2545話
振るわれた一撃……いや、二撃によって女王蜂の羽根は破壊される。
そして放たれる衝撃波は、即座に消えた。
「まだだ、まだ終わらない!」
レイの放った一撃で貫かれて破壊された女王蜂の羽根をそのままに、更にデスサイズを振るう。
魔力を込められたデスサイズの刃は、女王蜂の身体を深く斬り裂く。
先程の一撃は、女王蜂の足を切断するだけに留まった。
しかし、それは女王蜂が回避するといった選択が出来たからこそ、その程度ですんだのだろう。
そんな先程の攻撃とは比べて、今回の攻撃は羽根を破壊された直後だ。
女王蜂にしてみれば、こうして続けて攻撃されるのは完全に予想外だったのだろう。
「ギギギギギギ!」
痛みに悲鳴を上げる女王蜂は、口から生えている牙でレイを噛み砕こうとする。
それは意図的にそうしたのではなく、半ば反射的な行動だったのだろう。
自分に大きなダメージを与えた敵を排除したいと思っての動き。
だが、レイはそんな女王蜂の攻撃を後方に跳躍することで回避する。
その上、レイはデスサイズの刃の先端を女王蜂の身体に突き刺した状態のままで後方に跳躍したのだ。
当然、そうなれば女王蜂の身体に突き刺さったままだったデスサイズの刃の先端によって身体が斬り裂かれることになる。
「ギィッ!」
その一撃は予想外に痛かったらしく、女王蜂は牙の一撃を中途半端な位置でやめざるをえなくなる。
その上、次の瞬間にはレイだけに攻撃をしていた状況でセトの存在を忘れていたのか、前足の一撃によって思い切り吹き飛ばされる。
女王蜂の巨体が吹き飛ばされるのだから、セトの一撃がどれだけの威力だったのかは明らかだろう。
セトがいたのは、女王蜂を挟んでレイの反対側。
そんな場所でセトが女王蜂を吹き飛ばせば、当然ながら吹き飛ばされた女王蜂が向かうのはレイのいる方となる。
「ナイスだ、セト! 多連斬!」
セトの行動を褒めながら、女王蜂に多連斬のスキルを放つ。
デスサイズの刃は、女王蜂の身体を斬り裂き……同時にスキルの効果によって四度の斬撃が追加される。
その斬撃は、女王蜂の胴体を深く斬り裂き、そのまま地面に崩れ落ちた。
そのような状況になってしまえば、既に女王蜂に出来ることはない。
それでも必死にレイやセトに攻撃しようとし……そして、レイの方に向かって大きく口を開く。
噛みつくには距離がある以上、一体何をするつもりなのか。
一瞬だがそう思ったレイだったが、それでも敵の様子から何らかの攻撃をしようとしているのは理解したのか、反射的に地面を蹴って後ろに跳ぶ。
次の瞬間、女王蜂の口からはアシッドブレスが放たれる。
それもレイとセトがこれまで倒してきた普通の蜂が放ったようなアシッドブレスではなく、強酸と呼ぶに相応しい一撃。
蜂の放ったアシッドブレスは、基本的にそこまで強力なものではなかった。
女王蜂だけあって、放つ酸も極めて強力な威力を持っているのだろう。
(けど、今この状況でその攻撃は失敗だろう)
女王蜂から離れた場所でそのように思うレイの視線は、女王蜂に……いや、その背後にいるセトに向けられている。
毒のせいなのか、もしくはレイとセトからダメージを受けたせいなのか。
それはレイにも分からなかったが、女王蜂は今やレイだけを狙っていた。
(そう言えば昆虫って痛覚がないとか、そんな風に聞いたことがあったような……まぁ、モンスターなんだから、正確には虫じゃないだろうし、痛覚があってもおかしくはないんだろうけど)
アシッドブレスによって周囲の木々や草が溶けているのを見つつも、冷静でいられたのは女王蜂の背後にセトの存在があったからだろう。
そのセトは、数歩の助走で翼を羽ばたかせて空に舞い上がり、一定の高度まで到達すると地面に向かって降下していき……
「グルルルルルゥ!」
そんな鳴き声と共に、女王蜂の頭部……より正確には首に向かって前足を振り下ろす。
「ギィッ!?」
直接セトに攻撃されたことで、ようやくその存在を思い出した女王蜂だったが、既に遅い。
落下速度とマジックアイテムの剛力の腕輪、それにセトの膂力で放たれた一撃を、女王蜂は回避することも耐えることも出来ずに、切断された。
いつもであれば、それらに加えてパワークラッシュのスキルを使う。
今の状況でそれを使わなかったのは、それを使えば間違いなく女王蜂の頭部を粉砕してしまうという予感があった為だろう。
だからこそ、今回は前足の爪で首を切断するような形にしたのだ。
女王蜂が高ランクモンスターだというのは、間違いない。
そうである以上、頭部も希少な素材となる可能性があった。
セトにはその辺まで考える余裕があったのだが、それがつまり女王蜂がそこまで脅威ではなかったということの証でもあるのだろう。
もっとも、女王蜂は地中にある巣の中にいる間に、たっぷりとセトが毒の爪で毒に侵した木を燃やした毒煙を吸う羽目になったのだ。
スキルが飛躍的に強化されるレベル五を超え、レベル六の毒の爪による毒。
それを長時間浴びることになったのだから、とてもではないがまともな状態でいられる筈もない。
寧ろ、そのような状態であってもある程度レイとセトを相手に戦えたことそのものが凄い。
「ふぅ。……ありがとな、セト」
アシッドブレスを放っていた女王蜂が死んだからだろう。すぐにその効果は消える。
その光景を一瞥し、レイはセトに感謝の言葉を口にしてから、心配そうに口を開く。
「そう言えばセト、アシッドブレスの影響は大丈夫なのか?」
セトは、アシッドブレスを吐いている女王蜂の頭部を切断した。
アシッドブレスは女王蜂の口から出ていた以上、頭部を切断したことにより、セトの前足がアシッドブレスに触れていてもおかしくはない。
そう思ったレイだったが、セトが全く平気でいるのを見て……それどころか、レイが一体何を心配しているのか分からないといった様子を見せているのを見れば、特に問題はないのだろうと安堵する。
「女王蜂の頭部を入手出来たのは大きいな。基本的に頭部は重要な素材になったりすることが多いし」
そう呟き、頭部をミスティリングに収納する。
さすがに女王蜂とはいえ、首を切断してしまえば生きていることは出来ないのだろう。
(いや、ランクAモンスターなら、首を切断されても少しは生きていてもおかしくはないような……やっぱりおかしいか?)
自分の中にある考えを整理しつつも、レイは短剣を使って女王蜂から魔石を取り出そうとするが……
「駄目だな」
普通の短剣では、レイが幾ら力を入れても胴体を斬り裂くことは出来ず、魔石を取り出すようなことも出来ない。
仕方がないのでミスリルナイフを使い、心臓から魔石を取り出す。
「この調子だと、やっぱり判断しにくいよな」
レイにしてみれば、この女王蜂がランクAモンスターなのか、それともランクBモンスターなのかの判断が出来ない。
それでも魔石を取り出したのは、多分……本当に多分ではあるが、ランクAモンスターではないからだと、そう判断したからだ。
この辺はレイの勘に近いものがあるが。
それでも今の状況を考えれば、多分間違いないと思えた。
……これだけ強力なモンスターであれば、間違いなく魔獣術で既存のスキルが強化されるか、もしくは新たなスキルを習得出来るという思いがあったのも事実だが。
ともあれ、魔石を取り出した以上は女王蜂の死体をそのままにしておくのもなんなので、そのままミスティリングに収納する。
「出来れば、あの巣の中にいるだろう蜂も確保したいんだけどな。……難しいか」
もし巣の中の死体を確保するのなら、まずは巣の中に向かう必要がある。
幸い、女王蜂が巣の中から出て来てくれたので、地面を掘るといったようなことをする必要はない。
だが、現在蜂の巣の中は毒煙に満ちている。
風の手を使っても、それを除去出来るかどうかは分からないし、何よりも蜂の大きさを考えれば間違いなく巣は巨大と呼ぶに相応しい大きさだ。
そうである以上、蜂の死体を探して歩くのも面倒だという思いがあった。
それに風の手を使っても本当に毒を全て消去しきれるか……もしくは、毒煙が巣に染みこんでいたりしないかといった不安もある。
(とはいえ、普通の蜂と女王蜂以外に蜂のモンスターがいてもおかしくはないんだよな)
それを残念に思ってしまうのは事実だが、レイは気分を切り替えるようにきっぱりとその件は忘れることにする。
ここで無理をして、その結果毒の影響を受けるといったようなことになってしまえば、洒落にならない。
なら、これ以上そちらについて考える必要はない。
そのようにレイが思うのは当然だろう。
「さて、じゃあ女王蜂も倒したし、そろそろ隠れ家に戻るか。今日はまだ一日目だと考えれば、結果は上々だ」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは同意するように喉を鳴らす。
実際、二泊三日という件については隠れ家を見つけた以上は気にする必要がない。
残るはランクAモンスター二匹以上を倒すという点だが、そちらも既に巨狼を倒している。
つまり、二泊三日の中でレイはランクAモンスターを一匹倒せば、それで昇格試験は合格ということになる。
とはいえ、ランクAモンスターは巨狼を見ても分かる通り、そう簡単に倒せる相手ではない。
気楽に倒すと言っているレイだったが、実際に戦いとなれば命の危険を覚悟しなければならない程度に、凶悪な相手なのは間違いなかった。
レイもそれは分かっているのだが、だからといってここで深刻な表情を浮かべても、それがどうにかなるようなことではないのは事実だ。
「そんな訳で、残り二日頑張ろうな。出来ればランクSモンスターを倒したいところだけど……難しいと思う」
「グルゥ……」
セトも、レイの言葉に同意するように鳴き声を上げる。
実際、ランクSモンスターというのは、ランクAモンスターよりも強いからこそ、ランクSなのだ。
そう考えれば、もしランクSモンスターに遭遇したとして、どうやって勝てばいいのかというのはレイにも微妙に分からない。
(魔の森にはドラゴンがいるって話だし、ランクSモンスターとなれば最悪そっちになるのかもしれないな)
ドラゴンは、このエルジィンにおいて最強種の一つと言ってもいい。
もっとも、ワイバーンのような存在は例外だが。
ともあれ、レイはそんなことを考えながらセトと共に隠れ家に向かって進む……よりも前に、女王蜂の魔石を使うことにする。
これが今回のメインであるというのは、レイにも理解出来た為だ。
(とはいえ、女王蜂の攻撃方法からすると……多分、アシッドブレスが強化されそうなんだよな)
そんなことを考えつつ、魔石をセトに与えると……
【セトは『王の威圧 Lv.四』のスキルを習得した】
いつものアナウンスメッセージが脳裏に響く。
「これは……いやまぁ、女王ってくらいだし納得出来るけど。それにアシッドブレスよりも王の威圧の方が使い勝手はいいし」
実際、それはレイにとっては予想外の幸運だったのは間違いない。
アシッドブレスと王の威圧……どちらのスキルが習得しにくいのかと言われれば、それは考えるまでもなく後者なのだから。
「グルルルルルゥ!」
セトもそれが分かっているのか、嬉しそうに鳴き声を上げる。
そんなセトを撫でつつ、レイは暫く嬉しさに浸り……そしてある程度落ち着いたところで、隠れ家に向かうことにする。
不思議なことに……本当に不思議なことに、この魔の森においてレイとセトは不思議と隠れ家のある場所がどこなのかを理解出来るかのように進むことが出来る。
本来なら、レイとセトは微妙に方向音痴気味の性格をしている。
それだけに、魔の森の中を移動していても迷うのではないかと、そう思っていたのだが。
「まぁ、便利なんだからいいけどな。多分、ゼパイル一門の技術か何かだろうし。あるいは、あの黒蛇に乗せられて移動しなくても、もしかしたら隠れ家はすぐに見つけることが出来たのかもしれないというのは考えすぎか?」
レイにしてみれば、隠れ家に到着するまで迷わなくてもいいというのは非常に楽だ。
それこそ、一体どのような技術が使われてるのかと強く疑問に思う程に。
「グルルルゥ? グルルゥ!」
レイの言葉に同意するように鳴き声を上げるセト。
レイが感じているのは、セトも十分に感じていることではあったのだろう。
だからこそ、魔の森を進むことが出来るのが非常に楽なのは嬉しいのだ。
「ちなみに、モンスターの類が一切出て来ないのは……何でだと思う?」
「グルゥ?」
てっきり、こうして隠れ家に向かっている途中でもモンスターが姿を現しては、自分に向かって攻撃をしてくるのかと思っていたが、そんなこともないまま……やがて、無事に隠れ家を隠す結界の前まで到着するのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』new『毒の爪 Lv.六』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.一』
王の威圧:自分より弱い敵に対して、怯えさせて動きを止めることが出来る。動きが固まらない相手に対しても、速度を四割程低下させることが可能。ただし、自分と同等以上の相手には効果はない。