2536話
魔の森を進む、レイとセト。
オークナーガを倒してから二十分程が経過しているが、今のところ敵が襲ってくる様子はない。
「てっきり、もっと頻繁に戦闘になるかと思ってたんだけどな。もしかしてこの辺はオークナーガの縄張りだったのか?」
あれだけの集団で行動している以上、当然だがオークナーガは集団行動が可能なモンスターの筈だった。
であれば、仲間と連携して自分達の行動範囲を縄張りとしていてもおかしくはない。
ただ、そうなればそうなったで疑問がある。
(あのオークナーガは、決して強力なモンスターじゃなかった。普通の森ならともかく、魔の森であれだけの数が生きていけるだけの縄張りを維持出来るか? 普通に考えれば、とてもではないが無理と思うんだが)
オークナーガは全員が魔法を使えるという点では、極めて特殊なモンスターなのは間違いない。
だが、その魔法の威力は決して高くはない。
少なくても、レイが戦った相手は水の矢しか放ってこなかった。
これが魔の森の外であれば、水の矢による絨毯爆撃とでも言うべき攻撃は強力な攻撃方法だろう。
しかし、ここは魔の森だ。
それこそ、強力なモンスターが……そう考えていた時、不意にセトが喉を鳴らす。
「グルゥ!」
その声に含まれているのは、警戒。
既に魔の森の中で何度となく聞いていた声だけに、レイは即座にデスサイズと黄昏の槍を構え、いつ敵が来てもいいように警戒する。
「どこだ? ……上!?」
周囲の様子を確認していたレイは、セトが空を見ているのを確認し、敵が空から来るのだと理解する。
とはいえ、それは特に驚くべきことではない。
魔の森に入る前から、その上空を何匹ものモンスターが飛んでいるのは確認していたのだから。
そして魔の森に生えている木は、周囲の木との間隔がかなり――体長三mオーバーのセトが狭苦しく感じないくらいには――広く、それだけに上空を飛んでいるモンスターが地上にいる相手を見つけるといったようなことをするのは難しくはない。
だからこそ、レイもまた敵が空から来るというのを聞けば、それに対応する準備は出来ていた。
出来ていたのだが……木々の枝を折りながら上空から急降下してきた相手を見ると、レイの顔には驚愕の表情が浮かぶ。
何故なら、降下してきた相手はセトには及ばないものの、かなりの巨体であったから。
いや、それだけなら今まで多くのモンスターと戦ってきたレイだけに、驚きはしたもののすぐ対処出来ただろう。
しかし、落下してきた相手が大きな翼を持ち、上半身が鷲となると話は変わってくる。
「グリフォンか!?」
「グルルルゥ!」
レイの叫びに反応するかのように、セトはパワーアタックを使って上空から降下してきた相手に体当たりをする。
「グギャア!」
セトとは違う鳴き声を上げながら、吹き飛ぶモンスター。
そのまま木の幹にぶつかるかと思いきや、翼を羽ばたかせて空中で体勢を整えて地面に着地する。
「ギャアアア、ギャアア、ギャアアアアアア!」
悲鳴と怒り、驚きが混ざったような鳴き声を上げるモンスター。
セトのパワーアタックの一撃は、木の幹をへし折るだけの威力を持っている。
モンスターも木の幹に叩きつけられることは何とか避けられたものの、それでもダメージは当然のようにあったのだろう。
そして、地面に立ってレイとセトを鋭く睨み付ける鷲の上半身を見たレイはようやくそのモンスターの正体に気が付く。
「ヒポグリフか」
ヒポグリフ。
それは、グリフォンと雌馬の間に生まれたと言われているモンスターだ。
上半身が鷲なのはグリフォンと同じなのだが、下半身は馬となっている。
純粋なグリフォンではないだけに、その能力はグリフォンよりも劣る。
とはいえ、空を飛ぶことが出来る能力を持ち、グリフォンの血を引いてるだけに上半身は鷲だ。
そのランクはグリフォンのランクAよりは劣るが、それでもランクBモンスターで、十分に高ランクモンスターと呼ぶに相応しいだけの実力を持つ。
「これは、喜んでいいのか、悲しむべきなのか……微妙なところだな」
そう言いつつも、レイはヒポグリフが動いたら即座に反応するように武器を構える。
グリフォンの近親種とも呼ぶべきヒポグリフだけに、セトにしてみれば戦いにくいのではないかと。
だが、同時にヒポグリフを倒せばランクBモンスターの魔石が入手出来るという意味で、レイとしてはありがたい相手だ。
「グルルルルルルゥ!」
だが、そんなレイの様子など全く気にした様子はなく、セトはヒポグリフに向かって駆け出す。
「飛針!」
半ば咄嗟に、レイはそんなセトの援護をするべく習得したばかりのスキルを放つ。
五本の長針は、真っ直ぐヒポグリフに向かって飛ぶ。
セトの走る軌道上には届かず、ヒポグリフには命中するといった、絶妙の一撃。
しかし、レイの放った飛針はヒポグリフのいた場所を通過し、その背後にあった木の幹に突き刺さる。
ヒポグリフがレイの一撃に反応したのか、それともセトを迎え撃とうとしたのか、それはレイにも分からない。
ともあれ、ヒポグリフは明らかに自分より格上と思われるセトに向かって、真っ直ぐに突っ込んでいく。
自分がグリフォンの近親種であるという自覚はないのか、あるいはそれがあっても気にするような事はないのか。
ともあれ、真っ直ぐに進んだヒポグリフは、セトに向かって前足の一撃を放つ。
「ギャアアアアア!」
その一撃は鋭く、それこそ先程戦ったオークナーガ程度であれば直撃したら間違いなく死ぬだろう。
しかし、そんな強力な一撃であっても当たらなければ意味はない。
セトは翼を広げて地面を走る速度を殆ど変えることなく、強引に進む方向を変える。
それは、そこまで極端に変えた訳ではなく、あくまでも多少変えたといった程度だ。
だが、セトに向かって振るわれたヒポグリフの一撃を回避するには、十分な動き。
ヒポグリフの前足は、本来ならセトの身体のあった場所に振るわれ……実際にはセトの身体ではなく、空気を斬り裂くだけに留まる。
「グルゥ!」
そんなヒポグリフに対して、前足の一撃はこうして放つのだと、セトは同じような一撃を放つ。
だが、同じような一撃ではあっても、その一撃はヒポグリフの一撃とは致命的なまでに違っていた。
しかし、ヒポグリフはその一撃の何が違うのかが分からないままに、セトの一撃を受ける。
「ギャウン!」
まるで犬が上げるような悲鳴で鳴きつつ、セトの一撃に吹き飛ばされるヒポグリフ。
レイは、そうしてセトとの間合いが開いたところで、黄昏の槍を投擲する。
「セト!」
空気そのものを斬り裂きながら突き進む黄昏の槍の存在をセトに教えると、セトは吹き飛んだヒポグリフに追撃の一撃を放とうとする動きを止め……
「グルルルルゥ!」
放たれたのは、アイスアロー。
五十本の氷の槍が、レイの投擲した黄昏の槍に身体を貫かれ、動きを止めたヒポグリフの身体に殺到する。
その瞬間に黄昏の槍はレイの手元に戻された。
「ギャ……」
最後の悲鳴さえ上げることが出来ないまま、ヒポグリフはその目から光を消して地面に崩れ落ちる。
「……どうやら一匹か」
レイはヒポグリフの死体を確認しつつ、空を見上げる。
木の枝によって覆い隠されている部分も多く、完全に空の様子を確認するようなことは出来ない。
だが、こうして待っていても新たなヒポグリフが攻撃してくる様子がないのを見れば、敵対するヒポグリフは倒した一匹だけだったのだろう。
「出来れば、もう一匹いてほしかったんだけどな」
残念そうに言うレイだったが、基本的にヒポグリフというのはグリフォンと生態は似ている。
グリフォンが基本的に群れを作らないで暮らしているのを考えると、ヒポグリフもまた同様に、基本的には単独で暮らしているのだろう。
「グルルルルゥ」
褒めて褒めて、とセトはレイに近付いてきて喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でながらも、少しだけ注意する。
「セト、お前の攻撃でヒポグリフを倒したのはいい、いいんだけど……ちょっとオーバーキルだったかもしれないな」
「……グルゥ? グルゥ」
レイの言葉に、最初はそう? と不思議そうに喉を鳴らしたセトだったが、改めてヒポグリフの死体を見ると、その言葉が正しかったと認識してしまったのだろう、申し訳なさそうに喉を鳴らす。
何しろ、一本だけでも木の幹を貫くだけの威力を持つ氷の矢が、五十本も纏めてヒポグリフに突き刺さったのだ。
そしてヒポグリフの体長は二m程。
そんな状況でそれだけの攻撃を食らえばどうなるか。
ぼろ雑巾というのが、レイがヒポグリフの死体を見た感想だった。
偶然なのか、それともセトが狙って行ったのか。
その辺はレイにも分からなかったが、幸いにも魔石のある心臓周辺の傷はそこまで酷くはない。
しかし、討伐証明部位の確認は勿論、素材として使える部分を探すのも、大変なのは間違いないだろう。
また、食用の肉としても使うのは、少し難しい。
(挽肉として考えれば……いや、皮膚とか内臓とか混ざってるし無理か。それに地面に散らばってるし)
ヒポグリフは、上半身の鷲と下半身が馬で構成されているモンスターだ。
それだけに、鳥肉――鶏肉ではない――と馬肉として、美味な肉であってもおかしくはなかった。
(あ、でも馬肉は普通に食べられているからともかく、鷲の肉ってどうなんだろうな)
レイが日本にいた時、馬肉は普通にスーパーで売っていた。
臭み抜きの生姜とタマネギ、糸こんにゃく、タケノコ――ネマガリダケという、普通のタケノコとは違う細いタケノコ――と共に馬肉を出汁醤油で煮込むといった料理があった。
牛丼ならぬ馬丼として、非常に美味かった記憶がある。
醤油のない――正確にはあるのかもしれないが、見つけられていない――このエルジィンにおいて、同じような料理を作るのは難しいだろう。
それでも馬肉を使った料理は普通に存在する為、ヒポグリフの下半身を確保出来ていれば、美味い料理を食べられた筈だった。
ましてや、ヒポグリフはランクBモンスターである以上、その肉も当然ながら美味いのは間違いないのだから。
「あー……取りあえず、肉に関してはまた新たにヒポグリフが襲ってくるのを待とう。そして襲ってきたら、今度はもっと死体を損傷させないやり方で倒そう。それでいいよな?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと鳴き声を上げる。
(にしても、グリフォンとヒポグリフは近親種の筈だ。にも関わらず、普通に食べる気だったんだな)
それを少しだけ意外に感じるレイ。
少なくても上半身はセトと同じ鷲の姿なのだ。
それを思えば、セトがヒポグリフを食べたいと思うのは、少し驚いてもおかしくはない。
とはいえ、それはあくまでもレイの常識だ。
その常識をセトに強制するのは間違っている。
また、例え近親種であったとしても、結局は違う種族と認識していてもおかしくはない。
(あるいは、普通のモンスターじゃなくて魔獣術で生み出されたモンスターだからこそ、他のモンスターとは感覚が違ったりするのかもしれないけど)
セトは普通に親から産まれたモンスターではなく、魔獣術によって生み出されたモンスターだ。
それだけに、普通のグリフォンとセトは色々と違うところがある可能性があってもおかしくはない。
「ともあれ、この魔石は……セトだな。ヒポグリフを倒したのはセトの功績が大きかったし」
「グルルゥ?」
いいの? と、レイの言葉にセトは喉を鳴らす。
セトにしてみれば、勿論ヒポグリフの魔石を自分が使えるのは嬉しい。
しかし、デスサイズに使ってもいいのではないかと、そのような思いもあったのだろう。
だが、レイはそんなセトの考えを理解しながらも、やはりヒポグリフの魔石はセトに使った方ががいいだろうと、そう考える。
ヒポグリフはレイの放った黄昏の槍の一撃によって大きなダメージを受けたのだが、実際に命を奪ったのはセトだから……というのもあるが、もっと単純にレイはグリフォンの近親種のヒポグリフの魔石をセトが使った場合、どのような影響があるのか見てみたかったというのがある。
新たなスキルを習得するのか、それとも既存のスキルが強化されるのか。
その辺は実際に使ってみないと分からない。
(ヒポグリフは空を飛ぶし……その辺りが強化されるのか? ともあれ、実際に試してみないと何とも言えないな)
そんな風に思いつつ、レイはセトに魔石を渡し……
【セトは『トルネード Lv.四』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが脳裏に響くのだった。
【セト】
『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.四』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.三』『毒の爪 Lv.六』『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』new『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.二』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.四』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.一』
トルネード:竜巻を作り出す。竜巻の大きさはLvによって異なる。Lv.三では高さ五m程度。Lv.四では七m程度。