2580話
今年もまた、ライトノベル界の中でも屈指の規模の「このライトノベルがすごい!2021」が始まりました。
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締め切りは9月23日となります。
「グルルルルルゥ!」
「っと、セトか」
水を生み出す水晶と、その周辺に咲いている花という光景に目を奪われていたレイは、不意に近くから聞こえてきたセトの声で我に返った。
声のした方に視線を向けると、そこにはセトの姿がある。
それはつまり、レイはセトがここまで近付くまで全く気が付かなかったということだ。
幾ら目の前の景色が幻想的で、見続けていても飽きないような光景だからといって、セトが近付いてくることにも気が付かなかったというのは、レイの気が抜けすぎていたのは間違いない。
「悪いな、セト。ちょっとこの景色を眺めていたんだよ」
そう言いながら、レイはセトの身体を撫でて……その身体が全く濡れていないことに気が付く。
湖に潜って遊んでいたセトの身体が、だ。
「あれ? セト、お前何かスキルを使ったのか?」
「グルゥ?」
レイが何を言いたいのか分からず、疑問に喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見て、もしかして……と嫌な予感を抱いたレイは、ミスティリングから懐中時計を取り出す。
すると、懐中時計の針は午後六時をすぎていた。
「げ、マジか」
慌てて空を見るが、特に夕方になっているようには思えない。
そもそも、今は真夏なのだ。
午後六時というのは、まだ暗くなるには少し早い。
どうやら自分が予想していた以上にこの景色を眺めていたのだと理解したレイは、すぐにここを出る決意をする。
今日中に魔の森から出なければ、昇格試験は失格となってしまう。
そして川を上流に、上流にとやってきた以上、魔の森から出るのはそれなりに急ぐ必要があった。
最悪、セトに空を飛んで貰うといった方法もあったが、魔の森のモンスターの特性――相手がセトのような高ランクモンスターであっても逃げたりせず攻撃を挑んでくる――を考えると、出来ればそれは止めたい。
つまり、地道に森の中を走って移動する必要がある。
……当然、魔の森の地上にいるモンスターもセトを見つければ襲ってくるだろうが、セトの走る速度に追いつけるモンスターはそういない。
追いつけるモンスターは高ランクモンスターの可能性が高く、そういう意味では魔獣術の糧とするにはちょうどいい相手でもある。
元々、レイとセトは今夜も魔の森の中で日付け変わる直前までは粘るつもりだったのだ。
ここで休憩したことによってクリスタルドラゴンと戦った際の疲労もほぼ完全に回復しているので、そういう意味ではこれから魔の森での最後の戦いをするというのを考えると悪くない現状ではあった。
「よし、セト。じゃあそろそろ行くか。……ゴーレムに挨拶していきたいから、ここから下りるぞ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが喉を鳴らし、レイはそのまま崖から飛び降りる。
落下の途中でスレイプニルの靴を発動し、空中を数度蹴って落下速度を殺していく。
(あ、登る時も別に階段を使わないで、スレイプニルの靴を使えばよかったのか。……まぁ、それでも崖の上がどうなってるのか分からなかった以上、迂闊にスレイプニルの靴は使わない方がよかったってことにしておこう)
自分で自分を慰めるように、そう考える。
そうして地面に着地すると、こちらもまた翼を羽ばたかせながら地上に着地したセトと共に歩き出し……やがて、少し離れた場所で植物の世話をしていたゴーレムの姿に気が付く。
「ちょっといいか?」
「ピ?」
ゴーレムはレイの言葉に、特に嫌そうな様子も見せずに仕事の手を止め、視線を向けてくる。
「俺とセトはそろそろ結界から出るよ。今日中に魔の森から出ないといけないんだ」
「ピ……ピピ……」
レイの言葉に、ゴーレムはいつも通りの鳴き声を発する。
だが、その鳴き声は残念そうな、そして寂しそうなように聞こえたのは、決してレイの気のせいではないだろう。
そのことが何故か嬉しく感じたのは、やはり自分やセトと同じくゼパイル一門に通じる相手だと、そう理解している為か。
「悪いな。また機会があったら来るよ。この場所は、俺にとっても居心地のいい場所だし」
「ピ!」
レイの言葉に、ゴーレムは自分達が手入れしている場所を褒められたのが嬉しかったのか、喜びの声を上げる。
そんなゴーレムの声に、周囲で働いていた他のゴーレムもそれぞれ集まってきた。
そしてゴーレム同士で何らかのやり取りをすると、やがてレイとセトが帰るということを他のゴーレムも理解したのだろう。
残念そうにしながらも、レイとセトを無事見送る用意をする。
そんなゴーレム達に見送られながら、レイとセトは結界の外……自分達が入ってきた場所に向かう。
(また、この場所にはやって来たいな。出来ればエレーナ達も連れてくることが出来ればいいんだけど……入れるかどうか、微妙なんだよな)
レイとセトがこの結界の内部に入れたのは、恐らくはゼパイル一門の関係者であると、そう判断されたからの可能性が高い。
もしそうであった場合、もしエレーナ達をここに連れて来てもゼパイル一門とは無関係と判断して、中に入ることは出来ない可能性が高い。
ましてや、エレーナはエンシェント・ドラゴンの魔石を継承しており、ヴィヘラはアンブリスという伝説的なモンスターを吸収している。
マリーナはダークエルフだが、ただのダークエルフという訳ではなく世界樹の巫女といった存在でもある。
その辺りの事情を考えると、やはりレイ達しか内部に入れない可能性があった。
「まぁ、それはここだけじゃなくて隠れ家もそうだけどな」
「グルゥ?」
レイの呟きに、セトはどうしたの? と喉を鳴らす。
そんなセトに、レイは何でもないと首を横に振り、結界の外に向かう。
結界の境界線にやってくると、レイは最後に背後に視線を向ける。
レイの視線の先では、ゴーレム達が見送るように立ち並んでいた。
そんなゴーレム達に、レイはまた来るという意味を込めて手を振る。
セトもまた、残念そうに喉を鳴らし……一人と一匹は結界から外に出た。
「随分とあっさりしてるよな。……下手に抵抗感とかあるよりはいいけど。さて、それよりセト。時間もあまりないし、魔の森から出るのを少し急ぐぞ。最後の最後、魔の森の外側近くまで到着したら、モンスターを倒したりして、日付が変わる前には空を飛んで魔の森から出るのもいいかもしれないな」
最後の最後まで魔の森でモンスターと戦い、そして日付が変わるよりも前に空を飛び、夜の魔の森を飛んでいるモンスターを引き寄せて魔の森から脱出する。
そのような真似をすれば、魔の森のモンスターを引き連れて魔の森から離れるといった真似が出来る。
勿論、そのような真似が出来るのは、レイとセトという高い戦闘力を持っている者達だからこそだろう。
その辺の冒険者が同じような真似をすれば、死ぬ可能性が高い。
「グルルルルルゥ」
レイの言葉に、やる気を見せるセト。
そんなセトと共に道を進み始め、二十分程が経過したところで、不意にセトが周囲の様子を探るように唸り始める。
どうやらそれなりの強敵が姿を現したのだろうと判断したレイは、セトの背から下りて周囲の様子を警戒するが……どこにも敵の姿はない。
(どうなっている? セトが気配の察知を失敗するとは思えないんだが)
そんな疑問を抱いたレイだったが、ふと足に違和感がある。
何だ? と視線を向ければ、地中から生えた黒い糸状のものがレイの足に絡みついており……
「魚か!」
その細い何かを見た瞬間、敵の正体を察知する。
川沿いを歩いている時、ヤドカリの希少種を奪っていった相手。
それは、身体中から髪の毛の生えた、不気味な巨大な魚。
身体から生えているのが触手だとすれば、今までレイも同じような敵を何度も見てきたので、そこまで驚くようなことはなかっただろう。
だが、この魚は違う。
身体から生えてるのが髪の毛というのが、見ている者に忌避感を抱かせるのだ。
もっとも、この魚の魔石でセトが地中潜行という使い勝手のいいスキルを習得したのだから、レイにとっては決して悪い相手ではないのだが……それでもやはり、どうしても見た目の不気味さというのは、忌避感を抱くに十分だった。
「お前の倒し方は、もう分かってるんだよ!」
髪の毛に巻き付いた相手を地中に引きずり込むといった能力を持つ魚だったが、引き寄せる為には当然のように相手に接触しなければならない。
そしてこうして足に巻き付けるといったような真似をした場合、その髪の毛を引っ張ることで地中にいる魚を引きずり出すことが出来るのは前回の遭遇の時に十分理解していた。
「グルルルゥ!」
レイの様子を見て、セトもまた近付いてくるとレイから少し離れた場所をクチバシで咥えて引っ張る。
レイとセトという尋常ならざる力を持つ者達に引っ張られ、当然のことながら地中を水のように使える魚も力負けをして次第に地上に向かって引っ張り上げられてくる。
そして……やがて限界が来たのだろう。
まるで一本釣りでもしてるのかのように、地中から巨大な魚が姿を現す。
身体中から髪の毛が生えているというのは、結界の中に入る前に遭遇して戦った相手と変わらない。
しかし、身体の大きさは以前戦った魚よりも大きい。
(三割……五割増しといったところか)
空中に浮かんでいる魚を見つつ、デスサイズと黄昏の槍を構えながら、レイはそんなことを考える。
一度こうして空中に上げてしまえば、後は落下してきたところをデスサイズか黄昏の槍で攻撃をすればいいだけだ。
そう思っていたのだが、空中に浮かんだ魚はこのまま落下していけば間違いなく自分が死ぬと理解したのだろう。
「ギュピィッ!」
そんな鳴き声を上げながら、髪の毛を伸ばして近くにある木の枝に巻き付け……
「って、させると思うか!」
そうして木に巻き付けた髪の毛でレイの攻撃範囲から回避しようとした魚だったが、髪の毛を木の枝に巻き付けたところで、レイはデスサイズによる攻撃ではなく、黄昏の槍の投擲に攻撃方法を変更する。
放たれた黄昏の槍は、必死に死の運命から逃れようとしていた魚に向かい……魚はそれでも生きるのを諦めず、髪の毛を使って防御しようとするも、レイが投擲したのは黄昏の槍だ。
これが使い捨て用の壊れかけの槍なら髪の毛でどうにか防ぐことも出来たかもしれないし、あるいは軌道を逸らして対処するような真似も出来ただろう。
だが、黄昏の槍にそのような防御が通じる筈もなく、髪の毛を貫き、そのまま魚の身体を貫き、その反動と木の枝に絡まっていた髪の毛が妙な作用をしたのか、その巨体がレイのいる方に向かって飛んでくる。
そんな魚の身体を、デスサイズを振るって切断するレイ。
【デスサイズは『地中転移斬 Lv.一』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージがレイの脳裏に響く。
「うおっ!」
「グルゥ!?」
いきなりの行動に驚くレイとセトだったが、レイは何が起きたのかを理解出来た。
自分に向かって突っ込んできた魚の身体をデスサイズで切断した時に、魔石も含めて切断したのだろう。
このようなことは、今までもなかった訳ではない。
今まで何度かあっただけに、いきなりのことで若干驚きこそすれ、それでもすぐに落ち着く。
「ふぅ。……まぁ、魔石を取り出す手間が省けたと思っておくか。セト、少し周囲の様子を見ててくれ。地中転移斬とかいうのを、試してみる。……まぁ、名前と魚の性能から大体理解出来るけどな」
「グルゥ!」
魚をミスティリングに収納しながら告げたレイの言葉に、セトは分かった! と頷いて周囲の様子を確認する。
ここが魔の森でなければ、セトもそこまで警戒する必要はないだろう。
それこそ、寝転がって目を瞑り、半分寝ながら周囲の様子を確認する……といったような真似が出来る。
だが、残念ながらここが魔の森である以上、そのような真似は出来ない。
魔の森のモンスターは、相手がセトのような高ランクモンスターであっても躊躇なく襲ってくる者達が多いのだから。
だからこそ、レイはセトにしっかりと周囲の警戒をしてもらいながら……スキルを発動する。
「地中転移斬!」
その言葉と共に、デスサイズを掬い上げるように振るう。
本来なら、デスサイズの刃が地面を切断する筈のその一撃は、だが刃が地中に潜った瞬間五m程先の場所から刃が姿を現す。
そして刃を振りきると、その刃が地中から伸びていたのは嘘であるかのように、デスサイズにきちんとついていた。
「なるほど、大体予想通りだな」
呟きながら色々と試した結果、分かったのは地中から飛び出る刃は最大五mの射程距離で、そこまでなら好きな場所に刃を出すことが出来る、という奇襲に最適なものだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.五』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.四』『多連斬 Lv.四』『氷雪斬 Lv.三』『飛針 Lv.一』『地中転移斬 Lv.一』new
地中転移斬:デスサイズの刃を地面に触れさせることで、刃を転移させて相手を攻撃出来る。転移出来る距離はレベル一で最大五m。