2570話
クリスタルドラゴンと戦った場所から三十分程移動した場所で、レイはセトと共に休んでいた。
当然だが、既に炎帝の紅鎧は解除されており、いざという時の為にデスサイズと黄昏の槍は持っている程度だ。
魔の森と呼ばれている場所だが、当然のように木々が生えている場所だけではなく、魔の森の中には小さな泉や川もある。
そんな川のすぐ側にある岩に寄り掛かりながら、レイは一息吐いていた。
「取りあえずここまで来れば大丈夫だろ」
レイがクリスタルドラゴンの死体の全て……切断された首、右手、尻尾を収納して離れたのだが、そうして離れてからすぐに、背後ではモンスター同士が争うような声が聞こえてきていた。
てっきりもう暫く時間的な余裕はあるだろうと思っていたレイだったが、魔の森に存在するモンスターの獰猛さを見誤っていたのだろう。
それでもここまで離れれば、その戦いに巻き込まれたりといったようなことは心配する必要がない。
普通に歩いての三十分ではなく、セトが走っての三十分なのだから、距離的には相当に離れている。
(未知のモンスターが自分達から集まってきたんだから、そういう意味では狩り時だったのかもしれないな。もっとも、とてもではないけど、今はそんな気分じゃないが)
岩に寄り掛かり、隣で寝転がって疲れを癒やしているセトを撫でながら、レイはそう思う。
これがワーム程度の敵と戦った後であれば、まだ戦える余裕はあっただろう。
だが、さすがにランクSモンスターのクリスタルドラゴンと戦った直後に、獰猛なモンスターと……それも複数を相手に、戦うのはごめんだった。
耳に聞こえてくるのは、川の流れる音、風によって周囲の木々の葉が揺れる音、そして……断末魔の声。
「魔の森だしな」
ここが魔の森でなく、もっと安全な場所にある森なら、レイも聞こえてきた断末魔に嫌そうな表情を浮かべる。
だが、自分が現在いるのが魔の森である以上、モンスター同士の争いの声が聞こえてきてもおかしくはない。
こうして戦いの後の休憩をしているのだから、出来ればそんな断末魔が聞こえてほしくはなかったのだが。
「痛っ!」
身体を動かしたレイの口から、そんな声が漏れる。
戦っている時や、ここまで逃げてくる時はそこまで痛みを感じなかったのだが、こうしてゆっくりと身体を休ませることが出来たことにより、レイは身体中が痛いことに気が付く。
その痛みが何なのか、当然レイは知っている。
クリスタルドラゴンの背中から放たれた、無数のクリスタルの破片による攻撃。
それによって受けたダメージだった。
ドラゴンローブで隠れていない場所に出来た傷は、ポーションで治療して痛みも既にない。
だが、炎帝の紅鎧の防御力を突破して、さらにドラゴンローブでも衝撃を完全に殺すことが出来ずに身体中に打撲痕が出来てしまうというのは、治療のしようがなかった。
(ポーションでも治るらしいけど、ここでドラゴンローブを脱ぐのはちょっとな。……とはいえ、いつまでもこのままって訳にはいかないし)
炎帝の紅鎧とドラゴンローブによって、大きなダメージを受けてはいない。
それでも身体中が打撲で痛いというのは、これからの行動を思えば出来るだけ早く回復しておくに越したことはなかった。
とはいえ、ここは魔の森だ。
それも川の近くということは水場でもあり、モンスターが姿を現す可能性が高い。
そう考えると、出来れば別の場所で回復した方がいいのでは? と思わないでもなかったが、今の状況を考えれば少しでも早く回復した方がいいのも間違いのない事実。
「セト、もう動けるか?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは少し疲れた様子を見せながらも、立ち上がる。
クリスタルドラゴンとの戦いでは、セトもまたレイと同じ攻撃によって身体中に傷を負った。
その傷はレイがポーションを使って回復させたものの、それでもあれだけの戦いの後だけに、セトも思い切り疲れたのは間違いのない事実だった。
それでもレイの言葉を聞けば、すぐにでも動く必要があると判断したのだろう。
「悪いな。俺はポーションを使って打撲を回復してくる。ドラゴンローブを脱がないといけないから、周囲の様子を確認しててくれ」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らして了承する。
セトにとっても、レイの治療は必要だと理解していたからだろう。
そんなセトにレイは感謝して頭を撫でると、その場から移動して周囲から見えない場所に向かう。
別にエレーナ達がいる訳ではない以上、ドラゴンローブを脱ぐのに隠れる必要はないのだが、これは別に羞恥といった感情からくるものではない。
レイにとって最大の防具であるドラゴンローブを脱ぐのだから、それをモンスターに見つからないようにする為だった。
セトが周囲を警戒しているとはいえ、念には念をといったところだ。
そうして回復を終了すると、身体の痛みは消え去る。
これが低品質のポーションであれば、斬り傷の類は回復しても打撲の類を回復するといったような真似は難しい。
全く効果がない訳ではないが、元々ポーションは斬り傷の類の回復の方が得意なのだから。
それがこうしてレイの身体中にあった打撲を回復することが出来たのは、それだけレイの使ったポーションが高品質だったことの証だろう。
そうして、もう身体中に痛い場所はないことを確認すると、レイは準備を整えてからセトに近付いていく。
「セト、ありがとな。俺はもう大丈夫だ。……こうして見る限りだと、モンスターは来なかったらしいな」
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
それはモンスターが来なかったことを喜んで……ではなく、レイの怪我が治ったと判断したからだろう。
「さて、そうなると……これからどうするかだな」
「グルルゥ」
同意するようにセトも鳴く。
本来の予定であれば、日中に魔の森の奥まで向かって多くのモンスターを倒すつもりだった。
だが、まさかワームの臭いに惹かれてクリスタルドラゴンが現れるというのは、レイやセトにとっても完全に予想外であり、レイが当初予定していた行動は完全に狂ってしまう。
クリスタルドラゴンとの戦闘は、かなり厳しかった。
ドラゴニアスの女王と戦った時に比べれば、魔力的にはまだかなりの余裕がある。
だが、それでもクリスタルドラゴンとの戦いでは精神的にかなり消耗していた。
ヴァンパイアと戦った時もかなり消耗したのだが、先程戦ったクリスタルドラゴンは明らかにヴァンパイアよりも格上の存在である以上、消耗するのは当然だろう。
「というか、まだ魔の森の奥に入ったばかりといった感じだったんだけど、そこでクリスタルドラゴンに遭遇したんだよな。それを考えれば、もっと奥の方にはクリスタルドラゴンよりも強いモンスターがいるとか? ……出来れば、クリスタルドラゴンが偶然こっちの方に近付いてきていたとか、そういうことだといいんだけど」
もしクリスタルドラゴンが、魔の森の中では実はそこまで強くないモンスターだった……などということになったら、それはレイにとって洒落にならない。
魔石的には美味しいのだが、だからといって今の時点でそんな場所に行くような余裕はない。
あるいは、現在レイ達がいるのが昇格試験でなければ、隠れ家でゆっくりと休んでから魔の森の奥に向かうといったような真似も出来ただろう。
だが、レイとセトは今夜日付が変わる前には、この魔の森を出る必要があった。
そうである以上、今から再び魔の森の奥に向かってクリスタルドラゴンと同格の……あるいはもっと強いモンスターと戦うのは、全力で拒否したい。
「とはいえ、今のうちに魔の森から出るというのもちょっと勿体ないんだよな」
昇格試験だけで考えれば、既に今日は三日目だ。
そうである以上、今この状況でセトに乗って魔の森から出るという選択肢もあるのだが……レイにしてみれば、それは勿体ないと感じてしまう。
何しろ、ここは基本的に自由に来ることが出来ない魔の森なのだから。
そうである以上、次にいつレイとセトがこの魔の森に来られるのかは分からない。
だからこそ、今のうちに魔の森に棲息するモンスターを出来るだけ多く倒しておきたいのだ。
……もっとも、魔の森には近付くのが許可されてないことになってはいるが、別に結界の類が張られている訳でもない。
決まりを破って勝手に魔の森に入ろうと思えば、そう難しくはないのだ。
ただし、当然だがそのようなことを行った者の大半は、魔の森に棲息するモンスターの餌になるだろうが。
ダスカーやギルドとしても、近付いてはいけないと言ってる場所にわざわざ自分から向かうような者達である以上、そのままギルムにいても騒動を引き起こす可能性が高いので、死んで貰った方がいいという考えなのだろう。
もし万が一にも魔の森で生き延びることが出来た場合は、腕利きの冒険者であると確認出来るのだから、ギルムにとって有益な人材となる。
そういう意味では、もうこの魔の森のある場所をしっかりと覚えたレイやセトは、この魔の森に再度やって来ることは難しくないだろう。
(うん、そうだな。次は俺達だけじゃなくて、エレーナ達も連れてくるか。特にヴィヘラなんかは、魔の森のモンスターと戦えるとなれば、間違いなく喜ぶだろうし。とはいえ、その時は泊まる場所をどうするかだな)
レイの仲間達の中には、レイやセトがどのような存在なのかを知らない者もいる。
そのような者達がいるとなると、隠れ家を使う訳にもいかないだろう。
……そもそも、エレーナ達が隠れ家の結界を通ることが出来るかどうかというのも、今のところ不明だったが。
もし無理だった場合は野営をするしかないのだが、レイとしては出来れば魔の森の中で野営をするというのは勘弁して欲しい。
これが普通の森なら、問題もないのだが……
「グルルゥ!」
と、川の流れる音を聞きながら考えごとをしていたレイは、セトの警戒を促す声で我に返る。
デスサイズと黄昏の槍を手にして周囲を警戒すると……水の中に何かがいるのに気が付く。
「モンスター……なのはいいとして、一体どういうモンスターだ?」
「グルルルゥ」
水中に何かがいるというのは見えるのだが、水の流れによってしっかりとその姿を確認するといったことが出来ない。
それでも攻撃してきたら反撃するように準備をしていると……やがて、水面が爆発する。
いや、正確には水中から何かが飛び出して、その衝撃で水面が爆発したように見えたのだろう。
そうして飛び出してきたのは、魚。
当然だがただの魚ではなく、翼を持つ魚だ。
口から生えている鋭い牙は、相手を噛み砕くには十分な威力を持っているのは間違いない。
「これが本当のトビウオってか!?」
叫びながらも、レイは素早くその場から跳び退く。
魚の大きさは全長一m程。
川の深さは気にしていなかったレイだったが、このような魚が潜んでいたことを考えると、相応の深さがあったのだろう。
「けどな!」
跳び退き、地面に足を触れさせた瞬間、一気に前に出る。
翼を持つ魚の飛行速度は速い。
それ以外にも、水中からいきなり飛び出してくるといったような真似をするので、相手の意表を突くにも十分だ。
だが……言ってみれば、それだけでしかない。
つい先程までクリスタルドラゴンと戦っていたレイにしてみれば、空を飛ぶ魚の速度は十分に見ることが出来たし、それに対応することも出来た。
寧ろ、魚の行動は遅いとすら言えた。
斬っ!
デスサイズの一振りによって、魚は胴体を上下真っ二つに切断されて地面に落ちる。
「こんな状況で出て来るんだから、てっきりもっと強力なモンスターかと思ってたんだけどな。……まぁ、未知のモンスターだし、魔石を手に入れることが出来ただけいいか」
レイにしてみれば、この程度の敵は相手にもならない。
ランクC程度と、魔の森の外であれば相応の実力を持ったモンスターではあるのだが。
「グルルルルゥ!」
魚の死体を見て、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
基本的に肉が好きなセトだったが、当然ながら魚も嫌いではない。
そうである以上、食事で魚を食べることが出来るといったことが嬉しかったのだろう。
「取りあえず、魔石だな。……セト、どうする?」
「グルゥ? グルルルルゥ」
自分はいいから、レイが使ってと喉を鳴らすセト。
そんなセトに、レイは感謝の言葉を口にしてから、魔石を放り投げ……デスサイズで切断する。
【デスサイズは『ペネトレイト Lv.四』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが脳裏に響くのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.四』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.四』new『多連斬 Lv.四』『氷雪斬 Lv.三』『飛針 Lv.一』
ペネトレイト:デスサイズに風を纏わせ、突きの威力を上昇させる。ただし、その効果を発揮させるには石突きの部分で攻撃しなければなららない。