2576話
衝撃の魔眼を確認した後、さて次はどうするかと考え……やはり、今までと同様に川の源泉を目指してレイとセトは進み始める。
レイを背中に乗せているセトは、かなり上機嫌な様子を見せていた。
それはやはり、衝撃の魔眼のレベルが上がったことが嬉しかったのだろう。
勿論他のスキルを下に見ているといった訳ではなく、単純に巨猿の魔石からは衝撃の魔眼のスキルを習得したいと、そう願っていたところで、それが無事に叶ったのが大きかったのだ。
「セト、嬉しいのはいいけど、ここは魔の森だ。何があってもいいように、しっかりと準備はしておけよ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、今回の一件で喜んでいるのは事実だが、だからといって周囲の偵察を疎かにしている訳ではない。
レイもそれは分かっていたのだろうが、それでも一応ということでセトに向かってそう言ったのだろう。
そして……歩き続けて数分が経過したところで、セトは足を止める。
「グルルゥ? ……グルルルゥ」
その鳴き声は、警戒を示すというよりは困惑したといった様子だ。
一体どういう意味だ? と疑問を感じたレイだったが、次の瞬間には川の水が跳ねて何かが飛び出す。
その様子から、もしかしてまた髪の毛の生えた魚か? と思ったのだが……空中にいたのは、細長い存在だった。
一瞬蛇か? とも思う。
海蛇というのは地球でも珍しいものではなかったし、地域によっては食用にすらされているというのを、TVか何かで見たことがある。
そもそも山育ちのレイだけに、普通の蛇が川を泳いでいる光景を見たことも、それなりにある。
そういう意味では、川に蛇がいてもおかしくはないと思ったのだが……
「いや、ウナギ?」
空中を飛んで地面に着地――というよりは落下――した存在を見て、レイは驚きと共に呟く。
日本に住んでいただけに、レイもウナギは知っている。
土用丑の日といったようなことは毎年恒例のことだったし。
とはいえ、近年はウナギも高いので基本的には輸入ウナギだったり……たまに奮発して国産ウナギを買ったりといったようなこともあった。
レイもまた、うな丼は好きな料理なので、地面に落下してジタバタしているウナギを見て笑みを浮かべる。
「モンスターかどうかは分からないけど、ウナギだけに逃す手はないよな」
そう言い、デスサイズで首を切断する。
何故ウナギが川から飛び出してきたのか、その理由はレイにも分からない。
だが、わざわざ自分から出て来てくれたのだから、ここで確保しないという選択肢はなかった。
「ただ……どうやって捌くかだよな。味付けも問題だし」
ウナギを捌くやり方は、何となく料理漫画で見た記憶がある。
だが、当然捌いたことはないし、そもそもレイはそこまで料理が得意という訳ではない。
「頭部に釘を……あ、しまった」
自分で言って、ウナギの頭部を切断したことを思い出す。
「グルルゥ?」
どうしたの? と尋ねてくるセトに、レイは何でもないといいつつ、ウナギをミスティリングに収納する。
料理をするにしても、自分では手も足も出ないことを理解したのだ。
であれば、ここは料理が上手いマリーナか、もしくはいっそギルムにいる料理人に頼むといった方法しかない。
(とはいえ、捌くのはそれでどうにかなるとしても……やっぱり問題なのは味付けだよな)
当然だが、この世界にウナギのタレなどといったものは存在しない。
そうなると、自分で一から作る必要があるのだが、レイはその作り方を知らない。
代々続く秘伝のウナギのタレ……といったようなことは聞くのだが。
だが、そのような存在があるというのは知っているが、それが具体的にどのようにして作られたのか知らなければ、意味はない。
(最悪、ウナギのゼリー寄せ……だっけ? ああいう料理にするしかないのか? いやいや、そもそもゼリーとか作れるかどうかも不明だし。それに……あ、違う。別にタレがなくても白焼きなら塩で食べられるんじゃないか? うん、やっぱりここは白焼きだな。……このウナギが俺の知ってるウナギなら、の話だけど)
ウナギの白焼きなら、ウナギのタレではなく塩を使って食べることが出来る。
そのことを嬉しく思いながら、レイは気分を切り替える。
「セト、今のウナギ……他にもいたら、出来るだけ多く確保出来ないか? 今は川から直接飛び出てきたけど、セトなら川の中にいるウナギを見つけることが出来るんじゃないか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
そうして川に近付いていくセトだったが、すぐにウナギを獲るといったような真似は出来ない。
もし本当にそこにウナギがいれば、セトもそれを見つけて獲るようなことが出来ただろう。
例えば、前足で掬い上げるようにして吹き飛ばすといったように。
だが……それは、あくまでもそこにウナギがいればの話だ。
もしウナギがいなければ、どうしたってウナギを獲るといったような真似は出来ない。
セトが川岸を動き回ってウナギがいるかどうかを探している様子を見ながら、レイはそのことに気が付く。
(そもそも、この川には何だかんだと結構な数のモンスターがいる。そうである以上、ウナギがいてもそのモンスターの餌になってしまうといった可能性も否定は出来ない訳で……多分、地球にいるウナギよりも見つけるのは大変なんだろうな)
山で育ったレイだったが、それでも川でウナギを獲ったことはない。
山の中の川だけあってかなり綺麗な川だったのだが。
あるいは、単純にその川にもウナギがいたが、レイがそれを見つけられなかっただけという可能性も否定は出来ない。
ともあれ、セトがウナギを探しているのを見ていたレイだったが、自分だけこうして何もしていないのは悪いと思ったのだろう。
レイもまた少し離れた場所ではあるが、川の側まで移動してその中を見る。
魔の森にある川……というのは、イメージ的には非常に汚い川を思い浮かべてもおかしくはない。
だが、レイの前にある川はかなり透明度が高く、綺麗な川と呼ぶに相応しい。
勿論、綺麗すぎても生き物は棲息出来ない以上。それなりの汚さというか、濁りのようなものはあるのだが。
そうして川を見ていたレイは、不意に水中から飛び出してきた何かを反射的に叩き落とす。
レイの手で地面に叩き落とされた何かは、その一撃であっさりと息絶えた。
「魚か? ……それとも、モンスターか?」
水中から自分に向かって襲い掛かってきた以上、普通の魚とは思えない。
そう判断して、体長20cm程の鮎に似た魚――ただし鋭い牙を持つ――を解体用のナイフで解体してみたのだが……
「魚か」
体内に魔石がなかったことで、モンスターではなく普通の魚であることに納得する。
「グルゥ?」
レイの様子を見て、ウナギを探していたセトはどうしたの? と近付いてきて尋ねる。
そんなセトに、レイは手にしていた魚を見せる。
「この魚が急に襲ってきてな。……それにしても、さすが魔の森だよな。まさか普通の魚でもこういう牙が生えていて、しかも地上にいる俺に襲い掛かってくるんだから」
レイはセトより小さい。
それどころか、エルジィンにおける身長の平均と比べても小さい。
だが、それでも体長二十cm程度の魚に比べれば、圧倒的なまでの大きさを持つ。
にも関わらず、この魚はレイに、向かって牙を突き立てんと襲い掛かってきたのだ。
普通に考えれば、そんな巨大な敵を相手に襲い掛かるというのは当然ながら強い勇気を必要とする。
あるいは単純に獲物を見つけたらそれがどのような相手であっても即座に食らいつくといったような習性を持っているだけ……という可能性も否定は出来なかったが。
「グルルルゥ」
気をつけてねと喉を鳴らすと、セトは再び川に向かってウナギを探しにいこうとし……
「グルルルゥ!」
不意に空を見たセトは、上空から急降下してくる敵の存在に気が付く。
基本的に川の周辺というのは、小さい石が大量に集まっているような場所が多い。
勿論普通に木々の生えている場所もあるが、レイ達が現在いる場所はそのような場所だった。
それだけに、当然ながら上空からは遮るものがないのですぐに見つけることが出来る。
魔の森に棲息するモンスター……それも空を飛ぶ類のモンスターであれば、そのような場所にいる敵を見つければ即座に襲い掛かるのは当然だろう。
そして襲うにしても、三m以上の大きさのセトではなく、そんなセトよりも小さなレイを狙うことになる。
「うおっ!」
手にした魚に意識を集中していたレイだったので、突然のセトの鳴き声に驚き、そして上空から襲い掛かってくる敵の攻撃を何とか回避する。
レイが跳び退いた場所が、上空から飛んできた敵によって浅くないクレーターを作る。
「ハーピー? いや、違う!」
上半身が女だったので、一瞬ハーピーなのかと思ったが、両腕はハーピーのような翼ではなく、コウモリのような羽となっていたのだ。
あるいは、ハーピーの上位種か希少種なのかもしれないが、ともあれ普通のハーピーではない。
また、足が鷲に近い形となっているのもハーピーと同じなのだが、その足から生えている爪はレイが知っているハーピーのものと比べても明らかに大きく、凶悪な形をしている。
そして爪の外見だけではなく威力も凶悪なのは、先程までレイのいた場所を見れば明らかだ。
「クワアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ハーピーの希少種と思しき存在は、地上にいたレイに対しての急降下が失敗したと判断したのか、口を開いて大きな声を出す。
一瞬、音波系の攻撃か? と思ったレイだったが、次の瞬間にはハーピーの口から声が消え……電撃が放たれる。
「電撃のブレスかよ!」
そう叫びながらも、デスサイズを振るうレイ。
ハーピーの口から放たれたブレスは、電撃のブレスではあったが一直線にブレスを放つのではなく、拡散させて広範囲に電撃のブレスを放つという形だった。
当然のように、拡散されたブレスというのは威力も低くなる。
もっとも、デスサイズはマジックアイテムの中でも最高位に位置するような代物だ。
集束された電撃のブレスであっても、対処するのは難しくはなかっただろうが。
「セト!」
レイの口から出た言葉は、セトが今の電撃のブレスで被害を受けていなかったのかというものと、隙を見つけたらハーピーを攻撃して欲しいという、二つの意味を持つ言葉。
「グルルルルルルゥ!」
そんなレイの言葉に、セトは王の威圧を使うことによって自分の無事と攻撃の両方を即座に行う。
クリスタルドラゴンのような規格外の存在には効果がなかったが、今回使ったのはハーピーだ。
勿論ただのハーピーではなく希少種と思しき存在だったが、それでもセトの放った王の威圧を無視出来るような力はない。
「キュイイ!?」
それでも全く動けなくなるのではなく、こうして悲鳴を上げるような真似が出来た辺り、さすが魔の森に棲息するハーピーの希少種と言うべきなのだろう。
だが……空を飛ぶ速度は明らかに遅くなった。
「なら、これでも食らえ!」
レイはその言葉と共に、未だに落下せず空を飛んでいるハーピーに向かって黄昏の槍を投擲する。
放たれたその一撃は、空気を貫きながら真っ直ぐに飛び……
「クワアアアアアアアアアアアアアアア!」
再び放たれた、電撃のブレス。
先程の拡散されたものとは違い、集束された一撃。
ハーピーも、黄昏の槍は危険だと判断したのだろう。
だが……レイの投擲した黄昏の槍は、そんな電撃のブレスを受けても一切速度も軌道も変えるようなことなく突き進み、ハーピーの胴体を貫き、それでも速度を衰えさせるようなことはないまま、あらぬ方向に飛んでいく。
それを手元に戻しつつ、レイは腹部を貫かれ……いや、半ば砕かれた状態で地面に落下してきたハーピーの様子を見つつ、今の行動を考える。
先程戦った巨猿が使った衝撃の魔眼は、投擲された黄昏の槍の軌道を、多少なりとも変えてみせた。
だが、ハーピーの放った電撃のブレスは、黄昏の槍に命中したにも関わらず軌道を変更するようなことはなかったのだ。
それはつまり、電撃のブレス……それも収束されて威力が強化されている筈のその攻撃は、複数回放たれたとはいえ、衝撃の魔眼よりも威力が低かったということを意味している。
「まぁ、それだけ巨猿が強力なモンスターだったってことなんだろうけど」
そう言いつつ、息絶えたハーピーの上半身にナイフを突き立て、心臓から魔石を取り出す。
腕が羽になっているとはいえ、外見は人間の女と変わらない。
それだけにあまりいい気分はしなかったが、魔石を確保するのは当然だろう。
そして、魔石をデスサイズとセトのどちらに使うべきか、レイは迷うのだった。