0258話
「失礼します、ダスカー様。ケオ様をお連れしました」
レイとダスカーの2人が補給について話していると、扉がノックされてそう声を掛けられる。
その声自体はレイも聞き覚えのあるものだった。先程、この部屋までレイを案内してくれたメイドの声だ。
「入れ」
ダスカーの声に扉が開かれ、手に大きめのお盆を持ったメイドが一礼して執務室の中へと入る。
各種お茶を飲む為の食器や、あるいは軽食として用意されたサンドイッチを片手で持ちながらも、一礼する仕草がスムーズなのはさすがに本職のメイドということなのだろう。
そしてそんなメイドの後に続いて入ってくる1人の若い男。
若い男とはいってもレイより10歳以上は年上の、20代後半で黄色に近い金髪を肩の辺りまで伸ばしたどこか軽そうな印象を与える男だ。
「ダスカー様、お呼びとのことですが」
「うむ。お前は話だけを聞いていて直接見るのは初めてだったな。こいつがレイだ。アイテムボックス持ちで今回の補給計画の要ともいえる人物だ。レイ、こいつがケオ・ニーグス。今回の補給計画を担当している」
ダスカーのその言葉に、ケオと呼ばれた男が目を大きく見開きレイへと視線を向ける。
レイもまた同様に、ケオへと視線を向ける。
だが、2人の視線の意味は全く異なっていた。
ケオは以前から会ってみたいと思いつつも、機会が無かった為に会えなかった相手に対する興味と好意。
レイは名字持ち、つまり貴族がダスカーの部下にいたこと。
(いや、中立派の中心人物を務める程の男なんだ。当然部下に貴族の1人や2人がいても当然か)
そんな風に内心で考えていると、突然ケオが顔を輝かせながらレイへと近付いてくる。
「やあやあ、君が噂のレイ君か。いや、初めましてだね。ダスカー様からも紹介があったけど、僕はケオ・ニーグス。ダスカー様旗下の騎士団で補給作業を担当しているんだ。よろしく頼むよ」
そこまで言ってレイへと向けて手を出してくるケオ。
さすがにレイにしても、ここまで友好的に接されるとは思っていなかったのか殆ど反射的に手を伸ばしてケオの手を握る。
「レイだ」
「うんうん。聞いてた通りの性格だね、よろしく頼むよ。それでここにいるってことは補給の件を受けてくれると考えてもいいんだよね?」
期待に顔を輝かせて尋ねてくるケオに、若干押されならも頷くレイ。
「ああ。元々今回の戦争には参加するつもりだったからな。そのついでという形になるが、協力させて貰おうと思っている」
「いや、助かるよ。もし君がいなかったら、移動速度をなるべく落とさないようにする為に限界まで補給物資を厳選して、さらにその量の調整も大変だっただろうから。けど、アイテムボックス持ちの君がいればもう安心だ。それで、アイテムボックスというのは容量的にどのくらいまで中に収納出来るのかな? 取り出す時の制限とかそういうのは? あるいは使用時に魔力を使うとかもあったりするの?」
勢いよく質問を続けるケオに、面食らいながらもレイは質問に答える。
「容量はどこまでっていうのは分からないな。取りあえず今まで使ってきた中で使えなくなったことは無い。制限というか、全部を纏めて取り出すような真似は出来ないな。例えば長剣を20本別々に収納した場合、出す時も1本ずつ出すことになる。ただ、何らかの入れ物に長剣20本を入れてアイテムボックスに収納した場合は、その入れ物を出すことで纏めて取り出すような裏技は可能だ。使用時に魔力の消費は無いが、アイテムボックスそのものが俺の魔力にしか反応しなくなっている為、俺にしか使えないという制限はあるな」
「……なるほど。入れ物に入れておけば纏めて取り出せるというのは便利だね。それと、レイ君以外に使えないというのはちょっと不便だけど、補給物資が丸々仕舞い込まれたアイテムボックスを他の人に使われたりする心配をしなくてもいいのは助かるかな。……もっとも、補給物資全てがそのアイテムボックスに入っているということは、逆に考えるとレイ君を殺したり、あるいはそのアイテムボックスを盗めばこっちの戦力はあっという間にガタ落ちになるというのは明らかだ。その辺の対策はどうなのかな?」
先程までの軽い口調そのままに、鋭い目付きでレイへと問いかけてくるケオ。
自分の仕事に誇りを持っているだけに、何らかの抜けがないのかを考えているのだろう。
それをケオの向ける視線で分かっただけに、レイもまたケオの質問に淀みなく答えていく。
「まず、俺を殺したりというのは難しいと思う。自慢じゃないが、これでもランクA冒険者と同等の戦闘能力は持っていると自負しているし、グリフォンのセトがいつも俺の側にいる。それとアイテムボックスを盗もうとする者には炎の洗礼があるだろうな」
以前ミスティリングへと掛けた魔法を思いだしながらそう告げるレイ。
だが、不意に何かに気が付いたように視線をケオへと向ける。
「そう言えば、今も言ったが、俺にはグリフォンのセトという従魔がいる。俺の相棒で、親友で、家族のな」
「ああ、聞いているよ。随分と可愛いらしくて、街でも有名らしいね」
「そうだ。この街では……な」
「……なるほど」
レイの言葉を聞き、思わず頷くケオ。レイが言いたいことが分かったのだろう。
アブエロの街でもそうだったように、基本的には冒険者にしろ、一般市民にしろ、兵士にしろ、騎士にしろ、ランクAモンスターのグリフォンが自分達の近くにいるのに耐えられるという者は数少ない。そういう意味ではセトを許容しているギルムの街の住民は、辺境にあるが故に特異な街だと言えるだろう。そしてそのギルムの街でさえも、レイが街に来た当初は従魔の首飾りをしているにも関わらずセトを怖がっている者がそれなりの人数いたのだ。
つまり、戦争の為に国内中から多くの者が集まってくる場所にグリフォンという存在がいたとしたら……どのような騒ぎになるのかを想像するのは難しくない。
「確かにそうだろうね。じゃあ、ダスカー様の名前でギルムの街から派遣する戦力の中にはグリフォンを従えている存在がいると前もって知らせておくというのはどうでしょうか? それなら、多少他の者達が騒いだとしても上の方から押さえることが出来ると思いますが」
言葉の途中からケオの視線を向けられて数秒程考えこんだダスカーだったが、やがて小さく頷き口を開く。
「そうだな。俺の方から主立った者達に通達をしておこう。……だが、レイ。問題はそれだけではないな?」
全てを見通している、と言わんばかりの視線にレイもまた同意する。
「はい。セトが大人しく俺の言うことに従っていると知れば、恐怖による混乱といったものは起きないでしょう。ですが、逆に俺の言葉に従うということを知った者達の中にはよからぬことを考える者も少なからず出て来るかと。……それを実行するにしろ、しないにしろ」
「だろうな。特に問題なのはうちの派閥以外だ。中立派に関しては俺自身がしっかり押さえているからいいが、貴族派の中には貴族以外を同じ人間と見ていない奴も多い。派閥の中心人物であるケレベル公爵は身分よりも実力を重視するから問題無いだろうが、貴族派を構成している者達がちょっと問題だろうな。そして国王派、か」
「……なるほど」
レイとダスカーの話を聞いていたケオは、2人が何を心配しているのかを理解する。
ランクAモンスターのグリフォン。もしそれ程高ランクのモンスターを倒すことが出来たとしたら、その体内に宿っている魔石や素材だけで信じられないような利益を生むだろうと。
実際、セトを狙ってきたアゾット商会のボルンターという存在がいただけに、レイにもその可能性を否定することは出来なかった。
(まあ、ボルンターはそのふざけた行動の罪を今頃十分に償っているだろうがな)
ボルンターへと使った、拷問用と言っても過言では無い魔法を思い出しつつ内心で呟くレイ。
「とにかく俺の名前で話を通しておけば、完全にでは無いにしろある程度の手出しは押さえられるだろう。……派閥の力関係で完全にとは言えないがな。もし誰かが手を出してきた時は……構わないから、叩きのめせ」
「……え?」
ダスカーの口から出た予想外の言葉に、思わず尋ね返すレイ。
ラルクス辺境伯という地位にあるダスカーが、余計な手出しは無用と連絡したにも関わらず手を出してくる相手なのだ。それは当然、ダスカーの影響力をもってしてもどうにも出来ない相手であるのは間違い無いだろう。それなのに、その相手を叩きのめせと言われるとは思っていなかった為だ。
「いいんですか? そうなると他の貴族達に恨みを買うことになるんじゃ。俺だけならまだどうにでも出来ると思いますが、ダスカー様まで巻き込んでしまっては……」
そんなレイの言葉に、鼻を鳴らして口元に不敵な笑みを浮かべるダスカー。
厳つい顔をしているダスカーだけに、そうして笑っているとレイの目には盗賊の親玉にしか見えなかった。
「ミレアーナ王国が一致団結してベスティア帝国を迎え撃たなきゃいけないってのに、自分の欲を満たすのを優先するような奴なんぞ、いざ戦いになったら邪魔でしかない。手柄目当てにこっちの作戦を滅茶苦茶にしたりな。なら、そんな奴を最初から前線に出さなくて済む分ミレアーナ王国にとっても悪いことじゃないさ。……ああ、けど一応これだけは言っておくが、さすがに殺すのは拙いから遠慮してくれ」
「……分かりました。ダスカー様がそう言ってくれるのなら、俺としても心配はありません。思う存分俺の力をベスティア帝国との戦争で使わせて貰います」
自分よりも勢力的に上の派閥の者達が手を出してきたら、殺さない限り好きにやってもいい。そう言われたレイは、笑みを浮かべながらダスカーへと言葉を返す。
だがその口元に浮かんでいた笑みは、ダスカーの笑みが盗賊の笑みだとするのなら獲物を見つけた肉食獣のような笑みだった。
「うーん、俺はここにいていいんですかね?」
置いてけぼりを食らったかのようにケオが呟き、その声でレイとダスカーは我に返る。
「っと、そうだったな。まずはアイテムボックスについてだ」
「あ、思い出してくれましたか。……で、レイ君。アイテムボックスの使い方について、何か有益なものがあったら教えて欲しいんだけど」
「急にそう言われてもな……」
呟き、テーブルの上にあったお茶の入ったカップを口へと運ぶレイ。そしてそのままテーブルの上に置かれているサンドイッチへと手を伸ばして、ふと思いつく。
「ケオ、ちょっと聞きたいんだが軍が移動している時の食事はどんな感じだ?」
「基本的には干し肉やチーズとか、後は焼き固めたパンとかだね」
「だろうな。俺が冒険者として活動している時も、他の冒険者はそんな具合だった。で、俺がアイテムボックスから収納しておいた料理を取り出すと、一様に驚く」
その言葉だけでレイが何を言いたのか分かったのだろう。ケオが目を見開き、同時にダスカーもまた驚愕の表情を浮かべる。
「そうか、食事か!」
「確かに軍で配られる糧食というのは栄養や味よりも、場所を取らないことを優先されている。その為、大抵が干し肉や焼き固めたパンになるんだが……アイテムボックスを使えば」
期待が籠もったダスカーの視線に、頷くレイ。
「はい。美味い料理を食えば、当然士気も上がります」
「だろうな。少なくても軍の糧食を食うよりは士気の面で大分違うだろう。温かくて美味いスープやシチューに、保存を考えないでふっくらと柔らかく焼き上げたパン。それに場所を取るから普段はあまり持って行けない酒もレイが樽ごと運んでくれるのなら……」
「いける……いけますよ、ダスカー様!」
レイとダスカーの話を聞いていたケオの顔が輝き、叫ぶようにして断言する。
「そうと決まれば、糧食に関してはすぐに料理人やパン職人達に用意するように依頼をします。さすがにこの街で作った食事なので、用意出来る分はこの街から出発する者達の分だけですが……兵士の士気を考えるのなら、出来れば全軍の食事を用意出来れば……」
「ケオ、さすがにそれは無理だ。この街だけで戦争に参加する軍勢全ての食事を用意するというのはな」
結局レイはこの指名依頼を受け、傭兵兼補給物資担当としての契約を交わすことになる。
普通の傭兵は1日の報酬が銀貨1枚なのに対し、レイは1日銀貨5枚とかなり多くの報酬を約束されるのだった。