2565話
最初、クリスタルドラゴンは何が起こったのか分からなかった。
自分の好物であるワームの臭いに惹かれてここまでやってきたところ、地面にはワームの頭部があった。
クリスタルドラゴンにとって、ワームというのは大好物と言ってもいい。
生きるのに必要な食べ物といった訳ではなく、純粋な嗜好品という扱いだ。
その嗜好品を見つけたのだから、そちらに集中するのは当然だろう。
勿論、クリスタルドラゴンは近くにレイとセトがいたということに気が付いてはいた。
だが、自分にとって脅威ではなく、何より自分にこのワームの頭部を献上したということで、わざわざ殺そうとも思わない。
正確には、レイやセトを殺して食うにしても、ワームを食べた後では非常に味気ないといったように思えてしまったのだ。
また、小さい相手を殺すのも面倒だと無視していたのだが……そんな中で、不意にクリスタルドラゴンは激痛を感じる。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
それは痛みに呻く悲鳴というよりは、自分に痛みを与えた存在がいることが許せないと、そのように思わせる咆吼。
その辺のモンスターが聞けば、セトの使う王の威圧よりも更に強力な効果を発揮しただろう。
そんな強力な咆吼ではあったのだが、レイはそれに耐えた。
クリスタルドラゴンという、ランクSモンスターに挑むと、そう決めていたのだ。
そうである以上、攻撃した時点で何らかの反応があるというのは分かっていたし、それが凶悪な攻撃である可能性も十分に予想出来た。
だからこそ、クリスタルドラゴンの咆吼を聞きながらも、レイは叫びながら次の攻撃をする。
「次だ!」
デスサイズの攻撃は、多少の抵抗はあったがそれでもクリスタルドラゴンの装甲――正確には皮膚なのだが、クリスタルで出来ている為かレイには装甲にしか思えない――を斬り裂くことが出来た。
つまり、デスサイズの攻撃は十分に通じるのだ。
そうなると、次にレイが知りたいのは、もう一つの武器……黄昏の槍の攻撃が通じるかどうかだった。
デスサイズと同じく……ただし、デスサイズ程にはレイの魔力に耐えられないので、黄昏の槍が耐えられる範囲で魔力を流し、クリスタルドラゴンの装甲に突きを放つ。
すると、強固な抵抗こそあったが、それでも穂先は完全に装甲を貫き、黄昏の槍の半ばまでがクリスタルドラゴンの身体に埋まることになる。
(硬っ!)
そう思いながらもレイは力を込めて黄昏の槍をクリスタルドラゴンの身体から引き抜く。
二度の攻撃で分かったのは、デスサイズと黄昏の槍の双方でクリスタルドラゴンにダメージを与えることは出来るが、デスサイズはともかく黄昏の槍はダメージを与えるのにかなりの力を必要とするということだ。
「ゴアアアアアアアッ!」
デスサイズの一撃だけではなく、黄昏の槍の一撃もクリスタルドラゴンにしてみれば許容出来なかったのだろう。
攻撃をしてきたレイに向かい、こちらもクリスタルで出来た尻尾を振るう。
普通のモンスターの尻尾は、鞭のような一撃が殆どだ。
それに対し、クリスタルに覆われているクリスタルドラゴンの尻尾は、それこそヌンチャク……いや、三節棍や九節棍といったようなそんな武器を想定させる。
その上、その尻尾を振るっているのは人ではなくドラゴンだ。
命中すれば、例えドラゴンローブを装備していたとしてもレイは無事ではすまないだろう。
刃のような一撃であれば、ドラゴンローブはその一撃を防ぐことは出来る。
だが、三節棍や九節棍といったような武器に似た一撃ともなれば、当然だがその一撃は斬撃ではなく、叩きつけるといったような一撃となってしまう。
ドラゴンローブを着ているレイにとって、その手の攻撃は一番厄介な攻撃だ。
「けどな!」
尻尾の軌道を先読みし、意図的に膝を崩してバランスを崩すように腰を落とし……そのまま、デスサイズを持っている方の手で地面を叩き、その反動で横に跳ぶ。
次の瞬間、真横に振るわれた筈の尻尾の一撃は、どうやってか直角に曲がるかのように地面に叩き付けられる。
もしレイがしゃがんだ状態のままであれば、間違いなく尻尾の一撃が命中していただろう。
「当たらなければ、どんな威力の攻撃も意味はないんだよ!」
地面を殴った反動で跳んで着地し、そのままデスサイズを振るう。
手の中で少しだけ柄を滑らせ、足りない間合いを詰め、尻尾に斬りつける。
そのような中途半端な攻撃だったので、クリスタルドラゴンに与えるダメージは決して大きなものではない。
それでもクリスタルドラゴンの装甲を少しでも削ることが出来たというのは、レイにとては上出来とも言える結果だったのだが……
「厄介な!」
クリスタルドラゴンから間合いを取りながら、レイは苛立たしげに叫ぶ。
そうした理由は、たった今デスサイズの刃によって傷付けられた尻尾の装甲が、回復……いや、クリスタルの装甲を思えば再生といった表現が正しいのかもしれないが、ともあれそのように傷跡がなくなっていった為だ。
厄介な。
そう思いながら、ふとレイは先程デスサイズと黄昏の槍によって付けた傷に視線を向け……疑問を感じる。
そこに残っていた傷跡は、特に回復しているような様子を見せなかった為だ。
あるいは、多少なりとも回復しているのかもしれないが、少なくても尻尾と違って外からそれを確認することは出来ない。
(どうなってるんだ? 取りあえず、闇の世界樹に比べれば明らかに再生能力が劣るというのは、俺にとっては助かったけど)
非常に高い再生能力を持っていた闇の世界樹だが、それでも何とか倒すことが出来たのは闇の世界樹が植物として埋まっており、そこから動くといったようなことがなかった為だ。
勿論、蔦を動かしたり果実を飛ばしてきたりといったような攻撃手段はあったので、決して何も動かなかったという訳ではないが、それでも埋まっている以上は自由に地上を動き回るといったことはなかった。
レイやセトにしてみれば、そのような相手だったからこそ脅威的な再生能力を持っていても倒すことが出来たのだ。
このクリスタルドラゴンのように、間違いなくランクSモンスターと断言出来るだけの存在が、闇の世界樹と呼ぶべき存在と同じだけの再生能力を持っている場合、倒すのを諦めるしかなかっただろう。
「ゴアアアアアアアアアア!」
尻尾の攻撃が外れたと理解したのか、クリスタルドラゴンはそのまま口をレイに向けて大きく開き……
「っ!? セト!」
レイは少し離れた場所にいたセトに声を掛ける。
セトはそれだけでレイ言葉の意味を理解したのか、数歩の助走の後で素早く空を飛び、レイはその背に跳び乗る。
そしてセトが空を飛んだ次の瞬間、クリスタルドラゴンの口からはブレスが放たれた。
セトの背の上から、レイはブレスの放たれた方を見る。
進行方向にあった木々は、そのブレスに触れた瞬間、まるで氷に包まれたかのようにクリスタルに包まれる。
(クリスタルブレスか。クリスタルドラゴンが放つと考えれば、分からないでもないな)
クリスタルブレスというスキルは、セトも持っている。
以前同じようにクリスタルブレスを使うモンスターを倒した魔石で入手したスキルだったが、その効果はクリスタルドラゴンが使ったのと同じだ。……その威力は圧倒的にクリスタルドラゴンの方が上だったが。
何しろ、セトのクリスタルブレスは未だにレベルが一なのだから当然だろう。
珍しいスキルというのは、当然ながら使える者は少ない。……だからこそ、珍しいスキルという扱いになる。
それだけに、珍しいスキルを習得した場合、それをレベルアップするのは難しくなる。
例えば、セトの衝撃の魔眼や魔法反射、デスサイズのマジックシールドなどは、その典型だろう。
勿論、セトの光学迷彩やデスサイズの地形操作のように、珍しいスキルでも高レベルになっているスキルはあるが。
地形操作の場合は、何故かダンジョンの核を破壊したりといったことでもレベルが上がったので、この場合中に入れるのは相応しくないが。
「って、おいおい、嘘だろ!?」
空を飛ぶセトの背の上でクリスタルブレスの効果を見ていたレイだったが、クリスタルで覆われた木々が、次の瞬間には粉々になったのだ。
その様子は、粉々ではなく粉砕といった表現の方が正しいだろう。
セトの使うクリスタルブレスは、とてもではないがあのようなことは出来ない。
あるいは、スキルが飛躍的に強化されるレベル五になれば、あのような真似も出来るのかもしれないが。
「って、やばい! セト!」
「グルルルルルゥ!」
クリスタルドラゴンは、レイとセトがクリスタルブレスの効果範囲にいないことに気が付いたのだろう。
クリスタルブレスを放ちながら大きく首を動かし、空を飛ぶセトに向かってクリスタルブレスを放とうとする。
「マジックシールド!」
レイの言葉と共に、光の盾が姿を現す。
今はセトの素早さでクリスタルブレスを回避しているが、この先にどうなるかが全く分からないからだ。
「グルルルルルゥ!」
レイがマジックシールドを使ったのを見て、セトもまた魔法反射を使い、マジックシールドと同じような……ただし、かなり小さめの光の盾を生み出す。
だが、これはセトにとっては気休めでしかないだろう。
何故なら、魔法反射というのは文字通り魔法を反射するスキルだ。
そのスキルによって反射出来るのは魔法だけで、クリスタルドラゴンの放っているブレスを反射出来るかどうかと考えれば……難しいだろう。
クリスタルに包まれて粉砕した木々を見たレイとしては、魔法反射でクリスタルブレスを反射出来るかどうかを試してみたいとは思わない。
「こっちを……向くな!」
セトの飛ぶ軌跡を追うかのように、空中に向かって放たれるクリスタルブレス。
そんなクリスタルドラゴンの頭部に向かい、レイは焦燥と苛立ち混じりに黄昏の槍を投擲する。
黄昏の槍が耐えられる限界近くまで魔力が込められたために、投擲された黄昏の槍はクリスタルドラゴンの頭部に突き刺さり、同時にその衝撃でクリスタルブレスを放つ方向を変えることに成功した。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
だが、当然だがそのような攻撃をされたクリスタルドラゴンの方は、面白い筈がない。
この魔の森の中でも頂点の一種たる自分にこのような真似をするとは、と。
そんな怒りと共に咆哮を上げる。
だが、レイもセトも既にクリスタルドラゴンの放つ咆吼については、ある程度慣れた。
その咆吼が聞こえても、行動に支障はない。
「取りあえず成功したが……それでも、砕いたり貫いたりといった真似は出来ないか」
限界まで魔力を込めたにも関わらずの結果に、クリスタルドラゴンという存在の強さを理解しながらも、黄昏の槍を手元に戻す。
急に自分の頭部に突き刺さった黄昏の槍が消えたことに気が付いたのか、クリスタルドラゴンは少し戸惑ったように周囲を見回す。
そしてレイの手に自分の頭部に突き刺さった黄昏の槍が握られているのを見ると、クリスタルドラゴンから放たれる怒気と殺気は数段増す。
「やっぱり、軽い怪我は治るけど、一定以上のダメージなら治らないのか」
そんなクリスタルドラゴンの様子を無視し、レイは相手の様子を観察する。
最初に攻撃した時の傷もそうだが、外側から見える場所は回復していなくても、内部からは回復しているといった可能性はあった。
それでも闇の世界樹が持っていた再生能力に比べると圧倒的に劣るのは間違いなく、そういう意味では戦いやすい相手なのは間違いない。
「セト、気をつけるのはやっぱりブレスだ。あのクリスタルブレスは凶悪だから、絶対に当たらないようにしないといけない。それと四肢を使った一撃と……こいつが使えるかどうかは分からないが、竜言語魔法には絶対に気をつけろ」
竜言語魔法。
その名の通り、ドラゴンだけが使う魔法だ。
……実際には、エンシェント・ドラゴンの魔石を継承したエレーナも、同じように竜言語魔法を使えるのだが。
他にもドラゴンを信仰している者達の中には竜言語魔法を使えるという者もいるのだが、生憎とレイはその手の人物には会ったことがないので、真偽は分からない。
レイとしては、宗教は聖光教だけで十分だという認識もある。
何気にレイが一番警戒しているのが、この竜言語魔法だ。
警戒する理由としては、竜言語魔法という魔法があるのは知っていても、具体的にどのような魔法なのか分からないのが大きい。
エレーナが使える幾つかの竜言語魔法の効果は知ってるが、このクリスタルドラゴンがもし竜言語魔法を使えた場合、それがエレーナと同じとは限らないのだから。
そんな風に思いながら、レイはセトと共にクリスタルドラゴンの動きを警戒するのだった。