2581話
今年もまた、ライトノベル界の中でも屈指の規模の「このライトノベルがすごい!2021」が始まりました。
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締め切りは9月23日となります。
地中転移斬の効果を把握すると、レイとセトはすぐにその場から離れた。
これは血の臭いがどうとかといったようなものではなく、今は出来るだけ早く魔の森の外に向かった方が、いざという時に日付を超えても魔の森にいたことによって、昇格試験に不合格にならないようにする為だ。
(髪の毛の魚の魔石をデスサイズの分も入手出来たのはよかったよな。……問題なのは、これ以上出てこられると困るといったことだが)
身体中から髪の毛の生えている魚は、レイにとって……いや、セトにとっても非常に不気味で不快感を与えてくる存在だ。
そうである以上、出来ればあのような敵とはもう戦いたくないと思うのは当然だった。
(後は、ヤドカリ……それも普通のヤドカリじゃなくて、希少種のヤドカリの魔石が欲しいところだけど、どうだろうな)
希少種というのは、滅多に遭遇出来ないからこそ希少種と呼ばれるのだ。
そうである以上、同じモンスターの希少種と再度遭遇出来るかどうかは、運次第だろう。
それもかなり高い運が必要となる。
それだけにレイとしては非常に残念だったが、素直に諦めることが出来た。
(最初に出て来た魚が、よりにもよって希少種を地中に引きずり込んだからな。せめて、普通のヤドカリにしておけばよかったものを)
諦めることは出来たが、目の前でみすみす希少種を奪われたというのは当然面白くなく、不満な表情を隠したりはしない。
そうして新たなモンスターが襲ってこないかと思って周囲を見るが……
「霧? こんな時間にか?」
周囲に霧が出ているのを見て、レイは驚く。
レイが知ってる限り、霧というのは湖のような水のある場所で早朝に起きるというものだった。
もっとも、湖ということであれば結界の件があるので、地形的な条件は整っているのかもしれないが。
だが、今の時間は夕方だ。
それも結界を出てからそれなりに時間が経っていることもあって、既に周囲は薄暗くなっている。
レイ達が進んでいるのが川沿い……木々の類があまり生えていない場所だからこそ、まだ夕陽の光が微かに入ってきてはいるが、川から離れて魔の森の中に入れば、周囲の木々の枝によって光は遮られ、暗くなっていてもおかしくはない。
そんな時間に霧が出るというのは、レイには疑問だった。
もっとも、朝に霧が出るというのはあくまでもレイが知っている知識であって、あるいはそれ以外でも何らかの要因で霧が発生するといったことがある可能性は十分にあったが。
周囲に漂っていた霧はまだそこまで濃くなかったので、レイとセトは霧の存在を気にせずに進んでいたのだが……やがて、進むに連れて霧が濃くなってくる。
それこそ白い気体の中を歩いているのではないかと思える程の濃霧が周囲に漂い始めたのを見て、レイはこれがただの自然現象ではないと判断する。
幾らなんでも、霧が急速に濃くなりすぎたのだ。
「モンスターか? ……セト、少し止まってくれ」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは歩みを止める。
セトだからこそ、数十cm先も見えないような濃霧の中でも転んだりといったような真似はせず、普通に進むことが出来ていたのだ。
もしこれがセトではない、その辺のモンスターや動物であれば、間違いなく進むことが出来なかっただろう。
それこそ下手をすれば魔の森の木々にぶつかるか、岩に足を引っかけて転ぶか、もしくは川に落ちるか。
どれをとっても、場合によっては死に直結したとしても珍しくはない。
そんな中を普通に進むことが出来ていた辺り、やはりセトは非常に鋭い五感や第六感を持っているのだろう。
「セト、これってやっぱり何らかのモンスターの仕業だと思うか?」
「グルゥ? グルルルルルゥ」
レイの問いに、セトは少し迷った後で、多分そうだと思うといったように喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、やはりこれは敵の攻撃なのかとレイも納得した。
納得したのはいいのだが……問題なのは、この霧にどう対処するのかといったことだろう。
霧がどこまで広がっているのかは、レイにも分からない。
だが、今まで進んできた限りではかなり広範囲が霧に覆われているのが分かる。
つまり、現在レイ達が進んでいる方が霧の中心部分……発生源の可能性が高い。
(とはいえ、問題なのはこの濃霧の中をどこまで進めばいいのかってことだよな)
レイが周囲を見ると、白い霧がどこまで広がっており、どちらの方に行けばより濃い霧があるのかといったようなことは分かりにくい。
「セト、ここからはお前が頼りだ。いいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
レイには無理でも、セトなら何とかなる。
そんなレイの期待に応える形で、セトは進む。
レイはセトの背に乗っているので、自分が特に動くといった必要はないものの、セトの進む方向は間違いなく濃霧と呼ぶのに相応しい光景が広がっていた。
(問題なのは、この霧……特に何らかの特殊な能力や仕掛けの類もない、普通の霧だってことなんだよな)
そっと手を伸ばすレイだったが、霧に触れた手は特に何かがある訳ではない。
例えば酸性の霧で触れた場所にダメージを与えるといったようなことや、もしくは霧に触れた場所から体力や魔力といったものを奪っていく……といったような能力があってもおかしくはないのだが、広がっているのは本当にただの霧でしかない。
(霧か。……もしかして、ヴァンパイアの仕業だったりしないよな?)
この魔の森にあった、闇の世界樹。
それを育てていたヴァンパイアと戦いになったレイだったが、その相手は無事に倒した。
灰になった身体と魔石はミスティリングの中に収納しているので、そのヴァンパイアが何らかの手段で復活したとは思えないが、レイが倒したのとは別のヴァンパイアがやって来た可能性はある。
普通に考えて、ヴァンパイアのような高ランクモンスターがそう簡単に姿を現したりといったようなことはないのだが、何しろここは魔の森だ。
高ランクモンスターが次々と出て来てもおかしくはないし、実際にレイは二泊三日で何匹もの高ランクモンスターを倒している。
そして今はもう日も暮れかけており、ヴァンパイアが姿を現してもおかしくはない時間帯でもある。
「セト、ヴァンパイアだと思うか?」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの問いに少し考えたセトだったが、やがて首を横に振って否定する。
「ヴァンパイアじゃないと?」
「グルゥ!」
何故か自信満々に喉を鳴らすセト。
一体どのような理由でそう判断したのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもセトの能力を考えれば、恐らくはセトにしか分からないような、何らかの理由があるのだろうというのは、想像出来る。
具体的にそれが何なのかは、レイにも分からなかったが。
それでもセトがそう断言するのであれば、とレイも納得の表情を浮かべる。
……ヴァンパイアの能力が多種多様だというのは、昨夜の戦いで十分に理解している。
それだけに、この状況でヴァンパイアと戦わなくてもいいというのは、レイにとってはありがたかった。
実際には、ヴァンパイアの魔石はまだ一つしかないので、出来ればセトとデスサイズの二つ欲しいというのも、正直なところだったのだが。
しかし、今はあまり時間がない。
この魔の森の中で日付を超えてしまうと、それは昇格試験の失敗となるのだ。
だからこそ、今はヴァンパイアと戦いたくはなかった。
(とはいえば、そうなると結局この霧を生み出しているのは一体どういうモンスターなのか、ということになるんだよな。これだけ広範囲に霧を出すとなると、当然低ランクモンスターって訳じゃないだろうし)
既に周囲の霧は、数cm先も見えないくらいに濃くなっている。
レイにしてみれば、霧の中を進んでいるのではなく、ミルク色の液体の中を進んでいるかのような……そんな感触だった。
「グルルルルルルゥ!」
そうして、一体どれくらい霧の中を歩いたのか……レイもそれが分からなくなった頃、不意にセトが鋭い鳴き声を発する。
「やっとか」
セトの鳴き声を聞いたレイにとって、それが正直な感想だった。
とはいえ、このような濃霧の中では敵の姿をしっかりと確認するようなことも出来ない。
今のレイに出来るのは、デスサイズと黄昏の槍を構え、敵が攻撃してきたら即座に反撃をするといったようなことだけだった。
「ウオオオオオオオオオオオオウウウウ」
霧の中から聞こえてきたそんな声。
その声に反応するように、レイはデスサイズを振るう。
だが、その刃には全く手応えがない。
それこそ敵を斬り裂いたのではなく、霧の空間を斬り裂いただけのような……そんな感覚。
(声のしたタイミングを考えれば、命中してもおかしくはなかった。だとすれば、敵は何か妙な真似をしてるのは確実だな。……問題なのは、その何かが分からないということだろうが)
今、レイの振るったデスサイズは間違いなく攻撃するタイミングは合っていた。
であれば、もっと別の攻撃方法を考える必要がある。
(霧を斬るってのが、そもそも難しいんだよな。いや、けどそれは普通の霧の場合だ。この霧が何らかのモンスターが出した霧だとはっきりした以上、魔力が使われているのは確実だ。だとすれば、デスサイズや黄昏の槍でも霧を切断出来るか?)
そう考え、レイはデスサイズに魔力を流して振るう。
特に狙ったりといったような真似をしなくても、レイの周辺は全て霧に覆われている。
それこそ、霧の海の中にレイがいる……といった表現でもおかしくない程だ。
そんな霧だったが、デスサイズを振った瞬間、白い霧は見事に消滅する。
まるで間違った答えを消しゴムで消したかのように霧が消え、魔の森の様子を見ることが出来た。
しかし……魔の森の様子を見ることが出来たのは、それこそ一秒にも満たない間でしかない。
すぐにデスサイズによって霧が消滅した場所は、周囲の霧が広がって覆い隠してしまう。
「これは……どうにかなるにはなるけど、厄介だな」
霧が魔力によって出来ている代物であることは、今のデスサイズの攻撃ではっきりとした。
だが同時に、デスサイズの攻撃で多少霧を消滅させても意味がないということもまたはっきりしてしまった。
レイが一度に消滅させることが出来る範囲に比べ、敵が霧を回復させる速度は非常に早いのだ。
ゲームで、HP自動回復を持っている敵にその回復量よりも低いダメージしか与えられない……そんな風に、レイは思う。
とはいえ、そんなことを思いながら疑問もある。
(何でモンスターが襲ってこない? いや、さっき近付いてきたのは間違いないけど)
あの妙な鳴き声を周囲に響かせつつ、それでいて実際に敵が攻撃してくるといったようなことはない。
そのことを疑問に思うレイだったが、やはりこの霧に何かあるのか? と思う。
だが、改めて霧を調べてみても、先程と同じで特に何らかのダメージがあるようには思えない。
「セト、この霧を出してるモンスターは、何を考えてこんな霧を出していると思う? この霧には特に何かの特殊な効果がある訳じゃない。だとすれば、単純にこっちの視界を封じるだけとしか思えないんだが……」
「グルルゥ」
レイの言葉に同意するように喉を鳴らすセト。
セトの感覚でも、この霧が特に何かおかしいといったようなことはないのだ。
そんなセトを見て、レイはセトでも分からないのかと残念に思う。
(これで、実は本当に何もないのか……それとも何かあるけど、俺やセトでは認識出来ないだけなのか。これが魔の森の外なら、前者であると断言出来るんだけど)
この魔の森には、クリスタルドラゴンのようなランクSモンスターも存在している。
それだけに、レイやセトに認識出来ないような何らかの能力を霧に付与するといったような真似が出来るモンスターがいても、おかしくはない。
「セト、衝撃の魔眼を使ってくれ。標的はどこでもいい」
「グルゥ? ……グルルルゥ」
レイの指示に従い、セトは衝撃の魔眼を使用する。
威力こそ弱いものの、発動速度といった点では他の追随を許さないスキルだ。
スキルが発動し、少し離れた場所にある霧の一部が消滅する。
「衝撃の魔眼でも霧を排除出来るのか。……だとすれば、どういうスキルであっても命中すれば霧は消滅すると考えてもいいな」
衝撃の魔眼の威力は、セトやデスサイズの持つスキルの中でも一番低い。
嗅覚上昇のような、攻撃力を持たないスキルを抜きにした場合の話だが。
そんなスキルでも霧が消滅する以上、攻撃力のあるスキルならどんなスキルでも霧を消滅させることは可能なのは間違いない。
「この辺が、どうやらこのスキルの攻略の鍵になりそうだな」
そう、レイは呟いてどうするべきかを考えるのだった。