表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国との戦争
260/3865

0260話

 辺境にあるギルムの街、その正門前。現在そこには大勢の者達が集まっていた。

 兵士、騎士、冒険者。そして多数の馬車。そして、それらを見送る為の恋人や家族、友人といった者達。

 泣いて引き留める者、頑張ってこいと激励をしている者、心配そうな表情を隠そうともしていない者といった風に、まさに悲喜こもごもといった様子だった。

 そう。いよいよ今日、戦争に向けてラルクス辺境伯であるダスカーが軍勢を率いて出陣するのだ。

 本来であれば領主である人物が出陣するようなことは滅多にないのだが、ダスカー自身が歴戦の戦士でもあり、更には今回の戦争はこれまでの小競り合い程度の物とは違うと経験や本能が叫んでいる為だ。辺境でしかないギルムの街に仕掛けられてきた幾つもの策略、そして魔獣兵や見たことも無いマジックアイテムの数々。それらに対する警戒心故に、現在ギルムの街で自由に出来る戦力のうち最低限の備えを除いた殆どを率いて戦争に参加することを決めたのだった。

 もちろん他の中立派の者達にも出せる戦力は可能な限り出すように指示している。更にはギルムの街にいる貴族派や国王派の面々に対してさえ今回の戦争の危険さを説き、出来るだけの戦力を出すように要請していた。


(貴族派は俺の話を聞いてくれた。この街にいた貴族にしても半ば本気だったように見える。だが国王派は……)


 忸怩たる思いを胸に、視線を自らが率いている軍勢へと向ける。

 冒険者800人、騎士500人、志願兵を含む一般兵士3000人。その他の雑用も含めると合計約5000人がダスカーの率いる全戦力だった。

 ギルムの街の人口が10万人前後であることを考えると、街に残っている戦力は必要最小限と言えるだろう。これだけの戦力を抽出し、それでも尚街の防衛を担えるだけの戦力があるのはギルムの街ならではといったところか。

 冒険者が多いのはやはり辺境であるという地域故だろう。騎士や志願兵もまた辺境にあるが故に尚武の機運が高く、通常の戦力に比べると練度は高くなっている。しかし……


(足りない。もしベスティア帝国が本気でこの国を滅ぼそうとしているのなら、この程度の戦力はすぐに飲み込まれてしまうだろう。やはり貴族派や国王派の者達と連携を行って……)


 内心で呟き、騎士団長へと視線を向ける。

 その視線を受け止め、小さく頷く騎士団長。同時に周囲へ響けとばかりに声を上げる。


「聞けぇっ! これよりラルクス辺境伯ダスカー様よりお言葉がある!」


 さすがにギルムの街を守る騎士団長を任されている男と言うべきか、その声は5000人……いや、見送りに来ている者達も含めると10000人を越える者達全ての耳へと聞こえていた。そして感心の表情を浮かべる魔法使い達。

 そう、騎士団長の放つ声は風の魔法によりその場にいる全ての人々の耳へと届いていたのだ。ただし、その声に宿る迫力や熱気といったものは間違い無く騎士団長であるが故の重みが乗っている。

 騎士団長が同様の魔法をダスカーへと使い、その声はその場にいる全ての者達の耳に直接語りかけられた。


「この度の戦は、紛れも無くベスティア帝国による侵略行為だ。知ってる者も多いだろうが、奴等は以前から港を……海を欲してきた。確かに港はその国に様々な富をもたらす。それは同時に国力の増強をもたらすのと同じことだ。だが、だからと言って俺達の母国であるこのミレアーナ王国がベスティア帝国に侵略されてもいいのか? 否! 断じて否だ! いくら自分達が欲しい物を得ようとしているからと言っても、それを得る為に他人を……他国を侵略することを許せるか? これも否だ! 母国を守る為に俺達は戦いに向かう。この辺境でよくあるような、モンスターを相手にした戦いではない。人が、同じ人を殺すという行為に手を染める為にだ。だが、躊躇うな。お前達が敵を殺すのを躊躇えば、この国に生きる者達が……友が、親が、子が、そして愛する者達の命が、躊躇った分だけ奴等の手に掛かることになる。敵は侵略者だ。しかも、俺達の国に対する侵略者だ。再度言う、躊躇うな。我が友よ、我が子よ、我が愛する領民達よ! お前等はミレアーナ王国の辺境に生きる者。即ち、この国最強の戦力を持つ者達なのだから!」


 朗々と響くダスカーの声にその場はシン、と静まり返る。だが次の瞬間……


『うおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 その場にいる全ての者達が……冒険者、騎士、兵士、そして見送りに来た者達も含めて喚声を上げる。


「やるぞ! 俺達は絶対にこの国を守ってみせる!」

「そうだ! ベスティア帝国の奴等なんぞ皆殺しだ!」

「この国には……そしてこの街には絶対に手を出させない!」

「俺の剣で奴等を纏めて斬り殺してやる!」

「なら俺はこの弓で!」

「広範囲攻撃という意味なら魔法に敵うものは無い!」


 周囲から聞こえて来るそんな声に、満足そうに頷くダスカー。そのまま手を大きく横に払うように一振りすると、次第に興奮して騒いでいた者達もまた静まり返っていく。


「では、ラルクス領軍、出陣だ!」


『おおおおおおおおおおお!』


 その声と共に再び上げられる喚声を背にし、ダスカー率いるラルクス領軍は戦地目掛けて進んで行く。

 先頭を進むのは冒険者達の約半分。常日頃から辺境で依頼をこなしている為に、周囲へと向けた警戒は既に慣れたものだ。特に盗賊や弓術士、レンジャーのような敵の気配を察知出来る者達がいればモンスター達に襲撃される前に察知することが可能だ。同時に、レイとセトもまたこのグループに振り分けられている。何しろグリフォンであるセトの感覚は冒険者達よりも余程鋭い。更にはグリフォンという存在が一種の虫除けならぬモンスター除けの役割も果たしている為だ。それでもたまに襲い掛かって来るゴブリンの様なモンスター達も存在するが、出て来た瞬間に冒険者達によって片付けられている。

 冒険者達の後を進むのはダスカーの騎士団と馬車の集団だ。本来であれば荷馬車に大量の補給物資を積み込んで運ばなければいけないのだが、今回補給物資のほぼ半分程がレイのミスティリングの中に収納されている。その為、この集団は馬車の中に通常よりも圧倒的に少ない量の補給物資が積み込まれており、それが結果的に馬車を引く馬を疲労させずに行軍することに成功していた。

 尚、この集団には軍馬に乗っている騎士の他にも馬に乗っている者達がいる。本来であれば馬車を引く為の馬なのだが、馬車の車体そのものをミスティリングの中に収納している為だ。馬車というのは補給物資を運ぶ以外にも怪我人を運んだりすることも出来るし、多数の馬車があればレイだけでは回りきれない場所にも補給物資を運ぶことも可能なように使い道は多数あるのだから。

 そして次の集団が一般市民からの志願兵や一般兵士達となっている。この集団はダスカー率いる軍勢の中心近くにいるということもあり、特に周囲を警戒することなく行軍している。外縁部に配置された精鋭達が横腹を突かれないように警戒しているのが唯一の例外だろう。そして士気が非常に高い為に、道を進んでいる途中でも時折気勢の声が上げられていた。

 最後に軍勢の最後尾。ここは冒険者達の残り半分が存在していた。考えるまでもなく背後からの攻撃というのは致命的であり、特に攻撃を受けた側が志願兵だったりした場合はその混乱により受ける被害がより大きくなる。そしてモンスターといえども知能の高いモンスターなら背後から攻撃を仕掛けることもある為、最後尾には信頼の置ける戦力が必要だった。最後尾でもっとも目立っているのはランクAパーティである雷神の斧だろう。背後から攻撃を受けたとしても雷神の斧がいれば対処出来ると、ダスカーだけではなくこの軍勢の殆ど全ての者がそう考えていた。

 もちろんギルムの街には他にもランクAパーティといった存在はいる。だがそれ程のランクの冒険者達となると、ランクS程ではないにせよ数は少ない。そうなると当然ミレアーナ王国の中で起きた低ランク冒険者では倒せないようなモンスターの討伐や、あるいはダンジョンの探索、貴族の護衛、人跡未踏の地にある稀少な素材の確保といったような依頼をこなす為に、なかなか自分達の拠点としている場所に帰って来られない者も多い。

 レイが雷神の斧と知り合ったのはたまたま依頼の無い時期にオークの集落が発見された為だったので、幸運だとしか言えなかった。

 もちろん冒険者達の中には灼熱の風や悠久の力といったレイと関係の深い者達も存在しているのだが、この時点ではまだそれ程目立つ存在ではないので、あまり人の口には上がっていない。


「グルルルゥ」


 冒険者の先頭グループに配属されたレイの横では、街道の脇に生えている林を見ながらセトが唸り声を上げる。すると、レイでも分かる程に幾つもの気配が逃げるように去って行くのを感じ取れた。


(いや。逃げるようにじゃなくて、実際に逃げたんだろうな)


「どうしたんだ? もしかして受付嬢の子達のことを考えていたのか?」


 レイの隣を歩いていたルーノがそう声を掛けてくる。


「そんなんじゃない。というか、魔力を直接見ることの出来る魔眼を持っているお前なら気が付いていたんじゃないのか?」


 チラリ、と林の方へと視線を向けながら隣を歩いているルーノへと尋ねる。

 魔力を直接見ることが可能な魔眼を持ち、ある程度盗賊の技能を持つというルーノはこれ以上無い偵察役ということで、レイと共に先頭グループの中でも更に一番前へと配置されていた。


「ああ、恐らくフォレストウルフか何かだろ。元々少数を集団で襲う狼系のモンスターだが、ランクも低いし……」


 そこで言葉を切って背後へと視線を向けるルーノ。


 その視線の先には人の群れ、群れ、群れ。街道を中心にして歩いているとはいっても、総勢5000人程が移動している以上は道からはみ出ながら進んでいる。


「この数を相手にする度胸はフォレストウルフ程度にはないよな。それこそ、セトのようなランクAモンスターとかじゃないと」

「グルルゥ?」


 ルーノの言葉に小首を傾げつつ背後へと視線を向けたセトだったが、すぐにまた周囲を警戒しながら街道を進んで行く。


「それよりもどうだったんだよ?」

「どうって何がだ?」

「何って、受付嬢のレノラとケニーに決まってるだろ? 見てたんだぜ?」


 口元に意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべながらからかうような視線を向けてくるルーノ。

 そんなルーノに対して、レイは小さく溜息を吐いて首を振る。


「別にこれといったことはないさ。ただ気を付けてってのと、無事に戻って来てと言われただけでな」

「……十分大したことがあると思うんだが。なぁ、レイ。お前は既に慣れてしまっていて忘れているのかもしれないけど、レノラにしろケニーにしろ、ギルドの受付嬢ってことで冒険者には絶大な人気があるんだぜ? そんな美人2人に心配されてるってのは、他の冒険者に知られたら妬まれるどころか、恨みを買うぞ。それこそ今回の戦争で後ろからの攻撃にも気を付けなきゃいけない程にな」


 冗談っぽく放たれたルーノの言葉に、苦笑しつつ周囲を警戒しているセトの首を撫でる。


「レノラは別に俺を男としては感じてないさ。良くて出来の悪い弟ってところだな。ケニーは……まぁ、色々と特殊な趣味なのは認めるが」

「出来の悪い弟ねぇ。まぁ、色々と面倒を起こしたりはしているみたいだから、それも間違ってはいないんだろうがな」


 そう呟くルーノの口元には笑みが浮かんでおり、どこか、からかうような視線をレイへと投げかけている。

 実際、ギルムの街に来てからまだ1年も経っていないというのに、レイが起こしたトラブルは枚挙に暇がないのは事実だ。


「……」


 レイもまたそれを自覚しているのか、そっと視線を逸らしつつ話はこれで終わりだとばかりに打ちきり、視線を周囲の偵察へと戻すのだった。






 人数が5000人を越える状態での移動である為、結局その日はアブエロの街まで到着することは無かった。

 冒険者や騎士、あるいは馬車に乗っていた者達だけであったのなら問題は無くアブエロの街に到着出来ていたのだろうが、何しろダスカー率いる軍の中で最も人数が多いのは一般兵士。……そして、志願兵だ。

 もちろん志願兵とは言っても、志願した時点でそれなりの訓練は行われている。あるいは、元冒険者という者もそれなりの数がいる。だがそれでもやはり志願兵は志願兵であり、行軍の速度が鈍くなるのは当然だった。

 そして結局ギルムの街とアブエロの街までの7割程のところで夜営をすることとなる。

 辺境であるが故に、夜はモンスターの跳梁闊歩する地となるのがここでは普通だ。だが、幸いにも5000人を越える軍勢に手出しをするようなモンスターは殆どおらず……数名の負傷者を出しただけでその夜を越えることが出来たのだった。





 ……ちなみに、レイはと言えば5000人分の夕食をミスティリングから取り出したり、あるいは夜営用のテントを取り出したりと非常に忙しく働いており、恐らくこの日最も疲労した人物がレイであるというのはダスカーを含む軍の上層部も認めざるを得ない事実となる。

 そしてその結果、当初ダスカーが思案していたような、他の軍の補給物資をレイのアイテムボックスで運ぶというのは一旦棚上げされることになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ