2593話
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締め切りは9月23日となります。
ワーカーとレイがギルドの一階に下りてくると、ギルド職員達の視線が二人に集まる。
ギルド職員としても、レイが昇格試験に合格したのかどうか……新たなランクA冒険者が誕生したのかどうか、気になるのは当然だろう。
あるいは、警備兵のようにレイの昇格試験に賭けている者もいたのかもしれないが。
ワーカーも当然そんな周囲の視線については理解していたが、レイが昇格試験に合格したかどうかといったようなことは口にせず、何人かの名前を呼ぶ。
名前を呼ばれたギルド職員達は、呼ばれた面子を見て笑みを浮かべた。
名前を呼ばれた者達の全員が、モンスターの解体を得意としている者達だったからだ。
そんな自分達が、それもこのような忙しい状況で呼ばれたということは、それが何を意味するのかを想像するのは難しくはない。
……もっとも、名前を呼ばれた者達の近くにいたギルド職員は、この忙しい時に仕事を抜けられるのは困るといったような表情を浮かべていたが。
悪いな、と思うレイだったが、自分の昇格試験に関わってくる以上、この件についてはギルド職員に我慢して貰うしかない。
そんな訳で、ワーカーに呼ばれたギルド職員達と共に、レイはギルドを出る。
ただ、ギルドを出るのは正面の入り口からではない為に、セトが現在どのようなことになっているのかというのは、確認することが出来なかったが。
そうして向かうのは、倉庫。
「ギルドマスター、この状況で俺達が呼ばれたってことは……」
ギルド職員の一人が、そうワーカーに尋ねる。
だが、ワーカーはそんなギルド職員の言葉に返事をするでもなく、倉庫に向かう。
ワーカーに尋ねたギルド職員も、今は何も聞かない方がいいと判断したのだろう。
それ以上は特に何も言わず、レイ達と共に進む。
そして、レイもこれまで何度かやって来た倉庫に到着する。
巨大なモンスターであっても解体出来るよう、かなり巨大な倉庫。
それでも限度があるので、ギガント・タートルの死体を出すような真似は出来なかったが。
そうして全員が倉庫の中に入る。
倉庫の中は、今は殆ど荷物の類もない。
本来ならモンスターの解体を引き受けたりといったような真似をするのだが、現在のギルドではその余裕がない為だ。
一応、辺境だけあってギルムにはギルド以外にもモンスターの解体を仕事としている業者はいる。
とはいえ、そのような業者は解体の上手いところと下手なところで技術力の差が大きいし、解体の費用も基本的にギルドより高額となる。
それこそ、中にはぼったくりと評するのに相応しいくらいに高額の値段を請求したり、解体したモンスターの素材を盗んだりするような悪徳業者もいる。
そういう意味で、しっかりとした技術を持ち、値段もそれなりで素材を盗むなどといった真似はしないだろうギルドは、解体を頼む相手としては十分信頼することが出来た。
「さて、君達に来て貰った理由は、もう言うまでもありませんね? ここで隠しても意味がないので言っておきますが、レイは魔の森で行われた昇格試験を無事にこなしました」
ワーカーの言葉に、ギルド職員達は嬉しそうな表情を浮かべる。
そんな中でも、『よっしゃあっ!』といったような声を上げている者は、恐らくレイが昇格試験に合格する方に賭けていたのだろう。
普段であれば、ワーカーもそんなギルド職員に注意をするのだろうが、これからこの倉庫で行うことを考えれば、今のうちに少しくらい騒いでも構わないと、そう判断したらしい。
「そんな訳で、君達に来て貰ったのは……ランクAモンスターと、ランクSモンスターの解体をして貰う為です」
『……え?』
ギルド職員達が、揃って声を上げた。
ランクAモンスターの解体というのは、納得出来る。
だが、何故そこにランクSモンスターなどという存在が入ってくるのか。
そんな疑問の視線が、ワーカーに向けられる。
視線を向けられたワーカーは、笑みを浮かべてから口を開く。
「勿論それは、レイがランクSモンスターを倒したからです。それも、驚かないように今のうちに言っておきますが、未知の竜種ですよ」
『…………………………………………』
ワーカーの口から出た言葉は、解体を仕事としているギルド職員達にとっても予想外だったのだろう。
ワイバーンならともかく、ランクSモンスターに相当するようなドラゴンというのは、それこそギルド職員であっても一生に一度見られるかどうか……どころか、数度生まれ変わっても一度でも見ることが出来るかどうかといったような代物だ。
そんなドラゴンが……それも、新種のドラゴンの死体があると言われれば、それに驚くなという方が無理だろう。
「えっと、その、ギルドマスター。それは冗談とかそういう話ではなく……?」
「ええ、本当です。とはいえ、ドラゴンの解体はやはり一番最後でしょうね」
え? 何で?
ギルドマスターの言葉に、解体を得意とするギルド職員達は、何故? といった様子を見せる。
好きこそものの上手なれ……という訳でもないが、解体を仕事にしている以上、当然ながら高ランクモンスターの解体というのはやってみたい。
ましてや、それが未知のドラゴンともなれば余計にそう思うのは当然だろう。
ワーカーも、それを理解しているからこそ、そのように言ったのかもしれないが。
「何故と言われても、今回の君達を呼んだのは、あくまもでもレイが昇格試験で倒したランクAモンスターの死体を解体する為です。それが終わった後で、まだ余裕があるのならドラゴンの解体をしてもらいたい。そう思うのは当然でしょう?」
「ぐ……」
ワーカーが口にしたのは、間違いなく正論ではある。
正論ではあるのだが、だからといって未知のドラゴンの死体があるのに、その解体を最後に回せというのは、ギルド職員達にとっても素直に納得の出来ることではなかった。
「そうですね。こう言ってもいいでしょう。ランクAモンスターの解体が素早く……そして当然ですが、しっかりと問題なく終わったとしたら、そのご褒美としてドラゴンの解体を許可します」
そう、しっかりと言う。
そんなワーカーの言葉に、ギルド職員達は不満そうな様子を見せながらも、それ以上は何も言わない。
実際、ワーカーの言ってることは間違っている訳ではないのだ。
それに今は未知のドラゴンという言葉に強い興味を持ったが、そもそもの時点で考えれば、ランクAモンスターであっても普通はそう簡単に解体出来る訳ではない。
少しは落ち着いたのか、ギルド職員のうちの一人、リーダー格の五十代程の男は、渋々といった様子で口を開く。
「分かったよ、ギルドマスター。それで、一体ランクAモンスターってのはどんなモンスターなんだ?」
「レイ、お願い出来ますか?」
「それは構わないけど、どれを出す? それとも全部一気にか?」
レイのミスティリングの中には、五匹のランクAモンスターの死体がある。
その中でも女王蜂とキメラは、ランクAモンスターかどうか、レイには分からなかったが。
それでももしかしたら、ランクAモンスターであるかもしれないと、そういう思いがある。
「そうですね。では、巨狼をお願いします」
ワーカーの言葉に頷き、レイはミスティリングから巨狼を取り出す。
あっさりと取り出された巨狼だったが、死体であっても見ている者にはその圧倒的な迫力を感じさせるには十分だった。
「これは……」
ギルド職員の一人が、いきなり目の前に姿を現した巨狼を見て驚きの声を上げる。
レイがアイテムボックスを持っているのは当然のように知っているので、ミスティリングの存在に驚いた訳ではない。
死体となったにも関わらず、巨狼の見せる圧倒的な迫力に驚いたのだ。
「この巨狼。正確な名前は分かりませんが、レイはランクAモンスターと認識していますし、私もこうして見た限りではランクAモンスターであると認識します。……モンスターの解体に慣れている貴方達から見て、どうですか?」
そう言われたギルド職員達は、それぞれ視線で会話する。
ただし、皆が思っていることは同じであった以上、当然のようにそ意思疎通は早い。
「これはランクAモンスターで間違いないかと。ただ、それはあくまでも俺達の認識ですから、もっと詳細に知りたいのなら、きちんと調べた方がいいかと」
「そう言われても。魔の森のモンスターですしね」
そうワーカーが言うと、他の者達も同意するように頷く。
魔の森については、基本的に近付くのが禁止されている。
それは、今まで魔の森に向かった者が多くの犠牲を出したからというのが理由だが、当然ながら犠牲となった者は多くても、全滅した訳ではない。
中にはきちんと戻ってきた者もいるし、魔の森のモンスターを倒し、その死体を持ってきた者もいる。
また、魔の森に向かうのを禁止しているとはいえ、別に見張りを立てている訳でもなければ、結界の類がある訳でもない。
魔の森がどこにあるのかを知った冒険者がその気になれば、向かうことは決して不可能ではないのだ。
そしてギルムには腕利きの冒険者が多く揃っており、そんな中には当然だが高いプライドを持つ者も多い。
勿論、そのような者達も大半が魔の森で――場合によっては魔の森に到着する前に――死んでしまうのだが、中には運と実力に恵まれた者もおり、そのような者達は魔の森のモンスターを狩って死体を持ち帰ることもある。
当然、立ち入り禁止の魔の森のモンスターだけに、ギルドでは売れない。
……中にはその辺を言わずに売ろうとする者もいるが、大抵はギルド以外の場所で他の商人に売る。
商人はその情報をギルドに売り、多少なりとも魔の森のモンスターについての情報を仕入れることが出来ていた。
それで分かったのは、魔の森の中にはウォーターベアのように魔の森の外に棲息するようなモンスターもいるが、同時に魔の森だけにしか存在しない固有種も大量にいるということだろう。
そして、レイが出した巨狼は解体を専門としているギルド職員達も見たことがなく、間違いなく魔の森の固有種であるとワーカーが断言すれば、納得してしまう。
「そうなると、解体するのはともかく、素材をどうするかですな」
これが今までに解体したことのあるモンスターであれば、どの部位が素材として使えるかといったようなことは分かる。
だが、未知の存在となれば、どの部位が素材として使えるのかは、全く分からない。
それらを調べながらの行動となってしまうだろう。
「取りあえず、魔石と肉……それと素材で使えそうな部分は俺が貰う。ああ、勿論素材については全部という訳じゃないけどな」
「それは……まぁ、しょうがないけどよ」
ギルド職員にしてみれば、未知のモンスターの魔石や素材というのは非常に大きな意味を持つ。
特に魔石はモンスターの情報を知る上で大きな意味を持つ。
とはいえ、レイが魔石を集めているというのは広く知られているので、その辺に関してはギルド職員も了解している。
しかし、素材までも持っていかれるのは出来れば考えて欲しかった。
ギルドのルール上、解体だけを頼んで素材は冒険者が貰うといったようなことを要請されれば、それに従うことしか出来ない。
だが……それを知っていても、やはり未知のランクAモンスターともなれば、その素材はギルドの方でも幾らかは貰っておきたいと、そう思うのは当然だろう。
それでも、レイは全ての素材を貰うと言ってる訳ではなく、ある程度の素材と言ってるので、ギルドの利益に関してもきちんと考えての発言だったのだが。
「悪いけど、俺は引くつもりはないぞ。素材をある程度そっちに渡すというだけでも、それなりに配慮しているつもりだ。それが嫌なら、それこそギルド以外の場所で解体をすることになるんだが……それは、ギルドとしても困るだろ?」
そんなレイの言葉に、ギルド職員達は頷く。
実際、未知のランクAモンスターを解体するというだけで、得られる情報量はかなりのものだ。
ギルドにとっては、それで十分に利益が出ると言ってもいい。
だが、もしレイが他の解体を仕事にしている者のところに話を持っていけばどうなるか。
解体した未知のランクAモンスターの情報は解体業者から買い取るしかなく、しかも解体業者の中には腕の悪い者もいて、折角の未知のランクAモンスターを解体する時に、下手な解体をしかねない。
その辺の事情を考えれば、やはりここはしっかりと自分達が解体をする必要があると判断し……ギルド職員達は、レイの言葉を受け入れるのだった。