2548話
「ん……? んんん……?」
最初、レイはどこにいるのか分からなかった。
寝惚けた状態のまま、周囲の様子を確認し……そのままの状況で十分程が経過すると、ようやく頭が働くようになってくる。
「そうか、そう言えば魔の森にいるんだったな」
現在の自分がどこにいるのかというのを理解すると、しみじみと自分の状況に納得する。
いつもであれば、依頼の最中なら目が覚めた時はすぐに行動に移れるようになっているのだが、魔の森という危険極まりない場所で、こうして寝惚けていられる時間があるというのは、レイにとっても正直なところ驚きだった。
「それだけ、この隠れ家が安心出来るってことなんだろうな」
呟き、最後に大きく伸びをすると、素早く身支度を行う。
この隠れ家は、自分にとって完全に安心出来る場所だと、そうレイの本能が納得しているのだろう。
「あの黒蛇についても、大体理解出来たし。多分、この隠れ家を守ってるとか、そんな感じでもあるんだろうな」
昨日、ゼパイル一門について詳しいグリムと、対のオーブで話したことを思い出しながら、呟く。
結局グリムも黒蛇についての正確な情報は知らなかったが、それでも恐らくはということで、魔獣術を生み出す時の実験によって生まれた存在ではないかと、そんな結論に達した。
それが事実なのかどうかは、レイにも分からない。
だが、魔獣術を使えたゼパイル一門の誰もが黒蛇を引き連れていなかったことを思えば、それが一番可能性が高いのでは? とレイも納得せざるをえなかったのは事実だ。
あるいは、レイよりも前に誰かが魔獣術で……という予想もあったが、それはすぐに却下する。
そもそも、魔獣術を使うには莫大な魔力が必要で、そのような者がいないからこそ、ゼパイルは異世界にまで自分の後継者を求めたのだから。
「試験的な存在か。だとすれば、あの黒蛇は一体どういう能力を持ってるのやら」
普通に考えれば、魔獣術の実験で生み出された存在なら、他のモンスターの魔石を食べることによって自分を強化するといった能力を持っている筈だ。
それ以外にも、セトを見れば分かるように人の言葉を理解する知性の類も。
(あ、でも知性というのなら、ランクAモンスターのグリフォンだからという理由もあったりするのか? だとすれば、低ランクモンスターの場合は、セトくらいに頭はよくない可能性もあるのか)
そう思うも、取り合えずセトしか知らないレイとしては、その辺を考えるのは止めておく。
「それに……最大の理由としては、魔力だよな。あの黒蛇がグリムの思った通りの存在だとすれば、一体誰の魔力で生み出されたんだ?」
魔獣術というのは、術者の魔力を使って専用の魔法陣を起動させ、それによってモンスターを生み出すといったような魔術だ。
そうである以上、あの黒蛇も誰かの魔力によって生み出されたといったことになるのだが、グリムの話によればゼパイル一門の中に黒蛇を魔獣術で生み出した者はいなかったという。
では、誰か他の者か。
グリムを見れば分かるように、ゼパイル一門が生きてきた時代には多くの天才が存在していた。
その中には、魔獣術を使えるだけの魔力を持つ者がいてもおかしくはない。
しかし、それもすぐにレイは却下する。
そもそも、魔獣術はゼパイル一門の秘奥と呼ぶべき存在だ。
テストの為とはいえ、ゼパイル一門以外の者に魔獣術を使わせるといったような真似をするか。
ゼパイル一門全員の性格は知らないレイだったが、日本で事故に遭った後で会話をしたゼパイルの様子を思えば、その辺は有り得ないと思えた。
「となると、考えられるのは……ああ、別に一人で魔獣術を使わなくてもいいのか。それこそ、全員で少しずつ魔力を出して……といった感じで」
魔獣術のことを考えれば、基本的には問題外の、それこそ外法と呼ばれてもおかしくはない方法。
しかし、実験ということであれば、一人ではなく複数人の魔力で……といったような実験をしたとしてもおかしくはない。
これは、あくまでも可能性でしかない。
レイがそう予想しているだけで、もしかしたらもっと別の方法で生み出されたか……あるいは、それこそ実は魔獣術と黒蛇は全く関係がないという可能性も否定は出来ない。
「その辺は、今度黒蛇に会ったら聞けばいいか」
魔獣術の実験体なのか、もしくはもっと別の理由なのか。
理由はともあれ、黒蛇がゼパイル一門と何らかの関係があり、そしてレイやセトに友好的な存在なのは間違いのない事実だ。
そうである以上、レイとしては黒蛇と友好的に接するということを考えるのは当然だろう。
「ともあれ、そろそろセトも腹を空かせてるだろうし……朝食は何を食べるかな」
そう言いながら、レイは部屋を出てセトを迎えに行くのだった。
「やっぱり黒蛇はいないか」
セトと共に、少しだけゆっくりとした朝食を食べ終えたレイは、隠れ家を覆っている結界から出て周囲を見回し、そう呟く。
グリムとの話の後だったので、もしかしたら結界の外に黒蛇がいるのかもしれないと、そう思ったのだが、生憎とそこまで都合よくはいかなかったらしい。
「グルルゥ……」
レイの言葉を聞いて、セトも残念そうに喉を鳴らす。
朝食の時に、レイがグリムから聞いた話と自分の予想をセトに教えたことにより、セトはあの黒蛇を自分の先輩……いや、セトの認識としてはお爺ちゃんやお婆ちゃんといったように認識したらしい。
魔獣術で生み出された存在であるとすれば、セトのその認識はあながち間違っているものではなかった。
そういう意味では、セトに近い存在は黒蛇しかいないとセトは思っているので、余計に黒蛇に会いたいと思うのだろう。
レイは落ち込んでいるセトの身体を撫でる。
「ほら、今はまずモンスターの討伐だ。明日にはこの魔の森を出ないといけないしな。……もっとも、二泊三日というルールだけが決まっている以上、具体的に明日のいつ出てもいいんだけど」
レイがワーカーから言われたのは、魔の森で二泊三日し、ランクAモンスターを最低二匹倒すことだ。
だからこそ魔の森に到着するタイミングを考えて行動し、昨日の早朝に魔の森に到着するようにした。
同時にそれは、この魔の森を出る時にも当て嵌めることが出来る。
つまり、二泊三日ということであれば、三日目の明日の早朝に出ても、そして夜に出ても同じ二泊三日となる。
勿論、二泊三日という条件がある以上、日付が変わってしまえば昇格試験は失格になる可能性が高い。
ワーカーから受け取ったGPS的な効果を発揮するマジックアイテムの宝石が、それ以外にどのような効果を持っているのか分からない以上、日付が変わるのには少し余裕を持って魔の森を出た方がいいのは事実だ。
「夜のモンスターは、今夜少し様子見で戦って、明日の夜に魔の森を出る前、思う存分戦うとするか。セトもそれでいいか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、取りあえず黒蛇のことは忘れることにしたのか、セトは元気よく喉を鳴らす。
そうしてレイはセトと共に結界から離れる。
昨日の一件で、隠れ家に戻ろうと思えばその位置が何故か分かると判明した以上、隠れ家の位置を確認しながら移動するといったような真似をする必要はない。
だからこそ、レイはセトの背に乗って魔の森の中を走って移動して貰う。
「結界の近くだと、敵が出て来るといったようなことはないしな。なら、今は少しでも遠くに移動する方がいい。……出来れば、今日のうちにもう一匹のランクAモンスターを倒しておきたいし」
結局昨日倒したランクAモンスターは、巨狼だけだ。
もしかしたら女王蜂もランクAモンスターなのかもしれないが、レイの予想では多分違うという認識だった。
だからこそ、昇格試験の条件であるもう一匹のランクAモンスターは、今日のうちに倒したい。
そうなれば、明日は最後の一匹を血眼になって探したりせず、純粋にモンスターを倒して魔石を集めることも出来る。
(それに、日中には無理でも今夜の戦いでランクAモンスターを狩れればいいし)
夜になれば、モンスターの動きも活発になる。
それこそランクAモンスターもまた、活発に動くモンスターの中に入るだろう。
レイにしてみれば、最悪そのような状況でもランクAモンスターを倒せればいいと、そう思っていた。
「グルルルルルゥ!」
と、魔の森をセトが走り始めてから三十分程。
昨日とはまた別の方角に向かっていたセトは、走りながら警戒の意味を込めて喉を鳴らす。
「さて、来たか。今日最初のモンスターは、一体どういう相手だ?」
セトの背の上で、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、好戦的な笑みと共にレイは呟く。
だが……セトが警戒の声を上げてから数分しても、敵が姿を現すことはない。
「何だ? セトの勘違いということはないと思うけど……いや、いるな」
森に生えている木々の隙間から、もしくは茂みの隙間から。
そんな隙間を走っているモンスターの数をレイは見てとることが出来た。
「狼? いや、違う。……オルトロスか!?」
一瞬だけ見えた姿は、それこそ狼や犬といったような姿に見えた。
だが、そのようなモンスターの様子をしっかり確認すると、そのモンスターは狼ではなく犬。それもただの犬ではなく、尻尾が蛇となっている双頭の犬だ。
そのモンスターは非常に有名なモンスターだったので、レイも知っていた。
オルトロス、と。
ただし、問題なのはオルトロスが一匹ではなかったということだろう。
レイとセトを囲むようにして移動しているその姿は、野犬や狼のように集団での狩りに慣れていることを意味していた。
「厄介な」
レイが知っているオルトロスというのは、それこそ日本にいた時にゲームや漫画、アニメといった諸々で得た知識だ。
それによると、オルトロスは基本的にボス……いや、中ボスくらいの扱いだった。
少なくても、こうして群れで獲物を狩るといったような真似はしていなかった筈だ。
だからこそ、レイの口から厄介なという言葉が出たのだろう。
倒すにしても、一匹ずつがそれなりに高ランクモンスターなのは間違いない以上、それなりに苦労するのは間違いなかった。
(モンスター辞典だと、どうだったか。ランクBモンスターだったような気がする。それが纏まって襲ってくるとなると、ランクAか? けど、これでランクAモンスター扱いって風には出来ないだろうな)
昇格試験の条件の一つ、二匹以上のランクAモンスターの討伐。
その条件から考えると、群れで行動していてランクA扱いといったモンスターは、それに入らないと思われた。
勿論、それはあくまでもレイがそう考えているだけで、もしかしたらワーカーは問題ないと判断してくれる可能性もあったのだが。
それでもいざという時のことを考えれば、集団でランクA扱いといった存在をランクAモンスター扱いとしては考えたくなかった。
「ともあれ……その辺りについて考えるよりも、今はまず倒してしまわないとな」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトが同意するように鳴き声を上げる。
取らぬ狸の皮算用という言葉を思い浮かべるレイだったが、すぐにそれを消す。
そして……そんなレイの様子を見て隙だと判断したのか、それとも単純に血気盛んだったのか。
ともあれ、オルトロスの一匹が近くに生えていた木の間からレイとセトに向かって跳びかかってくる。
「そんなあからさまな攻撃で、どうにか出来ると思うな!」
叫び、デスサイズを振るう。
その一撃は、跳びかかってきたオルトロスの頭部の一つを切断し、もう一つの頭部も首を半ばまで斬り裂く。
「セト、ここで迎え撃つ!」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは鋭く鳴き、そのまま足で地面を削るようにして速度を殺す。
その背中に乗っていたレイは、そんなセトの勢いに逆らわずに慣性の動きに身を任せ……そのままセトの背から転げ落ちるようにして地面に着地した。
そうしながら、自分に向かってくる気配を逃さずに、デスサイズを振るう。
「はああぁっ!」
そうして振るわれたデスサイズは、セトの背から落ちたように思われたレイを襲ったオルトロスの一匹の首を、二つ纏めて切断する。
レイとすれ違うように、二つの頭部を失ったオルトロスは進み、やがて地面に倒れる。
「そっちも見えてるよ!」
仲間の仇といった訳ではないだろうが、背中から跳びかかってきたオルトロスに向かい、レイは黄昏の槍を突き出す。
二つの首の間を縫うように黄昏の槍で貫かれ、胴体をも貫かれ……そして串刺しになったオルトロスを、レイは様子を窺っている別のオルトロスに向けて放り投げ、その後を追うように進み、二匹纏めてデスサイズで切断するのだった。