2542話
「威力的にはそこそこってところだな。蜂が使っていた時と同じくらいか」
セトが使ったアシッドブレスの効果を見て、レイはそう呟く。
アシッドブレス……名前の通り、酸を霧状にして放つブレスではあるのだが、その威力は蜂が使った時と同じ程度の威力しかない。
実際に蜂が使った時は、一匹ではなく複数の蜂が一斉に使ってきたので、その相乗効果もあってかそれなりに威力が高かった。
しかし、アシッドブレスを覚えたばかりでレベル一のスキルを使った場合は、当然のようにそこまで威力は強くない。
(まぁ、威力の問題はレベルを上げていけば自然と上がっていくんだろうから、そこまで気にする必要はないかもしれないけど。ただ、アシッドブレスのスキルを習得出来る敵がどれだけいるのかは疑問だが)
魔獣術は、あっさりと他のモンスターが使っていたスキルを習得出来るという、非常に大きなメリットを持つ。
だが同時に、レベル一のように低レベルではあまり使い物にならないスキルが多いのも事実。
勿論、どのようなスキルも使い方次第である以上、全く使えないといったスキルはほぼないのだが。
「セト、スキルの確認も終わったから、女王蜂を探す必要がある。空から探すのが手っ取り早いけど、空を飛んでいるモンスターに襲撃される可能性がある。それは避けたいから、地上から探したい。嗅覚上昇でこの蜂達の巣を探せるか?」
「グルルゥ? ……グルルルルルゥ」
レイの言葉に、セトは少し迷った様子を見せつつもレイがまだ収納していない、二匹の蜂の死体……魔石が取り出された死体に顔を近づける。
当然だが、胴体を裂かれている蜂の死体だけに、そこから漂ってくるのは血臭だろう。
だが、それでもセトはその蜂の臭いを嗅ぎ……次に、周囲の臭いを嗅ぐ。
この場合、蜂が空を飛んで移動しているというのが難しい。
地面を歩いているモンスターであれば、それこそ直接接しているだけに地面に臭いが残る。
それに対して、空を飛んでいる蜂は臭いが残っていても容易に風によってその臭いが拡散してしまう。
それをどうにかして追えるようにする為には、ある意味で運次第……もしくは嗅覚上昇を使ったセトの嗅覚次第といったところか。
「臭いを追えそうか、セト?」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは大丈夫! と喉を鳴らす。
それはセトの自信を表しているように思え、レイにとって嬉しいことなのは間違いなかった。
今の状況によっては、蜂の巣を探している時に他のモンスターに見つかる可能性もある。
……もっとも、多くの魔石を集めたいレイ達にしてみれば、それは悪いことではないのだが。
だが、何だかんだと今日は色々とあって疲れている。
出来れば蜂の女王を倒して、今日の探索は終わりにしたいというのが正直なところだった。
(あれだけの大きさを持つ蜂の女王蜂だ。場合によっては、ランクAモンスターだったりする可能性も否定は出来ないか? 一日に二度のランクAモンスターか)
その件は微妙に疲れたといったような思いを抱かない訳でもなかったが、考えてみればそれは決して悪い話という訳ではない。
もし今日のうちにランクAモンスターを二匹倒すことが出来たら、残りの日数は無理にランクAモンスターを探すといったような真似はせず、単純に魔獣術の為のモンスターを探すといったことが出来るのだ。
そう思えば、レイも巨狼と戦った精神的な疲れが多少なりとも癒やされるような気がしてくる。
……もしギルムにいる冒険者、それもランクAモンスターを倒せるだけの実力を持つ冒険者に、一日に二匹のランクAモンスターと戦いたいのかと聞いた場合、返ってくるのは『馬鹿か?』という言葉だったり、あるいは冗談を言っていると思われて本気にされなかったりといった感じだろう。
少なくても、そのような真似をしたいと思う者はかなり少数だ。
少数であっても、皆無ではないという辺り多くの冒険者が集まっているギルムらしい一面もあるのだろう。
腕利きの冒険者には変わり者が多いという噂は、決して完全なデマという訳ではないのだから。
「よし、じゃあ行くか。……女王蜂となると、微妙に嫌な予感がするけど」
この時、レイの脳裏に思い浮かんだのは女王蜂ならぬ、女王ドラゴニアスだった。
エルジィンに転生してきてから、初めて限界まで魔力を消耗したのだから、強く印象に残っているのは当然だろう。
少なくても、レイにしてみれば非常に厄介な相手だったのは間違いない。
それこそランクAどころか、ランクSモンスターであってもおかしくはなかった。
(まぁ、ドラゴニアスの女王と同じような存在が、その辺にいるとは思えないけど。……ここは魔の森で、その辺という表現は似合わないな)
それこそ魔の森だからこそ、ドラゴニアスの女王のような存在がいてもおかしくはない。
実際、レイとセトにその存在を全く気取られることがなかった黒蛇が、魔の森にはいってすぐの場所に普通に棲み着いていたのだから。
「セト、女王ってことは、ドラゴニアスの女王のように危険な相手かもしれない。探す際も気をつけてくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見ていたレイは、取りあえずそこまで気にする必要もないかと、そう明るく考える。
そう思えたのは、蜂とドラゴニアスの違いもあった。
体長五十cm程もある蜂は、それなりに強敵なのは間違いない。
それこそ、低ランク冒険者であれば、蜂と戦えば殺される可能性の方が高いだろう。
だが、それでもランクC程度になれば、一対一でも蜂に勝てる。
そんな蜂に比べると、ドラゴニアスはケンタウロス達ですら、複数で掛からなければ倒せなかったのだ。
双方の実力差を考えた場合、ドラゴニアス一匹を倒すのに蜂は十匹程度は必要だろう。
あるいは、もっと数が多いかもしれないが。
そんな訳で、蜂の女王はドラゴニアスの女王よりも強くない。
多少自分に言い聞かせるような感じではあったが、レイはそんな風に考えながらセトを先頭に魔の森を進む。
セトが進む速度は、決して速いものではない。
嗅覚上昇のスキルを使いながらの移動なので、どうしてもその速度は落ちてしまう。
それでも、急いで移動しようとして結局臭いを追えなくなるよりはいいのだが。
(とはいえ、蜂は空を飛んで移動している。時間が経てば経つ程に、風で臭いは散らされてしまうだろうから、出来れば少しでも急いだ方がいいんだろうけど)
そう思うも、ここでセトを急かすような真似をしても意味はない。
それどころか、ここで下手に急かすような真似をすれば臭いを追えなくなってしまうだろう。
なら、セトには臭いを追うのに集中して貰い、レイはセトの護衛をしながら進む方がよかった。
そうして暫く進むと、不意にセトが喉を鳴らす。
ただし、それは女王のいる巣を見つけたといったようなものではなく、警戒の声だ。
そんなセトの様子からレイはデスサイズと黄昏の槍を構え……やがて、先程も聞いたブーンという羽音が聞こえてくる。
「この羽音からすると、また蜂か。そうなると、少し厄介だな。それとも巣に近付いたと喜ぶべきか?」
呟きつつも、レイは先手必勝と音の聞こえてきた方に向け、黄昏の槍を投擲する。
明確に敵の位置を掴んでいる訳ではないのだが、それでも今の状況を思えば先に攻撃を仕掛けておいた方がよかった。
先程のように使い捨ての槍ではなく黄昏の槍を使ったのは、敵が見えない状況で投擲をするのだから、攻撃を外したらすぐにでも手元に戻せる方がいいと、そう判断した為だ。
そうして放たれた黄昏の槍は、蜂の間に存在する木の枝をへし折り、あるいは貫き……その後ろにいた蜂の胴体を貫く。
それも一匹貫いただけでは黄昏の槍の威力が落ちるといったようなことはなく、数匹の蜂を纏めて貫いた。
先制攻撃を受けたことで、蜂達も戦闘状態になったのだろう。
ブーンという羽音が幾つもレイとセトのいる方に向かって飛んでくる。
「ふんっ!」
そんな音の聞こえてきた方に向け、レイは再度黄昏の槍を投擲。
蜂も空中を素早く動けるような能力は持っているのだが、それでもレイの放った黄昏の槍を回避するといったような真似は出来ず、再び数匹が纏めて殺される。
「グルルルルルルルゥ!」
セトがアイスアローのスキルを使うと、空中に五十本程の氷の矢が生み出される。
まだ蜂の姿は見えないのだが、セトはそれでも構わず氷の矢を一斉に発射する。
レイの黄昏の槍の一撃は非常に強力なのは間違いないが、それでも結局は一本だ。
……もっとも、一匹の蜂の身体を貫いた程度では威力が低くなることもないので、数匹を纏めて貫くといったような真似も出来るのだが。
そんな黄昏の槍の一撃とは違い、セトの放った氷の矢の数は五十本。
それも、レベルが五に達したことによって黄昏の槍程ではないが、威力も非常に高くなっている。
そのような氷の矢が、一斉に放たれたのだ。
それは面制圧といった表現が相応しいだろう攻撃だった。
「ギギッギギギギギ!」
そんな鳴き声と共に、多くの蜂は身体を貫かれて地上に落ちていく。
いや、鳴き声……悲鳴を上げることが出来た個体は、運がよかったのだろう。
運の悪い個体になると、氷の矢によって頭部を粉砕されてしまっていたのだから。
(こうしてみると、アイスアローってもの凄く使い勝手がいいスキルだよな)
セトの持っているスキルの中で、レベル五を超えているスキルとなると、水球、毒の爪、アイスアロー、光学迷彩、パワークラッシュだけだ。
その中でも毒の爪とパワークラッシュは近接戦闘用で、光学迷彩は姿を消す補助系で、遠距離から攻撃出来るのは水球とアイスアローだけだ。
だが、水球は直径一mほどの水球を一気に放つといった能力で、水球一つ辺りの攻撃力は高いが、数は四つしかない。……空中である程度自由に動かせるという点は非常に大きいが。
それに比べると、五十本も存在する氷の矢は非常に強力な攻撃手段だった。
「結局俺は殆ど何もやることがなかったな」
残念そうに呟くレイの言葉通り、結局近付いてきた蜂の群れは氷の矢によって一掃されてしまった。
一応レイも黄昏の槍を投擲したが、やったのは結局それだけでしかない。
セトと自分のどちらが多くを倒したのかと言われれば、それは考えるまでもなく明らかだった。
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、凄いでしょ! と嬉しそうに鳴き声を上げるセト。
実際にその凄さは間違いなかったので、レイはそんなセトの頭を思う存分撫でる。
「凄かったな、セト。お前の実力はしっかりと見せて貰ったぞ。やっぱりセトは頼りになるな」
褒め殺しというのはこういうことではなかったか?
一瞬そう思わないこともなかったが、実際にセトが凄かったのは事実だ。
勿論、セトがアイスアローを使わなくても、レイが戦えば蜂を全て倒すことは出来ただろう。
それでも素早く攻撃をしたセトの行為は、褒めこそすれ、不満を抱くといったことはない。
そうしてセトを褒め終わると、レイは蜂の死体を回収していく。
生憎と今回の場合は倒したのが全て同じ種類の蜂のモンスターなので、新しい魔石を入手するといった訳にはいかなかったが。
「本当はもう少しセトを褒めてやりたかったんだけどな。ただ、今の状況を考えるとまずは女王を探す方を優先しないといけないから……もっとしっかり褒めるのは、女王を倒した後だ」
「グルルルゥ?」
レイの言葉に、セトは残念そうな……そして期待をしているような、そんな複雑な様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、やはりレイから褒められるというのは非常に嬉しいことなのだろう。
それだけに、本当ならもう少し褒めて欲しかったのだろうが、それでも今はまず女王に対処すべきだというレイの言葉には納得出来た。
そうしてレイとセトは再び女王蜂を……正確には巣を探す。
この時に幸運だったのは、つい今し方また蜂を倒したということだろう。
そのおかげで、先程倒した蜂の臭いは風に散らさていたのだが、そこから新たに蜂の群れがどこからやって来たのかといった場所を探すことが出来るようになっていった。
セトの様子からそれを察したレイは、そうなると先程襲ってきた蜂の群れは寧ろ願ってもないものだったのかと、笑みを浮かべる。
とはいえ、蜂も巣から出て真っ直ぐにレイ達のいる場所までやって来た訳ではない以上、それなりに魔の森の中を行ったり来たりする必要がある。
そして二十分程森の中を進み続け……やがて、セトは蜂の巣を見つけるのだった。