2555話
燃え盛る炎は、巨大な火柱となる。
当然だろう。この広場に存在する木は巨大で、その木を覆うようにレイの放った魔法の炎が燃えているのだから。
また、当然ながら木から伸びている蔦はレイが指定した範囲で炎によって燃やされている。
蔦はあくまでも切断された場所から泡が生まれ、頭部が再生するのだ。
レイの指定した範囲の境目で蔦が切断された以上、その先端部分は生きることが出来ない。
……もっとも、木に取り込まれた頭部が生きていると表現してもいいのかどうかは微妙なところだが。
そうして境目で切断された蔦は、レイの指定した範囲内で再生されるや否や、瞬時に燃やしつくされる。
「さて、後は湖のスライムと同じようなことにならないといいんだけどな」
「グルゥ」
そう言いながらも、レイとしては同じように巨大なモンスターであっても、異世界のスライムとこの世界の木では同じように時間が掛かるとは思えない。
だが……それでもすぐに納得出来ないのは、燃えているにも関わらず、木から感じる大きな気配が全く変わっていないことだろう。
少なくても、この気配がある以上は安穏とした様子で待つことは出来ない。
(とはいえ、この状況から何が出来るのかと言えば、そうなんだけど)
レイの放つ魔法の威力は、極めて強力だ。
その魔法が発動した以上、今の状況で敵が何か行動出来るのかと言われれば……レイとしては、素直に頷くような真似は出来なかった。
敵が一体どのような行動をするのか。
それに興味がないと言えば、嘘になるのだろうが。
(さて、この状況でどう動く? 出来れば、このまま何もしないで炭になってくれれば、俺にとっては一番いいんだけどな。向こうにしてみればそんなことを許容するかどうかは別として)
燃えている木を眺めつつ、炎の中で向こうが動いたら即座に対処出来るように警戒し……そして、そんなレイの警戒が決して間違っていなかったことが、次の瞬間証明される。
「ブオオオオオオオオン」
聞こえてきたその声は、具体的には一体どこから聞こえてきたのかレイには分からない。
いや、正確には燃えている木から聞こえてきたのは間違いないのだろうが、レイが見た限りでは、あの木に声を発するような器官はない筈だった。
そして……燃えている木が見て分かる程に身体を捻る。
それは、炎に燃えているのを熱がっている……のではなく、寧ろ攻撃の前準備のように思え、次の瞬間レイの予想はまたしても命中する。
身体という表現がこの場合に相応しいのかどうか、レイには分からなかったが。
ともあれ、木は身体を捻ると、その反動を使って大きくレイとセトのいる方に一撃を放つ。
勿論、レイとセトは木の枝の届かない位置で待機していたので、本来ならそんな攻撃が届く筈がない。
だが、そのような常識を無視する辺りが、ランクAモンスターという存在だった。
「うおっ!」
木が放ったのは、燃えている鞭。
正確には、蔦をより合わせたかのような一撃。
……当然のように、その蔦は先端から様々なモンスターの顔が生えているのだが、木にしてみればそんなのは全く関係ないといったようなことなのだろう。
木の様子がおかしかったので、レイは警戒していた。
そのおかげで、向こうが攻撃をしてきた瞬間には回避することに成功する。
「セト、気をつけろ! まだ十分に戦闘能力は残っているぞ!」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かった! と頷くと同時にウィンドアローを発動し、透明に近い風の矢を二十本生み出す。
ここでセトが魔の森で威力の強化されたアイスアローを使わずにウィンドアローを使ったのは、やはり木が燃えているだからだろう。
折角木が燃えており、恐らく継続的にダメージを与えてはいる筈だ。
そうである以上、ここで氷や水系のスキルを使うのは逆効果だと、そう思えたのだろう。
他にもセトは遠距離攻撃用のスキルを幾つか覚えている。
だが、ウィンドアロー以外は軒並みレベルが低い。
……もっとも、そのウィンドアローもレベル四でしかなく、スキルが飛躍的に強化されるレベル五には達していないのだが。
そうして放たれた風の矢は、真っ直ぐに燃え続けている木に向かって突っ込んでいくが……
「グルゥ」
木に命中はしたものの、実際には効果がなかったことに残念そうに喉を鳴らすセト。
「気にするな。セトは蔦の相手を一手に引き受けてくれただろ? なら、次は俺だな」
そう言い、レイは木が再び鞭で攻撃をしてこないように注意しながら、ミスティリングの中から使い捨ての槍を取り出す。
当然だが、これは投擲する為の槍だ。
いつもなら、このような高ランクモンスターを相手にする時には、黄昏の槍を投擲する。
にも関わらず、何故今回は使い捨ての槍を使うのか。
それは単純に、現在燃えている木に槍を投擲した場合、槍の方にも相当のダメージがある為だ。
現在木を燃やしている炎は、レイの魔法によって生み出された炎。
それもかなりの魔力を込められた一撃だ。
そのような場所に槍を投擲すれば、槍がどうなるかは明らかだろう。
黄昏の槍は極めて強力な……それこそこのミレアーナ王国どころか、エルジィン全体で見ても間違いなく強力なマジックアイテムだ。
そのようなマジックアイテムではあるが、それでもレイの魔法に耐えきれるかどうかと言われれば……正直なところ、レイは素直に頷けない。
だからこそ、使い捨ての槍だ。
ようは、燃えて暴れている木にダメージを与えられれば、それでいいのだ。
そうである以上、レイとして黄昏の槍を恐る恐る投擲するといった方法ではなく、一度使えば壊れるだろう使い捨ての槍を思い切り投擲した方が、結果として相手に多くのダメージを与えられると判断する。
問題なのは、その投擲した槍が木に命中するまでにその身体を覆っている炎で燃えつきてしまわないかといったことだが、それについてはしっかりとやった方がいいと、そう判断したのだ。
「食らえ!」
その一言と共に、槍が投擲される。
穂先の欠けた槍は、真っ直ぐ木に向かって飛び……魔法の範囲内に入ると同時に、柄は燃えそうになり、穂先は溶けそうになる。
だが、レイが投擲した槍の速度は、燃えて溶けるよりも前に目標に突き刺さることに成功した。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ」
と、そんな槍の一撃が木の幹に突き刺さると、そんな鳴き声が聞こえてくる。
一見すると悲鳴のようにも聞こえるのだが、それと同時にどこか笑っているような、それどころか喜んでいるような声すらも聞こえてきた。
「何だ? ……あの木の再生能力を考えると、この程度のダメージだとそこまで意味はないと思ったんだが」
デスサイズや黄昏の槍で放った一撃でも、即座に再生するだけの馬鹿げた再生能力を持つ敵だ。
それが、黄昏の槍でも何でもない普通の槍が命中した程度でこのような反応を見せるというのは、レイには少し理解出来ない。
「グルルゥ、グルゥ、グルルルルルルゥ?」
戸惑った様子を見せるレイのドラゴンローブをクチバシで引っ張ったセトは、木を燃やしている炎を見て喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、レイはなるほどと納得する。
「デスサイズと黄昏の槍で攻撃した時と今で違うのは、木が燃えてるかどうかか。つまり、現在木の再生能力はそっちに使われていると」
燃えている木は、炎によって燃やしつくされない為に再生能力を身体全体に行き渡らせていた。
炎は常に木を燃やし続けているのだから、他の傷に再生能力を使うような余裕はないのだろう。
そのような状態で、何故喜びや笑いが含まれているような声を上げるのか、そもそも口もないのにどこから声を発しているのかといった疑問はあるのだが。
ニヤリ、と。
レイはドラゴンローブのフードを被ったまま、笑みを浮かべる。
今まではどうやって倒したらいいのか分からなかったが、燃やし続けて再生能力を使い続けている今の状況で、木を攻撃し続ければいいと判明し、これでようやく倒せるという喜びからだろう。
問題なのは、一体どれだけのダメージを与えれば木を倒すことが出来るかというところだろう。
「……いや、別に槍で攻撃する必要はないのか。結局どういう攻撃でも、炎に燃やされる前に木に命中してダメージを与えることが出来ればいいんだから。セト、空を飛ぶぞ」
「グルゥ?」
何故ここで空を? と疑問を抱くセト。
セトにしてみれば、別に空を飛ばなくても地上で槍を投擲し続ければ、やがて木も限界を迎えるのではないかと、そう思ったのだ。
しかし、レイとしては槍で少しずつダメージを与えていくよりも、一撃でより大きなダメージを与えた方がいいと判断する。
「空からなら、槍以外にも色々な武器……武器? 武器に使えそうな物が入ってる。だから、木の上空……それも結構な高度まで上がってくれ。ただ、そうなると魔の森の空を飛んでるモンスターが襲ってくるかもしれないから、注意が必要だが。……大丈夫か?」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、大丈夫! と喉を鳴らすセト。
そうして身を屈めたセトの背にデスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納したレイが乗ると、すぐにセトは空に飛び立つ。
空を駆け上がっていくセトだったが、木はかなりの巨木だ。
それこそ周辺に生えている木々とは比べ物にならないくらいに。
今までは何らかの手段によって、森の外……いや、森の中からも姿を隠していた木だったが、レイの攻撃によってその姿は周囲からしっかりと見ることが出来る。
そのおかげなのか、魔の森の上空を飛んでいるレイとセトに攻撃を仕掛けてくるモンスターは存在しなかった。
魔の森のモンスターは非常に好戦的な存在が多いのだが、それでもいきなり姿を現した巨木……それも燃えている巨木に危険を感じ、自分から近付こうとはしなかったのだろう。
レイにしてみれば助かったので、寧ろ何の問題もなかったのだが。
そうして、セトは木の上空……それも熱さがそこまでではない高度にまで到達する。
「グルルゥ?」
到着したけど、これからどうするの? といったように、セトが自分の背に乗っているレイに視線を向けて喉を鳴らす。
「ありがとな、セト。……こうする」
そう言い、レイはミスティリングから巨大な岩を取り出す。
当然ながら、そのような巨大な岩を片手で持つような真似は出来ないので、即座に地上に向かって落下していき……
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!」
落下してきた岩が木に命中し、再びの悲鳴。
それを聞きながら、レイは効果があることを確認して笑みを浮かべ、次々に岩をミスティリングから出しては地上に向かって落としていく。
その度に聞こえてくる木の悲鳴。
とはいえ、集めていた岩の数はそう多くはない。……多くはないとはいえ、それはあくまでもミスティリングを持っているレイの認識であって、実際には数十の巨岩を持っているのだが。
ともあれ、それでも木を倒すのに十分かと言われれば、素直に頷くことは出来ない。
「だから、こういうのもある訳だ」
そう言い、レイは小さな樽を燃えている木に向かって投擲し……そして、樽が炎に包まれれた瞬間、巨大な爆発音が周囲に響く。
それも一度だけではない。
続けて何度も、繰り返すように。
火炎鉱石。
レイにとっても馴染み深い魔法鉱石で、炎や強い衝撃を与えることによって爆発をするといった性質を持つ。
レイがダスカーに報酬として貰う約束をしていた代物だが、以前にも入手したことはある。
巨岩と比べても、更に数の少ない代物なのだが。
それだけに、出来ればあまり使いたくないというのがレイの正直な気持ちだったが、この木のような非常に再生能力の高いランクAモンスターを倒す為になら、ここで使っても問題はない筈だった。
そうして爆発を見ながら、レイはまだ残っていた巨岩を続けて落とす。
残り少ないが、別に岩であれば補充するのはそう難しい話ではない。
それこそ、このような使い道があるのなら、次からはもっと多くの岩をミスティリングに収納しておこうと、そう考える。
そして、岩がなくなると、次にレイが地上に向けて投擲したのは、槍。
当然のように、黄昏の槍ではなく使い捨ての槍だ。
地上にいる時よりは威力が劣るが、それでもレイの投擲する槍は次々と木に突き刺さっては、相手に大きなダメージを与えていく。
勿論、槍の一撃は岩や火炎鉱石に比べれば、圧倒的に劣る。
劣るのだが、それでも塵も積もれば山となるの言葉通り、レイは次々と槍を投擲していき……今までに買っておいた槍の大半を使い果たしたところで、ようやく木は限界を迎え……まるで伐採されたかのように倒れたのだった。