2554話
「飛斬!」
レイの言葉と共にデスサイズから飛ぶ斬撃が放たれ、それは近付いてくる蔦を先端の頭部ごと纏めて斬り裂いていく。
だが、当然だが百本近い蔦の全てに同じような攻撃をする訳にもいかず、放たれた斬撃以外の場所からレイに向かって蔦が襲ってくるが……
「邪魔だ!」
その言葉と共に、左手に持つ黄昏の槍が振るわれる。
横薙ぎにされた黄昏の槍は、穂先ではなく柄の部分でも蔦に命中し……そのまま、レイの力で強引に蔦を引き千切る。
「グルルルルルルゥ!」
レイから少し離れた場所では、セトが大きく息を吸い……次の瞬間、そのクチバシからはアシッドブレスが放たれた。
まだレベル一でそこまでの威力はないのだが、それでも植物を溶かす程度の威力はある。
そして蔦は、再生能力はともかく、防御力そのものは決して高くはない。
結果として、放たれたアシッドブレスによって多数の蔦が溶けて使えなくなる。
勿論、このまま時間が経過すればそう遠くないうちにまた再生するのだろう。
そういう意味では、アシッドブレスもそこまで大きな意味を持たない。
持たないのだが、今のこの状況では十分な意味を持つ。
レイは大半の蔦が一気に溶けたのを横目に、木に向かって走る。
幾ら蔦が即座に再生する能力を持っているとはいえ、それはあくまでも木によって与えられている能力でしかない。
であれば、蔦を攻撃するよりも木を攻撃した方がいいのは間違いがない事実だった。
とはいえ、話はそう簡単なものではない。
この広場に近付いてきた時から感じていた、圧倒的な気配。
その気配は、この蔦ではなく木から感じているのだから。
蔦だけであれば、数こそ多いものの、その脆さと噛みつき程度しか攻撃力がないという点で容易に倒せる相手だ。
そうである以上、圧倒的な気配を感じさせる木をどうにかしないことには、この戦いは意味がない。
そんなレイの存在に気が付いたのだろう。
アシッドブレスを免れた蔦が、レイの邪魔をしようと首を伸ばしてくる。
百本近い蔦が一斉に動き回っているにも関わらず、蔦同士が絡まないのは何でだ?
一瞬そんな馬鹿な考えを思い浮かべるレイだったが、そんな考えをしながらでもレイは木との間合いを詰めていく。
「グルルルルルゥ!」
セトの声と共にウィンドアローのスキルが発動して放たれた風の矢が、レイの行動を阻止しようとした蔦を次々と斬り裂いていく。
また、レイの進行方向から外れた蔦達は、レイの速度についていくことが出来ずに完全に出遅れ、そしてレイは木との距離を急速に詰めていく。
もう少しでデスサイズの攻撃の間合いになる。
だというのに、木は特に何か反応するような真似はなく……
「こっちとしては、大歓迎だけどな! 多連斬!」
放たれた斬撃。
その斬撃が木の幹に命中し、鋭い斬り傷が一撃入り、続いて多連斬の効果によって更に四つの斬撃が放たれる。
セトの放った氷の矢では無傷だった木だったが、レイの多連斬を防げる程の防御力はなかったのだろう。デスサイズの刃は、木の幹の半ばまで切断することに成功する。
だが同時に、デスサイズと多連斬を使ってもその程度の傷をつけるのが精々で、切断するといったようなことが出来なかったのも事実。
「硬っ!」
決してデスサイズに流した魔力が少なかった訳ではない。
だが、それでも今の一撃では木の幹の半ばまで斬り裂くことは出来ても、切断することは出来なかった。
それを理解しているからこそ、レイの口からはそんな言葉が出たのだろう。
そして……当然の話だが、木もまた自分の幹が半ばまで切断されるようなことになれば、身の危険を感じ、それを行った者を排除しようとする。
「っ!?」
レイは何かを感じ、強引に木の幹の半ばまで斬り裂いたデスサイズを引き抜き、後方に跳躍する。
そしてレイが後方に跳んだその瞬間、レイの頭上……木の枝にいつの間にか生えていた果実が地上に落下する。
一瞬前までレイのいた場所に落ちた果実は、その瞬間に破裂し……周囲の地面を溶かす。
先程のセトのアシッドブレスを見ていたレイは、当然だがそれがどのような攻撃なのかを理解する。
「酸の果実とか、そんなのありか!?」
地面に落ちた衝撃で果実が破裂し、それによって周囲の地面を溶かしたのだ。
つまり、その果実は水風船のようなものなのだろう。
ただし、その果実の中に入っているのは水ではなく強酸性の液体だが。
そして……同じ果実が、複数の枝に大量に実っていた。
(いつの間に? さっきまでこんな果実はなかったと思うけど)
しっかりと果実が木の枝になっていたかどうかは、分からない。
分からないが、思い出した限りそんな果実はなかったような気がする。
あくまでもそんな気がするだけで、しっかりと確認をした訳ではないので、正確にそうだとは言えないが。
そして……その果実は、レイに向かって放たれる。
そう、それは放たれるという表現が相応しいだろう。
蔦の力を使っているわけではなく、枝が揺れている訳でもない。
にも関わらず、木の枝になっていた多数の果実が連続してレイに向かって飛んでくるのだ。
どうやってそのような真似をしているのか、レイには当然分からない。
それでも相手がランクAモンスターであるとなれば、どのような攻撃をしてきたとしても不思議ではなかった。
それこそ、地面に埋まっている部分が空中に浮かんで移動するような真似をしても、それがランクAモンスターだからで、納得出来てしまう。
レイは連続して放たれた果実を次々回避しながら、木との距離を開けていく。
「飛斬!」
ただし、何もせずにただ逃げるだけではなく、後方に跳躍しながらもレイは飛斬を放ち、左手に持つ黄昏の槍を投擲する。
飛斬は木に傷を付けることは出来たものの、多連斬と比べれば明らかに威力が弱い。
……もっとも、飛斬とは違って多連斬はあくまでもデスサイズを使ってレイが放った一撃に対し、同じ威力の斬撃が続けて放たれるといったようなスキルだ。
斬撃を飛ばす飛斬と威力が違うのは当然だろう。
飛斬と同時に放たれた黄昏の槍の一撃も、木の幹の半ばまでは貫くことに成功する。
しかし、結局のところはそこまでだ。
木の幹に完全に穴を開けるといったような真似は出来ず、次の瞬間にはレイの手元に戻る。
(駄目か。けど、木の幹の半ばまでは斬り裂いたり貫いたりといったようなことは出来ている。つまり、続けて反対側から……)
多連斬で傷を付けた場所の反対側から同じように攻撃をすれば、木を切断することが出来るのではないか。
そう思ったレイだったが、レイが先程飛斬で傷を付けた場所に木の幹から泡が溢れ出ると、次の瞬間にはその斬り傷が消えてしまう。
「なぁっ!」
再び飛んできた酸性の果実を回避しつつ、驚きの声を上げるレイ。
そうして木との間合いを開けながら、同時に納得も出来た。
そもそもの話。蔦が圧倒的な再生能力で切断された場所から新しい頭を生やしたりといった光景を見ている。
木と繋がっている蔦にそのような真似が出来るのだから、当然のようにその蔦と繋がっている大元の木に同等の……あるいはもっと強力な再生能力があってもおかしくはないだろう。
「邪魔だ!」
木との間合いが開けば、当然ながら蔦がレイを襲ってくる。
それこそ、レイの身体を喰い千切ろうと、蔦の先端に生えている頭部は大きく口を開いて。
そんな相手を纏めてデスサイズで切断するレイだったが、その視線が向けられているのは襲ってきた蔦ではなく、木だ。
あの木こそが蔦の大元である以上、まずはそちらの対処をする必要があるだろうと判断したが故の行動。
そして、木の様子を見ていたレイはふと気が付く。
(黄昏の槍の傷の回復が遅い? いや、けど……何でだ?)
レイの持つ黄昏の槍には、相手に与えたダメージの回復阻害効果がある。
だが、それはそこまで強力なものではない。
少なくても、圧倒的なまでの再生能力を持つ木なら、特に気にする必要はない程度の能力だ。
実際、巨狼や女王蜂との戦いでも黄昏の槍はデスサイズと共に使われていたが、戦いを決定づける要因にはならなかった。
にも関わらず、黄昏の槍で攻撃された木は何故か再生する速度が明らかに遅いのだ。
だが、レイにはその理由が理解出来ない。
黄昏の槍の攻撃と、デスサイズの攻撃。
攻撃という点では同じだろう。
レイの視線の先では、多連斬によって半ばまで切断された部位までもが泡と共に再生している。
飛斬の一撃に比べると、多連斬の威力は明らかに強い。
だからこそ、すぐに再生が完了するといったようなことはないのだが……それでも、見て分かる程の速度で再生をしているのは間違いのない事実だ。
そんな再生速度に、レイはどことなくトレントの森と隣接した場所に召喚された湖から出て来た巨大なスライムを思い出す。
非常に高い再生能力を持っており、それ故に未だにレイの魔法によって燃やし続けられている存在。
まさか、あの木もそんな存在じゃないよな? と思いつつ、レイとしては魔法を使ってもいいのかもしれないと考え込む。
本来なら、魔の森の中で魔法を使うのをレイは避けていた。
レイの使える魔法が基本的に炎の魔法だけである以上、魔の森で魔法を使った場合、下手をすれば大きな被害が出るのだから当然だろう。
だが、今レイがいるのは広場だ。
中央にランクAモンスターの木が一本生えているだけで、それ以外に広場内に生えている木はない。
つまり、ここでならレイが魔法を使っても周囲に延焼する心配はないという事だ。
レイにしてみれば、現在のような状況なら問題はないだろうと判断する。
(唯一の難点としては、木が燃えてしまうことで素材を確保出来なくなることか。それに燃やしてしまえば、ランクAモンスターだと証明するのも難しくなるし)
昇格試験の合格の条件は、魔の森で二泊三日することと、ランクAモンスターを最低二匹以上倒すこと。
この場合の倒すというのは、当然ながら自己申告でレイがランクAモンスターを二匹倒したというだけでは通用せず、死体を提出する必要がある。
だが、そんな中でこの木のモンスターを燃やしてしまえば、どうなるか。
身体が木で出来ているだけに、当然残る部位は少ないだろう。
下手をすれば、それこそ魔石そのものが燃えてしまう可能性すらあった。
しかし、この木は非常に頑丈で同時に高い再生能力を持つだけに、生半可な攻撃では倒すことは出来ない。
そうである以上、最悪魔石の入手を諦めてでも攻撃をする必要があった。
もっとも、もし燃やさずに木を倒しても、これだけの巨木だ。
ギルドのカウンターで何気なく出すといったような真似をする訳にもいかないし、もしそんな真似をされればギルド側でも困るだろう。
魔石を入手出来ない可能性もある以上、別に倒す必要もないのだから、ここから離れるといった手段もある。
だが、レイはそんな考えをすぐに却下する。
何しろ、ランクAモンスターの魔石だ。
もしかしたら魔石が手に入らない可能性があるが、同時に入手出来る可能性もあるのだ。
であれば、折角のランクAモンスターの魔石である以上、それを逃すといった手はない。
この木から得られるスキルがどのようなスキルなのかは、レイにとってもかなり気になるところだ。
そうである以上、今のこの状況で木を見逃すという選択は一切ない。
(となると、やっぱり魔法だな。……上手い具合に魔石が燃え残ってくれることを祈るか)
そう判断し、レイはデスサイズを手に呪文を唱え始める。
『炎よ、汝のあるべき姿の一つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それをもって即ち新たなる再生への贄と化せ』
その呪文と共にデスサイズの側の火球が一つ生み出される。
レイの魔法の実力について知っている者であれば、火球がたった一つ? と疑問に思うだろう。
しかし、この火球は普通の火球ではない。
それこそレイの魔力が大量に込められている火球であり、何よりも便利なのは、それだけの威力であるにも関わらず、指定範囲内だけを燃やすことが出来るということだ。
そうして生み出された火球には木も本能的な危険を感じたのだろう。
セトに襲い掛かっては砕かれ、切断され、すぐに再生していた状態から一転し、レイに向かって魔法の発動を阻止しようと殺到する。
しかし、それはもう遅い。
レイは完成した魔法を発動する。
『灼熱の業火!』
そうして放たれた火球は真っ直ぐ木に向かって飛んでいき……強酸の果実で何とか防ごうとするも、その果実に触れても一向に速度が遅くなるようなことはなく、木に着弾すると莫大な炎を生み出すのだった。