも、半分以上が既にレイの腹の中に収まっていた。


「ふむ、なるほど。レイの話を聞く限りだと、やはりかなり危険そうだな」

「そうですね。低ランク冒険者は論外ですが、ランクBやランクA冒険者でも実力が劣ったり、人数が少ない場合は、死ぬだけかと。それと、盗賊の存在は必須ですね。それも十分に実力のある」


 魔の森において、レイにはセトという非常に鋭い五感を持っている者がいた。

 そのおかげで、敵に不意打ちをされるといったことはなかった。……黒蛇に吹き飛ばされた件はともかくとして。

 セトがいたからこそ、モンスターの奇襲を受けるといったようなことはなかったのだ。

 だが、セトがいない場合はどうなっていたか。

 勿論レイも通常の人間よりも遙かに鋭い五感を持っているので、最悪の事態は免れた可能性が高いだろう。

 しかし、やはり敵の存在を察知する盗賊の類は必須となる。

 それもレイが口にしたように、低ランク冒険者として活動しているような盗賊ではなく、しっかりと高ランク冒険者の揃っているパーティで活動しているような、そんな腕利きの盗賊が。


(特に、あの霧のモンスターとか……普通の冒険者がああいうのを相手にした場合、どうするのやら)


 レイがすぐに思いつく方法としては、やはり逃げるのが最善の行動だろう。

 とはいえ、霧のモンスターが自分の攻撃範囲にいる相手をそう簡単に逃がすとは思えない。

 そうなると、逃げ切れない場合はどうしても戦う必要が出てくるのだが……盗賊が敵の位置を捕捉出来ない場合、攻撃方法は偶然に命中するのを期待して広範囲攻撃を勘で放つといったようなことくらいだろう。


「盗賊……それも腕利きの盗賊か。難しいな」


 眉を顰め、ダスカーが呟く。

 盗賊というのは、魔法使い程ではないにしろ、数は少ない。

 そして数が少ない上に、その多くは低ランク冒険者だ。

 高ランク冒険者の盗賊もいない訳ではないが、その数は希少だ。


「そうですね。だから、やっぱり魔の森は基本的には近付くのを禁止にしておいた方がいいかと。……下手に魔の森のモンスターを刺激して、それで倒せないで逃げ出した場合、最悪ランクSモンスターがギルムに突撃してくる可能性もありますし」

「そうだな。そうなると……うん? 待て」


 レイの言葉に納得しそうだったダスカーだったが、ふと今の言葉に疑問を覚える。

 そして、少し考え……ふと、思いつく。


「レイ。お前もしかして……倒したのか?」


 何を、と。

 正直に口にしなくても、それが何なのかはレイにも分かった。

 今の話の流れで、分からない方がおかしいだろう。


「はい。ランクSモンスター、それも新種のドラゴンを倒しました」


 あっさりとそう言うレイ。

 そんなレイの言葉に、ダスカーは息を呑む。

 レイであれば、ランクAモンスターを二匹倒すというのは納得出来た。

 だが、それはあくまでもランクAモンスターであって、ランクSモンスターではない。

 だというのに、レイがこうもあっさりとランクSモンスター……それも新種のドラゴンを倒したと言われれば、驚くなという方が無理だった。


「レイが言うのなら本当なのだろうが……本当か?」


 レイが言うのなら本当だろうと言いながらも、その上で更に本当か? と尋ねるダスカー。

 それだけレイの言葉がダスカーを驚かせたということなのだろう。


「ええ、本当ですよ。現在も俺のミスティリングに収納されています。……一応、見たいのなら出してもいいですけど、もし出すとすればかなり広い場所が必要ですよ?」

「ぐ……」


 ダスカーの口から、そんな呻き声が漏れる。

 ダスカー個人の感想としては、可能ならすぐにでも出して見せて欲しい。

 しかし、新種のドラゴンを出すなどといったことをすれば、当然のように目立ってしまう。

 現在、レイが昇格試験を受けてギルムに戻っていたのは多くの者が知っているが、その合否については、未だに不明なままだった

 だが、ここでクリスタルドラゴンの死体を出すような真似をすれば、当然だがそれを倒したのがレイだと知られることになる。

 モンスターにそこまで詳しくなくても、クリスタルドラゴンが高ランクモンスター……それもランクSモンスターであるというのは、多くの者に理解出来るだろう。

 つまり、クリスタルドラゴンを出した時点で、レイが昇格試験に合格したというのを発表するようなものだ。

 ダスカーとしては、領主としてそのような真似は出来ない。

 いや、強引に押し通そうと思えばそのような真似も出来るのだろう。

 しかし、今の状況でそのような真似をしようとは、ダスカーには思えなかった。


「分かった。だが、そのドラゴンはギルドで解体するのであろう? であれば、そのドラゴンを解体する時は、大々的に皆に知らせてもいいか?」

「は? いや、別にそれはいいですけど……何でそんなことをするんです? 正直なところ、クリスタルドラゴンは死体でもかなりの迫力ですよ?」

「クリスタルドラゴンというのか。……いや、それはともかく。レイがそのような強力なモンスターを倒したというのは、ギルムにとっても大きな……そう、祭りになる」


 祭り? と疑問に思ったレイだったが、ダスカーがそう言うのであればと納得する。


(祭りっていっても、それこそ今のギルムは毎日が祭りみたいなものだと思うけどな)


 そんな風に思ったりはしたが。

 実際、現在のギルムは増築工事の為に多数の者が集まっており、それを目当てに多くの屋台も出ている。

 レイにとって祭りというのは、やはり夜店……屋台であったり、あるいは花火であったり、七夕であったりといった印象が強い。

 そういう意味では、屋台が多数出ているのは祭りと言ってもそう間違ってはいなかった。


(まぁ、けど……普通に屋台を利用してるからか、夜店の特別感とかはないけどな)


 キャベツだけが大量に入っており、肉が殆ど入っていないお好み焼き。

 具が殆ど入っていない焼きそば。

 たこ焼きであるにも関わらず、何故かタコが入っていないこともあるたこ焼き。

 そういう、普通に考えればとても美味いとは思えないような料理の類も、夜店という特別な雰囲気の中で食べれば、美味く感じる。

 しかし、ギルムに来てからは頻繁に屋台を利用することになっており、その結果として屋台特有のわくわく感といったものを感じることが少なくなってしまった。


(いっそ、クジとかやってみるか? 賭けとかあるんだし、クジの類もあってもいいと思うんだけどな。……もっとも、そのクジがどういうクジかで変わるけど)


 レイが祭りのクジと聞いてすぐに思い浮かべるのは、紐を引っ張って景品を引くというクジだ。

 しかし、レイが覚えている限りではその手のクジでいい商品が当たったことはない。

 噂によれば、高額な商品の繋がっている紐は一ヶ所に纏められているところで短くなっており、客には引けないようにしている……というのを、噂で聞いた覚えがあった。

 あくまでもレイが聞いたのは噂なので、それが真実かどうかは分からなかったが。


「レイ? どうした?」

「いえ、何でもないです。祭りと聞いて……その、色々と考えていただけで」


 一瞬、祭りを思い出していたと言おうとしたレイだったが、慌てて言葉を変える。

 レイは、生まれてからずっと師匠と言われている魔法使いと一緒に山奥で暮らしていたという設定になっている。

 そうである以上、レイが祭りを経験したことがあると口にするのは色々と不味い。

 いっそ、ダスカーには自分の真実を話してもいいのでは? と思わないでもない。

 それだけ、レイはダスカーという人物を信頼していた。

 そのように判断した理由としては、マリーナがダスカーを信じているから、というのも大きい。

 ダスカーは小さい頃の黒歴史――マリーナにプロポーズしたといったような――を知られているので、マリーナを苦手としてはいるが、それでもお互いに強い信頼関係があるのは事実だ。

 であれば、自分もランクA冒険者になった事だし、話してもいいかも。

 そう思ったのだ。

 そうすれば、話の流れからゼパイル一門に憧れており、現在はアンデッドとなったグリムについても説明出来る。


(まぁ、説明していいと思っても、それはあくまでも俺がそう思っただけだけどな。エレーナ達の意見を聞いてから、その辺は判断した方がいいか)


 そう考え、レイは言葉を続ける。


「ともあれ、クリスタルドラゴンの件で騒がしくなるのなら、いっそ祭りにして大々的に騒いでみても面白いんじゃないですか?」

「ふむ、それは面白そうだ。面白そうだが……」

「ダスカー様?」


 迷った様子を見せるダスカーに、レイはそう声を掛ける。

 そんなレイの言葉に、ダスカーは少し困った様子で口を開く。


「いや、祭りとなれば……また、仕事が増えると思ってな」


 レイは視線を執務机の上にある書類に向ける。

 以前見た時と比べると、半分……とまではいかないが、七割くらいの量まで減っている。

 ダスカーが書類を処理しても、次から次に書類が来るのだろう。

 それでも以前と比べ減っているということは、ある程度仕事も落ち着いてきたということになる。

 そんな状況で祭りをやるとなると、間違いなく仕事は増える。

 ダスカーの健康を思えば、やはり祭りは止めた方がいいのか? とレイは迷う。

 そもそも祭りというのも、何か深い考えがあって言ったのではない。

 何となくそういう流れで口にしただけだ。

 そうである以上、別に無理に祭りをする必要もない。


(それに、この祭りでギルドの方がどうなるか分からないしな)


 ダスカーが処理している書類は、あくまでもこのギルムの領主だからこそ、この程度――それでも書類が山となっているが――でしかない。

 ダスカーに届けられるまでに多くの者がその書類をチェックし、自分達で処理出来る書類は処理している。

 だからこそ、ダスカーが処理する書類は、本当にダスカーでなければ駄目な書類なのだ。

 そういう意味では、やはりギルドの方が忙しいのは間違いない。

 現状ですら何とか回しているといった状態で、更にはレイの倒したモンスターの解体を任されているのだ。

 そこで更に祭りをやるとなると、ギルドの方で本格的に仕事量がパンクしかねない。


「じゃあ、やっぱり止めます?」


 そう尋ねるレイに、ダスカーは数分程沈黙し……やがて、首を横に振る。


「いや、これも皆が楽しむという意味では重要なことだ。多くの者がここで楽しめば、最終的に仕事の効率も上がる。なら……やろう」


 こうして、レイの何気ない一言で急遽祭りが行われることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2600話おめでとうございます! 初めて読んだとき333話ぐらいで、ゾロ目だと喜んだのを覚えていますがここまで毎日の投稿ありがとう御座います!!
[良い点] 2600話おめでとうございます٩(ˊᗜˋ*)و 毎日面白いお話をありがとうございます!今ではすっかり6時にレジェンドを見るのが日課になりました。 これからも投稿頑張ってください! [一言]…
[一言] 売ってクレクレが湧いてくるだけだろ。
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