2550話
【デスサイズは『パワースラッシュ Lv.四』のスキルを習得した】
レイの脳裏にそのようなアナウンスメッセージが流れる。
「ふむ、パワースラッシュのレベル四か。それはそれで使いやすいスキルだな。上手く使いこなすのは難しいけど」
デスサイズのパワースラッシュというスキルは、鋭さを持った一撃ではなく、破壊力に特化したスキルだ。
その一撃は間違いなく強力なのだが、強力であるが故にデスサイズを振るうレイの手首に負担が掛かる。
パワースラッシュを使った時の反動を上手い具合に受け流す必要があった。
戦闘ではかなり使い勝手のいいスキルなのは間違いないので、レイとしては出来るだけ早く使いこなせるようになりたいというのが、正直なところだ。
「次の戦闘で……とはいかないけど、時間があったら試してみた方がいいだろうな。オルトロスの魔石なんだから、パワースラッシュを習得出来るのは当然なのか? 出来れば、もっと別のスキルがよかったんだけど。いや、何も習得しないよりはマシか」
どのモンスターの魔石であっても、習得出来るスキルは完全に魔石任せ……あるいは魔獣術任せというのは、レイとしては個人的に思うところはある。
頭の中にアナウンスメッセージが流れるような仕様なのだから、どうせならどの能力を習得出来るか、もしくは強化出来るかを頭の中で選択出来るようにして欲しいというのが、正直なところだった。
(ゼパイル一門の中には、明らかに現代日本から転移してきたタクム・スズノセがいるんだ。頭の中にアナウンスメッセージが流れるような仕様にしたのも、多分タクムの仕業なんだろうから、そのくらいは思いついてもよさそうだけど……もしくは、それも無理だったのか)
魔獣術を一から組み上げたゼパイル一門だ。
当然のように、そこには様々な術式が無数に詰め込まれている筈だった。
であれば、そこに選択式にスキルを習得したりするといったようなことが出来る余裕はなかった……といった可能性は十分にある。
言わば、他のプログラムの容量が大きすぎて、それ以上は追加で新たなプログラムを追加出来なかった、といった行為に似ているだろうか。
レイはプログラムなどやったことがないので、あくまでも素人の知識からの予想だったが。
「グルルルゥ」
魔獣術について考えていたレイを我に返したのは、セト。
いつまでもここにいないで、他の場所の探索に行こうと、そう喉を鳴らしてきたのだ。
セトにしてみれば、ここは強化された嗅覚上昇のスキルについて大きく失敗してしまった場所だ。
それだけに、出来るだけ早くここから立ち去りたいと思ってしまうのは当然だろう。
「そうだな。いつまでもここにいるのもどうかと思うし。……じゃあ、行くか」
パワースラッシュについては、取りあえず今は置いておく。
以前パワースラッシュを習得した時にも、反動を逃がすのに少しだけ苦労はしたが、その経験がある以上、今度はそれなりに問題なく出来そうな気はしていたが。
それでも確実ではない以上、その辺りについては出来れば何の邪魔もない状況で確認したいというのが、正直なところだった。
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは身を屈めてレイが背中に乗れるように準備する。
レイはそんなセトの行動に対し、ありがとうと身体を撫でてから、セトの背に跨がった。
「よし、じゃあ頼むな」
そんなレイに、セトは嬉しそうに鳴いてから魔の森を進み始める。
魔の森の中ではあっても、夏の森の中ということで漂ってくる空気はどこか清々しいものがある。
もっとも、それはまだ午前中だからだろう。
昼くらいになれば、魔の森の中でもかなりの暑さになる筈だった。
レイは簡易エアコン機能のあるドラゴンローブを着て、セトはグリフォンなのでその辺は全く気にするようなことはなかったが。
それこそ、最高気温が四十度になっても全く問題はないだろう。
(普通の森なら、いきなり気温が四十度になったりすることはないんだろうけど、ここは魔の森だから何があってもおかしくないしな)
そんな風に考えていたレイは、せめていまのうちに森の空気を吸っておこうとし……不意に、デスサイズを振るう。
レイも、何故そのような真似をしたのかは分からなかった。
それこそ、身体が自然に動いたといった言葉が一番相応しいだろう。
そんな一撃は、急速にレイに向かって近付いてきたそれを截断した。
「ギィッ!」
「グルゥ!?」
不意に響いた鳴き声に、それを聞いたセトは咄嗟に足を止める。
そして背中にレイを乗せたままだというのに、素早く真後ろを振り向く。
普通に考えれば、そんな真似をすれば背中に乗っているレイを吹き飛ばしてしまってもおかしくはないだろう。
だが、セトはレイなら問題ないだろうと判断し……そして実際、レイは急激に動いたセトの背から吹き飛ばされるといったようなことはなかった。
「っと」
それでもセトの背の上で激しく揺れた以上、そんな声を上げながらバランスを取る。
そうしてバランスを取ったレイは、セトの見ている方に視線を向ける。
するとその視線の先には、見覚えのある存在が地面に倒れていた。
「トンボ……か」
そう、それは昨日レイを襲ってきたトンボ。
勿論、種族が同じだけで本当に同一の個体なのかどうかまでは分からないが、レイは同じ個体ではないかと思う。
何か決定的な証拠がある訳ではなく、純粋に勘による判断だったが。
「それにしても、よく動けたな」
自分で自分の行動を褒めるのはどうかと、レイも思う。
しかし、実際にレイは半ば本能的な動きでデスサイズを振るい、それによってトンボの首を切断することに成功したのは事実。
今の状況では、本当に何故そのようなことが出来たのか、本人にも分からない。
(リラックスしていたから、俺が殺気を感じるよりも前に何らかの手段で殺気を感じて、それでデスサイズを振るった? ……まぁ、それなら可能性としてはあるかもしれないけど)
そんな疑問を抱きつつ、レイはセトの背から降りてトンボの死体に近付いていく。
昨日は、このトンボの攻撃に反撃することは出来ず、何とか回避するといったようなことしか出来なかった。
それだけに、トンボだというのは見た時に理解していても、実際にそれがどんな姿をしているのかを確認するのはこれが初めてだ。
外見は、やはり普通のトンボに近い。
とはいえ、モンスターである以上は当然だが羽根の数のように普通と違うところもある。
特に口の辺りは、オニヤンマといったトンボの中でも大きなトンボと比べても、より一層凶悪な外見になっている。
レイにとって、オニヤンマというのはそれなりに馴染み深いトンボだ。
山のすぐ側に家があったので、夏になれば年に数回くらいはどこからか家の中に入ってきたりする。
……基本的に窓をそのまま開けている訳ではなく網戸なのだが。
ともあれ、そんな訳でオニヤンマは見慣れているレイだったが、自分が倒したトンボはそんなオニヤンマと比べても圧倒的な凶暴さを感じさせる外見だ。
羽根は前回襲われた時に見たように、刃のように鋭くなっており、四対八枚の羽根がある。
そしてレイが特に驚いたのは、胴体だ。胴体と尻尾の横には鋭利な棘が何本も生えていたのだから、驚くなという方が無理だろう。
レイは昨日何とか回避出来たが、もし昨日襲撃された際に回避に失敗していれば、この棘によって傷を負った可能性もある。
ドラゴンローブを着ている以上。その可能性は低かったが。
「それにしても……改めて見ると、巨大だよな」
レイが見慣れているオニヤンマと比べても、全長一m程もあるトンボというのは驚くべき存在だった。
「グルルゥ? グルゥ、グルルルルルゥ」
レイの言葉を聞きながら、セトは本当に大丈夫? とレイを心配そうに見る。
セトにしてみれば、気持ちよく森の中を走っていたら突然レイが襲われたのだ。
当然だが、森の中を走っている間もセトは周囲の様子を警戒していた。
このトンボは、そんなセトの警戒を潜り抜けてレイに襲い掛かったのだが……それは最悪の選択肢でしかない。
ただし、レイではなくセトに襲い掛かっていても結局はレイによって殺されていたろうが。
それだけ先程のレイが放った一撃は鋭く、素早いものだった。
レイ本人でさえ、同じような攻撃を再度出来るかと言われれば、素直に頷くようなことは出来ないのだから。
「大丈夫だ。こっちに接近してきた時に倒したしな。……それにしても、本当に厄介な相手だよな」
正面から戦えば、レイもまず負けるといったようなことはないだろう。
だが、ただ一点。
その飛行速度だけは、圧倒的なまでに突出している。
それこそランクS相当と認識されているセトでさえ、このトンボの飛行速度には敵わない。
それだけ速度という点でトンボは圧倒的な存在なのだ。
レイはそのような相手であっても、デスサイズで斬り裂いたが。
「とはいえ、このトンボが魔の森の中にどれくらいいるのか、ちょっと気になるな。今回は偶然……そう、ある意味で本当に偶然倒すことが出来たが、また襲ってきた時に対処出来るかどうかと言えば、難しいし」
今回トンボを倒すことが出来たのは、本当に偶然によるものだ。
もし再度このトンボと遭遇したら、レイに出来るのは精々初日のように回避することだけだろう。
それだって、本当になんとか回避出来たといったようなものである以上、気を抜いていれば回避出来るかどうかは微妙なところだ。
「そうなると、このトンボの数は出来るだけ少ないことを祈るしかないな。……オルトロスやオークナーガみたいに、集団で行動するような奴じゃなくて助かったけど」
そう言いながら、レイは短剣を使ってトンボの胴体を切り裂き、魔石を取り出す。
胴体そのものはレイが知っている虫のように柔らかく、切り裂くのに苦労はしない。
(これがあの高速で飛べる理由なのかもしれないけど、このトンボはランク的にどうなんだろうな)
レイにしてみれば、あの速度は脅威だ。
だが、逆に言えば脅威なのはその速度だけで、身体の作りはかなり柔らかい。
あの速度がなければ、一般的なランクB冒険者なら勝つことは難しくないだろう。
相性によっては、ランクC冒険者であっても対処が可能だと思えた。
(となると、ランクそのものは高くないのか? いやまぁ、このトンボの最大の特徴の速度を考えないという時点で言葉遊びでしかないのかもしれないけど)
レイを相手に魔法で戦いを挑むのに、レイの魔力が一般的な魔法使いのよりも少ないなら、勝てる。
レイが考えてたのは、そんな意味のない考えによるものだ。
「さて、魔石だな。……セト、いいぞ」
「グルゥ!?」
流水の短剣で洗った魔石を、あっさりと渡してきたレイにセトは驚きの声を上げる。
まさか、レイがそんなにあっさりセトに魔石を使わせるとは、思ってもいなかったのだろう。
レイにしてみれば、この魔の森でデスサイズは結構なスキル強化したり、新たなスキルを覚えたりした。
そしてレイは他の攻撃手段として黄昏の槍もある。
なら、スキルを主に使うセトがこの魔石を使った方がいいというのが、レイの判断だった。
「いいんだ。この魔石はセトが使った方が、いいスキルを入手出来ると思うし」
トンボの持つ圧倒的な飛行速度を考えれば、やはり習得出来るスキルはそれ系のものになるだろう。
そうである以上、トンボの魔石を使うのは自由に空を飛べるセトの方がいいのは間違いなかった。
セトもレイの様子からその気持ちを理解したのか、やがてレイが差し出した魔石をクチバシで咥え……呑み込む。
【セトは『翼刃 Lv.一』のスキルを習得した】
レイの脳裏に響くアナウンスメッセージ。
「翼刃……翼の刃か。やっぱりそれらしいスキルを入手出来たな。セト、ちょっと試してみてくれるか?」
「グルルルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは早速スキルを発動してみせる。
その瞬間、セトの持つ翼の外側の部分が見るからに鋭利な姿に変わる。
「なるほど、翼に刃で翼刃か。そのままの表現だな。ちょっと待ってくれ」
そう言い、レイは近くに落ちていた木の枝を一本拾い、その翼に向かって近づける。
それを見たセトは、軽く翼を動かし……すると次の瞬間、あっさりと切断された。
「へぇ、これはまた……まだレベル一でこの程度の威力か。かなり強力なスキルだな。トンボはやっぱりかなり高ランクモンスターだったのは間違いないか」
しみじみと呟くレイに、セトは同意するように喉を鳴らす。
レイの勧めもあって、セトはトンボの魔石を呑み込んでよかったと、そう思ったのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』『毒の爪 Lv.六』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.五』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.一』『翼刃 Lv.一』new
【デスサイズ】
『腐食 Lv.五』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.四』new『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.四』『氷雪斬 Lv.三』『飛針 Lv.一』
翼刃:翼の外側部分が刃となる。レベル一でも皮と肉は斬り裂ける鋭さ。
パワースラッシュ:一撃の威力が増す。ただし斬れ味が鋭くなるのではなく叩き切るような一撃。