2595話
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『……』
レイのミスティリングから出て来たクリスタルドラゴンを見たギルド職員達は、何も反応しない。
何か一言でも口にすれば、それによって何かが壊れてしまうのではないか。
そんな風にすら思ってしまう。
広い倉庫の中に、クリスタルドラゴンの死体が置かれており、それ以外に存在するのは静寂のみ。
ギルドマスターのワーカーもまた、目の前に姿を現したクリスタルドラゴンの姿に声も出せずに唖然とするしかない。
唯一、レイのみは自分で倒したということもあってか、他の面々のようにクリスタルドラゴンを見ても圧倒されることはない。
とはいえ、それでもこうして改めてクリスタルドラゴンの死体を見れば、感じるものがあるのだが。
(切断した尻尾や首、右腕は……やっぱり惜しかったか? いや、それよりも内臓だよな。いや、その前に血だな)
改めてクリスタルドラゴンとの戦いを思い出し、レイは恐らく万全の状態で解体は出来ないだろうと判断しながら、切断された首から流れる血を空の樽に溜めていく。
クリスタルドラゴンが使っていたクリスタルブレスは、命中した相手をクリスタルで包み、最終的には粉々に砕くといったような、凶悪な威力を発揮するスキルだった。
それこそ、レイやセトであっても命中すれば大きなダメージを受けていたのは間違いないだろう、そんな攻撃。
それを防ぐ為には、炎帝の紅鎧で使える深炎をクリスタルドラゴンの体内で燃やしてしまうのが一番手っ取り早かった。
そのようにしても、何だかんだとかなりのダメージを受けて、ようやく倒すことに成功したのだ。
それを思えば、深炎を使わずクリスタルブレスを向こうが自由に使えるような状況であった場合、間違いなくレイやセトは危険な目に遭っていただろう。
……それでも負けると考えない辺り、レイが持つ強い自信を表していたのだが。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
と、不意にギルド職員達の口から、そんな声が上がった。
最初は一人が声を上げたのだろうが、それに呼応するように他の者達も同様に声を上げていき、そして最後にはギルド職員達全員の絶叫とも呼ぶべき声が倉庫の中に響き渡る。
もしかして倉庫の外にも聞こえるのではないか? と若干心配になったレイだったが、この倉庫は色々な意味で特別な倉庫だ。
当然ながら、防音設備の類もしっかりしている。
それこそ、マジックアイテムを使ってまで、その辺りはしっかりとしているのだから、このように大きな声で叫んでも外に漏れることはない。
「これは……また……」
ギルド職員達の声に隠れるようにではあったが、ワーカーもまた驚きの声を口にする。
レイからクリスタルドラゴンについての話は聞いていた。
また、ワーカーもこれまでギルドで働いていて、一度だけだがドラゴンの死体を見たことがある。
だが、それはドラゴンはドラゴンでも、ワイバーンよりはランクが高いが、それでも言葉を喋る知性も持たないドラゴンだった。
……言葉を喋る知性を持たないという点では、実はクリスタルドラゴンも同様なのだが。
それでも以前ワーカーが見たドラゴンは、ランクBといった程度のドラゴンの中でも下位種族とでも呼ぶべき代物だった。
それに比べると、目の前に存在するクリスタルドラゴンは死してなお、圧倒的な迫力を持っていた。
また、レイからは身体がクリスタルのような装甲で覆われているという話を聞いてはいたが、実際にはどのような存在なのか、完全に理解は出来ていなかった。
百聞は一見にしかず。
その言葉が示すように、レイから聞いていたよりも目の前に存在するクリスタルドラゴンの死体を見て、レイが言いたかったことを十分に理解出来た。
(これは、また……レイがランクSモンスターと判断したのも、間違いないですね)
少しの時間が経ち、ようやく落ち着いたワーカーはクリスタルドラゴンの死体を見ながら、改めて思う。
女王蜂やキメラの件もそうだったが、レイのモンスターに対するランク査定は自覚がないようだが、かなり厳しい。
客観的に見れば、女王蜂もキメラも十分にランクAモンスターと判断出来るモンスターなのだから。
そんなレイが、ランクSモンスターと断言したのが、このクリスタルドラゴンだ。
(とはいえ、問題なのはこのクリスタルドラゴンをどうやって解体するかでしょうね)
先程レイが最後に出したキメラも頑丈な毛を持っていたが、それでもギルド職員が持つ道具をしっかりと使えば解体出来るのは間違いないだろう。
しかし、このクリスタルドラゴンは、見ただけでも容易に解体出来ないというのは理解出来る。
そんなワーカーの疑問は、ギルド職員達も同様に感じたのだろう。
我に返ると、どうやって解体するのか相談し始める。
「お前、少し前にミスリルのナイフを買ったって言ってなかったか? それを使えばどうだ?」
「え? それは買いましたけど……でも、これですよ? 文字通りの意味で歯が立つとは思えません」
チン、と。
クリスタルドラゴンの皮膚を指で軽く弾くと、そんな音が周囲に響く。
クリスタルの装甲といったような、そんな感触だ。
それも、鉱石的な意味でのクリスタルではなく、ドラゴンが自分で生み出したかのような……そんなクリスタルだ。
ミスリルナイフを購入したと言われたギルド職員は、冷静に考えて自分の買ったミスリルナイフで解体出来るかと考え、それを否定する。
ミスリルナイフと一口で言ってはいるが、その能力は個々によって大きく違う。
ミスリル鉱石の純度であったり、その製錬の方法であったり、誰がナイフの形にするのかといったことや、マジックアイテムとする際の錬金術師の技量。
それで出来たとしても、保存方法といったものでも性能は変わってくる。
レイの持っているミスリルナイフは、そういう意味では非常に高性能な品だった。
そして高性能なミスリルナイフは非常に高価であり、ギルド職員がそう簡単に購入出来るかと言われると、難しいだろう。
ギルド職員の給料はそれなりに高額ではあるが、それでも腕利きの冒険者のように多額の金額を稼げる訳ではないのだから。
「レイ、このクリスタルドラゴン……頭部と右腕、それに尻尾が切れてるのはお前がやったのか?」
と、ようやくそこでクリスタルドラゴンの状況に気が付いたギルド職員の一人が、そう尋ねる。
本来なら、首、右腕、尻尾といった部位が切断されてきたのだから、もっと早く気が付いてもおかしくはない。
だが、そんなことに気が付けない程に、クリスタルドラゴンから受ける迫力は圧倒的だったのだろう。
「ああ。……っと、悪い。ちょっと待ってくれ」
先程、クリスタルドラゴンの死体を取り出した時に、首から流れる血を入れていた空の樽が一杯になりそうになっているのを確認し、新しい樽を用意する。
「って、おい! 他の場所からも血が流れてるじゃねえか! おら、解体の心配をするより、まずはクリスタルドラゴンの血を無駄にしないようにするぞ!」
ギルド職員の中でもリーダー格の男の言葉に、皆がすぐに仕事に移る。
多数のランクAモンスター、そしてクリスタルドラゴンというランクSモンスターといったように、普通ならとてもではないが見ることが出来ない存在を前に唖然としていたが、元々ギルドで解体を任されているだけの腕の持ち主達だ。
それも、ワーカーが特に呼んだ人物である以上、解体の技量も高い者達が揃っている。
それだけに、一度我に返れば行動するのは早い。
……寧ろ、そのような技術の持ち主達を唖然とさせるだけの複数のモンスターの死体を次々と出したのが、特殊だったのだろう。
レイは樽で切断された首からの血を集めていたが、右腕や尻尾からもそれなりに血は流れている。
そちらの血を、ギルド職員達は素早く集めていく。
「ドラゴンの血! これを捨てるなんて勿体ない! これは間違いなく一級品の素材になるぞ!」
「いや、一級品どころか、特級品だろ!」
そんな風に言い争っている声が聞こえてくるが、それでも仕事をする姿は非常に効率的に動いている。
「レイ、首から流れてる血は、こっちの入れ物に溜めた方がいい。お前の場合はアイテムボックスがあって時間が流れないから問題ないかもしれないけど、ドラゴンの血だから念には念を入れるべきだろう」
そう言われ、レイはリーダー格の男から錬金術で特殊な処理をした壺を受け取る。
血に限らず、素材というのはきちんとした保存をしないと劣化する。
これはドラゴンというランクSモンスターの血である以上、そう簡単に劣化はしないだろうが、それでもしっかりと保存しておく方がいいのは間違いない。
ましてや、ランクSモンスターにして未知のドラゴンだ。
どの部位がどのような素材として使えるかどうかというのは、それこそ検証してみなければわからないのだから。
「それにしても、レイは今まで深紅だったが、ドラゴンスレイヤーの異名で呼ばれるようになるかもしれないな」
血を回収する準備を終え、ギルド職員の一人がそう言う。
周囲には尻尾や右肩から流れた血で地面が汚れており、血の臭いが充満している。
だが、ここにいるのはワーカーが高い解体技術を持つ者として選んだ人員だ。
それだけに解体作業には慣れており、血の臭いにも慣れている。
ワーカーも色々と経験してきただけあってか、周囲に血の臭いが漂っていても特に気にした様子はなかった
「深紅とドラゴンスレイヤー……そうなると、俺はどっちで呼ばれるんだ? それとも、深紅のドラゴンスレイヤーとか、そんな感じか?」
それだと、これからも異名が増えていきそうで、微妙に嫌だな。
そんな思いを抱きながら、レイは告げる。
「はっはっは。別にそんな風には言われないから安心しろ。やっぱり普通に呼ばれるのは深紅だろうな。で、何かあった時……特にドラゴン関係の問題が起きた時に、ドラゴンスレイヤーだという事で重宝される」
「それならいいか」
レイにとっても、ドラゴンというのは高ランクモンスターということで、非常にありがたい存在だ。
牙や爪、目玉……それ以外にも皮や内臓の多くは素材になるし、肉は当然のように高ランクモンスターということでもの凄く美味い。
捨てる場所がないというのは少し大袈裟かもしれないが、それでも間違いなく使える部分は多数あるし、何よりレイやセトにとっては魔石の存在が非常にありがたかった。
ドラゴンが一体どれだけの種類がいるのかは分からないが、ワイバーンのように同じ種族というのはそう多くはない。
そういう意味では、ドラゴンを見つければ魔石を入手し、ランクSモンスターである以上は確実にスキルを習得出来るのだ。
これで喜ばない筈はないだろう。
(とはいえ、ドラゴンスレイヤーとなると……イエロがどう思うか、少し心配だな)
エレーナの使い魔たるイエロは、黒竜の子供だ。
まだ小さいが、ドラゴンらしく人の言葉を理解出来るだけの知性を持っている。
そうである以上、レイが……自分が一緒にいる相手がドラゴンスレイヤーと言われているとなると、いい気分はしないだろう。
それこそ、人間が人殺しと呼ばれ、称えられている相手と一緒にいたいかと言えば、普通は否だろう。
(けど、他人にドラゴンスレイヤーとして呼ばないでくれと、言う訳にもいかないしな。その辺は、後でエレーナにどうにかして貰った方がいいか)
そんな風に考えつつ、取りあえずの話題を口に出す。
「さっきワーカーも言ってたが、このクリスタルドラゴンの解体は他のランクAモンスターの解体が終わってからになるから、そのつもりでいてくれ」
う……と、レイの言葉に、それを聞いていた者達は呻き声を上げる。
レイの言ってることは十分に納得出来るのだが、それでも目の前にドラゴンの死体があるとなれば、職人の性としてそれを解体したいと思うのは当然だろう。
ましてや、先程まではワーカーから聞いてはいたが、それでも話だけだった。
だが、今は目の前に実物があるのだ。
出来ればそれを解体したいと思うのは当然だろう。
とはいえ……
「さっきの話を聞いてる限りだと、クリスタルドラゴンを解体する為の道具がないんだろ?」
そうレイに言われると、反論することが出来なくなる。
「クリスタルドラゴンの死体は俺のミスティリングに収納しておくから、悪くなるということはない。後は、ランクAモンスターの解体を終えて、道具が出来たら言ってくれ。俺の方も死体を出すから。……ああ、けど、そうだな。魔石だけは剥ぎ取っておきたいから、今のうちにやってしまうから」
そうレイが言い、デスサイズを取り出すのだった。