2590話
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締め切りは9月23日となります。
ギルドに向かう途中も、レイは結構な相手に注目されることになった。
いつもであれば、注目されるのはレイではなくセトなのだが、今回に限ってはセトよりもレイの方が注目されている。
当然の話だが、その理由は昇格試験だろう。
レイが予想していたよりも多くの者が賭けに参加していたらしい。
(俺が賭けに参加した時、賭けはそこまで大々的にやらないとか、やれないとか、そんな風に言ってたと思うけど。なのに、何でこんなに大勢に見られるんだ?)
そんな疑問を感じたレイだったが、今となってはもう昇格試験が終わっている以上、その視線は気にしないことにした。
レイにとって幸いだったのは、そのような者達はお互いに牽制してレイに声を掛けてくるといったようなことはなかったことだろう。
「じゃあ、セト。今日は少し時間が掛かるかもしれないから、ゆっくりと待っててくれ」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
いつもなら、レイがいなくなれば皆が遊んでくれるのだ。
数日ぶりにギルムに戻ってきたので、セトも他の人と遊んでみたいと、そう思っていたのだろう。
遊ぶ以外にも、串焼きを食べさせて貰ったりといったようなこともあるので、それもまたセトにとっては嬉しい。
そんなセトをギルドの前に残し、レイはギルドに入る。
相変わらず、昼間だとは思えないくらいの人数がギルドの中にはいる。
併設している食堂の方でも、結構な人数が食事をしたり、今日は休みなのか酒を飲んでいる者達もいた。
ギルドに入ったレイは、そんな様子を見ているが……当然ながら、ギルドの中にも賭けに参加している者の数は多く、レイは注目の的だ。
「おい、あれ……レイだろ? 嘘だろ、無傷じゃねえか」
「魔の森に行って無傷? 普通なら有り得ないことなんだが、レイだと納得出来てしまうのが怖いよな」
実際には、クリスタルドラゴンとの戦いで結構な怪我をした。
しかし、その傷は既にポーションで治っている。
それでも普通なら装備品が傷ついているのを見て、ダメージを受けたといたったように認識するのだが、レイの場合はドラゴンローブという非常に強力なマジックアイテムを着ている。
……ドラゴンローブの能力の一つに、ドラゴンローブの価値を認識させないといったような、隠蔽の効果がある。
その為、ドラゴンローブは普通のローブのように認識され、その普通のローブに特に傷らしい傷の類もなかったので、レイは無傷で魔の森から戻ってきたように思えたのだ。
もっとも、ギルムでそれなりに長く暮らしており、レイの異常さを理解している者の中には、一見して普通のローブにしか見えないドラゴンローブが、実は強力なマジックアイテムではないかと、そう思っている者もいるのだが。
何しろ、レイは黄昏の槍やデスサイズといった強力なマジックアイテムを持っている。
そうである以上、防具だけが普通のローブであるというのは考えられないのだから。
「な、なぁ。あいつ誰だ? 見たところ、ただの子供にしか見えないけど。あんな小さい奴が、何でこんなに注目浴びてるんだ?」
数日ギルムを留守にしていただけでも、その数日の間にギルムにやって来た者の中には、レイのことを知らない者が出て来る。
あるいはセトが一緒にいればすぐに分かったのかもしれないが、生憎とセトは現在ギルドの前で寝転がっており、ここにはいない。
そんな者にしてみれば、レイの正体が分からず、現在のギルドの状況に困惑するのは当然だろう。
「あれがレイだよ。深紅の異名を持つ。……ランクAへの昇格試験で魔の森って場所に行ったんだが、帰ってきてたんだな」
「深紅って、あの!?」
事情を知らない者には、近くにいる知り合いだったり、知り合いではなくても親切心……いや、教えたがりといったような性格をしている者が、説明していた。
そのようなやり取りは当然レイの耳にも聞こえてはいたが、それを聞き流しながらカウンターに向かう。
カウンターでは、レノラとケニーの二人が目に涙を浮かべてレイを見ていた。
本来なら、今のギルドで仕事をする手を止めるといったような真似をするような余裕はない。
しかし、レイと親しい受付嬢の二人だけに、レイが魔の森から無事に帰ってきたのが嬉しいのだろう。
それこそ、昇格試験の合否よりもレイが戻ってきたことの方が嬉しかったのだ。
「レイさん……」
「レイ君……」
レイがカウンターに到着しても、レノラとケニーはレイの名前を口にするだけで、それ以上のことは言えない。
そんな二人に、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「こういう場合は、ただいま……でいいのか?」
「ふふっ、そうですね。それでいいと思いますよ」
「私はもっと別の意味でただいまって言って欲しいんだけどな」
レイに向かってレノラとケニーは嬉しそうに笑みを浮かべ、目の端に浮かんだ涙を拭きながら、そう告げる。
「それで、取りあえずワーカーに会いたいんだけど」
「ちょっと待っててね。すぐに連絡を……」
「その必要はないよ」
レノラがギルドマスターのワーカーを呼びに行こうとしたのだが、それに待ったを掛ける声があった。
それが誰の声なのかは、レイもすぐに分かったし、何よりも声を発した相手を見ればすぐに分かる。
「ギルドマスター!?」
レノラの驚きの声が周囲に響く。
そう、レノラ達に話し掛けてきたのは、ギルドマスターのワーカーだった。
「何故ここに?」
「レイが戻ってきたと、報告があったのでね。すぐこちらに連絡が来るようになっていたんだよ。……さて、レイ。戻ってきたばかりで悪いですが、今回の一件についての話を聞かせて下さい。構いませんか?」
「俺も手っ取り早い方が助かるよ」
そうレイが言うと、ワーカーは特に表情を変えたりといったようなことはしないままで頷き、レイをギルドの二階にある執務室に通す。
「座って下さい。……そちらの紅茶は、君が飲んでも構いませんよ」
「紅茶まで用意してたのか?」
ソファに座り、ワーカーの勧めるままに紅茶を飲んで、驚きの声を発する。
レイがギルドに入ってからワーカーが来るまで、そこまでの時間はなかった。
なのにこうして紅茶が用意されているのだから、レイが疑問に思うのも当然だろう。
「ええ。レイがギルムに入った時点で連絡が来るようになってましたからね」
「あー……そっちでか」
納得したレイは、懐から昇格試験を受ける前にワーカーから借りた、GPS的な効果を発揮するマジックアイテムをテーブルの上に置く。
「取りあえずこれは返しておく」
「ええ。……それにしても驚きましたよ。最初は三日目に入ったらすぐにでも魔の森から出ると思っていたのですが、まさか三日目の夜遅くまで魔の森にいたとは」
昇格試験の条件の一つが魔の森で二泊三日するというものである以上、ルール上は三日目になった時点……それこそ極端に考えれば日付が変わって三日目に入った時点で魔の森を抜けても、問題はない。
勿論、それだと日付が変わったばかりの夜中に魔の森を移動するということになるので、場合によっては強力なモンスターと遭遇することになる以上、少しでも安全にということなら朝になってから移動するだろうが。
だというのに、レイは三日目になっても魔の森の探索を続けており、それこそワーカーが言うように日付が変わる頃になって、それでようやく魔の森を脱出したのだ。
ギルドマスターという立場であるだけに、レイが何故そのような真似をしたのかに興味を抱いてもおかしくはないだろう。
「折角の魔の森だしな。普通なら入ることが出来ない以上、出来れば未知のモンスターを出来るだけ多く倒しておきたかった。魔石を集める為にもな」
魔獣術の件を隠す為、レイは魔石を集めることを趣味としていると公言している。
かなり珍しい趣味ではあるが、同じような趣味を持つ者がいない訳でもない。
……もし、本当にそういう趣味を持っている相手と遭遇したりした場合、それこそレイがミスティリングに収納している魔石を見せるということになったら、色々と面倒なことになるのだが。
ともあれ、レイの説明でワーカーはある程度納得したらしく、呆れの視線を向けてくる。
「魔の森で魔石集めですか。……レイでなければ、到底出来ないことですね」
「そうか? やろうと思えばやれるだけの実力の持ち主は結構いると思うけどな」
実際、魔の森にいたモンスターは強敵も多かったが、そこまで強くないモンスターも多いというのが、レイの感想だ。
ギルムにいる冒険者……ただし、増築工事目当てできたような者達ではなく、増築工事前からギルムで活動していた冒険者達なら、倒せるモンスターも多いとレイには思えた。
もっとも、魔の森の中では普通にランクAモンスターが出て来たりするし、そこまで深い場所ではなくてもランクSモンスターが出て来たりといったような事もあるのだが。
そのような高ランクモンスターが普通にいるという点では、確かに危ないだろう。
また、巨狼のようなランクAモンスターは、ベースとなっているのが狼だけに、嗅覚も鋭い。
そのようなモンスターに狙われようものなら、即死といったことになる可能性は間違いない。
「……まぁ、いいでしょう。レイの認識が他人と違うことは、前々から分かっていたことですし。それで、ここで時間を無駄にするのもなんなので、単刀直入に尋ねます。どうでしたか?」
「問題ない。ランクAモンスターは間違いなく二匹以上倒している。ただ、その二匹以上の中には何匹かランクBモンスターなのか、ランクAモンスターなのか、そういうのが分からないモンスターの死体もある」
魔の森の中で倒したランクAモンスターは、巨狼、女王蜂、闇の世界樹、ヴァンパイア、キメラ。
そんな中で、女王蜂はレイの感覚ではランクAモンスターとは思えなかったし、キメラも正直微妙だという認識だった。
「その辺は、後で死体と魔石を見せるから、ギルドの方で確認して貰えると助かる」
レイは強さでランクAモンスターと認識していたが、それはあくまでもレイの認識だ。
そうである以上、強さ以外でギルドが認識した場合、あるいは女王蜂やキメラもまたランクAモンスターと認識してもおかしくはない。
ましてや、危険度という点では子供を大量に産める女王蜂は相当なものだろう。
「分かりました。そうしましょう。取りあえずレイがランクAモンスターと認識したのが多数いるのなら、昇格試験の合格は間違いないでしょう。それにしても……最大で五匹ですが……」
ワーカーの表情に浮かんでいるのは、称賛とも呆れとも取れる表情だ。
普段は冷静沈着で、それこそビューネ程ではないとはいえ、表情をあまり変えることがないワーカーが、そこまで表情を変える。
パーティでも何でもなく、それこそソロで――従魔のセトがいるが――それだけのランクAモンスターを倒したというのは、普通に考えて有り得ないことだった。
あるいは、ランクA冒険者の中でも戦闘に特化した異名持ちであれば、もしかしたら可能かもしれない。
しかし。それでもワーカーが見たところ、レイにはダメージらしいダメージはない。
また、セトもダメージを受けた様子がないというのは、報告で聞いている。
……報告云々よりも、そもそもセトがダメージを受けて怪我をしているとなれば、ギルムに数多くいるセトを可愛がっている者達が騒いでいただろう。
そのようなことがなかった以上、セトも怪我をしていないのは確実だった。
あるいは、レイもセトも怪我をしたがポーションを使って回復したのかもしれないが。
ワーカーはギルドマスターとして冒険者について知っている為に、当然だがポーションの効果の凄さについても知っていた。
そして高ランク冒険者……もしくは金に余裕のある冒険者の多くが、高額で効果の高いポーションを購入するということも。
それらのポーションの中には、それこそ腕が切断されても直後であればポーションでくっつけることが出来たりといったようなことも可能なくらいのポーションもある。
当然、そのようなポーションともなれば非常に高額なのだが。
「それにしても、魔の森で二泊三日ですか。……改めて、そのようなことを成し遂げたというのは凄いですね」
「いや、それをお前が言うのか?」
昇格試験の内容の全てをギルドマスターのワーカーが考えたとは言わないが、それでもかなりの部分について関与していたのは間違いない。
であれば、そのような試験を出した本人がそういう風に言うのはどうか。
そう思いながら、レイは最後の爆弾を投下する。
「そうそう、倒したランクAモンスターはさっきので全部だったけど、ランクSモンスターも一匹倒したぞ」
そんな、飛びきりの爆弾を。