2571話
新しく覚えたペネトレイトのスキルを確認した後、レイは魚を捌いて切り身にして焼く。
モンスターの解体……というよりは、日本にいた時は川で魚を釣ったり、銛で突いたりして獲った魚を、自分で料理することもあった。
基本的にはその場で串を刺して家から持ってきた塩を振り、焚き火で焼いておにぎりと一緒に食べるといったようなことをするくらいだったが、多く獲れた時は家に持って帰ったりもした。
その時、母親の手伝いをしたので、魚をおろすといったようなことは出来た。
勿論、それはあくまでも素人が出来るといった程度でしかなく、本職の料理人だったり、魚屋の店員とかに比べれば足下にも及ばない程度の腕前でしかなかったのだが。
それでも取りあえず食べることが出来るようにはしたので、現在セトは魚が焼き上がるのを待っていた。
「グルルルルゥ、グルルルゥ、グルルルゥ」
まだかな、まだかなと、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
「そこまで喜ぶような料理じゃないと思うんだけどな。……まぁ、セトが嬉しいなら俺も問題はないけど」
そう言い、レイは焚き火を眺めながら周囲の様子を確認する。
セトも一応周囲の様子を確認してはいるのだろうが、魚が焼けるのを待っている今の状況を見れば、本当に周囲の様子を確認しているのか? と若干不安に思ったから、というのもある。
実際には、こうして待っている間もセトはしっかりと周囲の様子を確認はしているのは間違いないのだが。
「セト、魚を食べたらモンスターを探しに行くぞ。……本当にモンスターを探すつもりなら、クリスタルドラゴンと戦った場所に戻ればいいんだけど、それはちょっとな」
現在は遠く離れたその場所では、モンスター同士が激しく争っている筈だった。
レイとセトがクリスタルドラゴンとの戦いにおいて回収出来なかった血、もしくは肉片の類も間違いなく落ちているだろう。
であれば、それを求めて多数のモンスターが集まっており、自分がクリスタルドラゴンの血肉を得る為に他のモンスターを攻撃しているのは間違いない。
また、それだけではなく、それだけのモンスターが集まっているのを知った他のモンスターは、クリスタルドラゴンの血肉ではなく争っているモンスター達を目当てに集まってきてもおかしくはない。
そんな風に多数のモンスターの乱闘……バトルロイヤルの中に突っ込みたいとは、レイも思わない。
特にここは魔の森である以上、そこに集まっているモンスター達も軒並み高ランクモンスターだと思ってもいい。
低ランクモンスター程度なら、高ランクモンスターが集まるような場所には自分から近付いたりはしないだろう。
そうこうしているうちに魚が焼けたので、レイはセトと一緒に食べる。
「これは……ホッケに近い味だな。脂も結構あるし。けど、川の魚でホッケ? いやまぁ、モンスターだという時点で深く考えるのは間違いなんだろうが。というか、脂が滴り落ちたりしないのに、身には十分に脂がのってるって時点でおかしいし」
そもそも、この魚は空を飛んでいたのだ。
それもトビウオのようにヒレを使って飛ぶのではなく、身体から生えた翼を使って。
その翼は、取りあえず何らかの素材になりそうだったので現在ミスティリングの中に収納されているが、もし素材にならない場合は焼いて食べれば手羽先のような感じになるのではないかと、そうレイは考えている。
レイも日本にいる時はホッケは好きな魚だった。
そんな訳で魚を美味しく食べ終わると、レイとセトは休憩も十分なので再び魔の森の探索を開始する。
魔の森の奥ではなく、現在いる場所の周辺を適当に見て回るということになった。
今いるのは川なので、この周辺なら他の場所とは違うモンスターがいるかもしれないと、そう思った為だ。
実際、羽の生えた魚などという未知のモンスターが存在したというのも、この場合は大きい。
「出来れば、この魚はもう何匹か倒したいよな。……食材的な意味で」
思った以上に美味かった為か、レイはそう告げる。
セトもまた、レイの意見には同意なのか喉を鳴らす。
それだけ、羽の生えた魚は美味かったのだ。
今回はシンプルに串焼きにして食べたが、あれだけ美味い身であれば、手間暇を掛けた料理をすれば、一体どれだけ美味くなるか。
(あ、でも最高級の和牛とかって、手間暇を掛けて料理するよりも、シンプルに塩胡椒で味付けして食べた方が美味いって何かで見たな。そうすると、もしかしたらこの魚もこうしてシンプルに食べた方が美味いのか?)
何となくそんな風に思いながらも、レイは食事を終えると出発の準備を整えるのだった。
「歩きにくくないか?」
「グルゥ!」
川を遡るように移動を始めたレイとセトだったが、レイは当然のようにセトの背に乗っていた。
そうして尋ねたのが、川の周囲には小さな石が多数転がっていたり、もしくは木々が倒れていたり、草木が生えていたりと……かなり歩きにくそうに思えたからだろう。
中にはモンスターか動物かは分からないが、骨が転がっていたりもする。
レイはセトの背に乗っているので、移動するのに困るといったようなことはないが、セトの場合はきちんと地面を歩いているのだから、歩きにくいのではないかと思ってしまうのも当然だろう。
ましてや、セトの身体は体長三mを超えており、そういう意味では森の中を歩くのには決して向いていない。
「この昇格試験が終わったら、クリスタルドラゴンの肉を……」
食べよう。
そう言い掛けたレイだったが、改めて考えるとクリスタルドラゴンは食べられるのかといった疑問が浮かんでくる。
クリスタルドラゴンは、その名の通り身体がクリスタルで構成されている。
身体そのものが装甲といった感じになっており、そういう意味では食べられる場所があるかどうかは微妙なところだ。
「一応、生き物である以上、食べられるとは思うんだが……」
結局そう言葉を続けるレイだったが、レイとしてはクリスタルドラゴンを食べられるかどうかは、やはり微妙という気持ちの方が強い。
とはいえ、クリスタルドラゴンはランクSモンスターだ。
もし食べることが出来ないとしても、素材の部分で捨てるような場所があるとは思えない。
(そう考えると、今更だけど深炎を使ったのは不味かったかもしれないな)
セトと同じスキルだが、威力は比べものにならない程に圧倒的なクリスタルブレス。
それを使われそうになったのを封じるには、深炎を使うのが一番手っ取り早く確実だったのは事実。
結果として、体内で深炎により生み出された炎の為にクリスタルドラゴンは自由に動けなくなり、そのおかげでレイは勝てたのだ。
もし深炎を使って敵の動きを封じるといったような真似をしていなかった場合、あのような結果となったのかどうかは分からない。
少なくても、もし勝ったとしてももっと苦戦していた可能性が高いだろう。
そういう意味で、深炎を使ったのは間違いではなかったとレイは判断している。
……寧ろ、体内を燃やされ続けていながら、それでもあれだけの戦いが出来た辺り、さすがランクSモンスターといったところか。
ただし、そのおかげで内臓の多くは焼かれている筈であり、素材として使い物になるのかどうかは微妙だが。
(ランクSモンスターなんだし、痛みは感じていても内臓そのものは燃やされていなかった……というのに賭けるしかないだろうな。どのみち、クリスタルドラゴンに限らずランクA以上のモンスターはそれを本職にしている奴に解体して貰った方がいい)
これが低ランクのモンスター……とまではいかないが、ランクBモンスター程度であれば、レイもそれなりに解体出来る。
だが、ランクAやSモンスターともなれば、レイの未熟な解体の技量では素材を無駄にしてしまう可能性が高かった。
そのようなことになるのなら、多少は金を払ってでも解体を本職にしている者にやって貰えばいい。
幸い、ギルドではその手のサービスもやっているし、ギルドの人間であれば解体した素材をこっそり自分の物にするといったような真似も、基本的にはない。
あくまでも基本的にはの話であって、世の中にはどうしても魔が差すといったようなことはある。
ましてや、レイが解体を頼むモンスターの希少さを思えば余計にそのように思うだろう。
だが、当然ギルドもそのような希少なモンスターの解体となれば、解体をする者達だけに任せるのではなく、見張りの人員を用意する。
……ただし、現在のギルムにおけるギルドの忙しさを考えると、そこまでの人手を捻出するのは難しいだろう。
であれば、実際にモンスターを解体することになるのはギルドの仕事が一段落する冬になってからの可能性が高かった。
ギガント・タートルの解体もあるので冬は冬でギルドも忙しいのだが、それでも春から秋に掛けて増築工事をするよりは忙しくないのは間違いなかった。
「グルルルルゥ」
「おっと、来たか。……さて、次はどんなモンスターだ?」
川岸を歩いていたセトが警戒するよう喉を鳴らしたのを聞き、レイは我に返る。
そうしていつ川から敵が襲ってきてもいいように、準備を整え……だが、敵が襲ってきたのは川ではなく、川岸にある岩。
正確には、岩に擬態していたモンスターだった。
外見としては、ヤドカリに近い。
ただし、普通のヤドカリと違うのは、その身体の収まっているのが貝ではなく岩だということだろう。
勿論、それは岩のように見えるだけで、そのような形をした貝なのかもしれないが。
岩の大きさは小さい物で五十cm程、大きい物だと二m程もある個体もいる。
そんな岩から出ている姿は、レイが日本で海に行った時に見たヤドカリとあまり違いはない。
全てが同じという訳ではなく、ハサミを持つ腕が全部で四本あったり、口には鋭い牙があったり、角が生えていたり。
そして何より、レイが知っているヤドカリというのはかなり小さいのだが、このヤドカリ達は岩に擬態した貝殻の大きさを見れば分かるように、巨大な個体が多数いる。
それを確認しながらレイはセトの背の上から下りると、相手をしっかりと確認する。
ヤドカリの数は、全部で二十を超える。
今の状況でそのような数なのだから、もしかしたら今はまだ岩に擬態して隠れているヤドカリがいてもおかしくはない。
「幾らなんでも、数が多すぎるだろ。……どうやら、こいつらの縄張りに入り込んでしまったみたいだな」
「グルゥ……」
申し訳なさそうに喉を鳴らすセトだったが、レイはそれを気にするなといった様子で首を横に振る。
「もしセトが気が付かなければ、俺達はこの数のヤドカリに奇襲を受けていたんだ。それを思えば、奇襲を受ける前に相手を察知出来たんだから、褒められこそすれ、怒られるといったことはない。それに……これだけ大きなヤドカリだと、食い応えもありそうだしな」
レイの知っている小さなヤドカリなら、とてもではないが食べるような場所はないだろう。
だが、これだけ大きなヤドカリであれば、話は違ってくる。
(タラバガニだったか、ズワイガニだったか……ともあれ、美味いと言われているカニの中には、ヤドカリの仲間がいるって日本にいる時にTVで見た記憶がある。それを思えば、このヤドカリ達もこれだけ巨大なら、食べられるかもしれない)
レイは知らなかったが、日本の一部ではヤドカリを食用としている地域もある。
食用とされるヤドカリは、レイの知っているようなヤドカリではなく、かなり巨大なヤドカリだ。
それこそ、現在レイやセトの前に存在するヤドカリ並の大きさを持つヤドカリも普通に食べられていた。
当然だが、そのような巨大なヤドカリは浅瀬のような場所ではなく、水深五十m近い場所に生息しているのだが。
「カニか。……個人的にはエビの方が好きなんだけどな」
カニとエビなら、エビの方が好きなレイは少しずつ近付いてくるヤドカリを見ながら、呟く。
カニも嫌いという訳ではないのだが、レイはエビの方が好きだった。
それも甘エビのような刺身で食べるエビではなく、ブラックタイガーといったような、エビフライや茹でたり焼いたりして食べるエビが好きだった。
プリッとした食感が、レイにとっては非常に好ましい。
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトも目の前にいるモンスターは敵というよりは食材のように認識したのだろう。
嬉しそうに喉を鳴らし、ヤドカリの群れを見る。
……そんな一人と一匹の視線を向けられたヤドカリ達は、自分達が餌にしようとしていた相手から餌として見られたことに何かを感じたのか、何匹かのヤドカリは我知らず後退るのだった。