2583話
今年もまた、ライトノベル界の中でも屈指の規模の「このライトノベルがすごい!2021」が始まりました。
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締め切りは9月23日となります。
セトが新たに覚えたスキル、霧の検証が一通り終わったところで、レイは周囲の様子を見る。
夜目の利くレイやセトだからこそ、特に暗がりで困ったりすることはないが、既に魔の森は完全に夜となっていた。
霧の中を彷徨っている間は気が付かなかったが、何だかんだと結構な時間が経っていたらしい。
懐中時計を取り出して時間を確認すると、時間は既に午後八時すぎだ。
「うわ……ちょっと霧のモンスターに時間を掛けすぎたな」
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトがごめんなさいと、申し訳なさそうにする。
レイにしてみれば、あの霧のモンスター……結局恐らくはアンデッドのゴースト系といったようなことしか分からなかったし、それでも予想でしかなかったが、ともあれそんなモンスターとの戦いで苦戦したのは別にセトのせいだけではない。
モンスターを倒したのがレイである以上、倒すのに時間が掛かったのはレイの責任だ。
とはいえ、レイとしては今の戦いの中で深い集中力を経験することが出来たというのは、大きい。
セトに魔石を渡しても、収支的にはプラスだと思えるくらいには。
「ともあれ、まずは森の外側に向かおう。後四時間……いや、余裕を持って三時間くらいにしておくか。そのくらいの時間が経過したら、空を飛んでモンスターを引き付けて魔の森の外に出るぞ」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは大丈夫? と心配そうにする。
霧のモンスターとの戦いで、レイがかなり疲労しているというのがセトにも分かったのだろう。
そんな状況で、大量のモンスターを引き連れて魔の森の外に向かい、そこで倒す。
レイの疲労を考えると、止めた方がいいのでは? というのがセトの正直なところだ。
レイもそんなセトの心配は理解していたが、魔の森に来ることが出来るという機会は滅多にない。
見張りの類や結界の類がある訳でもないので、レイとセトならまた来ることが出来るのだが……ランクAに昇格すれば、それなりにまた色々と忙しくなるのは確実だ。
幸いなことに、ギルムの増築工事については効率が落ちるが、レイがいなくてもある程度回るようになっている。
それでも増築工事以外にもレイは色々とやるべき仕事がある。
トレントの森の中央の地下で研究しているアナスタシア達のウィスプの研究を見に行ったり、ケンタウロスのいた世界と繋げる為のグリムのマジックアイテムについて聞いたり、トレントの森と隣接している湖やリザードマン達の件だったり。
それ以外にもランクA冒険者になったということで、今まで以上に忙しくなるのは間違いない。
(そう言えば、結局貴族とかとの交渉役ってのは誰だったのか、まだ聞いてないな。……ダスカー様に任せておけば、取りあえず大丈夫だろうけど)
そんな風に思いつつ、レイは改めてセトを説得する。
「いいか? ギルムに戻ったら忙しくて、暫くここには戻ってこられない。なら、今のうちに出来るだけ多くのスキルを習得しておく方がいいんだ」
今にして思えば、二泊三日のうち最終日前の日々でもう少し多くのモンスターを倒せばよかった。
そう思うも、レイも何だかんだとこの二泊三日は真剣に戦ってきたつもりだ。
そうである以上、今更そのようなことを言ってもどうしようもないのは間違いないだろう。
恐らく時間を戻したとしても、多少効率はよくなるかもしれないが、それでも結局今回と同じようになるだろう。
そう思うだけの実感がレイの中にはあった。
「グルルルルゥ……」
「心配するなって。魔の森の外に出るんだ。いざとなったら魔法で一掃するから」
魔の森の中では、延焼を考えて魔法を使うということは出来なかった。
もしレイが炎の魔法以外……それこそ風、土、水といったような魔法を使えれば、魔の森の中でも全く問題なく魔法を使うことが出来たのだろう。
だが、生憎とレイは炎の魔法に特化した存在だ。
桁外れの魔力を消耗することで、半ば強引に炎の魔法に他の属性を付加することも出来るが、それでも魔法はあくまで炎の魔法がベースとなっているのだ。
つまり、どんな魔法を使おうとも必ず炎が生み出されることになる。
そうである以上、レイとして魔の森の中で魔法を使うというのは考えられない。
……あるいは、これが魔の森ではなく他の森であったのなら、少しくらいは無茶が出来たかもしれないが。
ともあれ、そんな状況だっただけに魔の森で魔法を使うことは出来なかったが、魔の森から外に出てしまえば、炎の魔法を使っても何の問題もない。
唯一の難点としては、レイが魔法でモンスターを一掃した場合、討伐証明部位はおろか、素材となる部分の大半も燃えてしまうということだろう。
それ以上に、レイやセトにとって残念なのは、肉のような可食部位も纏めて消し炭となってしまう可能性が高いことか。
それでも、魔石を集めるという意味では、魔法で敵を一掃するというのは決して悪い選択肢ではない。
そんな風にセトを説得し……やがて、セトが心配そうにではあるが、レイの言葉に頷く。
「グルゥ」
「大丈夫だって。もし何かあっても、セトがいれば逃げ出すのは出来るだろ? ……最悪、ギルムとは反対方向に逃げて、俺の体力が回復するまで待つという選択肢もあるしな」
それは本当に最後の手段ではあったが。
セトの飛行速度は、モンスターの中でも間違いなく上位に位置する。
しかし、ここが魔の森である以上はセトを上回る飛行能力を持つモンスターがいても、おかしくはない。
だからこそ、レイとしてはそれは本当に最後の手段と考えていたのだ。
「グルルルゥ? グルゥ、グルルルルルゥ」
セトはレイの言葉が嬉しかったのか、楽しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分の飛ぶ速度には自信があるだけに、もし敵が追ってきても自分なら逃げ切れると、そう思っているのだろう。
(ふぅ。取りあえずこれでセトの説得は何とかなったな。そうなると、後は……魔の森を移動するか)
こうしてセトを説得するにも、多少の時間を使ってしまっている。
であれば、今は少しでも早く移動を始める必要があった。
「よし、じゃあ行くか。敵とは……まぁ、遭遇したら戦えばいいと思うけど、問題なのは敵がいるかどうかだよな」
「グルゥ?」
何で? と首を傾げるセト。
レイはそんなセトの背に跨がりつつ、言葉を続ける。
「あの霧のモンスターがいただろ? あれだけ広範囲に霧が発生したんだから、魔の森のモンスターでも、危ないと判断して活発に動いたりはしないという可能性もあると思わないか?」
「グルルゥ」
レイの言葉に、なるほどと頷くセト。
セトにしてみれば、霧の中でもあまり問題なく活動することが出来た。
そうである以上、セトにしてみれば霧があっても不具合はあまりなかった。
だが、それはあくまでもセトだからこそだ。
普通のモンスターであれば、あのような霧の中を自由に動ける者はそう多くはない。
ここが魔の森である以上、当然のように高ランクモンスターも多数おり、その中には霧の中でもセトと同じように自由に動き回れる者もいるかもしれないが、幾ら魔の森であっても当然ながら棲息しているモンスターは高ランクモンスターばかりではない。
それについては、レイもまたこの昇格試験で多くのモンスターと戦ったことによって、理解している。
低ランクモンスター、もしくは高ランクモンスターであっても用心深いモンスターであれば、周辺を覆っていた霧が消えたからといって、そんな中をすぐに出歩こうとは思わないだろう。
「そんな訳で、多分そこまで多くのモンスターとは遭遇しない筈だ。……俺達にとっては、痛し痒しってところだけど」
森の中にいるモンスターと遭遇しないということは、それだけ魔石が入手出来ないということになる。
今のレイは今日だけでも連戦を繰り返したこともあり、かなり疲労している。
それなりに休憩を挟んではいたのだが、それでもやはり魔の森……特にランクSモンスターたるクリスタルドラゴンとの戦いは、消耗したのだろう。
先程までは、もう少しで昇格試験が終わるといったことや、多くのモンスターを倒したということで、自分の疲労に気が付く様子はなかった。
しかし、霧のモンスターとの戦いでレイは集中したが故に、自分の中にある疲労に気が付いてしまう。
そうして自覚してしまった為か、現在のレイは若干の気怠さがある。
戦いになれば特に影響がないとは分かっているが、取りあえず精神的な疲労を回復する意味でも、出来るだけ早くギルムに戻った方がいいというのは分かっている。分かっているのだが、それでも魔獣術を使う者としては少しでも多くの魔石を確保したいと、そう思うのだ。
ともあれ、セトはレイを背中に乗せたまま魔の森を進む。
まだ試験の期限ということでは数時間はあるので、セトもそれなりに余裕のある足取りだった。
(そう言えば、俺は結構疲れてるのにセトはそこまで疲れてないんだな。この辺は人間とモンスターの違いか? いやまぁ、俺の身体を人間と言い切るのは少し無理があるけど)
もしレイの事情を知っている者がその考えを聞けば、恐らくは『少しですむか!』と叫んでいただろう。
そんなことを考えながらセトに乗って進んでいると……やがて、セトが足を止める。
「セト」
「グルルルゥ」
警戒に喉を鳴らすセト。
その様子から、セトが警戒するレベルのモンスターが姿を現したのは間違いなかった。
レイがセトの背から下り、デスサイズと黄昏の槍を手にして戦闘準備を整える。
戦闘に集中して意識が切り替わった為か、レイの中にあった気怠さは今はもう消えている。
「ゴアアアアアア!」
まるでレイとセトの準備が整うのを待っていたかのように……いや、実際に待っていたのだろう敵が雄叫びを上げながら近くに生えている木をへし折りながら姿を現す。
その姿は、身長三m前後の巨大な人型だった。
ただし、顔は犬で全身が体毛に包まれている。
口からは鋭い牙が生えており、それに噛みつかれると間違いなく致命傷となるだろう。
腰から尻尾……いや、蛇が生えており、こちらも自分の意思を持っているのか、レイとセトの隙を窺っていた。
「厄介だな」
それが巨人とも獣人とも呼ぶべき存在を見て、レイの口から出た言葉だ。
まだ戦っていないが巨人――取りあえずレイはそう認識することにした――から発せられる気配は、間違いなく高ランクモンスターのそれだ。
それも高ランクモンスターとはいえ、ランクBモンスターではなく……恐らく、ランクAモンスター。
まさか、魔の森から出ようとしているところで、再度ランクAモンスターに遭遇するというのは、レイにとっても驚きだった。
とはいえ、驚きはしているが納得もしている。
ここは魔の森で、ランクAモンスターはその辺にゴロゴロ……とまではいかないが、それでもかなりの数が棲息しているような場所なのだから。
ましてや、今は夜でモンスターの動きも活発になる時間帯だ。
先程の霧の影響で慎重なモンスターは暫く様子見をしていてもおかしくはないが、慎重ではないモンスターは当然のように餌を……あるいはそれ以外の何かを求めて動き出してもおかしくはない。
(せめてもの救いは、見た感じパワー系……いや、スピード系か? ともあれ、スキルや魔法の類を使ってくるような敵ではないといったところか)
高い身体能力を持っているが故に、強い。
目の前の巨人はそんなタイプのモンスターなのは間違いない。
だが、レイやセトにとってはそんな敵は得意な相手だった。
巨人の方も、レイとセトが十分に戦闘準備を整えるまでは攻撃をするつもりがないらしく、待っている。
(この様子からすると、高い知性を持っているのは間違いない。……やっぱりランクAモンスター、か)
魔の森の中で探している時はなかなか遭遇出来なかったのに、出ようとすると遭遇する。
これと似たような経験を、レイは持っていた。
日本にいる時、川で釣りをしていても数時間何も釣れず、諦めて帰ろうとすれば何故か釣れ始めるといったような、そんな感覚。
「ランクAモンスターは、多ければ多い程にいいんだ。そういう意味では、運がよかったな」
半ば無理矢理自分に言い聞かせながら、息を整え……目の前の敵に集中し、そして叫ぶ。
「セト、行くぞ! この巨人が恐らくこの魔の森の地上で戦う最後の敵だ!」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉にセトは鋭く鳴き……そして、何も言わずともレイとセトは巨人を挟み込むような動きをする。
「マジックシールド」
身体能力重視の敵である以上、一撃を受けてもいいようにマジックシールドを発動し、レイとセトは同時に巨人に襲い掛かるのだった。