2560話
凶悪な殺意。
それは、先程までの貴公子のような言動とは違うが、相手がヴァンパイアである以上はある意味でこれこそが本性なのだろう。
そう判断したレイは、デスサイズと黄昏の槍を構えて口を開く。
「そうやっている方が、ヴァンパイアらしいぞ。ともあれ、ヴァンパイアであってもやっぱり不死身って訳じゃないみたいだな」
「貴様……」
レイの言葉が気にくわなかったのか、ヴァンパイアは殺気を込めた視線でレイを睨む。
ランクAモンスターが放つ殺気の籠もった視線だ。
普通の冒険者なら、その視線だけで死んでしまってもおかしくはない。
と、不意にレイを睨んでいたヴァンパイアの視線が変わる。
いや、正確には視線の質が変わるといった表現が正しい。
(何だ?)
殺気が消えた視線を向けられるレイだったが、特に何も違和感はない。
「何?」
だが、そんなレイの様子に戸惑った様子を見せたのは、ヴァンパイアも同じだった。
一瞬、もしかして自分を騙す為に何らかの行動をしているのでは? と思いもしたが、見たところでは本気で戸惑っているように思える。
「何故だ? 私の魅了の魔眼は強力だ。人間如きが防げるようなものではない」
ああ、なるほど。
ヴァンパイアの言葉に、相手が何をしてきたのかが分かった。
同時に、改めてゼパイル一門の技術で生み出された自分の身体の潜在能力に感心する。
魅了の魔眼。
これもまた、ヴァンパイアが持つ特殊能力の一つとして有名な代物だ。
だが、レイの身体はそんな魅了の魔眼に対しても強い抵抗力を持っていたのだろう。
だからこそ、そんな魅了の魔眼の効果がなかった。
「グルルルルゥ!」
「うおっ!」
ヴァンパイアの言葉から、レイに魔眼を使われたのだと理解したのか、セトはそれに対抗するように衝撃の魔眼を放つ。
使った瞬間、即座に相手にダメージを与える衝撃の魔眼は、ヴァンパイアに対してもその効果を発揮する。
ただし、使った瞬間にダメージを与えるという意味では非常に効果的な衝撃の魔眼だが、純粋な威力そのもので考えた場合は決して強力という訳ではない。
相手の不意を突くという点では、その効果は高いのだが。
しかし、ヴァンパイアにしてみれば敵の攻撃をまともに受ける時点で、面白い話ではない。
衝撃に驚きはしたものの、そんなセトの行動に苛立ちを覚えると、セトに向かって掌を向け……
「死ね」
「グルルゥ!」
そんなヴァンパイアの言葉が発せられた瞬間、セトは素早くその場から退避する。
同時に、セトの立っていた地面が半径二m程の規模で陥没する。
「セト!?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは大丈夫! と少し離れた場所で喉を鳴らす。
そんなセトの様子を見て安堵したレイは、油断なくヴァンパイアを見ながら、何をしたのかを考える。
とはいえ、何をしたのかという点では、それこそ今のヴァンパイアの行動を見ていれば想像出来る。
(衝撃の魔眼の強力バージョン……いや、違うな。超能力、いわゆるサイコキネシスって奴か?)
レイが知っている知識の中でも、ヴァンパイアがサイコキネシスを使うというのは幾つかあった。
なら、多分それだろうと思いつつも、剣と魔法のファンタジー世界で超能力を使うのはありなのか? という疑問もレイの中にはあったが。
とはいえ、サイコキネシスはレイにとっても厄介な攻撃だった。
セトの使った衝撃の魔眼とは違い、使おうと思ったらそちらに掌を向けるというワンアクションが必要なのは事実だが、その威力は地面を陥没させたのを見れば分かるように、衝撃の魔眼とは比べものにならない。
出来ればあのスキルが欲しい。
そう思うレイだったが、ヴァンパイアを倒したとして、一体どのようなスキルを入手出来るのかというのは、かなり運に左右されるだろう。
何しろ、レイの視線の先にいるヴァンパイアは様々なスキルを使っているのだから。
レイとしては、どのスキルであっても非常に有用に思えた。
とはいえ、スキルを入手する為には相手を倒して魔石を手に入れる必要がある訳で……
「俺を忘れられると、寂しいな!」
そんな叫びと共に、レイは黄昏の槍を投擲する。
放たれた黄昏の槍は、真っ直ぐヴァンパイアに向かって飛んでいき……
「お前のような危険人物を忘れる訳がないだろう!」
その叫びと共に、レイに向けた手の一部が狼へと姿を変えると、自分に向かってくる黄昏の槍に跳び掛かり、次の瞬間には黄昏の槍の一撃によってあっさりと貫かれる。
「何っ!?」
そんな黄昏の槍の威力は、ヴァンパイアにとっても予想外だったのだろう。
それでも半ば咄嗟に身体を反らして致命傷を避けたのは、さすがと言うべきなのだろうが。
(さっきから思ってたけど、戦闘能力はともかく戦闘センスそのものはそこまで高くないのか? ヴァンパイアって種族だけでもの凄い強さを持つんだから、それを考えれば今までは戦っても苦戦するようなこともなく勝ってきたのかもしれないな)
黄昏の槍の一撃がどれだけの威力があるのかというのは、これまでの短い戦いから理解出来てもおかしくはない。
だというのに、ヴァンパイアは黄昏の槍の脅威度を甘く見積もった。
勿論、ヴァンパイアが一番警戒しているのは、一目で分かる程の格を持つデスサイズだろう。
黄昏の槍も、間違いなく現在のエルジィンにおいて最高峰の性能を持つマジックアイテムなのは間違いない。
それでも、レイの持つデスサイズの方が黄昏の槍よりも明らかに格上なのだ。
……とはいえ、その辺の差を見極めるには相応の審美眼がいる。
見極める能力がない者にしてみれば、デスサイズと黄昏の槍は双方共に自分では理解出来ないような、圧倒的な武器である……ということしか分からないのだから。
そういう意味では、ヴァンパイアの持つ審美眼は本人が主張しているように確かなものがあるのだろう。
だが、そんな審美眼がデスサイズの持つ圧倒的な存在感によって、狂わされたのだろう。
あるいはレイが感じたように戦いのセンスがあれば、多少は違ったかもしれないが。
「私の顔に傷をっ! このっ!」
レイにとっては残念なことに、そしてヴァンパイアにとっては幸運――本人は顔に傷を付けられて怒っているが――なことに、黄昏の槍の一撃はヴァンパイアにとっては致命傷とはならなかった。
それでもヴァンパイアはレイのことが許せず、再び手から複数の狼を生み出してレイに襲い掛からせる。
「邪魔だ!」
叫び、デスサイズを一閃。
その一閃で、狼は纏めて斬り裂かれ、黒い霧となって消えていく。
「厄介な! だが、そう好き勝手に出来ると思うな! 邪魔だ!」
レイに向かって攻撃をしようとしたのを、セトが邪魔をする。
斜め後ろから、前足を振るう一撃。
その一撃は、当たれば岩であっても破壊出来るだけの威力を持つ。
だが、ヴァンパイアはそんなセトの一撃を片手で受け止め……そのまま、レイに向かって投擲する。
「なぁっ!?」
ヴァンパイアの行動に驚愕の声を上げたのはレイだ。
まさかヴァンパイアがこんな行動をとるとは……いや、出来るとは思ってもいなかったからだ。
セトは体長三mを超えるだけの体長を持つのに対し、ヴァンパイアの身長は百八十cm程。
とてもではないが、そんな相手がセトを放り投げるのはおかしい。
それでも吹き飛ばされたのがセトである以上、レイはそれをデスサイズで斬り捨てるといった真似は勿論、回避するといったような真似も出来ない。
「ぐうううぅ!」
レイもまた、外見からは考えられないような力を持つ。
だが、そんなレイにとっても、セトを受け止めるといったような真似は簡単ではなく……そのまま投げ飛ばされたセトと共に大きく吹き飛ばされる。
そのような状況であっても、最終的にはセトを落とすといったようなことをしなかったのは、自分がセトの相棒であると認識していた為だろう。
やがて、五m程も吹き飛ばされ、それでようやく足を止めるが……
「どこを見てるのかな?」
「があっ!」
セトを受け止めた体勢のまま、不意に背後から聞こえてきた声と共に、激しい衝撃。
それでも痛みこそあれど、レイの身体はドラゴンローブに覆われている。
ヴァンパイアが放った血のレイピアの一撃を受けても、激しい痛みはあれども、背中から貫かれるといったことはない。
「グルルルゥ!」
「邪魔な!」
自分を受け止めた為に、攻撃を受けたレイ。
そのことに気が付いたセトは、レイの後ろにいるヴァンパイアに向かって衝撃の魔眼を放つ。
威力そのものは高くないが、それでもヴァンパイアの行動を阻害するという意味での効果は十分だ。
そして……
「グルルルルルルルゥ!」
セトはレイに持たれたままで、バブルブレスを発動した。
クチバシから放たれた三cmから五cm程の無数の泡が、ヴァンパイアに向かって放たれる。
本来ならアイスアローを使ってもよかったのだが、直接的な攻撃はヴァンパイアによって防がれるような気がしたのだ。
その為に、破裂すると粘着性の液体となるバブルブレスを使う。
相手に大きなダメージを与えることは出来ないものの、その行動を阻害するという意味では十分な威力を持つ。
また、身体全体に粘着性の液体が付着するのだから、気位の高いヴァンパイアにとっては多少の嫌がらせになるだろうという思いがあったのだが……
「貴様ぁっ!」
叫び、背中を血のレイピアで突かれながらも、反撃しようとしていたレイに追撃の一撃を放つでもなく、身体を霧にしてその場から消え、少し離れた位置に姿を現す。
ヴァンパイアのそんな行動は、レイにとって完全に予想外のものだった。
まさか、向こうにとっては追撃のチャンスだったにも関わらず、粘着性の液体から逃れるような真似をするとは、思えなかったのだ。
レイにとっては、それで追撃を防げたのだから助かったのだが。
抱いていたセトを下ろし――大きさの関係で、セトの足は地面についていたのだが――て、ヴァンパイアの方を見る。
そうしている今も、背中は激しく痛む。
ドラゴンローブのお陰でその程度ですんでいるが、もしドラゴンローブがなかったら、一体どうなっていたか。
間違いなく、背中を貫かれていただろう。
そういう意味では、ドラゴンローブのありがたみがよく分かる。
(とはいえ、厄介だな。何が厄介かって、すぐに霧とかコウモリとかになって逃げ出すことだ。特に霧の場合は攻撃方法が……いや、霧か。なら短い詠唱で……)
多数のコウモリを倒せば、ヴァンパイアにもダメージがある。
であれば、霧になった状態でもその霧を攻撃すればどうなるか。
霧である以上、物理的な攻撃は通用しないだろうが、それが魔法ならどうか。
そう判断し、レイはヴァンパイアを睨む。
(それにしても、随分と久しぶりにここまでのダメージを食らったな)
背中の痛みの様子を確認しながら、そんなことを考える。
レイにしてみれば、敵の攻撃でここまで痛みを感じたのは随分と久しぶりだ。
何匹ものランクAモンスターを相手にしてきて、本来なら有り得ないことなのだが、それを可能としているのはレイは基本的に敵の攻撃を受けるのではなく、回避するからというのが大きい。
もしくは、デスサイズや黄昏の槍で敵の攻撃を防いだり。
そういう意味で、レイは基本的に敵の攻撃を受けるといったようなことはない。
だからこそ、一撃を受けるとそれなりに大きなダメージになってしまうのだが。
「ふむ、私のレイピアを食らっても問題なく動けているということは、やはりそのローブもマジックアイテムか。それも見たところかなりドラゴンの革を使っているな? いや、レイピアの感触からすると、それだけではない。鱗か?」
「お目が高いことで。ただ、それを知ったからといってお前にどうすることも出来ないけどな」
そう告げるレイだったが、その言葉は半ば強がりも入っている。
ドラゴンローブについてあっさりと見抜かれたことも驚きだが、それ以上に厄介だと感じたのは、次にヴァンパイアが攻撃してくる時は、ドラゴンローブに覆われていない場所を狙うだろうということだ。
そのような場所を攻撃された場合、それに対処出来るか。
正面からの戦いであれば、レイも対処出来ると自信を持って言うだろう。
だが、今回のようにセトを投げてその隙を突くといったような真似をされると、対処するのは難しい。
(戦闘のセンスはなくても、ヴァンパイアだけあって高い知性を持つ。……そういう意味では厄介だな)
そんな風に思いながらも、レイはヴァンパイアを霧にして、その霧を燃やすという方法での戦闘の仕方を考える。
それは、下手をすれば魔石が入手出来なくなる可能性もあったのだが……まずは、相手を倒すのが最優先だった。