2553話
「うわぁ……」
それが今の一連の動きを見ていたレイの正直な感想だった。
まさか、あのような手段で触手……ではなく、蔦を増やしているとは、思わなかったのだ。
普通なら、植物から蔦が伸びるというのが一般的なのだが、レイの視線の先にある木は、甘い匂いで呼び寄せたモンスターに果実を食べさせて、それを食べ終わったら他の蔦から生えているモンスターの顔が果実を食べたモンスターの身体を食べ、そして残った頭部から蔦が生えて木に接続される。
言わば、外付けの蔦。
(というか、普通なら果実を食べたらその果実は胃にあるよな? なのに頭部以外全部食べられた状態で、何で蔦が伸びるんだ? あの果実から蔦が生えてるって訳じゃないのか?)
そんな疑問を抱くが、そもそもランクAモンスターと思しき存在がやることだ。
そうである以上、深く考えても答えが出る訳がない。
そういうものだと、認識した方が正しいのは間違いなかった。
だからといって、それを許容出来るかというのはまた別の話だったが。
(ともあれ、この気配からしてあれがランクAモンスターなのは間違いない。トレントかどうかは気になるけど、特に倒すのに名前は必要ないしな。そもそも問題なのは、どうやって倒すか。植物系のモンスターだから、危険だけど魔法を使うか?)
本来なら、魔の森の中で炎の魔法を使うのは自殺行為だ。
それを理解しつつも、やはり植物系のモンスターを倒すのにはそれが一番手っ取り早い……と、そう思い、再度木の方に視線を向けた瞬間、レイの顔のすぐ前には先程触手になったばかりのオークナーガの顔を持つ蔦があった。
そして、レイとオークナーガの目が合い……
「うおっ!」
反射的にレイの口から出る悲鳴。
同時にオークナーガの口が開き、レイに向かって噛みつこうとしてくる。
本来なら、オークナーガの主な攻撃方法は魔法なのだが。
にも関わらず、こうして噛みつく攻撃をしてきたのは、蔦の一部になってしまった頭部には魔法を使うことが出来ないからか。
だが……レイはそんなオークナーガの攻撃に驚きながらも、攻撃を回避するのは難しい話ではない。
そもそも、蔦の先端から生えている頭部の攻撃は、レイが見ている限りだと噛みつき程度しかないのだから、冷静になれば回避するのは難しくはない。
……もっとも、頭部が生えた蔦に攻撃されるという時点で冷静になれというのが、とてもではないが簡単なものでないのは間違いなかったが。
モンスターとの戦いの経験が中途半端にあれば、それだけ混乱してしまうのは間違いないだろう。
それだけ、蔦から生えている頭部というのは不気味な光景なのだから。
「グルルルゥ!」
レイがオークナーガの噛みつきを回避すると、次に行動に出たのはセト。
素早く前に出ると、セトの放った前足の一撃がオークナーガの頭部を破壊する。
セトの放った一撃はそこまで強力ではなかったのだが、それでもオークナーガの頭部を破壊するには十分な威力があったらしい。
(脆い?)
一連の動きを見ていたレイは、そんな疑問を抱く。
実際、セトの前足の一撃は強力ではあるのは間違いない。
だが、それでもセトの一撃で頭部が肉片となるかのように粉砕されるのは、セトの攻撃の威力が高いというだけではなく、純粋にオークナーガの頭部が脆かったという理由の方が納得出来た。
同時に、それは全ての頭部が脆いのか、それとも頭部が蔦に変化したばかりだから脆いのか……その辺りの事情は、レイにも詳しくは理解出来ない。
知りたいとも思わなかったが、あの木のモンスターと戦うにはその辺りの情報を知らなければならないというのも、間違いのない事実ではあった。
そんな風に考えていると、当然の話だがオークナーガの頭部が破壊されたのに気が付いたのか、他の頭部もまたレイとセトのいる方に向かってやってくる。
もしくは、蔦の一部となった時点で木の一部となっているので、木にしてみれば蔦の一部を破壊されたのを理解し、その原因に対処しようと思ったのかもしれないが。
ともあれ、今のこの状況で分かったのは一つだけ。
「見つかったか」
レイは呟きながら隠れていた場所……広場になっている場所の外側に生えている茂みから出ていく。
この広場は、中央に木が生えており結構な広さを持つ。
にも関わらず、外側の茂みに隠れていたレイ達を見つけられたということは、蔦の長さはかなりのしろものだといういうことだ。
広場の大きさから、レイはてっきり蔦の長さは最大でも広場の半分くらいの長さしかないのではないかと、そう思っていたのだが……その予想は見事に外れた形だ。
とはいえ、予想が外れたからといってレイに動揺はない。
そもそも敵はランクAモンスターと思しき存在なのだ。
そうである以上、この程度の予想を裏切るような行為は普通に起きるだろうと。
……寧ろ、レイとしてはオークナーガの頭部が自分の後ろに回り込んで襲ってくるような真似をしなかっただけ、助かったとすら思っている。
もっとも、もしそのようなことがあった場合、レイが気が付かなくてもセトが反応していたのは間違いないだろうが。
「グルルルルルゥ」
レイの横を、セトが警戒で喉を鳴らしながら進む。
不思議なことに、木から攻撃をしてくる様子はない。
オークナーガの蔦は、躊躇なく攻撃してきたのにだ。
(もしかして、蔦になった頭部も個性というか、自我とかが残ってるのか?)
そんな疑問を抱く。
だとすれば、相手は多くの考える頭脳を持っているということになり、若干だが厄介なことになるな、と。
「セト、相手は恐らく……いや、間違いなくランクAモンスターだ。それも最低でもという感じだな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは同意する。
グリフォンのセトは、レイ以上に相手の力を察知することが出来ていた。
それこそ、油断をすれば危険なことになるのは間違いないと思える程に。
そんなセトの様子を見て、レイもまた油断しないように意識を集中する。
魔の森に入ってから、二匹目……もしくはランクAに近いだろう女王蜂を合わせると、三匹目の強敵だ。
尚、黒蛇に関しては明らかにこの木よりも格上の存在だと思えたが、レイ達に友好的な存在だったので数にはいれない。
そんな三匹目の敵だったが、互いに万全の状態で正面から戦うという意味ではこれが初めてだ。
巨狼は油断をしているところで強力な攻撃を使い、相手が本来の実力を発揮するよりも前に倒した。
女王蜂はセトの毒の爪で毒に侵された木を燃やした毒煙で長時間燻された後で戦った。
そういう意味では、この無数の蔦を持つ木こそが本当の意味でレイやセトにとっては魔の森に来てから実力だけで戦う相手ということになる。
木の方も、レイとセトの様子から強敵であると認識したのだろう。
百本近い触手――当然全ての先端にモンスターや動物の頭部が生えている――を伸ばし、いつでも攻撃出来るように準備を整えつつ、警戒した様子を見せていた。
「セト、効果があるかどうかは分からないが、王の威圧だ」
「グルルルルルゥ!」
レイの指示に従い、セトが王の威圧を発動する。
レベルが四になったそのスキルだが、レイとしては効果はほぼないだろうという判断だった。
そもそもの話、相手はランクAモンスターなのだから当然だろう。
それでもこの距離で相手もまだ動いていない以上、取りあえず試してみるといった選択肢は悪くない。
そんなつもりで使ったのだが……
「マジか」
本体の木そのものに効果があるのかどうかは、分からない。
だが、木から伸びている百本近い蔦のうち、半分以上……レイが見た限り、七割から八割近くが動きを止めていた。
また、他の蔦も見て分かる程に動きが遅くなっている。
(何でだ? 考えられるとすれば、あの蔦はもしかして木とは別のモンスター……いや、違うな。蔦は間違いなく木から伸びてるし)
そもそも、レイはオークナーガの頭部から伸びた蔦が木と接触し、その先端部分が木の幹に吸い込まれるのを見ている。
そうである以上、木と蔦が別のモンスターであるという認識はレイにはない。
また、何よりも今はそのようなことを考えるよりも前に、やるべきことがある。
「セト! まずは蔦を可能な限り倒すぞ!」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトはアイスアローのスキルを使う。
蔦に明確な知性があるのかどうかはレイには分からなかったが、それでもセトが氷の矢を五十本近く生み出したのを見ると、警戒に値する存在だと認識したのだろう。
王の威圧の効果から逃れた蔦が、セトに向かう。
だが、セトの王の威圧は動けなくする効果から逃れたとしても、移動速度が遅くなる。
特にレベル四になった今は、四割移動速度を遅くすることが出来た。
結果として、セトに向かう蔦の速度は遅い。更に……
「飛斬!」
セトを守るように前に出たレイがデスサイズから飛ぶ斬撃を放つ。
その斬撃は、命中するや否や頭部を切断し、それでも威力が弱まらず、背後にいる敵、更にその背後にいる敵、それよりも背後にいる敵……といったように、何匹――という数え方がこの場合正しいのかどうかレイには分からなかったが――もの蔦と頭部を切断し、破壊していく。
(やっぱり脆い。どうやら、さっきのオークナーガの頭部が脆かったのは、蔦になったばかりだからって訳じゃなかったみたいだな)
蔦の部分はレイが思っていたよりも脆い。
とはいえ、幾ら脆くてもその数が膨大だと厄介な相手に間違いはないのだが。
しかし今は王の威圧のおかげで、動けない敵も多い。
そのおかげで、レイはそこまで多数の敵を相手にする必要はなかった。
「飛斬! 飛斬! 飛斬!」
三つの斬撃が連続して放たれ、セトの放つ氷の矢をどうにかしようとしていた蔦を次々と切断していき……やがて、セトの準備が整ったのを確認すると、その場から跳び退く。
同時に、セトの鳴き声と共に放たれる氷の矢。
本来なら、セトはもっと素早く氷の矢を放つことが出来ていた。
それでもここまで時間が掛かったのは、相手がランクAモンスターということで、しっかりと狙いをつけていた為だ。
そうして放たれた氷の矢は、次々と蔦を破壊していく。
当然ながら、その主な狙いは王の威圧で動けなくなっている蔦だったのだが、氷の矢の威力は飛斬と同様に、ただでさえ脆い敵の一匹や二匹を倒したところで威力が弱まったりはしない。
しっかりと狙いをつけただけあって、セトの氷の矢は一本も外れることなく、次々と蔦を破壊していく。
そして氷の矢の斉射が終わった後、残っているのは十匹に満たない触手と……
「頑丈だな」
レイの言葉通り、傷一つ存在しない木だけだった。
幾ら蔦を破壊して多少は威力が下がっていたとはいえ、それでもセトが放った氷の矢は半分以上が木の幹に命中した。
にも関わらず、木の幹には見て分かる程の傷はついていない。
あるいは氷の矢がぶつかった衝撃で内部にダメージを与えたといった可能性もあるが、外から見た限りではそのようなことは認識出来ない。
つまり、レイとしてはダメージの類は何もないと判断して行動する必要があった。
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは申し訳なさそうに喉を鳴らす。
セトも、敵を倒すといったことは無理だと理解していたが、まさかダメージを与えるようなことすら出来ないとは、思ってもいなかったのだろう。
「気にするな。元々相手はランクAモンスターなんだ。どんな能力を持っていても、おかしくはない、それに蔦の方は殆ど片付けたんだから、問題は……っと!」
王の威圧の効果が切れたのか、それとも蔦の大元である木が何かをしたのか。
残っていた十本程の蔦が、レイとセトに向かって襲い掛かってくる。
その攻撃を回避しながら、デスサイズで蔦を斬り裂き……その光景を見る。
「嘘だろ!?」
レイの口から驚愕の声が出たのは、破壊された蔦が緑の泡と共に再生していた光景を目にしてしまったからだ。
頭部を破壊された蔦は緑の泡と共に頭部が再生され、途中で切断された蔦はその切断面から泡と共に頭部が再生される、そんな光景。
それも蔦の一本や二本ではない。
レイの飛斬とセトのアイスアローで倒した全ての蔦が、同じように泡と共に再生しているのだ。
不幸中の幸いなのは、あくまでも蔦が再生するのは木と繋がっているところだけで、蔦の半ばで切断されたその先端部分は再生しないということか。
「グルゥ!?」
レイの見ている光景をセトも見たのか、驚きの混じった鳴き声を上げる。
そんなセトの鳴き声に反応した訳ではないのだろうが、百本近い蔦が一斉にレイとセトに襲い掛かってくるのだった。