2589話
今年もまた、ライトノベル界の中でも屈指の規模の「このライトノベルがすごい!2021」が始まりました。
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締め切りは9月23日となります。
「グルルルルルルルルゥ!」
空を飛んでいると、不意にセトが嬉しそうに喉を鳴らす。
その様子から、敵が襲ってきたといったようなことでないのは理解したレイだったが、何故セトがそんな風に喜んでいるのかは分からない。
セトには何かが見えているのだろうが、レイの視覚……いや、五感はセトよりも劣っている。
セトが見つけることが出来た何かも、レイには見つけることは出来ない。
ただし……レイの視覚がセトよりも劣っているということは、その何かが近づけばレイにも見えてくるということになる。
そしてセトの飛行速度を考えると、レイにもセトが何を見て喜んでいたのか、すぐに理解出来た。
セトよりも五感が劣るとはいえ、それでもレイの五感も一般人の平均と比べれば圧倒的に優れているのだから。
「ギルムか」
そう、遠く地平線の彼方に見えてきたのは、城壁都市のギルム。
……その城壁も、現在は増築工事の為に一部破壊されているのだが。
レイの見ている方からは、その破壊されている場所は裏側となる為か、見えない。
そんなギルムを見て、レイは帰ってきた……と、しみじみと思う。
魔の森にあった隠れ家に入った時も同じように感じたのは間違いないのだが、それだけレイにとってギルムは大事な場所になっていたのだろう。
「グルルルゥ」
レイの言葉に、セトも嬉しそうに喉を鳴らす。
レイよりも先にギルムを見つけることが出来たセトだったが、それでもやはりレイと一緒にギルムを見つけた喜びを味わいたいと、そう思ったのだろう。
(そう言えば、結局一度も迷わなかったな)
六個の魔石を使った後、レイはセトの背に乗ってギルムに向かっていた。
いつもであれば、若干方向音痴気味なだけに道に迷ってもおかしくはなかったのだが、今回は特に道に迷うといったようなこともなく、真っ直ぐギルムに到着することが出来た。
……一瞬、本当に一瞬だったが、もしかしたら視線の先にあるのはギルムではなく別の街ではないかと、そんな風に思いもしたのだが、幾ら何でもギルムと他の街を見間違えたりといったような真似はしない。
レイの視線の先にあるのは、間違いなくギルムだった。
そうして考えている間にもセトは翼を羽ばたかせ、ギルムに向かって飛んでいく。
ギルムの正門の前では、結構な長さの行列が出来ている。
「お」
そんな中、レイが声を出したのは行列から少し離れた場所で、馬車に伐採した木を乗せた一団が街道を進んでいるのを見た為だ。
少し前までは、トレントの森で伐採した木はレイがミスティリングに入れて収納していた。
ミスティリングに入れれば、当然のように重量はないし、馬車では一度に運ぶのは、どんなに頑張っても十本は無理だ。
それに比べ、レイはそれこそ一度に十本どころか百本であっても運ぶことが出来る。
また、冒険者達が必死に馬車で運ぶといったような真似をするのに対し、レイはセトに乗って飛べばトレントの森からギルムまで一分掛かるかどうかといったところだ。
そういう意味で、伐採した木を運ぶのはレイにとっては簡単だった。
だが、それはあくまでもミスティリングを持ち、セトという相棒がいるレイだからだ。
そのような例外がない場合、ああして地道に運ぶ必要があった。
(錬金術師とかが、何か運搬に便利なマジックアイテムを作ればいいと思うんだけどな)
伐採した木を納入しに行くと、毎回何かいい素材はないか、セトの羽根や毛を寄越せ、珍しいマジックアイテムを見せろといったように近付いてくる者達のことを思い浮かべ、レイはそんな感想を抱く。
かなり自分勝手というか、自分の興味のある代物の研究については躊躇しない面々だったが、レイにしてみればそのような相手であっても有能なのは間違いないのだから、使えるのなら使えばいいという思いを抱く。
トレントの森の木は、増築工事において重要な建築物資だ。
それだけに、出来るだけ多くを持ってきて貰いたいと、錬金術師達も思っているだろう。
とはいえ、あまりに大量に持ってこられると、魔法的な処理が出来なくなるので限度があるが。
「そうだな、取りあえずダスカー様に報告に行ったら、その辺を聞いてみるか」
ダスカーもまた、増築工事が早く終わるのであれば、それに越したことはない。
建築資材を少しでも多く用意する為に、荷運び用のマジックアイテムを用意すればというレイの言葉には、頷いてくれる筈だった。
あるいは、わざわざ開発しなくても、既にそのようなマジックアイテムが存在している可能性は十分にあったが。
「セト、そろそろ下りるか」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトはギルムに戻れるといった嬉しさで鳴き声を上げつつ、地上に向かって降下していく。
ギルムに入る際の手続きをしている者たちや、ギルムに向かう街道を歩いている者達の中には、空を飛ぶセトの姿に気が付いた者もいる。
そんな中で、見て分かる程に喜んでいるのは、レイが昇格試験で合格する方に賭けた者達か。
もしくは、単純にセト愛好家の一員がセトを見て喜んでいるのか。
その辺りはレイには分からなかったが、ともあれ攻撃的な様子でないのは間違いない。
セトが地上に向かって降下していくと共に、地上で起きている騒動は大きくなっていく。
そんな中に、レイとセトは下りていった。
「レイ、セト! こっちだ!」
今回レイとセトがギルムを出ていたのは、増築工事をしていた訳でなく、昇格試験の為だ。
そうである以上、増築工事で働いている時のように簡易的な手続きで街の中に入るのではなく、しっかりと手続きをする必要があった。
だからこそ、手続きの為に並んでいる行列の一番後ろに並ぼうとしたのだが、そんなレイとセトに警備兵が声を掛けてくる。
当然のように、レイは警備兵に顔見知りが多い。
声を掛けてきた警備兵も、レイの知っている顔だ。
「どうしたんだ?」
「お前はこっちだ。戻ってきたら手続きを最優先でやるように言われている」
「それは、また……いや、俺は嬉しいからいいんだけどな」
そのような真似をしてもいいのか? といった疑問がレイの中にはあったのだが、警備兵がそう言うのならと、手続きを終える。
とはいえ、レイとセトは非常に目立つ。
そうである以上、警備兵が警戒していること……具体的には、レイやセトに変装して街中に入るといったような真似は、まず出来ない。
あるいはレイに変装が出来る者はいるかもしれないが、セトはどうしようもない。
普通、グリフォンを従えるといった真似が出来る者は殆どいないのだから。
それ以外にも、何か怪しい物……いわゆる禁制品の類を持ち込むかもしれないというのも、ミスティリングを持っているレイの場合は調べるといったような真似は難しい。
もし本当に調べるのであれば、それこそミスティリングに入っている全てを出して調べる必要があるのだが、レイのミスティリングに入っている物を全て調べるとなると、それこそ数日は掛かるだろう。
そうである以上、その辺りについてはレイを信じるしかなかった。
また……何よりも……
「ダスカー様から、今日レイが戻ってきたら最優先で入れるようにと言われている」
「ダスカー様が……?」
仮にもギルムを治める領主が、そのような指示を出していいのか? と思わないでもなかったが、行列に並んで自分の順番が来るまで待っているのは、色々と面倒なのは事実だ。
強引に割り込まれたことで、並んでいる者達が不満を抱くのではないかといった疑問もあったが、並んでいる者達は高ランク冒険者や貴族、大商人といったような者達が優先されるというのは慣れているのか、特に何か気にした様子もない。
……寧ろ、近くでセトを見ることが出来て嬉しそうにすらしていた。
(この様子なら問題ないか)
そう判断し、レイは警備兵に手続きをして貰う。
「それにしても、こうしてレイが戻ってきたってことは、昇格試験は合格したのか? したんだよな? したって言え」
「え? ちょっ……おい?」
手続きを終えた警備兵の、真剣な……それこそ仕事をしている時よりも真剣な目に、一瞬レイは言葉に詰まる。
だが、すぐにこの警備兵が何故ここまで自分にそのようなことを聞いてくるのかを理解した。
(賭けに参加してる奴か)
レイもまた、自分が昇格試験に合格するという方に賭けているので、兵士の気持ちも理解出来なくもない。
出来なくもなかったが、ここで教えるような真似をした場合、その情報が瞬く間に周囲に広がってしまうのは間違いないだろう。
既に賭けの対象となる昇格試験は終わっている以上、別に無理に噂が広まるのを止める必要もない。
そもそも、魔の森で二泊三日もしないうちに逃げ出してくるという内容に賭けていた者達にしてみれば、既に外れているのが確定しているのだから。
(いや、もしかしたら……そういう場合でも、ギルムに戻ってくるまで時間が掛かっただけで、実は、一日目か二日目で失敗してるというのに賭けている奴もいるのか?)
勘ぐりすぎではあったが、賭けに負けたと思いたくなく、一縷の望みに縋ってそのように思っているという可能性は否定出来ない。
実際にレイは周囲の様子を見てみると、警備兵だけではなく中に入る手続きをしている者や……それどころか、正門の側を歩いていた他の者達がレイとセトの姿を見て、何か期待したり、悲しそうだったり、嬉しそうだったり……と、足を止めて色々な表情を浮かべている者もいる。
「おい、レイ! それで一体どうなんだよ!」
黙っているレイに、警備兵は痺れを切らしたように尋ねてくる。
だが、レイはそんな警備兵に対し、首を横に振って答えるのを否定した。
「今この場で俺がそんなことを言ったりしたら、賭けが盛り上がらないだろ。こういうのは、皆で一斉に賭けの結果を知るから楽しいんだ。その辺はギルドや胴元の発表を待て」
レイの言葉に兵士は更に何かを言おうとするが、その前に他の兵士が賭けに参加していた兵士の頭を叩く。
「痛っ! おい、いきなり何をするんだよ!」
「何をするんだよはこっちの台詞だ。お前は一体何を考えている? お前が賭けに参加するのは自由だが、今は仕事の時間だろ。賭け云々より、まずは仕事を片付けろ。……悪いな、レイ。こいつも普段はここまでの奴じゃないんだが。有り金の殆どをお前の合格に賭けたんだよ」
「それは、また……」
呆れればいいのか、それとも自分を信じたことに感謝をすればいいのか、レイは迷う。
ただ言えるのは、普通はそんな一発逆転の賭けをするのは自殺行為以外のなにものでもないということだ。
「取りあえず、賭けは程々にな」
ギルムにおける警備兵の給料は、決して安くない。
何しろ、ギルムという辺境唯一の街で治安を維持するのだ。
冒険者が酔って暴れるといったことも珍しくはなく、様々な仕事がある。
勿論、それでも冒険者の方が平均的な給料は上だ。
警備兵も大変な仕事だが、冒険者達は警備兵以上に命を懸けた日々を送っているのだから。
ましてや、ここは辺境だけに、ギルムの近くでもひょっこりとランクBモンスターが姿を現しても、おかしくはない。
だからこそ依頼の報酬は高いし、採取した素材、倒したモンスターの素材といった買い取り価格も高額になる。
しかし、警備兵は冒険者程に危険はなく、給料もいい。
そんな警備兵が、有り金全部を賭けるとなると、それこそ幾らくらい賭けたのか、レイには想像も出来なかった。
「ん、こほん」
レイだけではなく、他にギルムに入る手続きをしていた者達、そして正門の側にいた通行人達からも呆れの視線を向けられた警備兵は、自分が有り金全てを賭けたというのがさすがに恥ずかしくなったのか、咳払いして誤魔化す。
……ちなみに、通行人の中にも何人か必死に気配を消して目立たないようにしていた者も多かったのだが、レイは取りあえず警備兵の同類と思われるその者達からは視線を逸らすことにする。
「それでだ。戻ってきたら、領主の館に行く前にギルドに行って欲しいと、ダスカー様からの伝言だ」
「ダスカー様から? 分かった」
魔の森での試験だったし、何よりもランクA冒険者になってから代理人を用意してくれるという話だったので、近いうちにダスカーに会いにく必要があるのは理解していた。
だが、それでもレイとしては昇格試験の件だし、やはりギルドに行くというつもりだったのだ。
だからこそ警備兵にそのように言われても、すぐに分かったと返事をしたのだろう。
ともあれ、レイは周囲の自分を見ている目から逃げるようにギルドに向かうのだった。