2592話
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締め切りは9月23日となります。
「ヴァンパイアが植えた闇の世界樹ですか。……まさか、魔の森にヴァンパイアがいたとは」
「正確には、闇の世界樹の実験の為に来たのであって、普段から魔の森にいる訳じゃないと思うけどな」
普通のモンスターならともかく、ヴァンパイアのような……それも、元が人間だった為か、普通のモンスターのように外で適当に寝るなどといったような真似は、プライド的に無理だというのが、レイの予想だった。
あるいは、もし何らかの理由で魔の森で野宿的な生活をしていたとしても、その場合は下手をすると太陽に当たってしまう可能性がある。
ヴァンパイアにとって、太陽というのは死の象徴だ。
触れただけで燃え上がったり、灰になったり……とにかく、死んでしまう。
そのような危険を冒そうとは思わないだろう。
「まぁ、闇の世界樹は燃え残ったのが木の部分がある程度と灰と魔石が。そしてヴァンパイアにいたっては、魔石と灰だけしか手に入らなかったけど」
「ヴァンパイアであれば、それはしょうがないでしょう。闇の世界樹の方は惜しいと思いますが。ああ、でも以前噂で聞いた話だと、特定の一族であればヴァンパイアを倒しても灰にせず死体のままとすることが出来るらしいですよ?」
「そういうのがいるのか。……とはいえ、一族ってことは血筋が関係してるのか、もしくは部外秘の技術を持っているのか。後者ならともかく、前者なら俺にはどうしようもないな」
血筋に宿る何らかの力が必要である場合、その血筋ではないレイにはどうにも出来ないだろう。
考えられる可能性としては、その一族の者を仲間にすることか。
ただし、ヴァンパイアと遭遇するということそのものが、かなり稀な出来事だ。
そのようなことの為にその一族の者を仲間にするというのは、正直どうかとレイも思わないでもなかった。
「とにかく、ヴァンパイアであれば灰を調べれば分かります。そのまま灰が討伐証明部位にもなりますしね」
「灰が部位? まぁ、それしかないから分からないではないけど、それだとヴァンパイアを倒しても灰を幾つもに分けて何度もヴァンパイアを倒したといったようなことをする奴もいるんじゃないか?」
「ふふふ」
レイの言葉に、ワーカーは何も答えずに笑みだけを浮かべる。
それもレイですら迫力を感じるような、そんな笑みだ。
(これは、多分何らかの手段で灰の区別が出来るんだろうな。持ち込まれた灰が以前持ち込まれた灰と一緒だったら……どうなることやら)
少なくても、ワーカーの様子を見る限りそのようなことをした者は、ろくなことにならないのは間違いなかった。
「で、その次に遭遇したのはクリスタルドラゴンだが、これについてはいいよな?」
「詳しい話を聞きたいところではありますが?」
「……取りあえず、ランクSモンスターは洒落にならないってのが改めて思ったな。ぶっちゃけ、下手をすれば俺達が負けてた」
「いえ、そもそもパーティではなく、ソロでランクSモンスターと戦うというのがおかしいんですからね? ましてや、勝つなど」
「そうかもしれないな。それにしても、知性のないクリスタルドラゴンであれか……なら……」
「レイ?」
途中で黙り込んだレイを見て、ワーカーがどうしたのかといった様子で尋ねる。
レイはそれに何でもないと首を横に振るが……そんな中でレイの頭の中にあったのは、エレーナのことだ。
正確には、エレーナの先祖。
現在のエレーナは、エンシェントドラゴンの魔石を継承しており、正確には人間と呼ぶことが出来ない状態になっている。
それこそ、人型のドラゴンと言ってもいいだろう。
だが、エレーナがそのようになった最大の理由たる、エンシェントドラゴンの魔石。
それは、エレーナの先祖がエンシェントドラゴンを倒したということを意味している。
知性のないクリスタルドラゴンであれだけの強敵だったことを考えれば、エンシェントドラゴンは一体どれだけの強さを持つのか。
それを倒したというのだから、エレーナの先祖もまた、一体どれだけの強さを持つのか。
レイがそのようなことに興味を持つのも当然のことだろう。
「さて、そうなると最後になるんだが……ああ、そうだ。その前に一応聞いておきたいんだが、霧を発生させるモンスターってのは知ってるか?」
「霧ですか? まぁ、色々といますが……それが何か?」
何か? と聞きながらも、ワーカーは話の流れから予想は出来ていたのだろう。
それでもレイに最初に質問をさせようとしていた。
それが一体何になるのかは、レイにも分からない。
だが、ワーカーがそうしたというのなら、レイはそれに乗るだけだ。
「クリスタルドラゴンを倒した後で休憩して、そろそろ魔の森の外側に向かおうと思った時、魔の森の一帯が霧に覆われたんだ。それこそ、かなり広範囲をな。で、まぁ、結果としてその霧を生み出していたモンスターを倒せたんだが、倒した後に残っていたのは魔石だけで、死体の類がなかった」
「なるほど。そうなるとアンデッドの可能性が高いでしょうね。それもゾンビやスケルトンといったような身体を持つアンデッドではなく、ゴースト系の」
その辺りの予想は、レイと同じものだった。
だからこそ、レイはそんなワーカーの言葉に対し、素直に頷く。
「ああ、俺もそう思う。で、そういうゴースト系で霧を生み出すモンスターは知らないか?」
「そう言われましても、何種類か心当たりはありますが、それだけでは。……それに魔の森で遭遇したモンスターとなると、新種の可能性も高いですから」
やっぱりか。
それが、ワーカーの話を聞いたレイの正直な気持ちだった。
「どうします? 魔石を調べれば、多少はそのモンスターのことも分かるかもしれませんが」
「いや、いい。もう倒したしな」
正直なところ、レイとしては出来れば霧のモンスターについて多少なりとも情報を知りたかった。
だが、その魔石をセトに与えてしまった以上、既にレイは魔石を持ってはいない。
ワーカーに魔石があればもっと調べることが出来ると言われても、その魔石がない以上はそのように言うことしか出来なかった。
「そうですか? 残念ですが、しょうがないですね」
ワーカーは言葉程は残念そうな様子を見せず、そう告げる。
出来れば霧のモンスターの魔石を調べたかったが、ランクAモンスター……それにランクSモンスターの死体もある以上、間違いなくこれからは忙しくなる。
そちらに手を出すのは難しくなるだろう。
「話を戻すぞ。霧のモンスターの生み出した霧で、モンスターの中でも警戒心が高い奴は行動を見せなかったんだが、モンスターの中にはそういう警戒心の高い奴だけじゃなくてな。……で、最後のランクAモンスターと思われる、キメラが現れた」
「キメラ、ですか?」
「ああ。ただし、普通のキメラじゃない。犬の顔を持つ人型で、俺の倍くらいの大きさを持っていて、尻尾は蛇だった」
「それは、また……」
ワーカーもキメラというモンスターのことは知っているが、それでもレイが説明したようなキメラは知らない。
「ランクAモンスターと表現しても問題ないくらいの戦闘力は持っていたな。ともあれ、そのキメラと戦いになって……結果については、俺がここにいるから言わなくてもいいよな?」
「どういう攻撃をしてきたのかといったことは多少なりとも聞きたいですが、いいでしょう。それでそのモンスターを倒した後で魔の森から脱出したと?」
「そうなるな」
正確には、キメラを倒した後でセトが空を飛んで魔の森の上空にいたモンスターを纏めて引き寄せて、一網打尽にしたというのが正しいのだが、その一件では特にモンスターの素材や討伐証明部位を入手することは出来なかったし、魔石も既に魔獣術で全て消滅している。
そうである以上、今更その辺りについて説明したところで、何か意味がある訳がない。
それこそ下手に説明すれば、鋭いワーカーのことだ。
もしかしたら……本当にもしかしたらだが、魔獣術の存在に辿り着く可能性もない訳ではなかった。
だからこそ、レイは最後に行った一網打尽の件については説明しない。
説明しないのだが、ワーカーが自分を見る目には何か隠し事があるのだろうと、そのように言ってるようにも思えてしまう。
しかし、ワーカーがその件について追及してくるようなことはなかった。
ワーカーもマリーナにギルドマスターを任されるような人物だ。
当然のようにレイが何かを隠しているのだろうということは想像出来たが、ここでそれを追及しても意味がないと、そう理解したのだろう。
……事実、もしここでワーカーがレイを追及しても、レイが隠している何かを口にすることはないと、そう理解しての行動だった。
「そうですか。では、レイが倒したランクAモンスターについては、五匹。ただし、その中にはランクAモンスターかどうか不明の個体もいると。そして……ランクSモンスター、未知のドラゴンが一匹。そういうことで?」
「ああ。ただし、さっきも言ったと思うけど、ミスティリングの中にはランクAモンスター以外の、ランクBモンスターの死体もあるから、そっちの解体も頼みたい」
「それは構いませんよ。勿論、その場合は通常通りの料金を支払って貰うことになりますが」
そう言ったものの、レイが一体どれだけのモンスターの死体を持っているのかを考えると、ワーカーは少しだけ憂鬱そうな表情となる。
何しろ、ギルドで解体をするということは、当然ながらギルド職員を使う必要がある。
そして現在のギルドは、増築工事の為に……そしてレイに言っても仕方のないことだが、レイの仕事の代わりをする為により多くの者が必要となっており、非常に忙しい。
それこそ、もし日本であればブラック企業間違いなしと言われてもおかしくないくらいに……いや、それでも生易しいと思える程の忙しさなのだ。
そんな中でランクAモンスターやランクSモンスター、それ以外にも多数のモンスターの解体を行うとなれば……それは、間違いなくギルド職員の負担が大きくなる。
(せめてもの救いは、もうそろそろ補充の人員が纏まってくるといったところですか)
そう内心で呟くワーカー。
もっとも、これは偶然そのような形になったというだけで、レイが魔の森で多数のモンスターを倒すと見越して用意していたという訳ではない。
元々、ギルドはここ暫くかなりの激務続きだった。
その補充の為に他のギルドに何度か人員を要請し、その人員が既にそれなりにギルムに集まっている。
今回の人員も、その一件だ。
また、モンスターの解体を行うのは、専門職と言うべきギルド職員達で、そのようなギルド職員は他の者達よりも普通の書類仕事は少ない。
そういう意味でも、新たにやって来る人員に書類仕事を任せ、解体を得意としている者達にはレイが獲ってきたモンスターの死体を解体して貰えばいい。
そうすれば、最終的には今よりも書類仕事は効率よく行われるだろうし、そこに解体を終えたギルド職員が戻ってくるようなことになれば、更に書類仕事の速度は上がるだろう。
「それで、ワーカー。結局俺の昇格試験はどうなるんだ?」
レイは自分が合格だというのは分かっていたが、それでもギルドマスターたるワーカーから、しっかりと合格だという言質を貰っておきたかった。
「え? ああ、すみません。そうですね。……私としては、レイの話を聞いた限りでは合格でいいと思います。ただ、ギルドマスターとしては、本当にランクAモンスターを倒したのかといった証拠を見てから判断する必要がありますので」
そう言いながらも、ワーカーはレイが倒していないモンスターを倒したといったような嘘を言うとは思っていなかった。
それでも、やはりギルドマスターとしてはしっかりとモンスターの死体を確認する必要があった。
それはレイを信じている、信じていないといったことではない。
何しろ、レイが今回受けたのはランクA冒険者への昇格試験なのだから、その辺りはきちんとしておく必要があった。
取りあえずレイに渡したマジックアイテムで、レイが魔の森で二泊三日しているのは確認出来ている。
もっとも、二泊三日したのは事実だが、実際には野営ではなくゼパイル一門の隠れ家で寝泊まりしたのだが。
ともあれ二泊三日の件がクリアされている以上、残るはランクAモンスター二匹分の死体だけだった。
「そうか。なら、モンスターの死体を見ればいいんだな? なら、行くか」
モンスターの死体をきちんと確認すればいいというのなら、さっさと見せよう。
そう判断し、レイは座っていたソファから立ち上がるのだった。