2540話
「キシャアアアアア!」
カーバンクルは、そんな声を上げながらレイに向かって襲い掛かる。
魔の森で生きているからなのか、それともカーバンクルといった種族がそういう能力を持っているのかレイには分からなかったが、カーバンクルの動きは非常に素早い。
純粋に素早い動きをするというだけなら、それこそ先程倒した巨狼や、黒蛇もまたかなりの速度を持っていた。
単純な速度では、カーバンクルはそのような相手には及ばないだろう。
だが、カーバンクルの場合は、巨狼や黒蛇と違ってかなり小さい。
それこそ、長物を二本装備しているレイにしてみれば、巨狼とは違って攻撃を当てるのが難しい。
……ただし、それはあくまでレイが普通であればの話だ。
当然ながら、レイはとてもではないが普通とは言えない。
しかし、カーバンクルはレイをそのような強敵だとは認識していない。
セトの存在を脅威には感じているが、それでも自分なら……そしてこの魔の森の中であれば、例えセトを相手にしても十分に逃げられると判断していた。
その自信があったからこそ、レイに向かって攻撃すると言ったような真似をしたのだろう。
あるいは、魔法を反射するということからレイの持つ魔力を感じ、レイが魔法使い型であれば勝てると、そのように思っていたのかもしれないが。
「っと! ちっ、させるか!」
木々の間を、跳ねるように移動してレイに攻撃をしてくるカーバンクル。
肉食獣程ではないにしろ、カーバンクルもモンスターである以上は鋭い牙や爪を持っている。
素人……いや、低ランク冒険者であれば、爪や牙によって少なくない傷を負ってもおかしくはないだろう。
だが、残念ながらカーバンクルその物が小さい以上、鋭い爪や牙であっても受ける傷は痛みこそあれども、致命傷ではない。
当然だが、そのような攻撃でレイの着ているドラゴンローブをどうにかするのは無理だった。
敵の一撃を回避しつつ、黄昏の槍を振るう。
軽い手応えと共にカーバンクルが吹き飛び、進行方向にあった木の幹にぶつかる。
黄昏の槍の手応えそのものは軽かったが、それでも一撃の威力は十分に強かったのだろう。
激しい勢いで吹き飛んだカーバンクルは、地面に落ちると何とか立ち上がるも、明らかにダメージは重かった。
「飛針!」
デスサイズを振るい、スキルを発動する。
飛針は魔の森で習得したばかりのスキルだけに、威力は決して強くはない。
強くはないが、広範囲に針を飛ばすといったような真似が出来るので、カーバンクルのような素早い動きをする相手に対しては効果的な攻撃だった。
実際、カーバンクルはレイの様子から危険だと判断したのか、その場から素早く逃げ出そうとし……だが、ダメージの為に素早く動くような真似は出来ず、結果として身体の何ヶ所かを針に貫かれる。
これで、カーバンクルがもっと巨大なモンスターであれば、針が刺さってもそこまで大きなダメージとはならなかっただろう。
飛針で相手に与えるダメージが少ないというのは、あくまでも相応の大きさのモンスターを相手にした場合だ。
標的のカーバンクルが小さいとなれば、広範囲に放たれた飛針であっても致命傷を与えるには十分で、地面に倒れ込む。
少しの間手足が痙攣していたが、やがてその痙攣も止まる。
「何だか、微妙に後味が悪いな」
これが普通の……もっと凶悪な容姿をしているモンスターであれば、レイもこんなことを言ったりはしなかっただろう。
だが、カーバンクルは間違いなくモンスターで、実際にレイを襲ってきたが、外見だけを見ればどこか愛らしい様子すらある。
そんなモンスターを殺してしまったのだから、後味が悪いと思ってもおかしくはないだろう。
「グルルゥ」
そんなレイを慰めるように、セトが顔を擦りつける。
「ありがとな。……ともあれ、このくらいの大きさなら解体もすぐに出来るけど、それは今夜か、もしくはギルムに戻ってからでもいいか」
勿論、解体というのは魔石以外だ。
魔石だけは、今のうちに剥ぎ取っておく必要がある。
解体用のナイフを使い、胴体を斬り裂く。
その小さな心臓から魔石を取り出して流水の短剣の水で洗うと、その魔石をどうするべきか迷う。
魔石は当然のように魔獣術で使うのだが、この場合問題なのはセトとデスサイズという魔石を使うべき存在が一匹と一つあり、それに対してカーバンクルの魔石は一つしかないということだ。
「どうせなら、もう一匹カーバンクルが現れて欲しかったんだけどな。……セト、この魔石はお前が使え」
「グルルゥ? グルゥ、グルルルルルゥ」
レイの言葉に、セトはいいの? と視線を向ける。
勿論、カーバンクルのような希少なモンスターの魔石である以上、何らかのスキルを習得出来る可能性は高く、そうである以上はセトもその魔石を決して欲しくないとは思わない。
だが、それでもレイが使うデスサイズにも新しいスキルを習得するなり、もしくはスキルを強化するなりした方がいいのではないか。
そう思ったセトだったが、レイはそんなセトの気持ちを理解した上で、その頭を撫でながら口を開く。
「魔獣術というのは、その魔石を持っていたモンスターの特徴的なスキルを習得するのが基本だ。……基本であって、時には全く意味不明のスキルを習得することもあるけど、それはそれとして」
「グルゥ」
レイの言葉に頷くセト。
そんなセトに魔石を差し出しながら、レイは言葉を続ける。
「ともあれ、カーバンクルのスキルとなると、恐らくは魔法を防ぐ……もしくは反射するようなスキルの可能性が高い」
カーバンクルの能力として、一番有名なのはそれだろう。
レイがいた日本……より正確には地球なのだが、そこで語られているカーバンクルの伝承としては、額に埋め込まれている赤い宝石を手にした者は富と名声を得られるといったものだ。
しかし、国民的RPGにおいて召喚獣として採用されたカーバンクルは、敵の魔法を跳ね返すといった能力を持っていた。
そして、このエルジィンにおけるカーバンクルは、そのゲームの如く魔法を反射するといった能力を持っているのだ。
だとすれば、このカーバンクルの魔石から得られるのはそっち系の能力の可能性が高い。
「俺の場合はドラゴンローブがあるし、マジックシールドもある。それに基本的に敵の攻撃を回避する戦闘スタイルだし。それに比べると、セトは俺よりかなり大きいだろ?」
セトの体長は三mを超えている。
それでもグリフォンとしての高い運動能力のおかげで、非常に素早く行動出来るのだが、それでもやはり身体が大きいというのはそれだけ狙われやすくなってしまう。
巨狼との戦いがあそこまであっさりと片付いた理由の一つに、巨狼という名前の通り身体が巨大だからというのがあるのは間違いなかった。
もし巨狼の能力がそのままで、身体が体長十mといった馬鹿げだ大きさではなく、それこそ十分の一、一mくらいの大きさだったら非常に厄介な相手になっていただろう。
それこそ、逃げ延びるのに精一杯だったとしてもおかしくはない。
「グルルルゥ」
レイの説明を聞き、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
カーバンクルといった珍しいモンスターの魔石を得ることも嬉しいが、それよりも嬉しいのは、やはりレイがセトのことを思いやっているというのを理解しているからだろう。
大好きなレイに大事にされているというのは、セトにとっては新しいスキルを習得出来るよりも嬉しい。
そんな嬉しさから、セトは感謝の意味を込めてレイに顔を擦りつける。
「あはははは。そんなに顔を擦りつけるなって、くすぐったいから」
セトの顔は鷲である以上、羽毛に包まれている。
そのくすぐったさに笑いながら、レイは魔石をセトの方に差し出す。
「ほら、とにかくこの魔石を呑み込んでしまえ」
「グルゥ!」
嬉しそうに鳴き声を上げ、クチバシで咥えてから魔石を呑み込む。
【セトは『魔法反射 Lv.一』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージは、レイが予想した通りのものだった。
「やっぱり魔法反射か。……でもレベル一ってことは、どういうことだ? 弱い魔法しか反射出来ないのか? セト、使ってみてくれ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは早速魔法反射のスキルを発動する。
すると、セトのすぐ近くに光の盾が……それこそデスサイズが習得しているマジックシールドと似たようなスキルが姿を現す。
ただし、同じなのは光で出来た盾というところだけだ。
その大きさは半径三十cm程度しかなく、とてもではないがマジックシールドと同じ大きさとは言えない。
「これは……なるほど。こう来たか。てっきりセトの身体その物が魔法を反射するようになるのかと思っていたら、魔法を反射する光の盾を生み出せるのか。……随分と小さいけど。これ、レベル一だから小さいのか? それとも、レベルが上がってもこのままの大きさなのか。セト、動かせるか?」
レイの問いに、セトはあっさりと光の盾を動かして見せる。
そしてセトが気を抜くと、その光の盾はセトの周囲に待機する。
その辺りも、デスサイズのマジックシールドと同じような性能だった。
「そうなると、後は魔法の反射能力だけど……まさか、ここで試す訳にはいかないしな」
レイが使える魔法は、炎系の魔法だけだ。
そうである以上、もしここで魔法を使ってセトがそれを反射した場合、魔の森が火事になる可能性があった。
それを考えれば、まさかここでそれを試すような真似は出来ない。
「具体的にどのくらいの威力の魔法を反射出来るのかを試すのは、昇格試験が終わった後だな」
「グルルゥ……」
レイの言葉に、セトは残念そうな様子を見せる。
セトにしてみれば、魔法反射の性能をしっかりと確認しておきたかったのだろう。
とはいえ、セトもレイが炎の魔法しか使えないのを知っている。
正確には、魔力を大量に消費することで炎の魔法に炎以外の属性を付与するといったようなことも出来るのだが、それでもやはり基本は炎の魔法なのだ。
そうである以上、魔の森で使うといった訳にはいかなかった。
(隠れ家は……いや、止めておいた方がいいな。もし魔法が反射して隠れ家が燃えるようなことになったら、洒落にならないし)
ゼパイル一門の隠れ家である以上、当然だが何らかの方法で建物そのものが強化されていてもおかしくはない。
しかし、それでもレイとしては万が一のことを考えると迂闊な真似をしようとは思えなかった。
それなら、昇格試験が終了した後で魔の森から出た後に試してみた方がいい。
「取りあえず、進むか。セト、魔法反射を解除してくれ……と、ちょっと待った」
「グルルゥ?」
魔法反射を解除して欲しいというレイだったが、それを口にした瞬間、すぐにそれを翻す。
そんなレイに対し、セトはどうしたの? と疑問の視線を向ける。
「魔法反射のスキルは、その名前の通り魔法を反射する。だとすれば……スキルはどうなる?」
それが、レイがセトに魔法反射を解除するように言ったのを止めた理由だった。
レイが知っている限り、魔法とスキルというには似て非なるものだ。
何らかの理由で魔法を使えない者が、自分の持つ魔力を魔法以外の何かに活かそうとして使える手段がスキルなのだから。
厳密には、スキルというのはその個人の固有魔法と表現してもいいのでは? という疑問がレイにはある。
また、そうやって発動されるスキルと、セトやデスサイズが使えるスキルは名前こそスキルという同じ単語であっても、実際に同じスキルなのか。
その辺りは分からなかったが、ともあれスキルも魔力を使うものである以上は魔法反射でどうにか出来る可能性もある。
「セト、魔法反射の盾を少し離れた場所……俺がスキルを使って、もし魔法反射の盾が効果なくても、セトに悪影響を与えないような場所に移動してみてくれ」
「グルルルゥ? グルルゥ」
レイの言葉に、セトは疑問を感じた様子だったが、今はその通りにして見ようと判断したのか光の盾を移動する。
光の盾は、セトが動かそうと思えばある程度は自由に動かせるので、セトから少し離れた場所に移動させるといったことも可能だった。
(これ、どれくらいセトから離すことが出来るんだろうな? もし結構な距離を離せるのなら、魔法使いを相手にする時はかなり便利になるけど)
そう思ってセトに最大限移動させるように頼んでみたのだが、セトから二m程離すことが精一杯だった。
取りあえずレベルが上がるか、もしくはスキルが強化されるレベル五になればもっと離せればいいのだがと思いつつ、セトから離れた場所にある光の盾に向かって、スキルを発動する。
「飛斬」
そうして放たれた斬撃は、光の盾に命中し……そのまま通過して、背後にある茂みを斬り裂く。
「スキルは無理か。魔法反射ってスキルだし、無理はないけど」
そう言いながらも、レイはどこか残念そうにするのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.六』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』『魔法反射 Lv.一』new
魔法反射:魔法を反射する光の盾を生み出せる。レベル一では半径三十cm程の盾。盾はセトの意思で自由に動かせるが、通常はオートでセトの邪魔をしないように動く。一度魔法を反射すると光の盾は光の流離となって消える。セトから離せるのは2m程度。あくまでも反射可能なのは魔法だけで、スキルは反射出来ない。