2563話
新鮮な朝の空気が漂う中を、セトの背に乗ったレイは進む。
……実際には午前十時くらいなので、朝ではあっても早朝といった空気ではないのだが。
本来ならもう少し早めに起きるつもりだったのだが、昨夜対のオーブでエレーナと話をしていた為に、寝るのが少し遅くなってしまったのだ。
結果として起きるのも少し遅くなり、今のような時間に魔の森の中を走っていた。
(昨日も思ったけど、魔の森の中でも朝はやっぱり爽やかなんだよな。……魔の森ってのは、未知のモンスターが大量にいるから魔の森と呼ばれていた訳で、それを思えば当然なのかもしれないけど)
そんな風に思っていると、不意に空から茂みを突き破るようにして何かが突っ込んでくる。
「セト!」
そう言いながら、右手のデスサイズを振るうレイ。
襲ってきた相手は、デスサイズの一撃によってあっさりと切断される。
そして足を止めるセト。
レイは即座にセトの背から飛び降りると、周囲の様子を確認する。
襲ってきた相手は倒したが、襲ってきた相手が一匹ではない可能性があった為だ。
特に、あっさりと殺せた相手である以上、敵の能力は低い。
そして能力の低いモンスター程、集団で行動していることが多い。
……勿論、あくまでもそういう傾向があるだけで、弱いモンスターであっても集団ではなく一匹で行動している個体もいるが。
「さて、襲ってきたのはどんなモンスターだ?」
そう思いながら切断したモンスターの姿を探すと、地面には頭部が二つある鴉といった様子のモンスターが倒れていた。
身体が左右二つに分かれ、内臓が半ば地面に零れ落ちている状況だったが、その左右に別れている身体の双方にそれぞれ頭が付いているのだから、双頭の鳥だというのは明らかだ。
「とはいえ、そこまで大きい敵でもないし……本当にこの一匹だけで俺とセトに攻撃してくるつもりだったのか?」
双頭の鳥の死体を確認し、改めて周囲の様子を窺う。
だが、当然ながら周囲には他に何も存在せず、新たな敵が襲撃してくるような気配もない。
(仲間が即座に殺されたから、もう勝ち目はないと判断して逃げ出した……とかか? まぁ、それなら普通にあるかもしれないけど)
襲い掛かったのはいいものの、戦いになってから相手との間にある圧倒的な実力差に気が付いた……といったことは、あってもおかしくはない。
レイにしてみれば、どうせなら一匹だけではなくセトとデスサイズの分の二つの魔石が欲しかったので、出来ればもう一匹襲ってきて欲しかったのだが。
(いや、この敵は見るからに低ランクモンスターだ。そうなると、スキルを習得するのは難しいかもしれないな)
そんな風に思いながら、切断された断面から魔石を抜き取ると、流水の短剣で洗ってからセトに渡す。
セトはクチバシで咥えて魔石を飲み込むが……
「やっぱり駄目か」
脳裏にアナウンスメッセージが響かなかったことに、残念そうに呟く。
「グルゥ」
セトもまた、レイの言葉に同意するように喉を鳴らす。
いや、実際にはレイよりもスキルを習得出来なかったセトの方が、残念な思いを抱いてもおかしくはないだろう。
とはいえ、モンスターの魔石でスキルを習得出来ないというのは、そう珍しい話でもない。
相性であったり、実力差が開きすぎていてスキルを習得出来なかったり……理由としては、色々とあるが。
それでも、やはり未知のモンスターの魔石でスキルを習得出来ないというのは、レイやセトにとって非常に残念な思いを抱いてしまう。
「まぁ、こうしていてもしょうがない。この魔の森には、まだまだ俺やセトが知らないような未知のモンスターが大量にいるんだ。それを思えば、ここで落ち込むより新しいモンスターを倒して魔石を手に入れた方がいい。セトもそう思うだろ?」
「グルルゥ!」
レイの言葉を聞き、セトは気を取り直すように喉を鳴らす。
まだ朝なのだから、最後の一日の時間は十分にある。
そうである以上、ここで悲しんでいて無駄に時間を潰すといったような真似はしたくないと判断したのだろう。
双頭の鳥の死体をミスティリングに入れると、レイは再びセトの背に乗る。
魔石でスキルを習得出来なかったこともあり、恐らく……本当に恐らくではあるが、このモンスターの死体にはあまり意味がない。
だが、尾羽がそれなりに美しかったこともあり、もしかしたら素材や飾りようとしてそれなりに有効に使えるのではないかと、そんな風に思ったのだ。
とはいえ、レイにしてみれば何となくそういう風にしたという感じだったのだが……そうしながらも、レイはどこか安堵した様子を見せる。
(取りあえず、モンスターが出て来てくれたということは、助かったな)
昨夜、ヴァンパイアを倒してから隠れ家に戻る時、レイ達は何故か一度もモンスターに襲撃されるということはなかった。
それ自体は決して悪いものではない。
ヴァンパイアとの戦いでそれなりに消耗していたのだから、寧ろ夜ということもあって強力なモンスターに襲撃されるようなことがあれば、レイとしては困っただろう。
しかし、それでも夜の魔の森でモンスターに一度も襲撃されなかったというのは、レイにしてみれば信じられない出来事であり、ヴァンパイアを倒した影響なのかどうかは分からないが、翌日に持ち越されなくてよかった、としみじみと思う。
実際には、レイ達とヴァンパイアとの戦闘を見ていた黒蛇が、隠れ家に戻る途中のレイがモンスターに襲われないようにと気を遣った結果だったのだが……隠蔽能力に長けた黒蛇の存在は、レイやセト、そして戦っていたヴァンパイアですら、全く気が付いていなかった。
「さて、次はどんなモンスターが……っと!」
どんなモンスターが襲ってくるのかと楽しみにしていたレイだったが、魔の森の中を走っていたセトが、不意に横に移動したことによって少し戸惑う。
だが、聞こえてきた音で何故そのようなことをセトがしたのかを理解する。
本来ならセトが進む筈だった地面の中から、細長い何かが飛び出ていたからだ。
「ワーム系か。……どういう奴かは分からないけど、倒すぞ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、地面から伸びているワームに向かって突っ込んでいく。
地面から生えているようにも見えるワームは、太さは五十cm程で、長さは三m程だ。
ただし、長さに関してはあくまでも見えている部分だけなので、地面の下にどれだけの長さがあるのかは分からない。
見えている三mのうち、一m程は小さく鋭い牙が多数生えている口だ。
皮膚の表面は粘り気のある粘液が付着しており、レイとしては出来れば倒すにしても直接触って倒すのではなく遠距離攻撃で倒したいと思える外見だった。
にも関わらず、セトは真っ直ぐワームに向かって近付いていったのだ。
「あ、セト……」
反射的にそう言い掛けたレイだったが、既にセトはワームのすぐ近くまで移動していた。
ワームは目の類はないが音や空気の動き、もしくは魔力を感知する能力といったような手段でセトの存在に気が付いているのか、身体を半分に曲げて鋭い牙の生えている口をセトの方に向け、迎え撃つ様子を見せる。
レイは、てっきりあのワームはセトが近付いてきたことで勝ち目がないと判断し、逃げるのかと思った。
それだけに、その動きには驚き……だが、同時にここが魔の森である以上は当然かと思いもする。
「グルルルルルゥ!」
レイが見ている中で、セトは翼刃を発動。
翼の外側を刃状にし、そのまま噛みついてきたワームの攻撃を回避しつつ、横をすれ違い様に翼でワームの胴体を切断する。
どさり、と地面に落ちるワームの頭部。
だが、ワームは高い生命力を持っているのか、頭部をなくした状態であっても胴体は元気に動いていた。
それでも、ワームにとって唯一の攻撃手段である頭部を失ってしまった以上、出来るのはただ胴体をくねらせて暴れるだけだ。
素人が相手なら、その暴れている身体がぶつかって吹き飛ばされ、地面に頭を打って死ぬといった可能性も否定は出来なかった。
だが、ワームを攻撃したのはセトだ。
「グルルルルゥ!」
翼刃でワームの胴体を切断したセトは、すぐに急反転してから水球を発動する。
直径一m程の水球が四つセトの周囲に現れ、そのまま放たれた。
それこそ、見ているレイとしてはワームの身体に付着している粘液が汚らしいので、その水球で洗えと、そうセトが言ってるようにも思える一撃だったが……その水球は、レベル五になったことによって威力が強化され、命中すれば岩ですら砕くだけの威力を持つ。
そんな水球が四つ連続してワームに向かったのだ。
あるいは、ワームの頭部が無事なら知能か本能かは分からないが、水球を回避する為に地中に戻った可能性はある。
だが、肝心の頭部を破壊されている以上、そのような真似は出来ず……放たれた四つの水球によって、地中から出ていたワームの胴体は全てが粉砕された。
「これは、また……」
周囲に散らばっているワームの肉片を見て、レイは困ったようにそう告げる。
何故なら、肉片と体液、そして粘液からは、それぞれ種類の違う悪臭が漂っていたからだ。
どれか一つであっても、出来れば遠慮したいレベルの悪臭が三つ。
その上、悪臭の二つがそれぞれ混ざったり、中では三つが混ざったりといったようなことすらも行われ、一つの悪臭に慣れたかと思えば、全く違う悪臭が漂ってくるのだから、レイにしてみれば洒落にならない。
……いや、寧ろレイよりも嗅覚の鋭いセトの方が、そのような悪臭に嫌そうな様子を示している。
「取りあえず、このワームは頭部だけを持っていくか。胴体はちょっと触りたくないし。……いや、出来れば頭部も触りたくないんだが」
それでも、恐らくは魔石があるのは頭部……正確にはセトが翼刃で切断した部位だろうと予想出来たので、我慢しながら頭部に触れてミスティリングに収納した。
ミスティリングの内部では、このワームの頭部と他に入っている物が触れるといったようなことは、基本的にない。
つまり、臭いが移るといったようなことは起きないのだが、それでもレイにとってはあまり好ましいことでないのは事実だった。
「よし、収納完了。セト、取りあえずここから少し離れて、臭いのしない場所に到着してから魔石を取るとしよう。……とはいえ……」
それ以上は口にしないレイだったが、恐らくセトはワームの魔石を使うのを嫌がるだろうなと、そう予想した為だ。
何しろ、あのワームの魔石だ。
当然ながら、魔獣術としてセトが魔石を使うというのは、呑み込むということだ。
レイがセトの立場であっても、悪臭がするワームの魔石を呑み込みたいとは思わない。
それでも、レイに魔獣術を使えるのがセトだけしかいないのであれば、セトも我慢してワームの魔石を呑み込んだかもしれないが、レイが魔獣術で生み出した存在が、セト以外にデスサイズもある。
であれば、自分が使わなくてもデスサイズが使えばいい。
そうセトが判断するのは当然のことであり、レイとしてもそんなセトに不満を漏らすような真似は出来なかった。
そうしてレイがセトと移動を始めて十分程。
セトの走る速度を考えれば、それこそワームの臭いはとっくになくなっていたのだが、それでもセトが足を止めなかったのは、それだけワームから漂ってきた悪臭が嫌だったからだろう。
そうして十分に離れたところで、レイはセトから降りる。
当然、セトはレイが何をしようとしているのかは分かっているので、出来ればレイから距離を取りたいと思ってしまう。
しかし、それでもレイから離れるのは嫌だと、そう思い……結局レイが見える場所でそれなりに距離をとって見守ることにする。
「いや、そこまでするなら離れていても……まぁ、いいか」
何だかんだと言いながらも、レイはセトが自分を慕ってくれているのは嬉しい。
そうである以上、レイはそのままワームの頭部を取ると、解体用のナイフを取り出し、ワームの頭部を裂いていく。
すると、口のすぐ下に心臓があり、そこには予想通りに魔石が埋まっていた。
手で触るのが嫌で、そのままナイフで魔石を取り出し、流水の短剣を使って魔石を洗う。
流水の短剣の水で洗ったことも関係しているのか、魔石からはそこまで悪臭がしていなかったので、そのまま持ち上げてから放り投げ……デスサイズで切断する。
【デスサイズは『腐食 Lv.六』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが、レイとセトの脳裏に流れるのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.六』new『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.四』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.四』『氷雪斬 Lv.三』『飛針 Lv.一』
腐食:対象の金属製の装備を複数回斬り付けることにより腐食させる。レベルが上がればより少ない回数で腐食させることが可能。レベル五以上では、岩や木といった存在も腐食させる、半ば溶解に近い性質を持つ。