2585話
今年もまた、ライトノベル界の中でも屈指の規模の「このライトノベルがすごい!2021」が始まりました。
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締め切りは9月23日となります。
キメラ本体の頭部と、尻尾の蛇の破壊された部位から先端の部分が地面に落ちる。
その光景を見て、レイはようやく安堵する。
「ふぅ、何とかなったか」
「グルルルゥ」
蛇を倒したセトがレイの側までやってきて、喉を鳴らす。
セトにしても、まさか魔の森から外に出ようとしているところで襲撃されるとは、思ってもみなかったのだろう。
ここが魔の森である以上、何らかのモンスターに遭遇するようなことはあっても、それはもっとランクの低いモンスターだとばかり思っていても、おかしくはない。
「さて、そろそろ収納するか」
デスサイズの石突きを地面につき、再度地形操作を使って沈んでいた場所を元に戻す。
すると沈んでいたので身体が立ったままだったキメラの身体は、その衝撃で地面に倒れる。
「ランクAモンスターだったのはちょっと驚いたけど、それでも昇格試験のことを考えれば、そんなに悪い話じゃないか」
実際にはクリスタルドラゴンを倒した時点でランクA冒険者への昇格試験の合格は間違いないのだが、それでも今回の昇格試験の合格基準は、あくまでもランクAモンスターを二匹以上だ。
ランクSモンスターでは意味がない、と。
そんな風に言われないとも限らない。
勿論、既にランクAモンスターは昇格試験の条件となる二匹以上を倒している。
その死体もミスティリングに入っているので、このキメラと遭遇しなくても、昇格試験の合格は間違いなかった。
それでも、どうせなら多数のランクAモンスターの死体を持って帰った方がいいのは間違いない。
(これ、俺以外が同じような試験を受けたら、どうするんだろうな? ランクAモンスターの死体は出来るだけそのまま持ってきて欲しいと言われていたから、そうなったら死体を守りながら二泊三日戦うのか?)
あるいは、ランクAへの昇格試験を受けられるだけの人数が揃っているパーティであれば、モンスターの死体を守る面子と、モンスターを積極的に狩る面子といった具合に分けられるかもしれないが。
だが、魔の森で死体をそのまま積み上げておけば、当然の話だが血の臭いに惹かれて多くのモンスターがやって来る。
状況によっては、死体が腐るということもあるだろう。
そして……本当に最悪の場合は、モンスターの死体がアンデッドになるという可能性もある。
とてもではないが、ランクB冒険者からランクA冒険者になるとしているパーティでそれらを対処するのは難しい。
そこまで考えたレイは、そう言えばこの魔の森の件は俺の試験だったから特別だった、とそう思い直す。
セトという相棒がいて、ミスティリングを持っている自分だからこそ、特別に昇格試験の内容は魔の森で戦う事になったのだと。
「俺にとっては、ある意味でここはボーナスステージとでも言うべき場所だったけど、普通なら間違いなく死んでるか」
普通なら、単独でランクAモンスターに複数遭遇し……場合によってはランクSモンスターのクリスタルドラゴンと遭遇するといったことは、昇格試験とはとても呼べない。
それこそ、ただの処刑というのが正しいところだろう。
それだけに、今の状況を思えば間違いなく自分とセトだからこそ、生き延びることが出来たと、そうレイは断言出来る。
……別にレイは自分が最強であるなどとは思っていないので、世の中には自分より強い相手がいるのは間違いなく、そういう意味では別に今回の試験で生き延びられるのは本当に自分だけ……といったようには、思っていないが。
「さて、とりあえずいつまでもここで休んでいる訳にもいかないし、そろそろ移動するか。その前にキメラの死体を収納しておかないとな」
呟き、キメラの胴体とレイとセトがそれぞれ飛ばした犬の頭部と蛇の胴体半ばから先を収納していく。
「よし。……さすがにこれ以上は俺も戦いたいとは思わないから、後はセトに空を飛んで貰って、魔の森の上空にいる敵を集めて一気に脱出するぞ」
「グルルゥ?」
これ以上戦わないと言ったその口で、同時に魔の森の上空にいる敵を引き連れて脱出すると告げるレイ。
セトにしてみれば、レイの言葉が矛盾しているように思えてしまう。
そんなセトの様子に気が付いたのか、レイはセトを撫でながら口を開く。
「ここでは普通に戦うしかなかったけど、魔の森から出れば魔法で一掃出来る。……ってこれは前にも言わなかったか?」
「グルゥ」
言った、とレイの言葉に喉を鳴らすセト。
だが、前に言われた時と今とでは、状況そのものが違う。
ともあれ、これが本当に最後なら……と、セトも渋々とではあるがレイの言葉に納得した様子を見せる。
そうしてレイはセトの背に乗り……セトは、数歩の助走の後で、一気に翼を羽ばたかせて空を駆け上がっていく。
周囲に生えている木々の枝がセトの翼の邪魔をしたりもしたのだが、セトはそんな枝は翼を羽ばたかせてへし折りながら、魔の森の上空に出る。
「へぇ……こうして改めて魔の森を見ると……何とも言えないくらいに不気味だな」
「グルルゥ」
上空から魔の森を眺めたレイの言葉に、セトも同意するように喉を鳴らす。
戦いの中で一時的に魔の森の上空まで飛んだことはあったが、こうして魔の森の上まで上がって、しっかり周囲の状況を見ることが出来たというのはなかった。
セトにしてみれば、周囲の状況を眺めてレイの言葉に同意するのは当然だった。
だが……こうして、空を飛んでいるレイとセトは、いつまでもそのような状況でいられる訳ではない。
夜の魔の森の上空には、多くのモンスターが存在している。
それでもレイが思っていたよりもモンスターの数が多くないのは、やはり先程の霧が大きな関係をしているのだろう。
それでも空を飛ぶモンスターは、地上のモンスターよりも多くいるように見えるのは、やはり木々によって姿を現している者が多いからだろう。
また、地上を歩くしかないモンスターと違って、空を飛ぶというのは高い機動力を持っているから、というのも大きな理由だと思われた。
そんな多数のモンスターは、当然ながらレイとセトの姿をすぐに見つける。
そして、獲物を見つけた場合はどうするか。
普通なら、ランクAモンスターのグリフォンに襲い掛かろうとはしないだろう。
だが、魔の森にいるモンスターの中には、寧ろセトの姿を見て逃げ出すといったような者の方が少ない。
ましてや、今こうして活動しているモンスターは、不自然な霧が出ていて、それが消えてすぐに……もしくは、霧が発生していた時から活動していた相手だ。
そのような敵だけに、当然の話だがレイとセトを見つければ襲ってくる。
それを見ていたレイにとって疑問だったのは、何故セトだけに向かってくるのかという事だ。
自分以外、もしくは自分の仲間以外の敵は餌として認識するのは分かる。
だが、それ以外の敵を見つけても、空を飛ぶモンスターの多くはセトに向かって来ているのだ。
飛んでいる途中でぶつかっても、邪魔だといった様子で攻撃をすることはあっても、相手が自分の近くからいなくなれば追撃はしない。
魔の森の上空を飛んでいるモンスターも、多種多様だ。
中には邪魔だという一撃だけで相手を殺すといったような結果になる程に、お互いの力量差が開いている者達もいる。
(何がどうなってこんなことになってるんだ? 全てのモンスターが、何でセトを?)
そんな疑問が一瞬浮かぶが、すぐに頭を切り替える。
「セト、魔の森を脱出だ! 予想外に敵がこっちに向かって来ているからな!」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴き声を発するとその場から離れる。
敵の中には、鳥型、ハーピー型といったように普通に空を飛んでもおかしくはないようなモンスター以外にも、身体が煙で出来ているような不定形のモンスターや、ワイバーン型、昆虫型……それこそ、数えるのが面倒になるくらい、色々なモンスターがいる。
そんなモンスターが一斉に襲ってくるのだから、セトもレイの指示通り逃げるのは当然だった。
「セト、言うまでもないけど敵を完全に置いていくといった真似はするなよ。……とはいえ、出来る範囲で構わないけど」
出来れば、自分達を追ってくる敵は一網打尽にしたい。
そういう思いがレイの中にはあったが、空を飛ぶモンスターといえども、その能力差は様々だ。
セトよりも劣るものの、それでも十分に速い飛行速度を持つようなモンスターもいれば、空中を漂うといったような感じで追ってくるようなモンスターもいる。
レイの目的は自分達を追ってきたモンスターを魔の森の外で魔法を使って一網打尽にすることだったが、ここまで速度差がある相手となると、そう簡単にはいかない。
そうなってしまえば、一匹も逃さず全てのモンスターを魔法で焼き殺すといったようなことではなく、ある程度の敵を攻撃したらそれで十分だと考えた方がよかった。
「グルルルゥ!」
空を飛びながら、セトはレイの言葉に分かった! と力強く鳴き声を上げる。
そんなセトの鳴き声を聞きながら、レイは急速に魔の森の外に向かっているのだというのを、地上の様子から確認していた。
(あ、そう言えば黒蛇……出来れば挨拶をしたかったんだけどな。まぁ、それはしょうがないか。また魔の森に来るようなことがあるのは間違いないし、その時に挨拶するか)
セトの使うスキルに、光学迷彩というスキルがある。
透明になって自分以外の者にはその存在を見えなくするといったスキルだが、黒蛇が使っていたスキルは姿を見せないだけではなく、気配すらも完全に消すといった能力を持っていた。
それだけに、黒蛇がスキルを解除すれば本当にいきなり姿を現したように思えるのだ。
もっとも、光学迷彩の上位スキルというのはあくでもレイの予想であり、もしかしたら純粋に転移系のスキル……という可能性も否定は出来ない。
とにかく、何らかのスキルを使っている黒蛇だけに、レイが会いたいと思っても容易に会える訳ではない。
そうである以上、黒蛇の方から出て来ることを期待するしかなかったのだが、黒蛇がレイ達の前に姿を現したのは初日だけだ。
実際にはその後もレイの見えない場所から見守っていたりもしたのだが、生憎とレイやセトがそれに気が付くことはなかった。
「グルゥ!」
レイが黒蛇について考えていると、不意にセトが警告に喉を鳴らす。
ツバメのような外見をしたモンスターが、ちょうど空を飛ぶセトのすぐ近くまで迫っていた。
「速すぎだろ!」
叫びつつ、レイは腰のベルトに装着しているネブラの瞳に魔力を流し、魔力による鏃を生み出す。
ツバメのように小さく、そして素早いモンスターだ。
距離もまだそれなりにあるので、攻撃手段としてはデスサイズの飛斬といったようなスキルや黄昏の槍の投擲よりも、ネブラの瞳の方が効果的と判断しての行動。
「ピィッ!?」
指先の力で小さな武器を投擲する……いわゆる指弾と呼ばれる攻撃方法。
その攻撃によって放たれたネブラの瞳は、真っ直ぐにツバメに向かって飛んでいったのだが、ツバメは自分の危機を理解したのだろう。強引に回避しようとし……それでも命中は避けられず、その身体にネブラの瞳で生み出された魔力の鏃は命中する。
ただし、それでも回避しようとした成果なのか、ツバメは鏃が命中したものの、傷を負っただけで死にはせずに地上に向かって落下していった。
「あ」
惜しい、と。そんな風にレイは思う。
しかし、セトが全速力で逃げている現状、まさか戻ってさっきのツバメのモンスターをしっかりと倒したいなどとは言えない。
「グルルルゥ!」
セトが魔の森から出て十分離れたと確認すると、背後のモンスターから放たれた風の刃を回避しながらレイに向かって喉を鳴らす。
レイはそんなセトの様子に頷き、改めて背後を確認する。
すると、追ってきているモンスターの数は約三十匹程。
魔の森で見た時に比べると随分と少なくなっているが、それは飛行速度によって置いていかれたモンスターが多かったり、魔の森から出るのを嫌がって途中で追うのを止めたモンスターがいる為だ。
レイとしては残念だったが、ともあれ魔の森から十分に離れたということで、デスサイズを手に呪文を唱え始める。
『炎よ、全てを受け止め、燃やしつくす壁となって生まれよ。我を追う全ての者に、灼熱の轟火による洗礼を与えよ』
呪文を唱えるのと同時に、デスサイズを中心に空中に炎で複雑な魔法陣が描かれていく。
その魔法陣は巨大で、魔法陣の大きさが魔法の効果範囲となる。
『灼熱へと導く壁』
魔法が発動すると同時に、魔法陣はその効果を発揮し……燃え盛る灼熱の轟火の壁となるのだった。