2568話
クリスタルドラゴンは、モンスターの中でも頂点に位置するドラゴンの一種だ。
ランクSモンスターと区別されているモンスターの中でも、間違いなく強者と言ってもいいだろう。
それだけの強者ではあっても、当然だが内臓を鍛えるといったことは出来ない。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
腹の中で深炎が爆発し、それによって生み出された炎によって身体の内側から炙られるクリスタルドラゴンは、モンスターの頂点に立つ存在とは思えない姿を……地面の上を転げ回るといったような姿を晒していた。
そのような真似をしても、背中から生えている羽が傷ついた様子がないのは、ドラゴンの一種である以上当然なのだろう。
そうして地面を転げ回るクリスタルドラゴンによって、周囲に生えている木々は次々と折れて倒れていく。
だが、それでもクリスタルドラゴンは周囲の様子に構うことなく、自分の体内にある炎を何とかしようと暴れ回る。
「厄介だな」
レイは、予想外の……いや、予想以上の光景に呟く。
レイとしては、外側からの攻撃ではクリスタルドラゴンの装甲を斬り裂いても、再生されてしまう。
そう思ったからこそ、深炎を体内に放つといった攻撃方法だった。
また、相手がクリスタルブレスを放とうと、大きく口を開けたのも、体内を燃やすという意味では最適だった。
……唯一の難点としては、体内を燃やす以上は内臓を素材として剥ぎ取るのが難しくなるだろうということだったが、このまま倒せないよりはいい。
そう思ってのことではあったが、まさかクリスタルドラゴンがこのように地面を転げ回るといったような真似をするとは、完全に予想外だった。
横から回り込もうとしていたセトも、クリスタルドラゴンのその行動に攻撃出来ないと判断したのか、途中で足を止めて様子を見ている。
「さて、どうしたものか。今なら攻撃をしても、十分にダメージを与えられると思うんだが」
炎帝の紅鎧を使った状態で放った一撃を止めたのが竜言語魔法によるものだった場合、今こうして我を忘れて地面を転げ回っているクリスタルドラゴンは、間違いなくその効果は切れているだろう。
レイも使うので知っているが、魔法というのは集中力が必要だ。
……レイの使う魔法と竜言語魔法は、同じ魔法であっても大きく違うので、もしかしたら竜言語魔法は一度発動すれば集中しなくても効果が発揮され続けるといった可能性もあるのだが。
それでも、今のクリスタルドラゴンの様子を見れば攻撃して、その辺を確認してみたいと思うのは当然だ。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
意識を集中させる為に深呼吸し、やがてレイは炎帝の紅鎧を纏ったままで、前に出る。
このままクリスタルドラゴンが落ち着くのを待つという選択肢も存在したが、それは恐らく体内の深炎をどうにかした後での話となる。
つまり、また竜言語魔法を使ってこないとも限らないのだ。
であれば、こうしている今のうちに攻撃をした方がいい。
あるいは、今のまま攻撃しても意味はないのかもしれないが、それでも試すのと試さないのとでは大きく変わってくる。
とはいえ、自分よりも圧倒的な巨体が地面の上を転げ回っているのだ。
それを思えば、レイであっても強い圧迫感を覚える。
下手に近付いて、自分の方にクリスタルドラゴンが転がってきたら……そう思えば、緊張するなという方が無理だった。
だが、レイはそれでも歩み出す。
敵の実力を考えれば、今が絶好のチャンスなのは間違いのないことなのだから。
そんな風に考えつつ、慎重に近付いていく。
炎帝の紅鎧を使った状態であれば、一気に間合いを詰めることも可能なのだが、地面を転げ回っているクリスタルドラゴンのことを考えると、そのような真似をすれば自分にとって致命傷になる可能性もあった。
だからこそ、何かあったら即座に対応出来るようにして進んでいたのだが……
「やっぱり来たか!」
近付くのに時間が掛かるということは、当然ながら地面の上を転げ回っているクリスタルドラゴンが自分の方にやってくる可能性が高くなるということも意味している。
結果として、そんなレイの心配は見事に当たる。
素早く跳躍し、スレイプニルの靴を使って空中を蹴って上空に上がっていく。
後方に下がった場合は、クリスタルドラゴンの動きが止まらず一気に間合いを詰められる心配があったし、横に跳躍してもそれは同様だ。
勿論、上空に跳躍したところでクリスタルドラゴンの大きさを考えれば、そちらに意図せぬ追撃が行われるという可能性も十分にあり……そして、レイの予想通り、地面を転げ回るクリスタルドラゴンの尻尾がレイのいる場所に向けて振るわれる。
それはクリスタルドラゴンが意図して攻撃したという訳ではなく、暴れ回った結果として放たれた一撃だ。
だからこそレイにしてみれば意表を突かれたのだが……そのような攻撃が来る予想が出来ていた以上。対処するのは難しい話ではない。
「その尻尾は、邪魔だ!」
レイの声と共に放たれたデスサイズの一撃は、振るわれた尻尾を半ばから切断する事に成功する。
(やっぱりな)
それが、尻尾を切断したレイの正直な感想だった。
戦いの序盤でレイの攻撃は尻尾を傷付けることに成功したのだが、炎帝の紅鎧を発動した状態で振るわれたデスサイズの一撃は、何故か尻尾を傷付けることは出来なかったのだ。
レイはそれを竜言語魔法、あるいはクリスタルドラゴンの持つ何らかのスキルだろうと判断し、深炎を使ってクリスタルドラゴンの体内で爆発を起こして燃やし、竜言語魔法にしろスキルにしろ、使い続けるのは無理だろうという状態にした。
それによって、クリスタルドラゴンにダメージを与えることが出来るだろうと予想していたのだが……その予想が見事に当たった形となったのだ。
デスサイズによって切断されて飛んでいったクリスタルドラゴンの尻尾は、周囲に生えている木々をへし折りながらも動きを止め、地面に落下する。
それを横目で見ながらも、レイは再びスレイプニルの靴で空中を蹴ってより高い場所まで移動する。
それこそ、クリスタルドラゴンが手足を振り回しても命中するようなところがない場所に。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
再び周囲に響き渡るクリスタルドラゴンの悲鳴。
ただでさえ体内で深炎が生み出した炎によって内臓を燃やされているのに、尻尾を半ばから切断されるといったような真似をされたのだ。
レイは尻尾がないので、それが具体的にどのような痛みなのかは分からない。
だが、恐らくは手足を切断されたようなものだろうと、想像することは出来る。……そのような経験はしたことがないので、それもまた想像上の痛みではあったが。
体内を燃やされながら、手足を切断されるのと同等の痛みを負う。
例えクリスタルドラゴンであっても、そのような痛みに悲鳴を上げるなという方が無理だろう。
(これで装甲を切断出来ることが判明した。そうなると、下手に他の場所に攻撃するよりも首をそのまま切断してしまった方が手っ取り早い)
そう判断したレイは、地上に向かって……クリスタルドラゴンの首がある場所に向かって降下していく。
ただし、クリスタルドラゴンは今もまだ地面の上で転げ回っている。
そうである以上、落下する場所とタイミングをしっかりと調整する必要があった。
この辺りは、レイの技量もそうだが運の要素が強い。
とはいえ、スレイプニルの靴がある以上、タイミングや場所を調整することは可能だ。
その場合は落下速度による威力の追加は減ることになるものの、尻尾を切断したときのことを考えれば、今以上に威力を高めることをする必要はない。
だからこそ、レイはクリスタルドラゴンの首を切断するべく、地上に向かった降下していったのだが……ある程度の高度まで下がったところで、不意にクリスタルドラゴンの動きが止まる。
(何だ?)
それを不審に思うレイ。
何故なら、レイの丁度真下……このまま落下すれば、首を切断出来る位置でクリスタルドラゴンの動きが止まったのだ。
自分にとって都合がよすぎる以上、レイに疑問を抱くなという方が無理だろう。
「マジックシールド!」
そんな様子を見て咄嗟にマジックシールドを展開するレイ。
それは、レイがこれまで積んできた経験によるものだろう。
次の瞬間、そのレイの予想が正しかったことは証明される。
クリスタルドラゴンは、首の後ろをレイに向けたうつ伏せの状態で動きを止めていた。
うつ伏せということは、当然のように首だけはなく背中もレイに向けていることであり……不意にその背中が爆発したかのような衝撃と共に背中から多数のクリスタルが射出されたのだ。
その大きさは一個ずつ違い、小石程の大きさの物もあれば、盾のような巨大な物もある。
唯一の共通点は、それら全てが一斉に上に……つまり、レイに向かって射出されたことだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
マジックシールドは、どのような攻撃であろうと防げる絶対防御とも呼べる能力を持つ盾だ。
実際にはレイが想像した以上に強力な一撃であれば防げないかもしれないが、今のところマジックシールドで防げなかった攻撃は存在しない。
だが……その絶対防御は、あくまでも一撃に対するものでしかない。
光の盾はその一撃を防ぐとそのまま消えてしまう。
そういう意味では、今回クリスタルドラゴンが放った一撃は、マジックシールドを破るという上では最上のものだった。
クリスタルドラゴンの背中から放たれた無数のクリスタルの破片による攻撃は、最初の一撃を防ぐことすら出来たものの、それを防ぐと消えていく。
そして残ったのは、無防備に空中に浮かんでいるレイ。
幸いにして、そのクリスタルの破片は広範囲に連続して放つ一撃ではあるが、一撃一撃の威力そのものはそこまで強くはない。
少なくても、ゼパイル一門の錬金術師エスタ・ノールがドラゴンの革と鱗を使って作ったドラゴンローブを貫くといったようなことは出来なかったが……それでも、ドラゴンローブはレイの身体全体を覆っている訳ではない。
同時に、ドラゴンローブはクリスタルの破片に斬り裂かれたり貫かれたりといったようなことはなかったが、ドラゴンローブにぶつかった衝撃までは完全に殺すことが出来ず、ドラゴンローブに覆われたレイの身体は小さな拳で無数に殴られたかのような衝撃を受ける。
だが、それはまだ幸運だった。
ドラゴンローブに覆われている場所だからこそ、その程度ですんでいるのだから。
しかし、ドラゴンローブに覆われていない場所は、多数のクリスタルの破片により、斬り裂かれ、貫かれ、叩き付けられ血が噴き出していた。
マジックシールドを発動しながら、ドラゴンローブのフードを被っていたので頭部こそ無事だったが、それ以外の場所はそれなりに深い傷を負っている。
それでも骨折までしていないのは、運もあるがレイの身体がゼパイル一門の技術によって作られたものだから、というのが大きいのだろう。
それ以上に、炎帝の紅鎧の魔力によってクリスタルの威力が減じていたというのも大きいだろうが。
「グルルルルルルルルルルゥ!」
クリスタルの破片を正面から受けたレイに向かい、セトは翼を羽ばたかせながら突っ込んでいく。
当然、地上から放たれるクリスタルの破片の雨……いや、嵐といった場所に突っ込めば、セトもダメージを負う。
セトもランクS相当のモンスターだ。
その身体を覆っている体毛や羽毛は、外見とは違ってかなりの防御力を持つ。
低ランク冒険者程度の攻撃では、体毛を切断するといったようなことも出来ないだろう。
だが、それはあくまでも相手が低ランク冒険者ならばの話だ。
現在レイ達が戦っているのは、ランクS相当……ではなく、ランクSモンスターのクリスタルドラゴンだ。
放たれたクリスタルの欠片は、下からセトの身体を斬り刻んでいく。
しかし、セトはそんな自分の傷を気にした様子もなく、身体中が血塗れになりながらも、レイをクチバシで咥えてクリスタルの破片の嵐の中を突破する。
そうしてクリスタルドラゴンから十分に離れた場所まで飛ぶと、何とか地面に着地する。
「ぐ……セト!」
クチバシから落ちた衝撃で現在の自分の状況に気が付いたレイは、ミスティリングの中からポーションを取りだしてセトに振りかける。
「痛っ! ……くそっ!」
手にも多数の斬り傷が付いており、その鋭い痛みに眉を顰めつつも、レイはセトにポーションを使うのだった。